146.勇者を志す少年
人は怒ると時に普段ならとてもできないような事をやらかす。
それは、ヤケ糞からの暴力沙汰や、サスペンスでよく見る突発的な人殺しのような犯罪行為だけでなく、火事場の馬鹿力と呼ばれるものがある。時にそれは、人の命を救う事もある馬鹿に出来ない人間に秘められた最終秘奥儀だ。
そんな最終秘奥儀を、俺も色々あって怒りに任せて、発揮してみたんだ。
すると……
──街ができてました。
いや、ほんと…………何でだろうか? ちょっと俺にもわからない。
俺は、街を外から呆然と眺めながら、『帝国お抱えの建築家』と書かれたプレートをソッとポケットの中にしまい、この2ヶ月を思い返した。
始まりはそう、あの日、あの疑問から始まったんだ。
ある穏やかな陽射しが降り注ぐ、早朝──
──これは、どういう事だ?
俺は呆然と立ち尽くしていた。
「おーい、そこの石材持ってきてくれ!」
いや、待ってくれ。ほんとどういう事なんだ。
「これでいいか? 春樹」
俺、今何やらされてんの?
「おーい、レイ! これ持ち上げるの手伝ってくれよーー!」
手拭いを額に巻いた春樹が手招きしている。
その時、俺の頭の中でブチッと何かが切れた。
「俺はいつの間に責任者になったんだぁーーッ!」
設計図とかいう邪悪な紙を全力で引き裂いて、青い空に向かって、怒号の叫びを上げた。
聞いてくれ! 聞いてくれよっ!
俺はめっちゃ我慢したんだ。やりかけだった送還の準備を進めれるとこまで進めて、ついでに勇者選抜試験の概要を勝手に決めて、帝国中に広めた。
さぁ、これでようやく妖精神に会いに行けると思ったら、突然、はいっと皇帝に謎の地図と設計図を渡されて、そのままアークティアから少し離れた草原に連れて行かれ、『後は頼む』と勇者達と一緒に置いていかれた。
で、そこでようやく渡された紙をちゃんと見てみたら、そこには『勇者選抜試験責任者:ヒナタ』の文字が……
「おかしくねぇか⁉︎ 俺、一冒険者なんですけど⁉︎ それなのに、何で会場作らされてんの⁉︎ 普通、貴族の誰かがやるだろうが! しかも、働かされてるの勇者だけどういう事⁉︎ 建築技術持った奴は⁉︎ 一人もいねぇのか⁉︎」
「おいおい、大工の息子を前に何言っての? これ以上ないスケットだろ」
「作った事ねぇんだろ⁉︎ あの皇帝実はアホなんじゃないか⁉︎」
ふむ、とか言っちゃって、実は何も考えてないんじゃないのか⁉︎
死の都は⁉︎ いつになったら探しに行けるんだよ!
「ふーっ、ふーっ」
「ま、まぁ、これでも飲んで落ち着いて。ヒナタ君が嫌なのは十分伝わってきたから」
怒鳴りたりないと威嚇でもするように息を整える俺に、水の入ったコップを手渡してきた結衣。これを飲んで落ち着けということだろう。
俺はグッとそれを掴み、一気に飲み干すと……
「設計図なんて無視だ、無視! 皇帝の目ん玉落としてやるつもりで、スゲェの作るぞーーッ!オラァーーッ!」
怒りにまかせて、皇帝に一泡吹かせる事にした。
これが始まりだった。
それから俺は本気でコロシアム作製に動き出した。今思えば、周りが見えていなかったかもしれない。
だが、それは後の祭りさんという奴だ。
俺はまず土台作りから始めた。
土台というのは、コロシアムを支える最も大切な部分だ。俺は考えた。頑丈に作るにはどうしたらいいかを。
その時思いついたのは、ミスリルの存在だった。しかし、あれは高い。剣を作る量でも一千万ぐらいいく。
けど、俺の金じゃないしと、責任者権限で、ミスリルを買った。
だが、アークティアにある量は知れていた。手に入ったのは拳程度の大きさのものだ。それでも数百万はした。
これだけじゃなぁ……
と、俺はミスリルを使うのを諦めかけた。そこで、一計を案じたのは、春樹だ。
「俺のユニークスキル、何でもデカく出来るだけど、それならいけるんじゃないか?」
そんな質量保存の法則無視のスキルが⁉︎
何と有用的で、実用的なスキルだろうか。羨ましい。戦闘には向かなそうだが、色々と使い道がありそうだ。
そんなわけで、春樹のお陰でミスリルは山ほど手に入ったわけだが、次に問題になったのは加工方法だ。
燃やせばいい……というわけではあるまい。
俺は困った末に、学長に頼った。すると、学長は大発見のお礼だと、色々と手を回してくれて、ミスリル加工が可能な鍛治師の手を借りれる事になった。
すると、今度必要となるのは加工場だ。それを建てるスペースと、コロシアムを建てる場所の確保のため、とりあえず魔法で辺り一面を爆破して、更地にした。
そうして、いよいよ加工場を建てようかとなった時、噂を聞き付けた街の学者達がこぞってやっきた。
彼ら曰く、遺跡から発掘された品を応用した最新技術を使いたいのだそうだ。
俺は、まぁ別にいいけど、と軽く了承し、学者達と共にコロシアム設営に向けてのアイデアを出し合った。
結果、時間的猶予から土台に加工に時間がかかるミスリルを使う案が廃止になり、代わりに建物の骨組みにミスリルを使う事で固まった。
もちろんコロシアムの設備には、彼らの言う最新技術が組み込まれ、武闘大会の設備を軽く超える完成予想図ができた。
まず、コロシアムはミスリルを骨組みとして用いて、その上から最新技術だという魔力鉱石で固める事になった。魔力鉱石はガーディアンの材質に非常に似ていたが、まったく同じものというわけではなさそうだった。この魔力鉱石なら、まだなんとか切れそうだ。
また、土台の材質もその魔力鉱石だ。木の根のように地面に張り巡らせるらしい。その理由として、魔力鉱石は、自然界に存在する魔力を吸い取る事で、強度をあげるものだかららしい。役割は本当に木の根っこと同じだ。水か、魔力かの違いはあるがな。
これでコロシアムの建物自体の設計は終わりだが、組み込む機能はまだ沢山ある。
最新技術その二、防護フィールド。
コロシアムの中央は武闘大会の会場と同じく、上から見下ろせるような作りになっている。もちろんそれは、戦いを見易くするためだ。
その舞台と客席の間に溝を作り、そこに防護フィールドという魔力結界を張るのだ。それにより、客席に魔法が飛んでいってもある程度までは防げるという仕様だ。ちなみに魔力を仕様するので、発動する人がいないと使えない。
最新技術その三、自動ドア。
その名の通り、人力ではなく自動で開く扉だ。建物のあちこちに配備する予定だ。
ちなみにだが、これを作ってきたのは、学長だ。学長は前から罠の仕組みを調べていたらしく、その過程で作ったものだそうだ。
最新技術その四、空飛ぶ遊覧船。
残念ながら人は乗れない。軽い物しか浮かべられないらしい。何に使うかは正直わからないが、置いておくだけので、入れる事にした。
そのうち何かしら利用法を思い付く奴がいるだろう。
最新技術その五、魔導掲示板。
電子掲示板の魔力版だ。魔力を使って文字を表示できる。トーナメント表など様々なところで使えそうな物だ。いろんな所に配備する事になった。
他にも最新技術ではないが、映像投影魔具と拡声器も配備予定だ。
さて、こんなに沢山の設備を整えるとなると、建設期限2ヶ月というのは、中々厳しい。春樹の頑張りで魔力鉱石の量産は進んだが、それを組み立てるのが素人ばかりなので遅々として進まず、俺の魔法も役には立たない。
そのため、コロシアムを昼夜問わず建設する必要が出てきた。
となると、街に帰る時間も勿体ない。
そんなわけで、建設魔法使いたる俺が、建物を作りました。そりゃもう一杯。街になるレベルで。
そうして、コロシアムを作り続ける事、2ヶ月。風の噂で、アイリスと結託していた貴族の反乱が収まったという話が巷に流れ出した頃、芸術家スキルによって、外装を整えられたコロシアムが完成した。
コロシアムの外装は、俺のイメージから古代ローマ的な造りになっている。だが、一方で、どこか日本を漂わせるそんなコロシアムだ。
何が日本なのかと言うと、コロシアムの東と西の外壁には、それぞれ竜と虎の体がくっ付いており、両者は睨み合うような形で、中に顔を乗り出しているところだ。
はい、もちろん俺がやりました。何か久しぶりに本気出しちゃった感じです。
そんなわけで文明が混合してしまったコロシアムだが、その周りには建物がビッシリ。
はい、全部俺が建てました。調子に乗った感が否めないです。
俺は、完成したそれらを遠目に見ながら、何となくプレートを取り出した。
そこに加わった新たな称号を確認して、
「やっちまった……」
〜〜〜〜
俺が帝国の犬に成り下がったと世界に認められた次の日、完成したコロシアムを見に皇帝がやってきた。
俺は無言で街の前に立ち尽くしていた皇帝に、サッと請求書の束を手渡すと、何も言わずその場から逃げ去った。
建築費用500億とその内訳が書かれた請求書を持ったまま固まった皇帝の背中には、何処か悲壮感が漂っていた。
してやったぜーーッ!
目玉は飛び出さなかったが、俺は憂さ晴らしができて、晴れ晴れした気分のまま、アークティアに凱旋した。
そして、準備を整えて旅立とうと、買い物に向かった時、俺は見てしまったんだ。
ひっそりとした路地の奥にある空き地で、ひた向きに剣を振るうグールの姿を。
それを目にした時、俺の中で何かが冷めた。
俺は……何してんだよ。
この2ヶ月、俺は一度もグールに修行をつけてやらなかった。それだけじゃない。結衣にも春樹にも、一度たりとも稽古を付けてやらなかった。
師匠失格だ。
皇帝に一泡吹かせてやると、適当にやれば数日で済むことを、無駄に張り切り2ヶ月もかけてやってしまった。
冷静になって、落ち着いて考えてみろ。
これじゃあ、前と何も変わらないじゃないか。周りを見ようとしなかった以前の俺と同じだ。
俺が今本当にやらなきゃいけない事はなんだ?
勇者達を無事日本に送り返す事と、グールを一人立ちさせる事の2つだけだろ。
その合間に、出来ることをやって、魔王や殺人鬼よりも強くならなきゃいけないんだ。
ノルドのことは今は後回しでいい。どうせ簡単にはいかないんだ。なら、目の前の事をちゃんとやって、それで余裕が出来た時に、やりたい事をやろう。
自分がしようと思ったことを途中で投げすてるのは、かっこ悪い。
せめて、弟子の前ではかっこいい師匠であれるように、これから頑張ろう。
「グール」
「あ、レイ兄。仕事終わったの?」
声を掛けると、グールは素振りをやめ振り返った。
グールの顔は汗だくで、額に流れる汗と無数の足跡で踏み固められた地面が、俺のいない間も休まず、真剣に剣を振り続けたグールのひた向きな努力を物語っていた。
「ああ。悪かったな、稽古……つけてやれなくて」
別にいいよ、というグールの返しに余計に俺はバツが悪くなった。
「最近はずっと一人で素振りしてたのか?」
「ううん、時々だけど、皇帝様が稽古をつけてくれたよ。剣だけだけどね」
あの、一度も建設中のコロシアムに来なかった皇帝がか?
そんな余裕があるのなら、俺に役目を押し付けなくてもいいのに……
いやけど、無理矢理責任者にされてなければ、俺はグールをほっぽり出して、世界樹に行ってただろう。その後は、死の都探しに。
そう考えると、感謝すべきなのかもしれない。
冷静になった今なら、どうかしていたとしか思えない自分の情緒に、俺は内心呆れるとともに、無責任過ぎる行動に出なくて、ホッとしていた。
「……それにしても、グールは皇帝に余程気に入られたんだな。俺の知らないとこで、何かあったのか?」
「うーん……よくわからないけど……そういえば、初めて稽古を付けてもらった日に、変なことを聞かれたかな」
「どんな?」
「勇者はどんな人間だと思うかって」
勇者はどんな人間か、か。
俺なら強い人間だと答えるだろう。あらゆる敵を打ち勝ち、魔王を倒して世界を救う。それが、勇者だと俺が思うのは、ゲームやマンガの影響か。
なら、この世界の人間が言う勇者って何だろうか?
俺は大して変わらないと思う。
邪神を殺した勇者。帝国子飼いの勇者。俺はこの2つしか知らないが、どちらも強い人達だったと俺は思う。まぁ、異世界召喚組を除けばだが……
「グールは何て答えたんだ?」
「ええっと、確か……いい人だって答えたかな」
「いい人?」
「うん。実は僕が生まれる前に母さんが、勇者に助けてもらった話を昔寝る前に良く聞かせてくれたんだ。だからかな、勇者っていう人は、いい人だって思うんだ。人の命を助けて、守ってくれる優しい人なんじゃないかなってと思う」
確かに、そういう見方もあるか。けど、意外だったのは、グールの持つ勇者への感情は、情報操作うんぬん関係なく、勇者に悪い感情を持っていないように思えることか。
きっとこれはこの国では少数意見だ。勇者に対して、悪い印象や、俺のような身勝手な描像を抱く者は沢山いると思う。
けど、こういう意見も、この国にはあったのだ。どれだけ世間が勇者に対して批判的になろうと、変わらぬ感謝と憧れを残したグールのような人達が、まだいたのだ。
もう何もかも手遅れかもしれない。
ひょっとしたら、この声が魔人の事件を引き起こしたアイリスに届けば、何かが変わっていたかもしれないと思うのは。
だが、出来れば、彼女に聞かせてあげたかった言葉だ。
皇帝はそんなグールの感情を大事にしたかったのかもしれない。
「ねぇ、レイ兄」
「うん? どうした?」
俺が少し考え込んでいると、グールは剣を鞘に収めて、真剣な眼差しで俺を見詰めてきた。そして、グールはハッキリと自分の言葉で、それを口にした。
「僕、勇者になりたい」
迷いのない瞳。決断した男の顔。それを見て、言葉を聞いて、二つの相反する感情が生まれた。
一つは、グールのやりたいと感じる気持ちを応援してやりたいという感情。
もう一つは、勇者という重荷を背負わせたくないという感情だ。
どちらも本心。だけど、心配する立場としては、後者の思いの方が強かった。
「……勇者っていうのは、辛い立場だぞ。どんなに強い敵が来ようと、逃げる事も、負ける事も許されない。頑張ったからって、死に掛けたって、不当な評価を受けることもある。人の死だって何度も見なくちゃいけない」
だから、やめておけと俺は忠告した。けど、グールはフルフルと首を横に振って、そこに至った自分の思いを口にした。
「うん、わかってる。けど、僕なりにいろいろ考えたんだ。母さんが認めてくれる人間になるにはどうすればいいんだろうかって。だけど……よくわからないんだ。母さんが僕に何を望んでるのか。けど、母さんを昔助けてくれた勇者みたいな人になれば、母さんは僕を認めてくれるんじゃないかって、思ったんだ」
瞳に宿る意思は俺の言葉では揺るがない。それが、今のグールの言葉からよくわかった。
グールにとって、勇者になるのは目的のための手段に過ぎず、それ自体に価値を見出しているわけではない。けれど、少しずつ自分の頭で考えて、夢が具体性を帯び始めている。
その夢を邪魔する権利は誰にもない。
「よし……わかった。勇者選別試験まで後1ヶ月しかないが、やれることはやってみよう」
どんな奴が出てくるかはまだわからない。ひょっとしたらもう粗方決まっているのかもしれないが、幼いグールが簡単に勝ち抜けるような甘いものではないはずだ。
けど、師として俺は、グールが夢に近づけるように出来る限りのことをしてやりたい。
「修業付けてくれるの?」
「おう。いつもの何倍も厳しいな」
「それは、ちょっと怖いなぁ」
1ヶ月という短い期間。基礎は教え込んだグールに、自分の戦い方を見つけさせることが出来るか、否か。
おそらくそれが出来たとしても、厳しい戦いになるだろう。
俺はグールを連れて、その日のうちに街を出た。




