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121.召喚されし勇者後編

 私達が異世界へと召喚され約半年が過ぎた頃、私達は二度目の進化を終えた。

 そして、また新たに世界の真理を学ぶ事になった事件があった後、気が付けば私達は更に超人となっていた。

 いつの間にか誰もがC級を一人で倒せるようになり、春樹に至っては一人で楽々A級討伐を成し遂げてしまった。


 レーナ先生のお墨付きも貰い、力を合わせればS級討伐も不可能ではないとのお言葉も貰い、それは一つの達成感と共に、私達の中で根付いた。


 その頃からだ。一部のクラスメイト達の素行の悪さが目立つようになったのは……


 海堂祐也、倉田健太の二人組は、日本にいた頃から粗暴な振る舞いをする人間であった。大人しい性格のクラスメイトからお金を巻き上げたり、虐めたりと酷い事を好んでするような、昔、虐めていた経験のある私からすれば、怒りを覚えずにはいられない人種の人間だ。


 この世界に来た当初は彼らも、現実を受け入れるのに必死だったせいか、大人しくしていた。しかし、ある程度力を持つと、彼らはそれを振るわずにはいられなかったようで、私達の目につかない場所で、山口誠治という名前の男子を寄ってたかってイジメていた。


 海堂と倉田の二人は、B級を倒せる実力者。一方の山口君は、私と同じく落ちこぼれ組であった。

 そんな彼は2人に目をつけられ、知らぬ間に傷を増やしていった。おかしいなと感じた日もあったが、訓練で怪我したのかと、その傷について聞いたりする事はなかった。その間、彼は人知れず土を舐め続けていた。


 私達がそのイジメに気が付いたのは、かなり後になっての事だった。

 偶々春樹と一緒に歩いている時、私達はその現場に出くわした。


 建物の裏で二人に囲まれて、顔には血を滲ませている山口君。その顔は酷く怯えていて、対して海堂達の顔は、ニヤニヤと面白がっているような顔だ。

 上から下に。まるで虫を踏み潰すかのように、山口君の頭を蹴る海堂。

 それを目にした私は怒りを覚え、思わず飛び出していた。


「何をしているんだ⁉︎ 山口君、大丈夫か⁉︎」

「如月、邪魔すんじゃねぇよ!」


 山口君と二人の間にわって入り、私は彼を庇った。そんな私に怒声が浴びせられ、それに言葉の一つでも言い返してやろうとキッと睨みを効かせた目に飛び込んできたのは、靴の裏であった。それが段々と私へと迫る光景。


「結衣に手だそうとしてんじゃねえよ! このクソどもがッ」

「うぐぅっ⁉︎」


 しかし、それが私の顔へと到達する前に、飛び込んできた春樹が二人を殴り飛ばした。心の中がスカッとするとして、安堵と共に震えが襲ってきた。


「お前ら、もうこんな事しないって言ってたんじゃないのかよ! 何でまた……ッ!」

「うるっせぇぇッ! お前に何がわかんだよッ! お前だけが巻き込まれりゃ、俺たちゃ魔王殺しなんざせずに済んだってのにッ!」


 顔を殴り飛ばされた海堂は、理不尽な怒りに顔を歪めて、春樹に強く当たる。それに呼応して、倉田もまた、春樹に怒声を浴びせた。


「こんなとこに来てまで、良い子ちゃんぶるんじゃねぇよ! この偽善者がッ!」

「ああっ⁉︎ 弱い奴に当たって憂さ晴らしするしかないビビり共が! 文句があんなら、俺に直接ケンカ売ってこいよ!」


 売り言葉に買い言葉。

 三人の言い合いはどんどんヒートアップして、すぐに殴り合いの蹴り合いの喧嘩に発展した。

 2対1の、春樹が不利な喧嘩であったが、ステータスの差を覆すには至らない。気が付けば争いは一方的なものとなり、海堂と倉田は見る見るうちにボコボコになっていった。


 それでも、プライドなのか、二人は膝を折ることなく、春樹に向かっていき、その度に打ちのめされていた。その余りの気迫と、春樹の容赦のない仕打ちに、私と山口君は気圧され、止めどきを見失っていた。あるいは、一度痛い目を見た方がいいという、考えが私の中にあったからもしれない。


 結局、騒ぎを聞きつけ舞先生とレーナ先生が止めに来るまで、春樹は二人を殴り続けた。その時には、二人は既に気絶する直前で、手足がブルブルと震えていた。


 その後、二人は魔法で治療を受けたが、二週間稽古には参加出来なくなった。春樹は、先生に厳しく叱られて、私も何故止めなかったのかと、キツく言われた。


 一方で、イジメを受けていた山口君の心の傷は深かかった。


 その次の日から、この三人が訓練に参加する事はなくなった。山口君は部屋に引きこもり、海堂と倉田はサボりを始めた。


 そんな具合に段々と纏まりがなくなっていく私達に、皇帝からある任務が言い渡された。

 皇帝が言うには、勇者のお披露目も兼ねて、国中を回って欲しいとの事。


 半年間みっちりと訓練して、自分達が強くなった事を実感していた私達はその任務を快く引き受けた。


 そうして、その3人以外のクラスメイト全員と先生、それからシルビアちゃん達と共に、旅に出る事になった。


 徒歩での旅路は楽なものではなかった。文明の力に浸っていた私達にとって、歩いて行くという旅路は苦痛であったし、ゆっくりと休息も出来ないというのは、辛いものがあった。


「春樹ッ!」

「ぐっ……ッ、大丈夫だ!」


 旅の途中で出くわす魔物達。A級との衝突などざらにある事であった。それは、この旅の目的の一つに、国民へ私達の力を示すというものがあったからだ。

 行く先々で、問題となっている魔物へと挑み、一匹一匹倒して回った。その中にはS級の魔物もいたが、シルビアちゃん達の力も、レーナ先生の力も借りずに何とか倒す事が出来た。


 だが、一方で危険な魔物相手にだけは先陣を切って挑む春樹の体は日を追うごとに、傷跡が増えていった。そんな春樹の事が私は心配になり、レーナ先生にお願いした。せめて街で休息させて欲しいと。


 そうして、初めてと言っていい、異世界に来てから自由に街を散策できる時間が与えられた。騒ぎにならないよう変装をしてだが。

 春樹と二人で異世界の街へと乗り出した私は、改めてここは異世界なのだと実感した。


「凄い……日本の街とは作りも文化もまったく違う」

「あったりまえだろ? ここは異世界なんだから。異世界って言ったら、魔法があって、魔物がいて、獣耳のお姉さんがいる。日本と同じわけないって」


 そんな風に春樹は、どこか噛みしめるように言った。その春樹の視線を辿ると、ピョコピョコと動くフサフサの耳があった。


「前から思っていたが、春樹は獣人が好きなのか?」

「ネコ耳、イヌ耳たまらんぜよ。これだけは異世界に来て良かったと思える事だな」


 春樹は身をよじり興奮していた。正直気持ち悪かったが、日本でも捨てられた子犬を十匹も拾ってくるほどに動物好きであった春樹にとっては、獣人との出会いは衝撃的であったのかもしれない。


「帰る前に獣人の村か里に言って、フサフサの毛に囲まれたい……」

「往来で、汚らしい顔を晒すな。一緒にいる私が恥ずかしい」

「あっ、ひっでぇ」


 そんなちょっとした事件があったけれど、その日は春樹をゆっくりさせる事が出来て、私は安心した。

 けれど、それも束の間の安らぎ。


 その日の夜、街に悲鳴が響き渡った。


「な、何だ⁉︎」


 女性の悲鳴であった。まるで断末魔の様な叫び。

 私は飛び起きて、恐怖からベットの上で布団を引き寄せ、身の安全を確認した。

 暗闇でよく見えなかったが、部屋に誰かいるような気配はせず、一息つくと、灯りをつけた。

 その灯りがつくとほぼ同時。ドタバタという音が部屋の外から聞こえてきた。

 その音はどんどん近付いてきて、部屋の前まで来た。私は気が動転して、わけもわからず悲鳴をあげた。


「だ、誰かッーー‼︎」


 私が悲鳴をあげた瞬間、バッと部屋の扉が乱暴に開け放たれた。


「無事かッ⁉︎ 結衣!」

「えっ……? あっ、春樹か?」


 額に薄っすら汗を浮かべながら、春樹は慌てて飛び込んできた。


「今の悲鳴は結衣があげたのか⁉︎ 一体どうしたんだ⁉︎」

「あっ、いや、確かに悲鳴はあげたが、それは気が動転していただけで、初めの悲鳴は私ではなく……」

「なんだ、俺の先走りか」


 要領を得ない説明で、春樹は安堵を浮かべて腰から床に落ちた。


「す、すまない。心配して来てくたんだろう? ありがとう、春樹」

「いいっていいって、それより結衣、中々ギリギリの格好してっけど、いいのか?」

「へっ?」


 私はチョンチョンと指差された先を辿り、自分自身に目を向けた。薄着の服から、下着の派手な色合いが浮き出ていて、私は瞬時に沸騰した。


「み、見るな! で、出ていけ!」

「はははっ、そんだけ元気あるんなら安心だ」


 春樹は可笑しそうに笑いながら、下着を隠すように手をクロスした私を一瞥してドアから出て行った。


 その日、私恥ずかしさで眠る事が出来なかった。


 見られた……絶対見られた……


 そんな風に朝になっても羞恥に悶える私を春樹は、


「昔一緒に風呂に入った仲だろ? 今更だぜ」

「うるひゃい‼︎」

「ぷっ、うはははっ、悪い悪い、うるひゃったな、ぷっ」


 散々おちょくってきた。私が涙目になって、本気で殴り始めるまで、春樹のからかいは止まらなかった。彼は終始腹を抱えて笑っていた。が……


「あっ、そうそう」


 突然何かを思い出したかのように笑うのを止め、真剣な表情を浮かべた。


「昨日の悲鳴、あれなどうも殺人鬼が出たらしい」

「殺人鬼? では、あの悲鳴は……」

「まぁ、異世界だかんな。そんな事もあるんだろうさ。どのみち今日でこの街をおさらばする俺たちにはあんま関係ない事だけどな」


 物騒な世界だ。安心して眠る事も出来ないとは……


 私は、そんな事を考えていたが、思えばそれが私達と殺人鬼との初めての接点であった。



 〜〜〜〜



 それから2ヶ月程経ったある日、私達はS級との戦闘を終えて、憔悴して街で休息を取っていた。まだまだS級の魔物相手に楽勝という戦果はあげられず、いつもギリギリであった。


 それに気の所為か、この世界に来てから爆発的に成長していたステータスが最近伸び悩んでいる気がする。しかし、一方で先生の実力が春樹に近付いて来ているのを見ると、私の努力が甘いせいなのかと考え直した。


 その日は魔力を使い切るギリギリまで戦闘をしていたため、私は熟睡していた。だから、その日の夜にまた響き渡った悲鳴に気が付かなかった。


 それが私達と殺人鬼の二度目の接点。この頃から、この殺人鬼はこう呼ばれるようになった。


『刻印の殺人鬼』と。


 その名の由来は、殺した相手の体のどこかに刻印を刻んでいくからだそうだ。『刻印の殺人鬼』は帝国の至るところで暗躍し、未だ姿さえ確認出来ていないそうだ。被害にあったのは、60人を超えたそうだ。

 犯行は必ず夜。襲われた人の共通点としては、その時間に出歩いていたということ以外にはないらしい。


 帝国は、この殺人鬼を危険視し、多数の兵を導入したそうだが、それより少し前にあった貴族令嬢誘拐事件の事もあって、全精力を傾ける事は出来ないそうだ。


「早く捕まるといいが……近くに殺人鬼が潜んでると、気が気でない」

「だよな。殺人なんてドラマとかニュースの世界の話だったんだけどんな。いざその渦中にいると、夜眠れないんだよな。…………結衣が」

「な、何故それを知っている⁉︎ まさか覗きか⁉︎」

「あっ、やっぱりか。結衣、中身はビビりだもんな」


 春樹に言い分に私はまた本気で春樹を殴りに掛かったが、ひょいひょいと軽く躱されてしまった。

 憎たらしい……!


 しかし、春樹の言うことは的を得ていた。幾ら取り繕おうと中身はそう簡単には変わらない。

 私は不安だった。こんな時に彼がいたら……

 と、つい死んだ人間を心の拠り所にしてしまう自分が嫌だった。


「……俺、殺人鬼捕まえよっかな」

「えっ……?」

「いやだってよ、俺の愛する獣耳達が襲われたら大変じゃん」


 ひょっとして私の為に、と感動した気持ちを返せ。

 幼馴染の私より、獣耳の方が大事なのか? と、どこか納得のいかない気持ちを抱えていた私と違い、春樹は本気で殺人鬼を捕まえようと動き出した。

 具体的には、青いブレザーと蝶ネクタイ、そして度の入っていない眼鏡を買ってきた。それを付けて、真面目な顔をして、殺人鬼の調査を始めた。


 ふざけているのか、真剣なのか、私には本気でわからなかった。


「名探偵ハルキここに参上!」


 ただ楽しそうではあった。



 〜〜〜〜



 名探偵ハルキは様々な事件を解決へと導いた。毎朝、まるでニワトリの鳴き声のように聞こえていた『大きくなれ、大きくなれ、ならないとお前を叩き割る』という呪いの声の正体を突き止め、最近巷を騒がしていた『今私を見つめていたか? なぁ、そうだろ? そうか、私の事を愛しているのか。仕方ない! 今すぐ結婚しよう!』というゴリ押し販売業者の悪質さを暴いた。


 どれもこれも私達の関係者であったのは、世間に伏せるべきトップシークレット。

 しかし、そんな目覚ましい活躍を見せる名探偵ハルキだったが、一方で殺人鬼に関しては迷宮入り仕掛けていた。


 まず一つに、死体から証拠をあぶり出す手段がない。指紋や血液採取、死体解剖など科学的な根拠に基づく証拠がなかった。

 更に、調査をしている兵士達に、『探偵ごっこをやる年じゃないだろ』との助言を頂戴し、情報をわけて貰えなかった。


 それでも諦めなかった名探偵ハルキは、巷で得られる情報から犯人を割り出そうとした。しかし、巷で得られる情報は、しょせん誰々が亡くなった人と仲が悪かったなどの情報だけで、どう考えても、愉快犯や快楽犯の殺人鬼を突き止めるには至らなかった。


 そうして打つ手のなくなったハルキは、酷くすっきりした顔で、


「いや、やっぱ俺勇者だかんな。名探偵とか、俺の領分じゃないわ」


 とキッパリ諦めた。こうして、名探偵ハルキの事件簿は終わりを告げたのだった。


 そんなある意味、春樹の暴走が終わった頃、私達は帝国の外に出た。と言っても、向かった先は帝国の植民地のような場所で、半帝国と言っていい場所であった。

 大陸橋と呼ばれる大きな橋を越えて、ユーロリア大陸へと渡った私達は、国巡りを始めた。


 帝国内から帝国外へ。けれど、やる事は何も変わらない。色んな街に行って、話を聞いて困ってる事があったら助ける。そんな水戸黄門のような旅をしていた。

 ユーロリア大陸の北部から南部へと、ほぼ一直線に下る旅。その中で、私達は少しずつこの国の勇者が何なのか理解し始めていた。

 この国の勇者は、帝国民の希望であり、憧れを抱くヒーローのような存在なのだと。


 そんな折、私達の、と言うよりはレーナ先生に吉報が届いた。


「ソラ様とノルル様が見つかっただと⁉︎ どこでだ⁉︎」

「あっ、はい! 先日、コーロの港にてソラ様、ノルル様、並びに誘拐犯だと思われる二人を確保したとの事です!」


 レーナ先生の慌てようは、報告にきた兵にとっては怒っているように見えたのかもしれない。報告にきた兵士さんは少し怯えているように見えた。


「よし、私達もすぐに向かう。不届き者に鉄槌をくれてやろう」

「りょ、了解しました! 本国への連絡は私が」


 兵士さんはレーナ先生から逃げ去るように慌てて去っていった。


「皆さん、申し訳ありませんが、寄り道をさせて頂きます。本国への帰還が遅れてしまいすが、どうかご容赦を」

「問題ないっすよ。そこで出会う獣人の女性が生涯の伴侶になるかもしれないし」

「そうです。春樹に同意したくはありませんが、まだまだ私達は弱い。そこまでの道中で経験を積めるなら、私達の為にもなります。私達は先生に付いていくだけですから」

「春樹殿、結衣殿、感謝致します」


 レーナ先生と私達の間で話が纏まりを見せる中、ボソッと後ろで誰かが呟いた。


「先生としての立場が……」



 〜〜〜〜



 貴族の令嬢を誘拐した犯人が捕まったと聞いた日から、およそ2ヶ月が経過した。その間、旅路を急いだため、街の人達の頼みを聞く事が出来なかったが、その甲斐もあって、最速で犯人が捕まっているコーロの街へとたどり着いた。


「先生、よくぞお越し下さいました」


 私達を出迎えてくれた兵士は、紫の長い髪の男性であった。レーナ先生と同じ様に騎士風の格好をした男性であったが、どこか気品が漂うそんな男性であった。


「久しいな、サイキット。催促であったか?」

「はっ! 先生の教えのお陰で、力不足ながら今この時まで生き継ぐ事が叶いました」


 レーナ先生は何者なのだろうか? この国の皇帝にも教えを説いていたらしく、シルビアちゃん達も教わったと言っていた。

 普段は行き遅れた可哀想な反面教師にしか見えないのだが、レーナ先生は実はかなり凄い人物なのだろうか?


「そうか。ならば私も教えた甲斐があったというものだ。して、此度の要件は聞き及んでいるか?」

「はっ、本国より先生にソラ様とノルル様の護送、並びに罪人を処罰する権限が与えられてございます。しかし……」


 レーナ先生の問いに要領よく答えていたサイキットさんだったが、突如口を濁らせた。


「しかし、どうした?」

「はっ、その誠に言い難い事なのですが……我らが捕まえた罪人と思われる二人が、ソラ様とノルル様が奴隷にされそうなところを救ったのだと言い張っており……」

「下らん戯言だ。ソラ様とノルル様にお聞きすれば嘘だとバレようものを……」


 レーナ先生は面白くなさそうに、不機嫌さ滲み出させた。だが、サイキットさんは口を重たそうに開くと、彼が言いにくそうにしていた理由を話し始めた。


「しかし、それがソラ様とノルル様のお二人とも罪人の発言は事実であると……」

「何? それは誠か?」

「はい。何度も確認をとりましたが……しかし、罪人のうち1人はアフロト大陸にて活動している『蛇の毒』という盗賊団の頭領である事が分かっております。そのため、簡単に釈放するわけにはいかず、どうすれば良いのか決め兼ねておりました」


 サイキットさんは苦々しい顔で、レーナ先生に難しい判断を下さなければならない旨を打ち明けていた。


「そうか。それは難しい話だな。では、もう一人の方の罪人は?」

「それがどうも身分を偽証しているようで。何かやましい事があるのかと」

「身分を偽るか。して、その者達は今何処に?」

「今は牢屋におります」


 もはや私達には付いていけない話であった。知らない大陸の知らない盗賊団。更には私達に関係のなさそうな話。

 これ以上聞いていても仕方ないと、私が耳を逸らそうとした時。


「そうか。……結衣殿、春樹殿、それから舞殿も一緒に来ては頂けませんか?」

「えっ? 私達もですか?」

「はい。貴方達は帝国の勇者軍。いずれこう言った判断を下す時も来るでしょう。その予行演習、体験みたいなものです。全員は無理ですが、貴方達三人だけでも体験しておく事は悪い事ではないと思うのです」


 予行演習か……

 余り人を裁く事には関わりたくないが、もしその時が来た時に正しい判断を下せるように練習しておくのは大事だな。


「はい、わかりました」

「可愛い獣人の子が捕まってないかなぁ。いたら脱獄を手伝おう」

「はぁ〜、やっと私にもスポットライトが〜」


 私以外おかしな返事の仕方だったが、私たち三人はレーナ先生のお願いを聞いた。春樹が物騒な事を呟いていたが、彼好みの獣人の女性がいない事を祈るのみである。


 それから、レーナ先生は『貴方も付いて来なさない』と今度は拒否権など与えず、シルビアちゃん達三人も付いて来させた。


「ここが牢屋です。中は薄暗いため、お気を付け下さい」


 サイキットさんの忠告通り、中は薄暗く視界良好というわけではなかった。少し薄汚い印象の階段を降りると、剥き出しの地面に黒い鉄格子が並び立つ檻が見えてきた。

 先導するサイキットさんの後を付いて行きながら、ふと檻の中に目を向けると、顔中に切り傷がある厳ついおじさんと目があった。厳ついおじさんは、私を見るとニヤリと口角を上げて、


「ああ〜ん、そこの可愛いボクゥ〜、私といい事しない」

「ひ、ひぃい⁉︎」


 後ろの春樹にウインクした。その気持ちの悪い仕草に私は思わず、金切り声のような悲鳴を上げ、後ずさる。


「ご安心下さい、結衣殿。あの男は度重なる少年猥褻(わいせつ)罪で後数年はここで服役です。結衣殿が狙われているわけではございません」

「いや、俺が狙われてんだけど⁉︎」

「…………」

「俺にも何か安心できるお言葉を!」


 サイキットさんは春樹に対して同情の目を向けるだけで、何も言わなかった。


「誰か俺を安心させてくれーーッ‼︎」


 春樹は、牢屋にきて逆に狙いを付けられたらしい。



 〜〜〜〜



 牢屋は奥に長かった。ここまで穴を広げて地震が来たらどうするんだろうかと、大陸プレートの集合地区で育った私は思ったが、地震が来てもここには魔法があり、超人ばかりの世界だから余り問題にならないのかと考えた。


「着きました。しかし、かなり厄介な相手でして、レーナ先生以外の方はここでお待ち下さい」


 そんな事を言いながら立ち止まったサイキットさんに私達は皆首を傾げた。


「厄介とはどういう事なんだ?」

「それが、『飯が足りない。俺の汚物クラッシュの餌食になりたくなければ、もっと寄越せ』と要求したり、『枕だ、枕。俺のエクストラアタックが炸裂するぜ?』と事あるごとに我々に要求を通そうとしてくる相手でして……」


 ………………。


 サイキットさんの苦労を思い、皆押し黙った。

 なんて我儘な囚人なのだ。きっと、この二カ月苦労が多かった事だろう。


「……私にそのような真似をしたら、即刻首を跳ねると言って参れ」

「えっ⁉︎ 一人で行けと⁉︎」

「そうだ! 行け!」


 レーナ先生は非情にも教え子一人で向かわせた。若干涙目になりながら向かったサイキットさんと、ここからは見えないが檻の中の囚人がギャーギャー言い合っているのが聞こえた。

 そして、しばらくして、サイキットさんが手揉みし出すと、囚人との言い争いも終わり、此方へと視線を投げ掛けた。


「では、行って参ります」


 そして、レーナ先生は覚悟を決めた様に足を踏み出すと、その囚人の待つ牢屋の前に立った。

 そして……


「えぇっーーーッ⁉︎ な、何故貴方がここに⁉︎」


 と牢屋中に響き渡る大声で驚愕していた。


 それから遠くてよく聞こえなかったが、ゴニョゴニョ何かを話すと、牢屋の扉を開け放った。


 そこから出てきたのは、二人の男。1人は背が高く側から見ても強そうだ。もう一人の男は、茶色い髪の少年で、ニヤニヤと何か企んでいるような顔をしていた。


 その時、私は何故か息をするのも忘れてその悪戯っ子のような少年の顔に見入っていた。


「結衣? どうした?」


 ……気になる。あの男の子の事が何故か気になる。

 私は呼び掛ける春樹の声が聞こえない程に、彼の動きの一つ一つに魅入られていた。

 その仕草が、横顔が、目が、彼と重なって見えた。


 遠くの彼を見詰める私。そんな私と振り返った彼の目が交差した。


 しかし、彼はすぐに目を逸らし、レーナ先生へと向き直ると、まるで旧知の仲のように、会話を交わしながら、4人が私達の元へと戻ってきた。

 そして、ゆっくりとレーナ先生から彼らの名が告げられた。


「紹介しましょう。こちらの男性はルクセリア殿。そして、こちらの少年はーーヒナタ殿です」

「…………えっ……?」


 体に電気が走るとはこういう事を言うのだろうか?

 私は目を限界まで見開いて、固まった。


 あり……得ない。

 そんな、そんな事、あり得ない。あり得るはずがない。


 頭ではわかっていた。探せば同じ名前の人などありふれている。


 だけど、この時の私にとって、その名は神の糸を辿るようなものだった。


「嶺自……?」


 私の瞳は、目の前の少年に固定されていた。



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