163.灼熱の空
ふとした時、不意にあの日の事を思い出す。
「まずは剣の持ち方からだな、レイ!」
虫のせせらぎと鳥の鳴き声が調和する穏やかな昼下がり。
親父が嬉しそうに笑っていた。
「剣はな………」
何がそんなに嬉しいのか、普段より一段とテンションを高くして。
「初めてにしては、様になってるじゃねぇか! さすがは俺の息子だ」
親父はうんうんと大きく頷き、俺は少し照れくさそうに視線を手元の木剣へと落とした。
「じゃあ、まずは剣の使い方の極意から教えてやる!」
型や打ち込みをすっ飛ばし、初めて剣を習う子供に極意を語り出す親父。俺は半目で呆れ顔だった。
「まず、初めの極意はだな…………」
けど、そんな俺の呆れ顔には気が付かず、ペラペラと上機嫌で親父は極意を語る。
「──最後に、これが一番大事な事だ。戦う時は笑顔を忘れちゃいけねぇ」
俺は、全部話半分に聞いていたんだ。だって、意味がわからなかったから。
けど、この戦う時は笑顔でと言うのは、何となく覚えていたんだ。ずっと。
それが、この人の強さなのかなと思ったから。
だから、この日を思い出す度に、それを思い出すんだ。
〜〜〜〜
──バシャァァッ!
暗転する視界。暗い闇の底のような深淵が、一瞬にして、世界の光を奪う。その中で聞こえるのは、耳を焦がすような轟音。
黒に覆われた視界が戻ると、灼熱の火が赤々と大地を焦がす。
そこは、まるで火に囲まれた闘技場。生憎と、熱烈な声援を送る観客の姿はないが、死合という意味では、確かにそこ舞台だった。
その火に囲まれた中で、交錯するのは二つの影。暗黒より出でし邪の炎を見に纏う魔皇帝エルグランダと、地獄の業火さえ燃やしてしまわんと濛々と猛る緋色の剣を振るう不死鳥のレディクだ。
激しさを増していく両者の戦い。すでに見える限りで形を留めいている大地はなかった。
魔術の容赦のない破壊に晒されて、あるいはマグマのように溶け出して。二人の戦闘により刻まれた大地への傷は数えるのも愚かしい。
そろそろ夕刻時か、数時間にも思える長く、息を飲むような激しい戦闘の中で、一撃一撃が致死の攻撃であるにも関わらず、どちらも傷一つ増やしていない。
その戦いを見守る空は禍々しい黒い雲に覆われていた。
激しさを増す戦いの戦火。それが作り出した煙は、夕刻の陽射しを遮断するほどに濃く、また大きく広がっている。
その空から絶え間のなく降り注ぐは、黒い稲妻。視界を暗転させ、それだけで一瞬であるが、目眩しの効果を発揮する。黒雷が落ちた場所は、その熱に焼かれたのか、それとも闇に落ちのか、真っ黒に染まっていた。
黒雷が山に落ちる。ブラックアウトする視界。すぐに戻り始めた視界の中で、二人の姿は町の方向へと移動していた。
発火と再生を繰り返す魔王。片や、千差万別、一つとして油断ならない魔術をその一本の剣だけで捌き切るレディク。今はまだ、魔力充填のスキル以外何も使っていない。それが、余裕の表れなのか、それとも何か別の理由かはレディクのみぞが知るところだ。
一方で、尽く技を斬り伏せられる魔王は、ドロリと溶け出した魔装を見て、ある事に気が付いた。
「──熱が増している?」
「言わなかったか? こいつは、起きるのが遅ぇんだってよ」
見れば紋様は赤みを増していた。ジワジワとまるで刀身に血を通わすかのように、赤の輝きに伴って、僅かずつ熱が増していた。
陽炎のように、剣の周囲が歪んで見える。まるで幻惑の類を仕掛けてきそうな見えようだ。
「聞いていませんよ。しかし、こうして戦いを重ねてみると、お子さんとは随分戦い方が違うようで。彼と戦うときは、本当に頭が疲れるのですがね。あなたは、単純過ぎる故、その必要もない」
「俺ぁ考ぇるのが嫌ぇなんだよ。戦う上で必要なのは、敵をぶっ殺すための剣がありゃ事足りる。違うか?」
「違いありません。ですが、偶には剣以外の武器にも手を伸ばしてみるものですよ。そこから、新たな発想が生まれ、新たな剣が生まれることもあります」
剣を象った黒炎。まるでレディクの剣を真似たかのようなその剣は、膨大な熱量をその小さな型の大きさに凝縮し──
「そういうのは、テメェらでやりな。俺には、小難しいこたァ、似合わねぇ」
横薙ぎの剣閃。それは、レイの魔法を圧縮するという技と同じ黒炎剣を両断し、一瞬のうちに業火で包んだ。
その業火に触発されたかのように、紋様の赤熱がさらに進み、とうとう竜の目に灯りがともる。
その瞬間、魔王は何とも言えぬ怖気を感じ、距離を取った。
竜の瞳から漏れる紅光が、一筋の線を空中に漂わせる。それは、まるで瞳が動いているかのように空中を泳ぎ、やがて魔王の顔へとそれを伸ばし、止まる。
剣が脈動を始める。ドクン、ドクンと心臓の鼓動が聞こえてきそうなほど、ゆったりと、それでいて力強く紋様が点滅する。
変化はそれだけに留まらない。剣が猛々しく燃え上がり、生き生きと蠢き始めたのだ。
「どうやら相棒が完全に目覚めちまったようだぜ?」
「剣が……目覚めた……?」
魔王は唖然とレディクの言葉を繰り返した。
先程のような疑いは皆無。レディクの態度が、嘘を言っているわけではないと、如実に示していたからだ。
猛々しく燃ゆる火に、隠された剣の紋様が姿を移し、舞い上がる。その間、レディクは微動だにせず、エルグランダもまた動けなかった。
天高く上った火の竜は、黒雲の中へと一度姿を消すと、その全てに引火し、燃え広がった。
空が燃えていた。尋常ではない熱射が空から降り注ぎ、サウナの中のように熱が立ち込めた。
不意にレディクの手が灼熱の空に伸びる。すると、それに誘われるようにその手の先の緋炎へと火柱が突き下された。
まるで、瀑布のように空から落ちた業火は、その熱の全てを緋炎へと受け渡すように、飲み込まれていく。
紋様の鼓動が激しさを増す。ドッドッドッと8ビートを刻むように、高鳴るそれが、灼熱の空を全て抱き込んだ時──剣が振り下ろされた。
「燃えカスになりやがれぇぇ!」
それは業火の剣閃。荒ぶる火は内に秘めた灼熱を、余す事なく、放出する。
逃げ場など何処にもない。
人を斬るために細められた刀身が生み出したとは到底思えない熱の波動。目の前の全てを焼き尽くさんばかりの業火。その荒れ狂い、吹き乱れる灼熱の炎はまさに竜の息吹そのものだ。
「ッ……! ブラックホールッ!」
いち早く危険を察し、最上級の闇魔法を瞬時に発動した魔王。全てを飲み込む闇と全てを燃やし尽くす業火が激突した。
激しい乱光が弾け、地を揺るがす衝撃が地響きと共に駆け抜ける。
それが駆け抜けた先で、大地は地響きと共に競り上がり、街や村の建物は次々に崩壊を始め、人々は恐怖に身を震わした。
ふと、空を見上げれば、空は2つに分かれていた。
夕刻と夜の境目で、ぶつかり合うは深淵の黒と業火の赤。
全てを飲み込む闇の光は、陽の光さえも飲み込み分解する。対して、全てを燃やし尽くす業火の光は空を夕焼け色に染め上げる。
2つの技はお互いに拮抗し、何方も譲らない。
尚も勢いを加速し続ける技の衝突は、天を隔てる壁のように広がり、赤と黒が混ざり合い、溶け合う。
しかし、飲み込む黒と、燃やす赤。許容量を超えても尚、劣えを知らない業火は、やがてその闇ごと世界を赤に染める。
「盾よ!」
闇を燃やし尽くした灼熱の業火は、体の前面に盾を作り出した魔王を飲み込んで、大地の上を伸びる。街の城壁を擦り、一瞬にして蒸発させてもなお、その熱は収まる事を知らず、剣は火を放ち続ける。
どこまでもどこまでも、地平線の彼方まで、灼熱の奔流は、地面を溶かし、先にあるものを内に飲み込んで、伸びていく。
後に残ったのは、溶岩の道であった。深く抉られた堀のように、真っ直ぐと続くその半円型の道は、ドロドロと流動的なマグマに覆われていた。
「どんなもん……だ……?」
手応えを確信し、表情を緩めたレディク。
そうして、鼻に着いた焦げを指で落としたレディクは、言葉を途中で止めて、己の胸を見下ろした。
そこには、背後の地面から伸びた触手が胸の真ん中をを貫き生えていた。
「がふっ!」
「お、親父ッ⁉︎」
堪らず血を吐き、膝を地面に付いたレディク。
レイにとっては、二人の技に圧倒され、呆然としていた一瞬の出来事。邪魔にならないよう遠くで見守っていたレイは、悲痛な叫びをあげて、駆け寄っていく。
しかし、それより速く、レディクの前に辿り着いたのは、エルグランダの方。
「どうやら今回、死ぬのはあなたのようですね」
服は殆どが燃え尽きて、全身におった酷い火傷が目立つ。折れていた右腕は、その骨ごとどこかに消えてしまっていた。
「オメェも、どっこいどっこいだろうが」
全身大火傷に片腕の焼失。辛うじで血は止まっているものの、それは血が焦げ付いただけに過ぎない。
だが、それは致命傷ではない。対して、レディクの受けた傷は、少ないものの致命傷だ。
「では、念押ししましょうか」
魔王は、膝を付いて動けなかったレディクの胸を、躊躇なくその残った左腕で貫いた。
「っ──!」
血飛沫は殆どなかった。その代わり、その腕の先には、引き千切られ動きを止めた心臓が握られていた。
「あ…………ぁ……」
口が壊れてしまったのか、言葉が出なかった。
瞼が取れてしまったのか、目が閉じられなかった。
骨が溶けてしまったのか、足が動かなかった。
焦りとも、悲しみとも、怒りとも違う、形容し難い感情が、心を、体を埋め尽くす。
「う、うそ……だ……」
ようやく絞り出した声は、震えて、掠れていた。
ピクリとも動かない目は、魔王の握るレディクの心臓を捉えて離さなかった。
確定的なまでに、死を突き付けられてなお、心は、心だけは、そんなはずがないと、これは夢だと叫び続ける。
けれど、胸を貫く腕も、強引に引き千切られた心臓も、膝を付いたまま動かない父親の背中も、全てまやかしでも何でもなかった。
ストンと体の力が抜ける。何もかもがどうでも良かなったかのように、心の情動が遅い。
膝立ちとなったレイは、力なく腕を下ろし、呆然と視線を地面に落とした。
「──男が、情けねぇ顔してんじゃねぇ」
あぁ……声が聞こえてしまった。
自分にしか、聞こえない、聞きたくなどないのに、聞こえてしまう死者の声が……
レイは顔を上げない。上げたら、見たくもない光景を、開いたまま閉まらない目が、見てしまうから。
そんなどこを見ているかもわからない涙を滲ませた瞳に、どこまでも強い火が映り込む。その火の熱に、いや、暖かさにレイはゆっくりと泣き出しそうな弱々しい顔を上げた。
「ば、馬鹿な……」
レイの目を貫いたのは、揺るぐ事のない大岩のような大きな背中だ。風穴が開こうと、その中の核とも言える部分がなくなろうと、揺るがない大きな背中だ。
「──俺の胸を貫きゃ死ぬと、誰が決めた」
折れた足が再び地面の上に立つ。
「──俺の心臓を潰せば死ぬと誰が言った」
木の幹のような太い腕が、胸に侵入した異物を掴み上げる。
「勝手に、決め付けてんじゃねぇよ、馬鹿野郎」
血を唇の端から垂らしながら、口角をあげて笑う様は、魔王に恐怖を刻み込む。
殺しても、殺しても、死なないという恐怖の始まりを。
「俺の死に方は、俺が決めるんだよォッ!!」
叫びに呼応して、発火する緋炎。その身に留めた膨大な熱を放射し、大地が灼熱と化す。
「は……離しなさいッ!」
魔王の目に灯るのは、畏れ。心臓を潰してなお、衰えるどころか勢いを増す業火に。そして、確定的な死を前にしても、笑う事を止めない男の顔に、畏怖の念を浮かべた。
レディクの体内を通る左腕の魔装が変形し、内部で炸裂する。内臓を直接斬り刻むそれに、レディクは笑ったまま血を吐いた。
だが──倒れない。手を離さない。
むしろ、次第に強まる火の勢いは、直接触れているわけでもないのに、魔装を焦がし、腕の力は時を追う毎に増してゆく。
「もう一度だ」
そう口にして、再び振るわれた灼熱の剣。それは、抵抗も何もなく魔王の左腕の魔装を溶かし、その内にある肉も、骨も、丸ごと切り裂いて──火の竜の咆哮が放たれた。
2度目となる紅蓮の濁流。
灼熱の業火が、天をも焦がし、建物を溶岩のようにドロドロに溶かし尽くす。マグマの道を少し横に逸れて放たれたそれは、何百年と魔物の侵入を阻んできた外壁を突き破り、街の一角を掠めた。建物が一瞬で赤熱し溶け落ちる。
激しい轟音と地響き。赤く燃え上がった王都近郊の空。
まるで太陽がすぐそばに落ちたかのような大爆発と激しい熱射に、避難を始めていた王都の生き残りの誰もが息を飲む。
10数年前、この地を襲った災厄が再び舞い降りたかのような衝撃と、それを引き起こした英雄の偉大さに誰もが思わず口を開け固まった。
「どんなもんだ、ボケ」
英雄『不死鳥』は笑う。
胸から先が溶け落ちた腕を乱暴に引っ張り出して、マグマの中に放り込みながら、熱さを感じないのか燃え続ける剣を肩に乗せて。
爆発の衝撃に揺るぎもせず、悠然と立っていた。
だが、その傷が癒えたわけではない。空洞になった胸からは血が溢れ出し、血水は喉に向かって逆流してくる。
「ガハッ!」
「親父……ッ!」
レディクは再び膝を折り、地面に溜まった水滴を飛ばした。その水滴は、地面に溜まった雨水などではない。
血だ。
心臓を失くした胸から出た、レディクの血で出来た水溜りだ。
「あぁ……いてぇな、ちくしょうっ」
「お、親父、大丈夫なのか……? すぐに治療をっ……」
レイは、泣きそうに顔を歪めながら、膝を着いたレディクの顔の前に、奇跡を願いながら、ポーションの口を持っていく。
だが、レディクは荒く息を吐きながら、それを拒否した。
「よせ。無駄だ、そんなもん」
「無駄……?や、やめてくれよ、こんな時に冗談なんか……」
それは果たして、レディクの言葉を指してのことか。
心臓のない体でこれだけ動ける事自体が、冗談のような話だ。
それがわかっているからこそ、レイは動揺し、泣きそうな顔で、レディクの開いた胸を押さえているのだろう。
だが、レディクはそんなレイの手を跳ね除けて、立ち上がる。
「こんな時だからだ。──まだ、終わってねぇ」
レディクが睥睨した先には、両腕を失った魔王の姿があった。
溶岩の海の中で、触手を使って体を引き起こした魔王。顔の皮膚は半分溶け落ち、ツノはもはやないに等しい。左手の切り口は焼け焦げ、それが原因で血が止まっている。右腕はもう初めからなかったかのように、その存在を疑うレベルで肩まで溶け落ち、見た目はなだらかな曲線を描いている。
そんな状態にも関わらず、溶岩の海から飛び上がった魔王は、余熱で黒焦げた大地の上に足を下ろす。
「不死鳥とは……よく言ったものですね。あの状態から、あの一撃をもらうとは……思いもしませんでした」
「魔王っ……!」
「下がってろ、レイ」
もうレディクは戦えないと勝手に決め付けて──いや、戦わせたくなくて前に出たレイを、レディクはその左手で押さえた。
「心臓を失ってまだ私とやるつもりですか? 生命力が強いにも程があります。大人しくそこで這い蹲っていなさい」
物質化。そして圧縮された10本の鋭い触手が、二人の親子につき伸ばされた。レイは、もう時間制限間近の限界突破の光を煌めかせて、剣を抜き放──
──トン。
軽く、けど強く胸を叩かれた衝撃で、レイは後ろに倒れこむ。
「なっ……」
一瞬、理解が遅れる。その余りにも軽い衝撃で、自分の体が倒れようとしている事に。
そして、その目に触手の嵐の中に飛び込むレディクの姿が映り……
「ダメだ、親父ッ!」
抉り取られた傷口から落ちた血が、顔に掛かる。咄嗟に止めようとしたレイの手は届くばかりか、その体から離れていく。
そして、レイをその体で庇うように、前に出たレディクは──
「──────」
何か、言葉を発したような気がする。だが、何を言ったのか、理解する間もなく、レイの眼の前で──レディクは触手に滅多刺しにされた。
業火に燃ゆる剣で、3本まで切り落としたレディクも、瀕死の重傷を負っては、一瞬で肉薄する触手を躱しきる事は出来なかった。いや、躱せなかったのかもしれない。レイが後ろにいたから。
7つの赤黒く光る鋭利な先っぽから血が垂れ落る。
カクンと、レディクの首が後ろに倒れた。
「英雄の最期というのは、何度見ても呆気ないものですね」
そう、余りにも呆気ない。こんなに呆気ないものなのか。
命が尽きる瞬間というのは。
「あぁぁぁあッ!!!」
レイの目から涙が溢れ出す。嫌だ、嫌だと、子供のように首を振って、小刻みに震える手をレディクに伸ばす。
と、その時──
──ドシンッ!
地面が揺れた。いや、そう感じてしまうほど、強い地響きが鳴った。
もう一度。
──ドシンッ!
その地響きの発生源は、あろう事か首を傾けたレディクの足元。
体中穴だらけで、血も馬鹿みたいに流している。けど、その力強い足音は、間違いなくレディクの足音だった。
左足に代わり、右足が前に出る。体を触手に貫かれながら、それを抜こうともせずさらに減り込ませ、のけ反った背中が強引に巻き戻る。
そして、首が正面に向けて立った。
「そ……そんな馬鹿な事が……その体で生きていられるはずが……」
もう息が出来ているのかも怪しかった。
だが、そんな事は今関係ないのだ。
「俺は……」
息があろうとなかろうと、心臓があろうとなかろうと、そんな事は関係ない。
まだ命がある。まだ意識がある。まだやらねばならないことがある。
だったら──
「俺ぁッ──」
まだ生きている間に、やればいいだけの話だ。
「──不死鳥のレディクだァァァッ!!!」
血を吐き叫ぶレディクは、剣を一閃。己に突き刺さる触手を全て、一陣の焔で焼き払う。
その姿はまさに、死すらも燃やし尽くさんとする男の、かつて王都を救った彼に与えられた『不死鳥』の二つ名に相応しい姿。
魔王含め、レイはレディクの叫びと共に、不死鳥という言葉の意味を深く心に刻み付けた。
雄叫びに呼応して、剣より出でた炎が勢いを増し、魔力も大地も、目の前の全てを焼き尽くす業火へと成長する。
その灼熱の業火はレディク自身にも引火し、更に熱く、赤く燃え上がる。
「無茶苦茶な……傷ごと血を焦がす気ですか」
「何度も言わせんな……馬鹿野朗。俺ぁ不死鳥。死んでも、己を燃やし、その灰の中から蘇る不死の男だ」
何という暴論。
だが、魔王は、その暴論に自身が身震いしているのを自覚していた。
現在ではなく、将来的な危険の排除。目的はそれだけであったはずなのに、現在進行形で魔王は身の危険を感じている。
これほどまでに傷付いて、死に近づいて、まだ笑みを浮かべる男が、今までいただろうか?
──否。いるはずもない。
この男は、確実に、今ここで、殺さなければならない。
「……いいでしょう。己を焼き、私に立ち向かい続けるその覚悟に免じて、私もとっておきを出しましょう」
「来いよ。全て燃やし尽くしてやらぁ」
魔王は、スッと失った腕の代わりを生やし、腰の高さに掲げた。
「──魔槍」
それは魔力物質化により創り出した大きな槍だ。だが、それは魔力加工のスキルにより、見る見るうちに圧縮し硬度を限界まで高めていく。
それを覆うように魔力充填が施され、槍の柄の部分にはいつでも魔力が噴射出来るように物質化されていない魔力が取り付いている。さらには、それを投合する魔王自身は魔収縮と魔力噴射がいつでも行える準備が整っており、純粋なパワーでもレイを上回る剛腕が加われば、その投合力は計り知れない。
物質化を保つため、魔王と繋がりを保つ魔糸からは、いつでも魔力を補充出来る故、その槍が破られた事は一度たりともない。
正に、最強の矛だ。
それを本能で察したレディクは、魔王が槍を投合すると同時に、踏み出した。
豪速と豪速がぶつかる。
方や、命を持たない黒い槍。
方や、不死の火を持った英雄。
英雄は、最強の矛に向かって、剣も、火も、ぶつける事はしなかった。
レディクがぶつけたのは──己の体だ。
防御なんてものは、はなからない。
それに勝る攻撃も、する気などない。
彼が選んだのは、最強の矛に己を貫かれるという常軌を逸した選択。
上半身、その8割が消し飛ぶ。
魔爆の消滅をその表面で繰り返すその槍は、肉体という器を消滅させた。
しかし、その表面が消し去れなかった2割が、槍を抜けて、その先に繋がる魔力の糸をその体に通して、そこへ辿り着く。
終わりを決めた場所へと。
「な……何故死なないのです……ッ! これほどの傷を負って! これほど肉体を失って! 何故あなたはまだ倒れないのですかっ……!」
もう驚愕では収まらない。魔王の目に映るのは、不死の恐怖だ。
その恐怖に、よろけるように体を引いた魔王の足は、数歩先の溶岩を踏み締める。
一瞬、その熱に足元へ意識を逸らした魔王。そこへ、不死の恐怖が一気に迫った。
ガバッと吹き抜けの体を預けるように左腕で魔王へ取り憑いたレディク。彼は、もう吐き出す血もなくなった口で、恐怖の終わりを示唆した。
「俺ぁ……とうの昔に死んでるのさ……だから、俺ぁ不死鳥なんだ……だが、さすがにもうこっちには入られねぇみたいだぜ……」
もう大声を出す力も残っていない。
だか、彼の炎が弱まる事はない。
「一緒にくたばりやがれ」
火が剣に収まらず、行き場を求めるようにレディクの全身に駆け巡る。
「や、やめてくれ、親父……ッ! 俺が……俺がそいつを倒すから、もうやめてくれっ!」
悲痛な叫びをあげてもうやめてくれと、情けない程に涙を流し駆け寄るレイ。
そんなレイに、血だらけで炎の中に身を埋めながらも、普段と変わらぬ笑顔を向けて、レディクは、最期の力を燃やし尽くす。
「──終炎」
終わりの炎。
文字通り、レディクの人生最期となる業火の剣技。
彼の持つ膨大な魔力に飽き足らず、体も命も心も全て、魂の一欠片まで敵を消し去るための、焔へと変えて。
剣を地面に突き刺した。
「いい人生だった。がっはははははは──」
最後の火が立ち上がる。
空を焦がす灼熱の火柱は、強く、また自由に空を駆け上がる。
「あ……ぁ……」
呆然と立ち尽くすレイの目の前で、火の中に消えていったレディクは、最後の最後、その身が燃え尽きるその瞬間まで、笑い声を絶やす事はなかった。




