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番外編〜二度目

※注意

本編のネタバレを若干含みます。それでもいい方、むしろドンと来いの方のみどうぞ。








「うぅ……」


 額に当たるひんやりとした感触。手を当ててその感触を確かめると、濡れた布がそこにはあった。


 何で頭に……あっ……私……倒れたんだ。料理を作ってる最中に……


「お目覚めかい?」


 不意にそう問いかける声がした。重い頭を起こし、私は声のした方を見た。その声がレイジのものだったから。だけど、その話し方やアクセントが違う。見た目相応の大人びた声に聞こえた。


「……レイジ?」


 気だるい体を起こし、レイジであるはずの人物に問い掛けた。私の知っているレイジではない気がして。


「すまないが、私は彼ではない」

「そう……やっぱり」

「……君は冷静だな。てっきり驚かれるかと思っていたが……」

「驚いてるよ? けど、なんか納得って感じかな。あなたがレイジをここに呼んだんでしょ?」


 レイジの境遇は偶然ではないと思っていた。偶然というよりも誰かの意思によって、招かれたと言われた方が納得出来る。

 3日しかこちらに居られないという時間制限。私はそこに意思のような物をずっと感じていたのだ。誰かが意図してこれを行っているのではないかと……


 しかし、彼は小さく首を振る。


「私ではない」


 そう言って、けれども私の考えが間違いではなかったと、確信に迫る言葉を口にする。


「しかし、彼をこの世界に呼んだ人物が誰なのかは知っている」

「そう、なんだ」


 私の考えとは少し違ったようだけど、やはり誰かが意図した結果であったようだ。それが、不安を私の心に連れてくる。

 レイジが何かに大変な事に巻き込まれているのではないかと。


「レイジは……元の世界?」

「私が目を覚ましているという事は、おそらくは」

「そう……なら、これはあなたが?」


 一体何者なんだろうとは思ったけれど、それを聞くことはしなかった。どうせ教えてくれはしないと思ったからだ。

 代わりに額に置かれていた布を持ち、あなたが看病してくれたのかと聞いてみた。もしそうなら、お礼の一つでも言っておかないと、と思ったのだ。


「いいや、彼だよ。私が入れ替わるまで彼がずっと看病していた」

「そうなんだ……」


 お礼はレイジに言わないとね。心配もかけただろうし、謝らないといけないね。


「一つ君に頼みがある」

「何?」

「彼をここから追い出してくれ」

「っ……」


 心臓が一度だけ激しく跳ね上がった。けれど、すぐに鼓動は元に戻る。


「………それは私が長くないから?」

「わかっていたのか……」


 母さんが死ぬ前、突然倒れた事があった。それから母さんは見る見るうちにやせ細り、最後には死んでしまった。それは今でも鮮明に覚えている。

 だから、自分ももう長くはないんだろうなと感じていた。そこに飛び込んで来たレイジを追い出して欲しいという頼み。すぐに何故そんな頼みをするのかわかった。


 初めて会った人だけど、一つだけわかる事がある。この人は私と同じでレイジの事が大事なんだ。そうでなければ、こうしてわざわざ私にお願いを口にしたりしないだろう。

 きっとレイジには何か役目があるんだ。もうすぐ死んでしまう私にはそれが何か知る事は出来ないし、意味もないのかもしれない。

 だけど、してあげられる事はある。それは私と別れる事。


 このまま私が死んでしまえば、レイジは深く傷つくだろう。両親を亡くした時の私と同じように。或いはそれ以上に。

 この人はそれを心配してるんだ。そして、それは私も同じ。


 両親を亡くしてから、ずっと寂しかった。それをレイジが埋めてくれた。私の新しい家族になってくれた。それは血の繋がっていないただの関係だったけれど、私にとってレイジは家族だった。


 このままでいいのかと何度も考えた。レイジとの生活の暖かさに埋もれ、大事な人を傷つけてしまう事がわかっていても、もうこの生活を手放したくなくて、ずっと言えなかった。

 そうして、ズルズルと限界が来るまで、来てしまった。


 もういいだろう。十分過ぎる程の暖かさと、寂しく消えていくだけだった私に楽しい思い出をたくさんくれた。


 だから、せめて死ぬ前にレイジに恩返しをしよう。

 それくらいしか私があの子にしてあげられる事はもうないんだから……


「……わかった。レイジと別れる」

「すまない……君には辛い決断だと思うが、よく決断してくれた。ありがとう」

「お礼を言うのは私の方。レイジとの出会いを、私に一時でも幸せを与えてくれてありがとう」


 私は深々と頭を下げた。本当に心から感謝していたのだ。この人ではないかもしれないけれど、レイジをこの世界に呼んでくれた人に感謝を伝えるには、これしかないと思った。


 そんな私に、彼は突拍子もない疑問を投げかけた。


「……死んだら人はどうなると思う?」

「えっ? 死んだ後?」


 脈絡も何もない突然の質問に私は疑問で返した。


 死んだ後どうなるかなんて考えた事はなかった。死ぬのはただただ恐ろしい。


 もうすぐ死ぬのに、こんな事をして何になるの?


 死を考えるといつもそこにたどり着く。それで終わり。

 だから、目を背けてきた。そうせずには、生きていられなかったから。


「死んだら天国に行く、地獄に行く、人によって信じるものは違うだろう。ーーだが、真実は一つ。君は何を信じる?」


 私の信じるもの……いや、信じたいもの。


 私が信じたいと願う死は……


「私は……生まれ変わりたい。生まれ変わってレイジともう一度生きたい」


 もしも、もしも、叶うのなら、願ってもいいのなら、私は生まれ変わりたい。

 そして、もう一度、レイジと出会いたい。出来れば家族として。

 この暖かい日々をずっと生きていたい。


「そうか」


 男はそう短く呟くと腰を屈め、私の手を取った。


「これは我々からの感謝の証だ」


 暖かい手だった。温もりが手を伝って、何かが私の中に流れ込んで来ている気がした。そして、彼の手が離れると同時に、その感覚は消え失せる。


「……時間だ。もうここには居られない。彼を頼んだ」

「はい。私からも、お願いします。私が死んでもあの子を、レイジをお願いします」

「ああ。来世で彼に会えるといいな」


 男は最後にあたかも来世が本当にあるかのように、幸運を祈ってると言って、いなくなっていった。抜け殻だけを残して……


「来世……か……」


 そんなものが本当にあるのだろうか?

 ううん、あるんだ。そう信じて死のう。レイジと来世で家族になる事を夢見て死のう。

 そうすればきっと一人でも寂しくない。きっと暖かい気持ちで死ねる。


 ……そう考えていた。


 だけど、考えと思いは全くの別物なんだと、私は今更ながらに知る事になった。


 目覚めたレイジは、看病を最後まで出来なかったと謝ってきた。けど、それはレイジのせいではない事を私は知っていたし、ギリギリまで看病してくれていた事も知っていた。

 だから、私は感謝を込めてレイジを抱きしめた。


 本当に優しい子。だけど……脆い。きっと私の死にこの子は耐えられない。

 別れを切り出さないと。なるべく早く……ううん、それじゃいつまで経っても切り出せない。


 今……言わないと。


 私は別れを切り出そうと口を開けた。


「…………ぅ」


 だけど、言葉が出なかった。代わりに出たのは嗚咽と涙。


 えっ……?


 私は戸惑った。視界が歪み、朴を伝わる涙に。


 初めてだった。泣いたのは。


 両親が死んだ時も私は泣かなかった。泣いたらダメだと思ったから。

 両親は笑って生きて欲しいといつも言っていた。だから、最後まで笑顔で見送ろうと思った。


 今もそうだ。笑顔でレイジと別れようと思っていた。それが出来ると、安易に思っていた。


 だけど、そんな思いとは裏腹に、私の心はレイジと別れる事を拒否した。


 別れたくない。

 せっかく出会えた新しい家族と離れたくない。

 死ぬ時まで、ずっと一緒にいたい。


 そんな我儘な思いが涙となって溢れ出した。


 頭ではレイジと別れなくてはいけないとわかっている。

 だけど、私の心がそれを良しとしない。離れたくないとレイジを抱きしめる手に力が入る。


 レイジと過ごした日々が走馬灯のように今から過去へと瞼の裏に流れる。

 暖かい日常から、寂しく冷たい日常へと移り変わり、私は1人になった。


 ……そうだ。

 あの日……私はーー死ぬつもりだったんだ。


 両親が死に自分も母さんと同じ病気になったとわかった日、村の人達は私に優しくしてくれたけど、その手も取ろうとせず死のうと思った。

 それを止めてくれたのはこの世界に来てばかりで怯えていたレイジだ。


 私にとってあの日はターニングポイント。絶望と希望を同時に与えられた日。


 私は村の人達の反対を押し切ってまで、レイジと一緒に暮らす事を決めた。

 言葉も話せなかったレイジを助けてあげないとと言うのが、表の理由。


 本当の理由は寂しかったから。

 私の家族が生きていた時のように、どこにでもあるありふれた日常に憧れていた。一度それを失った私には、それが何よりも尊いものに感じられたのだ。それが欲しくて堪らなかった。残された日々をその中で過ごしたかった。


 そんな価値のある日常をレイジは私にくれた。他人どころか、住む世界さえ違うのに、私達は家族のような関係を築けた。

 ううん、ようなじゃない。私は本当の家族だと思っている。


 だからこそ、私はここで口を開かないといけないんだ。

 それが身を切るより辛い事でも、この子を突き離さなければいけない。


 だって、この子は私に残された最後の家族なんだから。


「ごめんね……」


 それが、これから傷つけてしまう事への謝罪なのかはわからない。言葉がこれしか出なかった。

 レイジは私は何も悪くないと、謝る必要はないと言ってきた。だけど、それは違う。私が悪いんだ。いつまでも決断仕切れなかった私が悪い。


「レイジ、あなたはこの村を出ないと行けないの……」


 涙が止まらなかった。私は溢れ出る感情を抑え、最後の別れを口にする。見た目と違い中身が幼いレイジと別れると思うと、自然と言葉が多くなる。心配が尽きなかった。


 だけど、いつまでも心配ばかりしていてはいけないと、さよならを言ってそこを立ち去った。


 後は代わりに中に入った戦士長さんに任せよう。事前に話をして置いてよかった。きっと彼がいなければ私はまた躊躇してしまっただろう。

 戦士長が待ってるから早く別れなければならない。そんな小さな思いが僅かでも助けになった。


 レイジが私の名を何度も叫ぶ。それを聞くたび私の心は振り返り、立ち止まる。だけど、唇を噛み、痛みで感情を押し殺して体は前に進む。


 気が付けば私は走っていた。レイジから逃げるように。

 そのまま村のはずれにある墓地まで足早に逃げた。こここまで来ればレイジの声は聞こえない。私が泣いても誰も気付かない。


 私は大声をあげ、両親の墓の前で泣いた。


 さよなら。

 さよなら……レイジ……



 〜〜〜〜



 レイジが村を出た後、私はすぐに歩く事さえ出来なくなった。毎日ベットの上で、村の人が作ってくれたご飯を食べ、機械のように生きていた。

 村の人達は色々と励ましの言葉をくれるが、私は何も思わなかった。ただ、窓の外を見てレイジの事だけを考える日々。


 今どこにいるんだろう? 泣いてないかな? ちゃんと生活出来てるかな?

 会いたい……一目でいい。元気な姿が見たい。

 その思いは時が経つにつれ次第に大きくなる。だが同時に、私の体は着実に死へと向かっていた。


 レイジに会いたい……


 それしか考える事が出来なくなた頃、私の体はもう限界を迎えていた。死神がもう鎌を降りあげ、私が死ぬのをまだかまだか首を長くし待ち侘びている。

 けれども、そんな死の恐怖より、私の心はレイジの心配で埋め尽くされていた。


 レイジも私に会いたいと思ってくれてるかな?

 もう私の事なんて忘れちゃってるかな?

 ううん、それはないね。今頃、村に戻ろうと頑張ってたりするかもしれない。私に会うために。


 そんな想像をしながら、私はその時を待っていた。そのまま一人で死ぬつもりだった。世界は厳しいから、私なんかの願いを叶えてくれはしないだろう。

 そう思いながらも、願いをやめる事が出来ないのは、私が弱いからか。


 けれども、私の願いは絶対に叶わない。

 なぜなら、世界は無情にも私の両親を助けてくれなかったから。

 私が普通に生きる事を許してくれなかっから。


 だから、諦めていた。


 だけど、最後の最後で、初めて世界は私に優しかった。


 家の扉がノックもなく開かれた。

 そこから入ってきたのはーーーーレイジだった。


「やっぱり戻って来ちゃったか……」


 それは半分以上強がり。本当は戻ってなど来ないと思っていた。

 見れば体はボロボロ。きっと無茶してここまで戻ってきたのだろう。その事に私は嬉しさと申し訳なさを同時に感じた。

 嬉しさはレイジに再び会えた事に対して。申し訳なさは結局レイジに私の死を見せてしまう事に対して。


 レイジは私に世界樹の雫を持って来てくれた。

 その雫の事は私も知っていた。何故ならそれが父が死んだ理由だったからだ。


 父は母が病気になったと知ってすぐ、世界樹にそれを貰いに旅に出た。しかし、それは母さんの病気を治すには至らなかった。その道中で体を悪くした父は母が死んで二年後それを追うように死んだ。


 きっと生半可なんか事ではそれを手に入れる事が出来なかった筈だ。私は愛おしさでどうにかなってしまいそうだった。

 この子を抱きしめたくて仕方なかった。だけど、私の体は……そんな些細な愛情表情さえ出来ない程弱りきっていた。


 本当は、レイジの優しさを受け取りたかった。だけど、それが意味のない事だと私は知っていた。母は世界樹の雫を飲んでも助からなかった。きっと私もそうだろう。


 なら、それはレイジに使って欲しい。

 レイジが病気になった時でも、怪我をした時でもいい。

 その雫が必要となった時、他の誰でもないレイジに使って欲しかった。


「ありがとう……それとさよなら……私の最後の家族……」


 私は終わりを悟った。

 もう私の目には近くにいるレイジの顔さえボヤけて見えた。

 死なないでと、泣きながら必死に死にゆく私を引き止めようとする。だけど、もう死神の鎌は私の首に振り下ろされていた。

 それが止まる事はーーもうない。


「ごめん……ね……もう限界……みたい…………次は本当の家族に…………」


 なれたらいいね。

 最後の言葉がレイジに伝わる事はなかった。

 他にも伝えたい事がいっぱいあった。

 だけど、死神はそれを伝える時間を私に与えてはくれなかった。



 さようなら、私の愛しい家族。


 あなたの人生に幸あらんことを……











 何年……何十年……



 あるいはもっと……



 少しずつ少しずつ、私が消えていく。



 残りカスとなった私。



 いつ消えてもおかしくない私。



 そんな私に何かが手を差し伸べた。



 暖かい。


 とても暖かい何かが私の手をとって。


 私を引きずり出した。


 その忘却の炉からーー













 ーー起きて。ねぇ、起きて。


 ……?


 ーー早く起きて? もう目を覚ましていいんだよ。


 …………?


 ーーほら、あなたの家族が待ってるよ。



 心に響く声がした。それは音ではなく、言葉でもない。だけど、確かに私に呼びかけてきた。


 私はフラフラと起き上がる。

 そこは小さな部屋だった。白い壁から外の光が差し込んできている。


 なぁにこれ? えい、破っちゃえ。


 パキッという音共に白い壁は崩れた瞬間に差し込んできた眩しい光に目を細める。


 眩しいなぁ。どこ? ここは?


 だんだんと光に目が慣れ、辺りの様子が分かるようになってきた。そこは緑色の世界だった。


 ーーこっちだよ。


 私は声に従い、小さな部屋を出る。

 緑を掻き分け、私は声のする方向に進む。

 その先にいたのは4つの動く物だった。大きいのが3つと小さい1つ。


 ーー私の家族をよろしくね。


「ピィ」


 私は任せてと声に応えた。


 私はフラフラと飛び、家族に近づく。家族が誰か、それはすぐわかった。


 だって、私の心があの人だと指差していたから。


 差し伸ばされた家族の手。そこに乗って、そこが私の居場所なのだと、確信する。


「この子飼っていい?」




 それが、私と大切な家族の二度目の出会い。




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