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11.赤髪の少女前編

やっとヒロイン登場です。

 王都についた。


 シエラ村からここまでの道中は、特に何もなかったので割愛する。


 王都はガバルディよりもはるかに大きかく、およそ3倍程の広さがある大都市だ。この世界で大都市というのは、人が50万人以上住んでいる場所のことを言うのだが、ここ王都の人口はおよそ120万人。この国一番の人口をもつ。


 この国の名前はライクベルク王国と言って、王が政治を行う国だ。現在ある国の中でも、大国と言われる3ヶ国の中の一つで、非常に広大な国土と多くの人口をかかえている。


 他の大国はヤンバルク帝国と、ナスマレト王国という国名だ。

 ナスマレト王国はライクベルクとは違う大陸にあるので問題ないが、ヤンバルク帝国は真隣に隣接しているため、国境付近には多くの騎士が在住している。

 こういった理由で発展した街が、ディクの向かったディルベルクだ。


 だから、戦争が起きればディクが危ない。

 是非6年間は友好的な関係でいて欲しいものだ。


 現在、俺は王都の宿にて寝泊まりしている。親父と母さんも一緒だ。もちろんハクも。

 さすがに7歳児を一人で旅させるわけにはいかなかったのだろう。

 試験の日は明日なので、今日は早めに寝ることにする。


 試験の合否は1週間後に発表されるので、それまではこの宿にて寝泊まりすることになる。

 それからは、学校の寮で生活をすることができるので、親父たちと別れての生活がスタートする。ハクは一緒だ。共に学校に通う事になる。


 しかし、親父たちは入学式が終わるまで、この街に滞在するらしいので、それまでは一緒に居ようと思う。俺もなんだかんだ親父と母さんと別れるのは寂しいのだ。


 〜〜


 次の日の朝、宿屋の庭にて剣を振っていた。いつもの朝の稽古だ。今日は試験の日でもあるので、軽めにやろうと思っていたのだが、そうはならなかった。


 俺が素振りしていると、剣を片手に親父がやって来た。そして、指をクイクイと曲げて挑発してきた。

 イラっとした俺は誘いに乗って挑んだが、ボコボコにされて終わった。

 あいつは何しにきたんだ。

 今日、試験だぞ?

 身体のあちこちが痛い。だけど、試験は受けなくてはならない。

 覚えとけよ、あの野郎。


 そんな風に親父に復讐を誓っていると、試験の時間が近づいてきた。俺は手早く準備を終えると、王立学院まで向かった。

 午前9時前、学院に着いた。テストは9時からだから、すぐテストが始まる。


 初めのテストはペーパーテストだ。

 内容は動物や物の絵が書いてあり、それを文字にしろという問題と、簡単な算術を行う問題だった。


 知らない動物の絵以外は、特に問題なかった。あの絵はなんという動物なのだろう。犬のような顔に羽がついた謎生物だった。あんなやついたかな?この世界特有の生物だろうな。

 一先ずわからなかったので、犬鳥と書いて提出しておいた。他は完璧だし、一問ぐらい間違えても構わないさ、と適当に答えを書いておいた。


 ペーパーテストが終わると今度は実技試験だ。

 学校の中にある演習場の様な場所に連れてこられた。かなり広さだ。シエラ村の広場が5つは入りそうだ。

 試験は番号が呼ばれたら、演習場の真ん中に行き、行われるようだ。試験内容は試験官との魔法なしの模擬戦と、用意された的に魔法を当てるだけだ。


 俺はボッチから抜け出すために、この試験ではやりすぎないようにすると決めている。また怯えられたりしたくないのだ。

 一人で6年間も生活なんてできない。孤独死する。


 なので、自分の番が来るまで、演習場の端で試験を受ける者たちの動きを見ることにした。

 70人ぐらいが終わり、周りの反応から、やりすぎないレベルがだいたいわかった。

 念のため、それよりも少し低くしてやることにする。


 見た所、剣技の方はいつもの3割程度、魔法は的を破壊すると優秀な方であるようだ。

 なので剣技は2割5分、魔法はファイアボールで的である木を少し燃やす程度でいこうと思う。


 方針が決まり、何気なし試験の進行を見ていると、ふと熱い視線を感じた。

 そちらを見ると、赤い髪の少女がこちらを凝視していた。

 白い肌に整った顔、すらりと細い手足に女性特有の膨らみ…はなかった。

 少女だしね。


 少女はこちらを見る目にうっすら涙を溜め、その頬は若干赤いようにも見える。その顔は恋する乙女の顔をしていた。思わずドキッとしてしまいそうな表情だ。一目惚れでもしたのか、と少し浮かれる。

 しかし、その少女の放つ雰囲気はそれとは、少し違った。

 恋人との感動の再会を果たした女性のような雰囲気だ。そして、その男役は俺。


 だけど、俺は彼女とは初めて会うはずだ。

 俺はほとんどシエラ村から出たことなんてないし、赤い髪の女の子なんて知らない。

 一応、後ろを振り返り、その視線上に誰もいないことを確認したが、壁しかなかった。

 さすがに壁と感動の再会はしないだろう。

 となると、彼女は俺ではない誰か別の人物を、俺だと勘違いしていることになる。


 どうしようかと悩んでいると、俺の番号が呼ばれた。


「141番!」

「はいはーい、僕です!」


 これ幸いと大きな声を上げて、その場から逃げた。

 それはもう、全力のディクに迫ろうかというスピードで逃げた。


 かなりのスピードで走ってきた俺に、試験官は驚いた顔をしていた。

 試験官は女性で、こちらにはしっかり膨らみが…なかった。

 これ以上は触れないでおいた方が、彼女のためだろう。


 幸い、試験を受ける子供たちには見られていなかったので、安心した。

 一名、俺を凝視したままの少女がいたが、それは仕方ない。熱のこもった視線が、何となく気恥ずかしい。慣れていないからだろう。あんなに見つめられる事は今までなかったからな。


「では、こちらで模擬戦をするので剣を構えてかかって来なさい」


 そう言われて、俺は剣を構えかかっていった。

 2割5分2割5分と同じ失敗を繰り返さないため、意識し続けた。とにかく力を抜き、危険な奴でない事をアピールした。

 試験官は少し残念そうな顔をしていた。たぶんさっきの走りを見て期待していたのだろう。

 少し申し訳なくなってきたので、最後の一撃だけ5割ぐらい出した。

 一瞬のことなので、見ているだけではわからなかっただろう。


 次は魔法だ。

 用意された木の的に、調整したファイアボールを放つ。

 今度は予定通り、的が少し燃えた程度の威力が出せた。完璧だ。俺の手抜き加減は絶妙だな。これでちょい優秀ぐらいの成績で入学出来るだろう。


 試験が終わっても、まだ気を抜くわけにはいかない。

 名前も知らない少女の問題が片付いていないのだ。

 今だって俺を見ている。

 というか、俺の試験が終わったのを見て、近づいてきてる。


 俺はそれとなく、少女とは逆の方向へと足を向ける。

 俺はそのまま先程とは逆の壁までたどり着き、ため息を一つ吐いた。


 逃げるのは諦めて勘違いですと言おう。

 けど、もし彼女に会ったことがあって、俺が忘れているだけだったらどうしよう。

 急に怖くなってきた。


 少女の足音はもうすぐ側まで来ている。

 俺は覚悟を決めて正直に初めましてと言おうと、ゆっくり振り返った。


「あ、あの…「182番!」え、あ、はい私です!」


 彼女はゆっくりと口を開けて、何か言おうとしたのだが、言い終える前に試験の順番が来てしまったようだ。

 タッタッタと試験官のもとに走っていく彼女を後ろから見ながら、俺は再びため息をついた。


 助かった〜。

 いや、まだ助かってはいないか。

 彼女の番が終われば、またあの窮地に陥ることになる。

 とりあえず、今のうちに子供達の中に紛れ込んで、今日の所はやり過ごそう。


 俺はそう決めると、中央付近に集まる子供達の輪の中に紛れ込んだ。

 すると、横で歓声が上がった。

 見てみると、先ほどの少女が、とても子供とは思えない動きで試験官と戦っていた。


「へぇ…」


 少女の動きは、俺から見ても感嘆の声あがるほどだ。

 流石に俺とディク程ではないが、他と比べたら群を抜いていると言っていい。

 ひょっとしたら、彼女も手を抜いているのかもしれない。それなら、俺と同等、あるいはそれ以上ということになる。


 ここにもウサギがいたか。

 ディクと別れたと思ったら、今度はあの少女。

 俺の人生、ウサギとともにあるのかもしれない。


 魔法の方も、もちろん素晴らしいかった。いや、魔法の方が、と言った方がいいかもしれない。

 魔法に関しては、俺とほとんど同等と言っていい魔法を使っていた。

 これには試験官も驚きを通り越し、興奮したような表情を浮かべていた。

 周りの子供達も似たような感想を持ったようだ。

 しかし、若干怯えが見てとれる。


 俺は一人、本気でやらなくてよかったと、安堵していたが。

 いい見本が見せて貰えてよかった。

 俺が本気を出した時の様子が、客観的に見れてよかった。

 大人たちは素直に感嘆の声を出しているが、逆に子供たちはあまりそういったものはおらず、一歩引くような印象を受けた。


 この学院では大人しく勉学に励むことにしよう。

 やりすぎず、落ちこぼれにならない程度を目標にいこう。

 二の舞はごめんだ。

 俺はボッチから脱却するのだ。


 試験が終わると、彼女はキョロキョロと視線を彷徨わせ、俺を捜し始めた。

 よかった隠れてて。

 彼女が近づいてくると、それとなく子供達は集団で大移動を開始するので、俺もその中に隠れて逃げることができた。


 とりあえず、今日のところは勘弁していただきたい。

 別にずっと問題を先送りにするつもりではないのだ。

 ただ、もう一度ゆっくりと自分の記憶を詮索させていただきたいだけなのだ。

 それでも思い出さなければ、勘違いであるということを伝えるつもりなのだ。


 俺が子供というヌーに紛れて、獲物を探すライオンから逃げ回っている間に、試験はすべて終わり、俺はスキル全開でその場から離脱した。

 忍び足系と魔力感知の派生で手に入った気配遮断スキル、そして超集中を使ったため、彼女だけでなく、誰にも気付かれることなく、逃げ出すことができた。


 今日は宿でゆっくり記憶をさかのぼってみよう。




 〜〜〜〜〜〜


 夜、王都の一角に立つ屋敷の3階、一番左の窓から顔を出し空を見上げる少女の姿があった。

 綺麗な丸を描いた月が彼女の赤い髪を照らし、春になる前の少し肌寒い空気が彼女の頬を撫でる。


 少女は空に向けていた視線を屋敷の広大な庭に移すと、今日の出来事を思い出し、大きくため息をついた。


 今日、学校の試験があり、そこで長年想ってきた人に出会ったのだ。

 その時、今はまだ寂しい胸に、様々な感情が入り乱れ、つい理性を飛ばしかけてしまった。

 その胸に溢れる感情そのままに抱きつこうとした。

 しかし、間一髪、彼の試験の順番が来たためにそうはならなかった。


 彼の試験が終わり、理性を取り戻した私は、改めて彼に話しかけようとしたのだが、ここでまた邪魔が入った。

 私の試験の順番が来たのだ。

 仕方なくその場で話しかけるのを諦め、終わった後にしようと思い、試験を受けた。


 試験では彼に少しでも好印象を与えようと全力でやった。それが終わった後、少し期待しながら、彼の姿を捜したのだが、見つけることはできなかった。


 きっと、私は不審がられたのだ。

 いきなり、知らない女が熱い視線を向けてきたら、誰でも戸惑うだろう。

 彼はまだ私のことを知らないのだから。


 今度会った時は初めましてから始めよう。


 今度は話せるといいな。


 〜〜〜〜〜〜


「これが父さんだ」


 そう言って親父は、机の上の人形を指差した。


「こっちが母さんよ」


 母さんも同じように、机の上の人形を指差す。


「はい?」


 合格発表から帰ってきて、扉を開けた瞬間に飛んできた2人の第一声がこれだ。

 もっと他に言うことがあるのではないだろうか?

 試験の合否を確認して帰ってきた息子に対する第一声は普通、

「おかえり、結果は⁉︎」

「受かったか⁉︎」

 などではないだろうか?

 まず、それがおかしい。


 次にあの人形だ。あれはなんだ。

 脈絡がなさすぎて2人が何を言いたいのかわからない。

 それに、親父だけならまだしも、母さんまで一緒になっているとはどういうことだ。親父だけならいつものことだ。

 突然何か言い出すのには慣れた。


 だが、なぜ母さんがそちら側にいる?

 そっちに行ってはダメだ母さん。


 とりあえず、親父たちの方は後回しにして、先に合否について言うことにした。

 結果はもちろん合格。

 ギリギリだが、Aクラスという結果だった。


 王立学院では、試験結果によりクラスを分けるらしい。

 基本ボンボンが通う学校なので、金さえあれば落ちることはまずない。

 では、なんのために試験をするのかと言うと、クラスを分けるためだ。


 A〜Eクラスまであり、Aに近いほど優秀な成績を収めた者が集まる事になる。

 その後は年に3度の試験の結果でクラスが変わる。


 Aクラスに入れたからと胡座をかくような奴が、気がつけば、Eクラスまで落ちているなんてこともあるらしい。俺も気を付けよう。手抜き加減を微調整していかないとな。


 さて、要件は伝えた。

 次は親父たちの方について聞いてみようか。


「レイが寂しがらないように、俺たちの毛を編んで作った人形をプレゼントしようと思ってな」

「そうなの、これでレイが寂しくないようにって」


 ふむ、なるほど。

 2人の気遣いは非常に嬉しい。

 だが、呪いの人形みたいなものに、毛を編んで作った人形があった気がするのは、俺の記憶違いだろうか。


 まぁ呪われていようが、俺のために作ってくれたのだから、ありがたく頂いておくとしよう。


 2人の髪の毛を貰った後、三人と一匹で食事に出かけた。

 明日が入学式なので、今日が三人で過ごす最後の夜となる。

 すでに寮の部屋は決まっているため、今日はそちらで寝ることもできるのだが、しばらく会えない親父たちと一緒にねることにした。


「では、レイの合格とミュラの妊娠を祝ってカンパーイ‼︎」

「ちょっとタイム!」


 待て待て待て、母さんが妊娠した⁉︎

 いつの間に⁉︎

 ていうか、何故、乾杯の音頭で発表する⁉︎

 先に教えてくれてもいいじゃないか。


「なんだレイ?どうした?」

「いや、母さんが妊娠してたの知らなかったんだけど…」

「それなら問題ない、今言った」


 だから問題があると俺は言っているんだ。


「ごめんねレイ。レイが試験を受けてる時にわかったの。だから、合格が決まるまで内緒にしておこうと思ってね」


 そうか、そういう事なら仕方ない。


「じゃあ改めて、レイの合格とミュラの妊娠、俺のSS級昇格を祝してカンパーイ‼︎」

「タイム!」

「今度はなんだ?」

「いや、なんで増えてるのさ」

「そうよレディク、私も聞いてないんだけど」


 まさかの母さんにも言ってないなかった事実が判明。


「今思い出したんだ。そういやこないだウルケルの野郎がSS級に昇格させといたとか抜かしてたってな」

「なんで忘れるのよ…」


 頭を抱える母さん。馬鹿な夫を持つと苦労が耐えない。


「コホン、改めて以下省略、カンパーイ‼︎」

「カンパーイ…」

「カンパーイ…」


 もう突っ込まないぞ。

 そうして、長い乾杯が終わり、やっとかという顔で料理を運んでくる店員に苦笑いしながら、食事をした。


 最後の夜は終始賑やかに過ぎていき、ディクとの別れとは違ったものとなった。



 〜〜


 入学式の朝、最後の別れを済ませ俺は学院に向かった。

 入学式が終わると、クラス別に分かれていろいろとやることがあるそうなので、これでしばらく言葉を交わすことはなくなる。


 俺の格好は真新しい白いシャツに黒のズボン。シャツの上からは濃い青のブレザーを着ている。

 これがこの学院の制服だ。

 いつものボロボロの服とは違って、シワひとつない綺麗なものだ。

 荷物は冒険者セットと本二冊と非常に少ない。

 それを入れた袋を肩から背負い、肩にはチョコンとハクが居座り、首からは木のペンダントを下げている。


 このペンダントはディクの折れた木剣を、俺の芸術系スキルを駆使して作られた一品だ。

 木を削り剣の形にしたそれに、紐を通してつけている。

 これはディクとの再戦の証だ。

 いつも身につけておきたかったため、アクセサリーにしたのだ。


 学院の中に入ると人だかりがあった。入学式を待つ子供たちの集まりだ。

 俺もその中に混ざり、今か今かと始まるのを待った。


 しばらくして、あの少女を連れた先生らしき人が来て、俺たちをクラス別に分かれさせた。


 俺は一番後ろに並び、少女から距離をとった。

 少女のことはあれからいろいろ思い出してみたが、何も思い出すことはなかった。

 問題の先送りにしかならないが、嫌なことからは逃げたくなるのが人間だ。


「それでは入学式が始まるので、順番に講堂の中に入りないさい」


 先生らしき人が、順番に俺たちを連れて講堂へと歩いていく。

 ようやく始まるようだ。


「静かにしてるんだぞ?」

「ピィイ」


 俺はハクの頭を撫でながらそう言うと、列の最後尾についていく。


 Eクラスから順番に入場するようで、俺がその最後を飾るとりだ。

 ここはいっちょ派手な魔術を一発いっとくべきか?

 もちろん冗談だ。


 そんなことをしたら、滅多に出ない不合格判定が下されることになりかねないからな。

 俺は実に大人しい最後を飾りながら、これくらいはと親父と母さんにウインクしといた。


「ピィ?」

「お前もなんかやっとけ」


 親父たちとはこれでしばらくお別れだからな。


 ハクが火を吹いた。

 前を歩く学生Aの髪に5のダメージ。


 バカタレ!火を吹くやつがあるか。


 幸い、このことは俺とハク、親父たちしか見ていなかった。

 俺の前を歩く学生Aも気づいてはいないようだ。

 後で何故かチリチリになった後ろ髪に気づくことだろう。


 入学式はそつがなく進み、校長先生の長いお話がメインの式になった。

 後は生徒会長と新入生代表が短い話をして式は終了となった。


 新入生代表は例の少女だった。

 名前をシャルステナ・ライノルクと言うらしい。

 やはり聞き覚えはない。もうこれは人違い確定だろう。見覚えも、聞き覚えもないのだ。これで実は知り合いでしたはないだろう。


 入学式が終わると、最後に俺たちの退場となった。

 ここはハクに見本を見せておかねば。

 俺はまたしてもトリなので、今度はいっちょ派手にいってみよう。


 俺は即席で魔法を組み上げ、俺が出口を通る際、水で小さな鳥を作り、魔力操作で親父と母さんのもとに飛ばした。

 羽根を広げた形にして飛ばしたので、側から見れば鳥が飛んでいるように見えるだろう。


  水でできた鳥は二人の足元に降り立つとその形を崩し地面に散らばった。

 俺はそれを再び魔力操作で操り、水で文字を書いた。


『ありがとう』


 どうだハク、こうやるんだ。

 感動させて泣かせにかかるんだ。俺の思惑通り二人は泣いてくれることだろう。

 まったくいい息子だ。


 俺は振り返らず講堂を後にした。

 そのまま校舎に入ると、自分たちのクラスへと通され、担当教官からこの学院の説明がなされた。

 クラスについての説明と、学院の施設の説明が主だった。後は担当教官の自己紹介か。


 俺たちの担当教官は俺の試験官だった人だ。

 名前はリナリー・ソルベルト。

 昔はA級冒険者として世界を回ったそうで、主に剣術を教えているそうだ。


 学院の施設の説明は演習場、食堂、寮についての説明だった。

 演習場は誰でも使用可能で、いつでも使っていいそうだ。

 食堂は場所と使い方についての説明があった。

 なんとタダ。

 なんでも、学費に含まれているそうだ。


 寮については細々とした説明があった。

 寮内で魔法は禁止、異性の部屋にいかない、ゴミは決まった場所になどいろいろと言われた。

 覚えられないから、冊子にしてくれと言いたい。


 寮は一人部屋だそうだ。

 流石はお坊ちゃま校だ。この分なら食事も期待できる。

 食堂は校舎と寮に一つずつあるそうで、利用する時間はいつでもいいそうだ。


 一通りの説明が終わり、今度はクラスの代表を決めるらしい。

 代表は選挙で選ばれるようだ。

 と言っても、俺は他の子を誰も知らないから、唯一わかるシャルステナに一票入れておいた。

 そして、俺の清き一票により彼女は当選を果たした。


 次に各自の自己紹介に移った。

 逆だろとは突っ込まなかった。


 最初に自己紹介をしたのはシャルステナだった。


「シャルステナ・ライノルクです。貴族の家系ですが三女なので冒険者か騎士になろうと、この学院に入学しました。これからよろしくお願いします」


 簡単に自己紹介をした彼女は、前のようにこちらを凝視することはなかった。代わりに、チラチラと話しながら目を向けてきただけだった。

 一応見てはくるようだ。


 これは早速来そうだ。

 いよいよ覚悟を決めて話すしかないか。

 泣かれたりしないか心配だ。

 入学した初日に女の子を泣かしたりしたら、俺の評価傾き−100の急降下間違いなしだ。

 穏便に、優しく、彼女の心に語りかけるように話そう。


 彼女に話す言葉を考えていると、俺の番がきた。

 ここでふと思った。

 自己紹介したら、流石に気付くんじゃね?と。

 これはチャンスだと気合を入れて、自己紹介する。


「初めまして。シエラ村から来ましたレイです。家名がないただのレイです。こっちのちっこいのはハクです」

「ピィイ!」

「ハクは小さい頃から一緒に過ごしてきた俺の家族です。一応、竜ですが仲良くしてやってください。あ、俺とも仲良くしてやってください」


 そこで、教室の中に笑いが漏れた。

 オーケー、オーケー掴みは上々。


「好きな物は冒険譚で、将来は冒険者になって一旗あげるつもりです。もし、ギルドをご入用の際には俺を指名してください。パパッとやって金もらいに行くんで。嫌いな物は特にありませんが、怖いものはあります。うちの母親です。称号に反映されるぐらい怖いです。俺が何かやらかしても母さんにだけは言わないでください。そして、ばれたら匿ってください。お願いします」


 最後にこれからよろしくお願いしますと自己紹介を締めくくり、俺は着席した。

 なかなか好印象だったのではないか。

 ジョークを交え、飽きがきていた彼らに笑いと言う風をもたらした。

 今、彼らの中で俺の株はうなぎ昇りのはずだ。


 真実に気がついた彼女も悲しみにくれるではなく、楽しんで聞いてくれていたのなら幸いだ。

 そう思い、今度は俺から彼女に視線を向けると目があった。

 あいも変わらず俺に向ける視線は熱を帯びているように感じる。


 あれぇ?気がつかなかったのか?

 おかしいな、計画は完璧だったはずだ。

 彼女は自分の勘違いに気づき、悲しみにくれる。そこへ俺のジョーク交じりの自己紹介が彼女の耳に届き、彼女は元気になり、俺にほの字に…これか!


 そうか、勘違いに気付いたまでは計画通りだったのに、まさかのジョークで失敗か。

 余計なことするんじゃなかった…

 ……いや、まてよ。


 今彼女は勘違いに気付き、弱っていたところを俺にズッキュンバッキュンされた。

 てことは、俺が彼女の勘違いを説明して泣かせてしまうようなことはなくなったわけだ。


 それプラス、彼女は俺にほの字。

 シャルステナは控えめに言っても美少女だ。将来はさぞ美しい女性になるだろう。

 何も問題なくないか?

 いや、むしろいいことしかない。


 きたね。

 とうとう俺にも春が。

 7歳にしてやっと。

 え?早すぎるって?

 知らないよ、そんなこと。俺は16年プラスで生きてんだから。


 自己紹介が終わると一時休憩となった。

 俺は自分の席で、やって来るであろう彼女を待ち受けていた。

 そして、思った通り、彼女はこちらにやってきた。


「あ、あの、レイさん?少し、お話を…」

「レイでいいよ。何、シャルステナ?」


 俺は勝手に呼び捨てで名前を呼ぶ。

 もうすでに俺はシャルステナの彼氏の気分だ。


「あ、はい。それでその、こないだはごめんない。昔、離れ離れになった私の好きな人とあまりにあなたが似ていたのでつい、あのような視線を向けてしまいました」

「別に気にしてないから、そんなにかしこまらないでくれよ。敬語もやめてもらえたら嬉しいな」


 どんどん距離を詰めていく。もうこのまま恋人になってもいいぐらいだ。


「う、うん、ありがとう。こ、今後は気をつけるけど、ひょっとしたらまた、同じ視線を向けちゃうかもしれないから、そ、その時はスルーしてね」

「え、あ、わかった」

「そ、それじゃあ、私は席に戻るから」

  「あ、ああ」


 彼女は席に戻ると言うと、そそくさと机の角にぶつかりながら戻っていった。


 あれぇ?なんか、思ってたのと違うな。

 俺にほの字の彼女と仲良くなって、恋人同士になり、学園生活を謳歌するはずが、好きな人は別にいて、あなたはその人に似ているだけだから、変な視線を向けても勘違いしないでと言われた感じだ。


 なんか彼女に告白したわけでもなんでもないのに、振られた気分だ。

 ……鬱だ。今日は部屋に引きこもろう。

 俺が現実逃避している間に休憩は終わり、最後に寮へと案内された。


 途中、シャルステナが視界に入ったのだが、何故か彼女は肩を落とし、テクテクと教官の後を歩いていた。


 わからない。

 彼女がいったい何で肩を落としいるんだ。

 さっきまで元気だったじゃないか。

 俺と話して見て、想い人じゃないと再確認したことで落胆したのか?


 女心は本当に謎だ。

 世界7大不思議に数えられるほどの難問だ。

 よく女心がわからない男はダメだみたいなことが言われるが、俺からしてみればわかる方がおかしい。

 なぜなら、俺は女じゃないからだ。女心なんか持って生まれてきていない。

 持っているのは一部の者たちだけだ。


 とりあえず、彼女のことは放置の方針でいこう。



 〜〜〜〜〜〜


 ああぁぁぁぁぁぁああ‼︎

 またやってしまったぁぁぁ‼︎


 せっかく彼と話すことができたのに、あれではあなたなんてなんとも思ってません、と言っているようなものじゃない。

 あああぁ、どうしよう。

 嫌われたかな?変に思われてないかな?もうあいつとは関わらないでおこうってなってないかな?


 ああ、どうして、前みたいに普通に話せないんだろう?

 やっぱり、時が経ち過ぎたのかな?

 彼を前にすると緊張してうまく言葉が出ない。どうしてもテンパってしまう。

 うぅ、これからどうしていけばいいんだろう。


 ああ、鬱だ。今日は部屋に引きこもろう。


 〜〜〜〜〜〜


 寮の部屋に案内された。


 寮はかなりの大きさがある。全学年合わせて1500名の人間が生活するのだ。しかも、一人一人個室で。

 12個の建物が並び、マンション住宅街のような景観になっている。


 建物は学年で分けられており、男女も別。

 先輩に睨まれて生活するより、遥かに快適だと言えるだろう。


 部屋の中はベッドと机が一つずつ置かれており、後は収納棚と鏡が一つ置いてあるだけの質素なものとなっていた。

 いろいろ買わないと。


 ひとまずベッドに腰掛けて荷物を下ろす。

 そこでふと鏡が目に入った。

 よくよく考えてみれば、この世界で初めて鏡を見る。

 シエラ村に鏡みたいな高級なものが置いてあるはずもなく、ガバルディに行ったときも、そんなものが置かれた建物には入ったことがなかった。


 だから、俺は初めて自分の姿をこの目確認した。


 これは…!


 少し赤よりの茶髪に空色の目、顔はブサイクというわけではなく、整っているように思える。


 イ、イケメンじゃないかっ!

 まじか!これが俺か!

 きたー!

 やってきました俺時代!

 彼氏のいない女性諸君、ここにイケメンがいますよ。


 いや〜これで人生勝ち組か。

 ディクに嫉妬することもこれでないな。

 人生楽しく生きていこう。



 〜〜〜〜〜〜


 部屋に案内された私はベッドにうつ伏せに倒れ、今日のことを後悔していた。

 どれくらいそうしていただろうか、お腹が減り、ご飯を食べるために寮を出て、食堂に向かった。


 食堂は立ち並ぶ寮の中央に建てられた建物で、一階建てだが、かなりの広さがある。

 一度に500人は食事できるほどの大きさだ。

 それでも、かなりの人が食事を乗せたトレイを持ちながら、空いている席を探している。


 私も食事をトレイに乗せると、空いている席を探して食堂内を彷徨った。

 ようやく空いている席を見つけ、足早にその席を確保して一息つき前を見ると、そこには彼がいた。


「よう、偶然だな」


 先ほど話した時よりも、爽やかな笑みを浮かべながら話しかけてきた彼に、私は硬直してしまった。

 なな何でここに⁉︎


「ん?どうした?」


 固まったままの私を、心配そうに見つめてくる彼に、顔が熱くなった。

 み、見られてる…

 寝癖とかついてないよね?どこか変なとこないよね?

 ど、どうしよう…

 と、とにかく返事しないと!

 思考はもう冷静ではなかった。物凄くテンパってる。


「な、なんでもないわ」

「そうか?ならいいんだけど」

「えっと、レ、レイは何してるの?」

「え?見たまんま、食事を取ってる」

「そ、そうよね〜!食堂は食事をとるところだもね!」


 ああぁぁぁ!私は何を言ってるんだぁぁ!

 ほら、お前大丈夫かと真顔で聞いてきてる。

 お、落ち着け、落ち着け私。次よ、次の話に…


「だ、大丈夫よ!それより、ほら、ええっと、そう、明日からの授業楽しみね!」

「いや、明日は休みだけど…」

「え?あ、そ、そうだったわね、明後日からよね!」

「いや、来週まで休みだ…」

「あ、そ、そうよね、来週からだったわ!」

「お前マジで大丈夫か?なんか顔も赤いし風邪でも引いてんじゃないか?」


 そう言って、彼は私のおでこに手を伸ばしてきた。


 ピト

 ピューバッタン


 彼の手が触れた瞬間、私は意識を手放した。



 〜〜〜〜〜〜


 えええええぇぇ⁉︎


 おかしな言動をするシャルステナが心配になり、風邪でも引いてるんじゃないかと、おでこに手を当てたら、倒れた。

 慌てて、机を飛び越え、シャルステナを抱き起こす。


「おい!シャルステナ!おい!」


 俺の呼びかけにも彼女はピクリとも反応を示さない。

 彼女の体は暑く、汗も滲んでいる。

 俺は彼女を背中に背負うと、保健室の場所を隣にいた男子生徒に聞き出し、一目散に駆け出した。


 保健室に駆け込み、シャルステナの容態を診てもらった。


「健康体です」

「え?いや、でもいきなり倒れて…」


 何もないのに倒れるわけがない。


「何か、気を失うほどのことがあったのではないですか?」

「いや、特には…。けど、こんなに体が熱いんですよ?」

「確かに、少し体は熱を持っているようですが、魔法を使った診断には何も現れませんでした。間違いなく健康体です。おそらく、倒れる前に激しい運動でもしていたのでしょう」


 魔法を用いた診断で何もなかったと言われたら、俺に反論するような知識も言葉もない。

 俺はシャルステナを先生に任せ、寮に戻ることにした。

 わけがわからないが、先生が大丈夫と言うのだから、問題はないだろう。


 今日はいろいろあって疲れたし、もう寝よう。

 明日は生活用品の買い出しに行かなきゃいけないしな。


次は明日か明後日に投稿します。

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[一言] 赤髪の少女まで読みましたが、1~10話まで強さへの向上や幼馴染との男らしい友情が描かれていたが、学園に入学した途端、あの女俺に惚れてるみたいだけど、面識ないから逃げよう?・・・???からの覚…
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