136.勇者の愛
今、一つの決着がついた。
俺という人間を語る上で、その始まりとも言える相手との決着が。
その決着が俺にもたらしたのは、大量殺人鬼を討った栄誉か、それとも、ただの人殺しという汚名か。そんな世間の評価に今は興味もないが、また一人殺さないといけないかもしれないと思うと憂鬱だ。しかも、それに心を悩ます時間も、最早ない。
怨念に囚われた哀れな気配が近付いてきている。それは、人間を止めた者の気配。
ーー魔人だ。
こうなってしまっては、死以外に救う術はない。少なくとも、俺はそれ以外の方法を持ち合わせていない。それが、声が本当に望む結末でないとわかっていても……
「ガァァァァッ!」
俺には、彼女の無残な死以外の結末を見通す事は出来なかった。
床の中央に空いた穴。そこから飛び出してきた人ならざる異形。最早、その顔に、体に、彼女の面影を見つける事の方が難しい。
飾らず言うのなら、もうそれは人ではなかった。
獣のように全身から伸びた水浸しの剛毛。床に付く程に長く伸びたボサボサの黒髪は、顔を半分以上覆い隠し、その髪の合間から垣間見える赤黒く染まった瞳は、彼女の地獄の業火のように赤く、強く光を放っている。その光を反射し、血色に染まる口元から這い出る犬歯は、まるで鬼の牙のようだ。
そんな魔物のような姿になった彼女の血走る目が、さらに赤く染まる。
「ゼェビュゥラァットォォォオ‼︎」
憎悪に身を落とした彼女の叫びに呼応するように、砕かれた床から盛大に噴き上がる濁った水飛沫。
「その水に触れるな!」
高く高く空に噴き上がる水。その水から感じる、穢れた気配。他の存在を許さない憎悪がその水には纏わり付いていた。
俺は声を張り上げて注意を促すと怪我が治りつつあるグールを抱えて、その場を飛び退いた。
続いて上空にいたハクが俺の指示に従い、大きく浮上し水を回避。その背に必死にしがみ付くルーシィの魔法の余波で荒れた庭の上で、ルクセリアが動けない者たちを庇い風の刃で水を弾き返す。
そして、皇帝は、剣を一凪して水滴を薙ぎ払うと魔人となった彼女と向き合った。
「ゴロス!ゴロス!ゴロス!ゴロス!ゴロス!ゴロス!」
それは、雄叫びではなく、憎しみが篭った言葉。そう、言葉だ。それはつまり、彼女の意志がまだそこに存在しているという事ではないのか。
彼女の魔人化は今まで見た他の魔人達とは場合が違うようだ。辛うじて未だ意識を保っているように思える。だが一方で、その体に現れた変化は、今まで見た魔人達より魔物に近付いているような印象を受ける。
『ーー避けて!』
刹那、空からの警告と共に蒼白の光が天から垂直に魔人へと落ちた。吹き荒ぶる極寒の嵐。街を揺らす轟音が、極寒の冷気を運び、急激に冷やされた空気が一気に凝結し、粉塵とは別に霜が街を覆った。
「さすがはハクだ」
一撃で水の動きを固めたハクに、俺は誇らしげな顔で呟き、グールを土の地面に下ろした。
そして、たった今強烈なブレスが放たれた場所へ、血塗れの剣を手に、踵を返した。
ーーもうこんな悲しい戦いは終わりにしよう。
俺は覚悟を決め、一気に距離を詰めた。
吹き出した加護を含む水が凍り、スケートリンクのように、摩擦が少なくツルツルと滑る床。ただ、散乱した瓦礫や物、上から押し固めただけで凹凸の激しい地面のお陰で足の踏み場には困らない。
俺は、素早く剣を振るい、その剣圧で霜を吹き飛ばす。そして、霜が晴れた視界の先で、ハクのブレスを回避も防御もせずに殺し合う二人の姿が、氷の中で時を止めていた。
牙を剥き出しに激しく歪んだ顔と、一切の慈悲を感じさせない無表情な顔。氷の中でお互いの顔を見て、2人は何を思うのか。
動きを止めた2人から読み取る事は出来ない。
けれど、お互いにもう相容れないとでも言うように、氷にヒビ割れが伝う。それは、まるで二人の壊れてしまった関係を示すように、太く、また無数に走る。
やがて、それが限界に達した時ーーバリンッとガラスが割れたかのように、全ての氷が粉々に弾け飛び、再び時が動き出す。
「シネェェェ‼︎」
獣のように先が曲げられた五指。それから伸びる鋭利で、長い爪。その光沢は、磨きあげられた剣と変わらない。人を殺す為のものだ。
もしもその殺意を生んだ憎悪の強さが、他の魔人との差異を生んだのなら、彼女の憎しみは、それ程に強く、深いのかもしれない。それは、激しく燃え滾る彼女の目と、酷く歪んだ顔を見ればわかる。
ーー許さないっ。許さないっ。絶対に許さないっ!
その強い憎しみと怒りが、目を通して伝わってくる。
だが、その視線を前に皇帝は、まるで何も感じていないかのように無表情で、淡々と仕事をこなす機械のように、一切の慈悲を感じさせない冷たい瞳を宿している。
アイリスの爪が皇帝を引き裂かんと迫る。だが、彼にとってそれは取るに足らない攻撃であるかのように、それは軽く躱されて、彼女の首に剣がーーーーガキンッ!
激しく金属がかち合う音。それは、皇帝の剣を俺が受け止めた音だった。
「あんたら二人は戦わない方がいい」
割り込んだ俺に一瞬動きを止めた2人。だが即刻、邪魔だと言わんばかりに振り下ろされた鋭利な鉤爪。
俺はそれを回転しながら躱すと、その遠心力と絡めとった腕を使って、強引に彼女を引っ張りあげた。
「ちょっと離れててくれ」
「グゥァァウッ!」
彼女の噛み付かんばかりの叫びを無視し、容赦なく、その体を空に投げると、鋭い眼光でこちらを睨む皇帝に向き直った。
「何故止めた?」
死者の声が聞こえたからだ。それをそのまま口にしても、馬鹿にされるだけなのは目に見えている。
だから、少しだけ俺は遠回しに理由を話す事にした。
「本当はあの人と戦いたくはないんじゃないのか?」
「……下らん。そんな感情に流されるようでは……」
「皇帝としてやってけない、か?」
図星であったのか、無表情だった皇帝の顔が一瞬ピクリと強張る。
「けど、俺は頼まれちゃったからさ。あんたら二人を戦わせないでくれって」
「誰にだ?」
後ろから、氷を踏み抜いて急速に迫る気配がある。俺が放り投げた魔人だろう。
だけど、俺は振り返る事なく、彼女にも届くように声を張って答える。
「ーー勇者ガイアスだ」
皇帝の顔が固まり、魔人の足音が止まる。この二人にとって、彼の名は思わず役目も、憎しみも忘れてしまうほどの衝撃があるのだろう。
殺伐とした空気がほんの少しだけ和らいだ気がした。
「だから、あんた達が争う理由なんてないんだ。もう止めよう」
「……戯言だ」
衝撃から先に立ち直ったのは、皇帝であった。皇帝は吐き捨てるように言葉を続ける。
「私を惑わせようとそんな嘘を吐いたところで、今更考えを変えはしない。そこをどけ」
皇帝は剣を持ち上げると、俺の眼前に突き立てた。退かなければ斬るという思いが込められた視線。もう口だけで彼を止める事は誰にも出来ないだろう。たとえ、彼の弟が止めたとしても……
「嫌だね。俺はあんたの部下じゃない。冒険者だ。だから、あんたの命令は聞かないし、自分が正しいと思ったことをする。で、今はあんたの弟の願いを叶える事にした。この人は、あんた達2人に争って欲しくないんだ。今、あんた達が争っているのを見て、嘆いているんだよ。兄だったあんたなら、俺が嘘を言っていないとわかるだろう?」
それでも、彼の言葉を、思いを伝えようとしたのは、僅かな希望に縋ったからか。この人の中に残る、皇帝ではない部分に。
「だから、俺は退かない」
「そうか、ならば……」
皇帝の眼から温度が失われていく。冷酷に、一切の慈悲をなくしたそれが、俺を捉える。
俺はそんな皇帝の姿が、凄く不自由で、悲惨に見えた。
「力尽くで退かすまで」
「なら、俺は力尽くであんたを止める」
皇帝の剣が風を斬った。
首元を狙い振り下ろされた刃。俺は、グッと腰を落としその軌道を避けると、拳を前へ突き出した。
結果、皇帝の攻撃は空を斬り、俺の拳は体の中心、腹を捉えた。それは、麻痺という有利な条件が、俺にもたらした結果か。
もし、それがなければ、結果はおそらく逆だっただろう。
「魔弾!」
「くっ……」
拳から魔力の弾丸を打ち出した。バスケットボール程はありそうな大きさの魔力の弾丸は、今の皇帝を吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。
だが、大したダメージを与える事は出来ない魔弾だけでは、すぐにでもまた攻撃してくるだろう。だから、俺は打ち出した魔力を皇帝の体の中へと侵入させた。
「魔人形、膠着」
先の魔王戦で相手の魔力に魔力を上乗せするコツは掴んだ。だから、直接触れていなくても、あの程度の魔力なら人の体に侵入させるのは、そう難しくはなかった。
そして、麻痺に侵された皇帝を縛るには、打ち出した分の魔力で十分。今の皇帝は、二つの縛りで身動き一つ取れないはずだ。
「ッ!貴様ッ!私に攻撃する意味がわかっておるのだろうな⁉︎」
体を膠着させられ、動けなくなった皇帝は地にひれ伏したまま、俺を脅してきた。だが、俺にとってそんなものは脅しでも何でもない。
「知らないよ。俺は王子でも気に入らない時は殴ってオッケーな国で育ったからな」
俺の心が正しいと感じた事をして何が悪い。皇帝だか何だが知らないが、剣を向けてきた相手を殴り飛ばして何が悪い。
俺は誰にも生き方を強制される気はない。
「あんたは、少し黙ってろ」
これが終わったらすぐにこの国から逃げないといけないかもな、と思いながらも、魔力の侵食を口まで広げ、拘束を強めた。
そして、俺は踵を返して、腕を振り上げた状態で呆然と固まる魔人へと堕ちた彼女に向き直った。
「もう……やめてくれないか?」
「アァ……」
彼女は呻き声は、俺の問いに対する答えではなかった。だけど、その声に籠る悲しみが、彼女の憎悪が染み付いた瞳が、確かな理性を示す。
「ガイアスゥゥ……」
前勇者の名前を呼ぶ彼女の目から涙がこぼれ落ちる。魔人となった今でも、彼女の心は深い悲しみに覆われていた。
ーーアイリス……済まない。俺が、あの日君に全てを話していれば、君をこんな道に引き込む事はなかった。
声ーー勇者ガイアスは、彼女に語りかける。だが、死という壁が、彼と彼女の前には隔てられ、声は届かない。
「……済まないって言ってるよ」
だから、その境界に立つ俺が伝えてやらないといけない。それで、彼女を救う事が出来るかもしれない。奇跡が起きるかもしれない。
だって、邪神の加護に抗うほど彼女は彼を愛しているのだから。
「俺にはわからないけれど、あの日全てを話せなくてごめんて」
「ァァ……ガイアスァァ」
彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
ーー俺は全てを覚悟して、自分から兄さんに言ったんだ。魔王を倒してくるって。
「俺は全てを覚悟して、自分から兄さんに言ったんだ。魔王を倒してくるって」
俺は、伝わってくる言葉をそのまま繰り返した。彼女が愛した人の言葉をそのまま伝えてあげたかったから。
「だけど、俺は負けてしまった。だから、悪いのは全て俺だ。この国の人でも、まして兄さんのせいでもないんだ」
「ァァァア、ソンナァァ……ワタシハ、ワタシハ……」
「だから、もう俺の復讐なんてやめてくれ。俺は、そんな君を見ていたくない」
溢れ出る涙はとめどなく流れ出ている。
きっとこの人は、ただ愛していただけなんだ。勇者ガイアスの事を。
その愛が、大きくて大きくて、本物であったからこそ、許せなかったんだ。
皇帝を。国民を。そして、この国を。
「俺は、ずっと君の側にいる。たとえ死んでいたとしても、俺の心は君の側にある」
「ゥゥウ……」
唸るような泣き声が、俺にはとても悲しく聞こえた。だけど、凄いと思った。魔人になっても、愛を忘れない彼女の心が。
だからか、俺は言葉を止めてしまったのだ。
「俺は君を愛して……ちょっと待て。俺が言うのか?っていうか、言っていいのか?」
思わず確認をとってしまうほど、その言葉が重く思えたのだ。
だけど、彼女はそんな事は関係ないとばかりに泣きながら懇願する。
「キカセテェェ……カレノコトバヲォォ」
だから、俺は言う事にした。その言葉の重さを胸の中で確かめながら、大事に、大事に、口に出した。
「ーー俺は君を愛してる。この命が尽きようと、君がどんな姿になろうと、そして、どんな罪を背負うと、俺は君を愛し続ける。永遠に」
「ァ……ァア……ワタシモ……ワタシモ、アナタヲアイシテル……」
泣き崩れた彼女の声は、とても切なく、それでいて暖かい気持ちにさせくれる何かが込められていた。
きっとこれが愛、なのだろう。
「……もうやめくれる?」
「エエ……エエ……アリガトウ……カレノコトバヲオシエテクレテ……アリガトウ……アリガトウ……」
お礼を何度も、何度も口にする彼女の涙は、血のように赤かった。
血の涙。そうとしか言えない色の水滴が、何度も何度も地面に落ちる。
その時、何故か俺は凄く恐ろしい事が起きているようなそんな感覚に苛まれた。
「あの……大丈夫?」
彼女を心配する言葉を掛けながら、俺は地面に落ちた涙に触れた。
ただの水に触れたのではない、ドロッとした液体の感触。
そう、それは比喩でもなんでもなくーー彼女の血であった。
「…………ゴメンナサイ……モウオソカッタミタイ。オサエラレナイノ……ワタシノジャナイニクシミガ、コロセコロセッテ。……オネガイ……ワタシガマダヒトデアルウチニ……カレノコトヲオボエテイルウチニ…………コロシテ」
ーー奇跡は起こらなかった。
「ア……ア……ァァア ア ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
俺はその時、彼女に起こり始めた変化を見ている事しか出来なかった。
言葉と共に流れ込んできた感情が、彼女を殺したくないと強く俺に押し付けてきたから。
もうとっくに血で汚れている俺の手は……動いてはくれなかった。
ーー……頼む。
声は彼女を殺してくれと俺に求める。その中に込められた感情は、全く逆の事を強く思っているのに、言葉だけはそう求めるのだ。
……勘弁してくれよ。
本気でそう思った。
真逆の言葉と思いを、俺に全部渡してくるなよ。
腕に力が入らない。言葉に出来ないほどの悲しみが胸を締め付ける。
ーー訂正する。殺人鬼。
俺はお前の気持ちがわかる人間だ。
死者の声だけでなく、その思いもわかる人間だ。
俺とお前の違いは、聞こえるものが、死者の怨念か、願いか。
それだけだった。いや、その区分も果たして明確なものか、曖昧さは拭えない。
剣が持ち上がらない。
覚悟を決めたはずなのに、ガイアスの想いに触れて、それがただの砂山に成り下がる。膨れ上がる感情の波に砂浜が飲まれ、俺の意思が洗い流されていく。
何かがおかしい。
そう感じた時には、すでに俺は俺でなくなっていた。
溢れる感情が抑えられない。時を追う毎に強くなっていく。
まるで自分が自分じゃないような、誰かに心ごと体を乗っ取られようとしているような嫌な感覚だった。
俺の感情ではない別の何かが、俺を支配しかけていた。その何かは、この場合明らかで、俺はこの時になって初めて危機感を覚えそれに抗った。
「俺を……俺を乗っ取るな……ッ!」
苦々しい声で、俺を乗っ取ろうとする感情に抗う。きっと、今の俺は周囲から怪訝な眼差しを受けているに違いない。
そうとわかっていても、叫ばずにはいられない。俺が俺であると、強く言葉にしなければ、強い想いに俺の心が、塗り替えられてしまいそうだった。
「くそっ……」
ーー頼む。彼女を殺してやってくれ。
そう頼むのなら、もう入ってくるなっ!
俺と死者の境界が、曖昧になる。頭の中で聞こえていた声が、心で響く。受け取る事しか出来なかった感情が、俺の中で生まれる。
だが、俺という意識から生まれた感情もまたそこにはある。
二つが、ぶつかり合い、絡み合い、それが今の『俺』という意識を作り上げる。
やめろ……
敗北は必死。抗う意思が、相手の意思に劣る。
だが、その中でも、別れ間際に見た彼女の涙に濡れた顔だけは、強く俺の中で輝いた。
「くそがァァーー‼︎」
再起の意思に、俺の心が反旗を再び持ち上げた、その時ーー
「えっ……」
突然に戻りくる他の意思に支配されていない自我。
胸に到来した悲しみが、ずっと彼女の命を奪ってくれと求めていた声が、彼女を愛おしく感じてしまう俺の感情が、一輪の花も残す事もなく全て消え去った。
「はぁはぁ……いったい何が……」
激情から解放された俺は息も荒く、あのままでは乗っ取られていたかもしれないと、冷や汗を流した。
今のは……何だったんだ?
そう必然的に湧いてくる疑問を、考える時間はなかった。
悲痛な叫びが、より苦痛を伴う叫びとなる。
「ァァァァァァァァァァァァ!」
彼女は、頭を押さえ苦しみもがいていた。俺と同じく自分ではない誰かに乗っ取られようとしているかのように。
「……ごめん」
手に持った剣に、魔力を通わせる。次第に赤色の光を強く放つようになっていき、それはまるで罪を重ね、血に染まったかの如く輝きを放つ。
「ァァァァモウ……ダメ……」
死の間際のような弱々しい言葉が発せられると同時に、血で真っ赤に染まった顔から、理が完全に消えーー俺は彼女の胸に深く剣を突き立てた。
「……魔爆葬送」
剣に込めた魔力を流し込み、そして圧縮する。
「あの世では、貴方が幸せでありますように」
破壊の一撃が、彼女……いや、魔人の内側から何もかもを粉々に砕いていく。死というには、余りにも残忍で、無慈悲な一撃。
だというのに、消え去る間際に見せた彼女の顔は、俺にお礼でも言うように、微笑んでいた。
「ーーーーーー」
無慈悲な破壊が、人1人を粉々に、そして、その一部も残すことなく、砂へと変えていく。
俺はその光景から目を逸らさず、手を握り締めた。
どう言葉を見繕っても、俺が殺した事には変わりない。罪を償わす機会もあげられず、ただ殺す事でしか救いをやれない。
ただ、祈ることしか出来なかった無力な自分が情けなかった。
だが、それを悔やんだところで何も変わりはしない。後悔してるじゃないんだ。自分に出来る最善を尽くしたつもりだ。ただ、虚しさだけが残っている。
だとしたら、俺はたぶん何かを間違えたんだろう。俺の心が笑っていない結末が、最高であるはずがないのだから。
けれど、それで立ち止まったりはしない。
彼女の言葉が、残された想いが、俺の足を押してくれる。
だから、俺はこの失敗を己の糧にして、飲み込んで。
「もう……こんな悲しい戦いは嫌だな……」
そう、本心を願いにして口にした。




