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123.奪われたものは……

 

 ーー少し俺の過去について語ろう。


 ただし、『知識』とほんの少しの思い出しか語れないが。


 俺の中に残る最も古い記憶。それは、昼下がりの教室で、春樹にドッチボールに誘われた時の事だ。


 当時、俺は11歳。両親もまだ健在だった。

 今思えば、この時既に俺は記憶を失っていたのだろう。セルナとの思い出に付随して現実で過ごした記憶も。


 ただ、自分は学生で、両親の顔と名前という事は覚えていた。後は、それまでに勉強した内容と街の地理。

 それくらいしか覚えていなかった。


 だから、自然と目の前の少年が誰で、何故俺に親しく話掛けてきているのかわからなかった。


『お前誰だ?』


 そこでプツリと記憶が途切れてる。最後に覚えているのは、驚愕と悲痛に染まった春樹の顔だった。


 時系列的にはっきりと思い出せるのは、両親とキャンプに行った時の事だろうか。それまでは、飛び飛びでまるで知人の顔と名前を記録しただけの映像だった。


 キャンプに行ったのはいつだったか……確か、両親が亡くなる直前の事だったはずだ。


 この時の俺ははしゃいでいた。両親と川で魚を捕まえたり、虫取りをして遊んだ事は覚えてる。


 だけど、そこでまた記憶がプツリと途切れてる。楽しいキャンプの時間が終わり、帰りの車の中の映像が最後には残されている。


 その次の記憶には、もう両親の姿はなかった。部屋で蹲って、嘆く自分の姿がある。

 そして、夢の扉が開いた。夢を旅した。夢の中で冒険した。夢の中で戦った。

 夢の中の事はだいたい覚えている。


 だけど、現実での記憶がない。


 いや、中学校の卒業式と高校の始業式。それから、死ぬ前の数ヶ月は覚えてる。

 だけど、それ以外の日常で、俺が覚えてる事はない。何も思い出せない。


 あるのは、自分の経歴と、人との関係の『知識』だけ。そこに付随する思い出と、感情が抜け落ちていた。


「はっははは……」


 俺もまた奪われていたのだ。いや、まだと言うべきか。

 俺は何も知らず、自分の記憶の異質さに気付かずのうのうと生きてきた。


 それに気が付いた今ならわかる。俺があの世界が嫌いだったのはーー何もなかったからだ。


 ……合点がいった。

 これはノルドの仕業だ。俺に奪った記憶を見せるのではなく、記憶が奪われている事に気が付かせる為にノルドが仕組んだ事だ。


 ならば、春樹達は俺のせいでこの世界に連れてこられた事になる。


 俺は春樹達に関わらねばならない。せめて、この世界で生きていけるようになるまでは、俺が彼らを支えなければならない。

 それが俺とノルドの関係に巻き込んでしまった俺の責任だ。


「キッチック、急に笑い出されると不気味なのだけれど?」

「いや……お前も相変わらずだと思ってな」

「自分ではあれからかなり変わったと思っているのだけれど……」


 俺の適当な言い訳にシルビアは吐息交じりに目を伏せた。彼女的には、以前と同じと思われるのは嫌なようだ。


「まぁ、物腰が柔くなった気はするな。きっと色々ぶちまけて公衆の面前で大泣きしたお陰だな」

「……へぇ、私の恥をこうも簡単に滑らせてくれるとは……貴方が実は男色だと広めてあげようかしら?」

「おい、なんだその地味な嫌がらせは。ジワジワダメージ蓄積させようとしているとこが嫌らしい。もしそんな事したら、俺のコネを使って世界中にお前が百合だって広めてやるからな。泣き虫シルビアちゃん」


 ついでに俺の疑惑も取り払うようセシルに頼もう。完璧な勝ち筋だ。


「……ぶっ殺すっ!」

「おいおい、やめとけよ、また泣かせちゃうよ?」


 相変わらず沸点が低いシルビアは先のクールな割り込みは何処へやら。止めた本人がやる気満々になっている。

 これには彼女の仲間であろうカノンとアルクも頭を振りながらやれやれと呆れ顔だ。その呆れた視線が半分俺に向けられているのはきっと気の所為だが。


 ……カオスだった。

 方やお通夜。方や一触触発。方や呆れムード漂う、カオスな場がそこにはあった。だが、俺にはそのカオスな雰囲気が丁度良かった。雰囲気に呑まれて、いらぬ事を口走るよりは……


 しかし、そんなカオスな雰囲気は1人の少女の悲痛な叫びで霧散、いや、重くのしかかった。


「嶺自! あなたは嶺自なんでしょう⁉︎ ねぇ、貴方は日向嶺自なんでしょう⁉︎ お願いだから……そう言いなさいよっ‼︎」


 嗚咽交じりに、泣き叫んだのは如月結衣であった。ボロボロと涙を流し、まるで藁にでも縋り付くように、俺の服を強く握りしめた。


「…………違う」


 俺は認めなかった。日向嶺自である事を。目を逸らさずハッキリと否定した。


「俺はレイ。君が思ってる人とは違うよ」

「う、嘘よ。そんな……こんな……」


 俺を見つめる瞳が絶望へと染まる。光を失い、暗く暗く漆黒に染まっていく瞳は、不意にスッと閉じられた。それと同時に服を掴んでいた手の力が抜け、彼女は地面に倒れ込む。


「結衣⁉︎」


 春樹が慌てて、彼女に駆け寄ろうとしたのを手で制し、俺は脈をとった。

 脈はある。呼吸も安定している。ただ気を失っているだけだ。


「大丈夫だ。シルビア、彼女を頼めるか?」


 コクリと頷いたシルビアの後を、春樹が如月を抱えて牢屋の外に連れて行く。その後ろを舞先生が心配そうにつけていった。


 そんな彼女達の姿が見えなくなってから、俺はレーナさんへと向き直った。


「……レーナさん、俺は彼女と会わない方がいいかもしれない」


 俺と彼女、どちらにとってもいい結果を生まない気がしてならなかった。


「……かもしれませんね」


 レーナさんは言葉を濁すように、明言は避けた。俺はそれ以上は何も語らず、1人牢屋を出て行った。


 この時俺は、自分が何を失ったのか、身に染みて痛感していた。


 俺と彼女は一体どんな関係だったんだろう?


 思い返せば当たり前のように出てくる、クラスメイトという関係性(・・・)

 だが、その問いに対する本当の答えを、俺は持ち合わせてはいなかった。



 〜〜〜〜



 2ヶ月ぶりの外の空気。胸いっぱいにそのシャバの空気を広げようと、大きく深呼吸したが、胸に漂う悲壮感は拭えなかった。


「……しかし、ノルドの野郎は俺の心を乱すのが好きだな」


 セルナの時もそうだったが、あいつが一手打つたびに俺の心はグチャグチャになる。これに果たして何の意味があるのか俺にはわからないが、ノルド的には意味があるのだろう。


 そんな事に思考を割きながら、『豊穣の女神』を探し歩いた。小一時間程、気分転換も兼ねて一人で歩いたのちセシル達の待つ宿屋へ到着した。


 中に入ると、牢屋の中で別れたルクセリアも俺を待っていた。レーナさんあたりに送って貰ったのだろう。


「旦那、早速だが、私達は明日この街を出る事に決まった。旦那はどうするのだ?」

「それはまぁ、ここに居ても仕方ないから、俺達も明日出る事にするよ」


 ルクセリアとレーナさんの話は既に終わっていたようだ。ルクセリア達の予定に合わせる事に決めた俺は、グールとキースに目を向けた。

 二人とも変わらず元気そうだ。しかし、少し寂しげなのは、ソラとノルルとお別れしたからか。


「ソラ達にお別れは言えたか?」


 俺の問いに二人は黙って小さく頷いた。ここ数ヶ月間ずっと一緒にいた相手と別れるのが寂しいようだ。

 平気を装っているが、まだまだ幼い彼らにはそれを全て隠す事は出来ないみたいだ。


「またいつか会えるさ。お前達が忘れない限り」


 ムシャムシャと少し乱暴に頭を撫でて、2人を軽く慰めた。世界を越えてまで再開する事があるんだ。同じ世界、同じ国にいるのなら、会おうと思えばいつでも会えるさ。

 そう思って。


「さてと……じゃあ、今日のところは解散で、また明日にでも『ブォォォオン‼︎』……何だ?」


 なんだ今の音は? 警報?


『緊急‼︎ 緊急‼︎ 街郊外に魔人と思われる個体出現‼︎ 帝国兵士、並びに勇者軍の皆様は街の北門に集合せよ‼︎ 民間人は街の外へ出ないで下さい‼︎ また、腕に覚えのある冒険者各位も北門に集合して下さい‼︎ 繰り返します……』


 ……あいつが来たのか?

 もう見つかったのか?


「ルクセリア、行くぞ。魔王かもしれない」


 この街の兵士がどれ程のものかは知らない。だが、魔王が来たのなら、邪神化される前に仕留めなければ、勝てはしないだろう。

 先日俺たちが勝てたのも、魔王が邪神化しなかったお陰だ。恐らくは取り込む加護がなかった為だと思うが……それなしでも脅威であるのは変わらない。


 俺の脳裏には余り嬉しくない考えがチラチラと見え隠れしていた。



 〜〜〜〜



 街の外は騒然としていた。集まった騎士と勇者軍、それから有志の冒険者の集まりは、纏まりがなく、騒々しかった。

 少し遅れて俺とルクセリアもガヤカヤと騒がしい集まりの中に加わった。


「誰かリーダーはいないのかよ」

「さてな。だが、魔王ではないようだ」

「見えるのか?」


 身長の低い俺は人垣に邪魔されて、前方を見る事が出来なかったが、高身長のルクセリアの眼には魔人の姿が映っているようだ。


「ああ。理性を保ってはいないように見える」

「じゃあ、魔人か」


 心配し過ぎだったか?

 けど、何もなしに魔人が生まれるわけないしな……


「取り敢えず魔人はエサだと考えて、警戒はしておこう」

「いや、その可能性は低いだろう。私達がこの街にいると知っているのならば、わざわざ人を集めるようなヘマは起こすまい」


 確かに……

 という事は、あの魔王の仕業ではない?

 あるいは別の魔王が仕組んだ事か?


 俺が色々と推測を重ねていると、ルクセリアはそれに、と言葉を続けた。


「気を散らす余裕はなさそうだ」


 どういう事だ?

 俺がそう尋ねようとした時ーー複数の絶叫が耳を打つ。悲鳴のような雄叫び。直後に続く、獰猛な獣のような唸り声。

 その場に緊張が走った。


「魔人が来たぞーーッ‼︎」


 集団の先頭。帝国兵の集まりから、全体に魔人が現れた事を知らせる声が響いた。その声に、後方にいた冒険者がバラバラに動き出す。そして、相手の姿を確認して、驚愕の声を漏らした。


「5体もいやがるっ!」

「どいつだ‼︎ 1っ匹とか抜かした奴はッ!」

「お前達冒険者が勘違いしただけだッ! 始めらから敵は5体いたッ!」


 至る所で湧き上がる冒険者と帝国兵が言い争う声。俺は、それを聞き流しながら、自らの眼で魔人の姿を確かめた。


 魔人は5体いた。

 男、女混ざり合った魔人の集団は、冒険者風の服装に身を包みんでいた。恐らく冒険者のパーティであったのだろう。同業者の目から見ると、見に付けている真新しい装備からは、冒険者に成り立ての新米冒険者であった事は一目瞭然だ。


 だが一方で、どの個体も、眼には血線が走り、血走っており、口からは獲物を前にした肉食動物の如くダラリと涎が垂れており、理性のない眼と合わさり、表情は醜悪に染まっている。その様からは、人という単語は浮かんでこない。


 ……くそっ。

 まだ二度目だが、何度見ても悪態しか浮かばない。この世に生まれて生きた最後があれでは、彼らも浮かばれない。せめて、人を殺める前に止めてやろう。


 同じ冒険者であった者として。


 俺は彼等をこの手で殺す覚悟を決めた。しかし、


「勇者軍前へ! いい実戦相手だ! 他の者はしばし手は出すな!」


 レーナさんの指揮に足を止められた。まるで邪魔はさせないとばかりに連なった帝国兵達。その壁に阻まれ、俺たちは前に出る事が出来なかった。


「何の為に俺たちを呼んだんだ」


 それは覚悟を止められた事に対して愚痴。言外に目の前の阻む壁への悪口だ。

 まぁ、俺の悪口は可愛いものであったが……


「おいコラッ、 どけッ! 俺たちを呼びつけといて、働かせない気か⁉︎」


 また揉める事になるのかなと、他人事のように成り行きを見守っていると、


「落ち着け! 報酬はこの場に集まった者皆に支払う! 故に、この子達に経験を積ませる間、待たれよ!」


 レーナさんの一言で、冒険者側から文句を言いだす者はいなくなった。流石といえばいいのか、帝国兵からの信頼が厚い彼女は、こんな時に冒険者が何を求めているのか、経験的にわかっていたようだ。


「しかし、勇者軍だけで大丈夫かな」


 ルクセリアの父親が魔人化した時は、最低でもSS級クラスはあった。ただ、ルクセリアの父親がそこそこ強かった事を考えると、新米冒険者が魔人化しても、S級クラスなのではないかと考えた。だが、それでもSクラスが5体。


 今日顔を合わせた限りでは厳しいという印象だ。だが、レーナさんの言う通り経験を積むのは悪い事じゃない。

 危なくなった時の兵であり、俺たちなのだ。それを理解したからこそ、俺は動かなかった。

 このままいつでも飛び出せるようにして、観戦して……


「レイ殿、ここにおられたのですね。ルクセリア殿も。さぁ、こちらに」

「えっ? いいのか?」

「ええ。お二人にも勇者軍の戦いぶりをよく見て頂きたいのですよ。特にレイ殿には」


 そんな風に、レーナさんは俺の観戦を手助けしてくれた。レーナさん的には、後々指導を頼む為に、彼らの戦いぶりを見せておきたかったのだろう。


「そういえば、彼女……如月さんは大丈夫だった?」

「ええ。もう目を覚まされましたよ。暫く混乱していたようですが、今は冷静に受け止める事が出来たようです。なので、彼女にも指導をお願いしたいのですが……」

「その話は、俺の用事が済んでからで。いきなり急用が出来ないとも限らないんで」


 俺はレーナさんと和やかに会話しながら、指導の件に関しては先送りにした。まだ正直、俺の覚悟が決まっていなかった。

 彼女への警戒……と言うよりは、無意識の内に避けようとしてしまっている。彼ら全員を。


「わかりました。ただ、急用が入ったとしても、一度帝都へお越し下さい。マーレシア様もルーシィ様も、貴方に会いたがっていましたから」

「りょ、了解……」


 どうしよう。

 急に帝都に行きたくなってきた。あの二人に関わるとシャルステナの機嫌が悪くなりそうだから、出来れば会いたくないのだが……


「前衛組行くぞッ‼︎」


 俺とレーナさんが雑談を重ねている間にも、魔人と勇者軍は接触せんとしていた。春樹が先頭に立ち、皆を奮い立たせんと鼓舞していた。そして、剣を高く掲げ大きく踏み出した。

 春樹一人を見れば士気は十分。しかし、全体で見れば士気は最悪に近い。やる気があるのは、この世界で生きてきたシルビア達だけ。他の異世界転移組は、剣は抜けども立ち向かおうという気迫はなかった。


「どうしたお前ら⁉︎ 冒険者に気使ってるのか⁉︎」


 検討違いの心配をする春樹に、何故か懐かしさを覚えた。だが、懐かしさに思いを馳せられるような事はなく、俺は自身の心を吐き捨てた。


 心は覚えてますってか。くだらない。


 記憶に浸って懐かしさを覚える事も、誰かと思い出を笑い話にも出来ない。


 心が覚えてる。それに、何の意味がある?

 ただ虚しさしか、残らない。


 俺は失った。思い出せない。きっと彼らに酷い事をした。

 そんな思いしか、浮かんでこない。


 俺は初めて『レイジ』の気持ちがわかった気がした。

 確かにこれは何もない。

 もしも俺がこの世界で、家族や友達を持っていなかったら……俺には何もなかった。


 そして、同時に俺はノルドという存在に初めて心の底から恐怖した。シャルステナ達との記憶を奪われる意味が、ようやくわかった。

 こういう事なんだ。記憶を奪われるという事は。


 ーー訂正するよ、ノルド。

 もしも、シャルステナ達との思い出を奪われたら、どんな理由があろうと俺はお前を、恨む。


 そんな伝える事が出来たか怪しい思いを胸に抱きながら、成り行きを見守った。


「春樹……あれは、人だ。皆人を斬るには、まだ抵抗があるんだ。……私も含めて」

「そんな事は見ればわかる! まさか、そんな事も考えずに魔王討伐引き受けたとか言わないよな?」

「…………」


 図星であったのか、誰も春樹と目を合わせようとしなかった。そんな彼らに対し、春樹はグッと口を噛み締め、怒鳴った。


「こんな世界に来てまで人殺しを躊躇うなッ‼︎」


 春樹の言ってる事はもっともだった。やらなければ死ぬだけだ。自分の命は自分で守る。

 この世界で生きて来た俺ならば春樹の言葉に頷いただろう。


 だが、日本という危険のない国でのうのうと生きてきた彼らには響かない。簡単には人殺しという罪を背負う覚悟を背負えない。

 逆に簡単に人殺しを受け入れた春樹に、恐れを抱いた瞳を向ける者もいる。


「……もういい」


 脱力して、獣のように4本足で走り寄る魔人に向き直った春樹。その右にアルクが戦斧を片手で握り締め立つ。後ろには、大きな弓を地面に固定したカノンと、何やら魔石が埋め込まれた小刀ーーいわゆる魔剣だろうか、を持ったシルビアが背後を固めた。


「春っちは間違ってないよ、殺さなきゃ死ぬ。こっちの世界じゃ、それが当たり前だからね」

「カノンの言うとおりだぁ。ありゃあもう人じゃねぇだぁ」

「二人とも無駄口はその辺にして、やるわよ」


 三者三様に、しかし、魔人を殺すという思いを秘めた瞳で春樹の背中を押す。


「ああ、そうだな。俺が代わりに頑張らないとなっ!」


 バッと迷わず飛び出した春樹。恐れ知らずというか、無鉄砲というか、この世界に来て間もない奴の度胸ではない。

 そんな春樹を追うように斧を風になびかせるように広げたアルクが続く。

 そんな2人の合間を縫うように、矢が魔人の胸へと突き刺ささった。


「エアカッター‼︎」


 シルビアの唱えた魔法が、魔人の群れの中心で鋭く舞った。カマイタチの斬撃が、魔人の体に裂傷をつける。しかし、魔人となった彼らの足を止めるには至らない。カノンの放った矢を胸に突き立てても尚、傷は浅く何事もなかったかのように襲い来る。


「死ねぇぇぇッ‼︎」


 真上からの振り下ろし。まだまだ荒削りだが、力の込められたそれは、地面を粉々に粉砕する。しかし、肝心の魔人には、軽く躱されて春樹は顔面を横殴りされた。


「ふんガァ‼︎」


 春樹が攻撃を受けてすぐ、入れ替わりでフォローに入ったアルクは力任せだが、綺麗な軌筋を描き魔人を引き裂いた。一匹目。アルクも俺もおそらくはその瞬間同じ事を考えた。

 しかしーー


「ギャァァオ‼︎」

「いてぇえ‼︎ いてぇだぁ、離れるでけろぉ‼︎」


 身を半分に分けられて尚、魔人はアルクの首筋に噛み付いた。鍛え抜かれた顎でもあるまいに、アルクの首の肉を噛みちぎり捕食する魔人。


 人を喰った……


 史実としては知っていた。魔人が人を喰うことは。しかし、実際に人が人を喰う瞬間を目にすると、考えていたよりも遥かに恐ろしく、気持ちの悪い光景だった。

 ああやって死ぬまで人を喰らい続けるのかと、その見たくもない光景を幻視してしまった。


「二人から離れなさいっ! エクスプロージョン‼︎」


 地面もろとも魔人が吹き飛ぶ爆発音。その轟音と爆風に晒された二人は、カノンが放った綱付きの矢に絡め取られ、回収される。

 グンと二人を括り付けたロープを引っ張りあげ、後衛に引き戻すと、ポーションを振り掛ける。


「ってぇ……人のパワーじゃないぞ」

「うぐぅ、首に穴が空いたみたいだぁ」


 春樹は殴られた頬を抑え、アルクは噛み切られた首に手を当てていた。

 春樹は骨が折れたのか、左側の顔が少し凹んでいた。鼻からは馬鹿みたいに鼻血が出ており、魔人の剛腕が見受けられる。

 一方、首筋を噛み切られたアルクは、慣れているのか苦しむ様子はないが、くっきりと歯型が残った傷跡は実に痛々しい。


 2人の傷はポーションにより徐々に癒されていた。だが、完全に治る前に爆発の粉塵の中から4体の魔人が凶声を上げて、飛び出して来た。

 それをカノンとシルビアが迎え撃とうと、治療中の二人を背に庇うが……


「見てられないな……」


 後衛職の二人を前に出した時点で、この戦いは彼らの負けだ。怪我を押してでも、アルクと春樹は前に出るべきだった。

 これでは、全員怪我を負って動けなくなるだけだ。


「ダメだッ‼︎ 俺が出る!」


 奇しくも寸前で、二人を押し退けた春樹。しかし、4体もの魔人相手になす術があったわけではない。


「は、春樹ッ‼︎」


 結衣の悲鳴が飛ぶ。春樹に押し退けられた2人の顔が絶望に染まる。出遅れたアルクは、口惜しそうに目を逸らした。


 突き立てられた爪と牙。まるで命を削っているかの如き馬鹿力が春樹一人へと向けられた。


「くそッ‼︎」


 避けられない事を悟った春樹は、目を瞑る。諦めたわけではない。ただ、痛みに耐える為に、覚悟を決めたのだ。


 だが、いつになっても痛みは彼を襲わない。代わりに、轟音と強い風が彼を打った。


「ったく、無理なら逃げろよ。こんだけ人がいるんだからよ」

「お前……」

「まぁ、覚悟はいいんじゃないか? この世界ではお前が正解だ」


 俺は両手で魔人の腕を掴み上げながら、背中越しに春樹と言葉を交わす。まだ正面切って話す気にはなれなかった。

 その横にはルクセリアが並び立ち、剣と拳をつけたて、二匹の魔人を止めていた。


「シルビアも冷静なお前らしくない判断だったな」

「黙りなさい。私は近接戦闘も出来るのよ」

「攻撃力が皆無なくせに」


 俺の指摘にシルビアはキッと睨んできた。

 おおっ、こわいこわい。


「まぁ、今回は助けてやるから、その辺もうちょい考えた方がいいんじゃないか? 攻撃力さえあれば、早々負けはしないだろ」

「……貴方からそれを言われると物凄く腹が立つのだけど?」


 鋭く尖った剣先のような視線を突き立てるシルビア。アドバイスしたのだから、もう少し素直に受け取れないものか……


 そんな事を思いつつも、両手に力を込め、捻り上げた。


「ルクセリア、ノルマ1人二体だからな?」

「了解した」


 短く了承したルクセリアが、魔人を弾き飛ばすと同時に、俺もまた魔人を蹴り飛ばす。


「今楽にしてやるからな」


 俺とルクセリアは、二人同時に踏み出したーー


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