96.クラーケン討伐
全然書く暇がない……
見渡す限りの海。水平線の先はまた水平線。遥か遠くに見える水平線の彼方には赤々とした灼熱の太陽。焼けるような日差しは容赦なく肌を焦がすが、心地よい海風のお陰で、暑さは緩和されている。
そんな広大な海の上にポツンと浮かぶ5隻の船。どの船の甲板を囲う柵にも母なる海に向けてマーライオンが備えつけられ、船旅の情景をより鮮明に醸し出していた。
「う、うぇ……」
「大丈夫、レイ?」
「大丈夫じゃない……」
もれなく俺もマーライオンの仲間だった。船酔いなんて初めてだ。きっと、この船が悪いんだ。前世の船じゃ酔った事なんてなかったのに……
そんな俺の思考をスキャンしたのかシャルステナは、
「船の上であんなにはしゃぐからだよ……」
と呆れ顔であった。
「レイ殿、気分が優れないところ申し訳ありません」
重症の俺をシャルステナが看病する中、レーナとリミアを引きつけれたマーレシアがやって来た。何か用だろうか?
そんな事を思いながらも、俺は湧き上がる吐き気に逆らえずお嬢様の目の前で魚に撒き餌を敢行する。
「うぇ……もう出ない……」
「レイ呼んでるよ?」
「今無理……」
シャルステナに代わりに聞いといてくれと丸投げし、俺は母なる海と向かい合う。
「ええっと、レイはこの通り船酔いが酷いので、代わりに私が……」
「すいません。まさかレイ殿が船に弱いとは思わず……」
瞼を少し落とし申し訳なさそうにするマーレシアに、シャルステナは乾いた笑みを漏らす。
「あはは……たぶんその辺で転げ回って遊んでたせいだと思います。船酔いというより、目を回したのかと……」
「…………」
なんか馬鹿を見る目で見られている気がする。
「それで、要件とはなんでしょう?」
「あ、はい。実は先日、レイ殿におそらく貴方の事だ思うのですが、冒険者登録をしていないから、後で直接と伺っていたので、そのお話にと参りました」
「そうですか。気を使わせてしまったようで、申し訳ございません。私の冒険者登録は既に終わっていますので、レイと同じくギルドを通して頂けると助かります」
シャルステナは丁寧な口調で、マーレシアに受け答えしていた。流石は貴族のご令嬢。その辺の礼儀はしっかり身に付けているようだ。
俺はその辺苦手というより、やり方がよくわからない。取り敢えず膝付けばいいかな的な感じだ。まぁ、冒険者には余り必要ないものだと思うけど……
「はい。それでは、レイ殿と同じくギルドを通してという事で。お名前をお伺いしても?」
「シャルステナ・ライノルクと申します」
「ライノルク⁉︎ あのライノルク家のご息女⁉︎ ……し、失礼いたしました。取り乱して申し訳ありません」
「いえ」
シャルステナは慣れた様子で、マーレシアの言葉を受け入れた。そんな二人の会話を海が回ってるなどと考えて聞いていた俺は、ふと思った。
シャルステナって実は結構名の知れた貴族の娘だったのかなと。
「ライノルク家のご息女とこのような場でお会いする事になろうとは思いませんでしたわ。申し遅れました。私、マーレシア・ヒュールキャスと申します。どうぞお見知り置きを」
やっぱり結構有名な家なんだな。俺って今更だけど、逆玉?
そんな事を考えながら話の成り行きを見守り、一方で収まってきた吐き気に合わせて、口の中もサッパリしようと水を口に含み洗い流していた。
「それにしても、ライノルク家のご息女が何故この様な場所に? それも冒険者などと」
「それは……レイと駆け落ちしたからです」
「ブフー‼︎」
思わず洗浄中の水を口から噴射。いきなり何を言いだすんだこの子は。
「か、駆け落ちでごさいますか……」
「いや、ちょっと待ってシャル。俺たち婚約者になったからそんな事しなくていいんじゃないのか?」
「だってお父さんから別れろって手紙が何通も送られて来たんだもん。だから、このまま私を連れて逃げて?」
そう小首を傾げてお願いしてくるシャルステナに俺は瞬殺ノックアウトされ、
「もちろんだ。駆け落ちしよう。うん、今すぐしよう。ここで結婚式しちゃおう」
バッとシャルステナの手を両手で掴み求婚した。しかし、それはこの場では禁句ワードに指定されていたようだ。
「死ねーーッ‼︎ お前ら2人揃って海に飛び込めッ!」
そう言って、レーナは激怒し掴み掛かってきた。涙目だ。目の前で見せ付けられて、酷く消沈したようだ。まぁまぁと黄髪が抑え、マーレシアはピクピクと苦笑い。この人も独り身なのかな。
「あの〜、そう言った事はまた後でしてくれると助かります……はい」
「っと言っても、もう要件は済んだんじゃないんですか?」
苦笑いのマーレシアに済んだならあっちに行けと、俺は厄介払いを始めた。今すごくいい感じだったんだ邪魔しないでくれと。
しかし、まだ用事は終わってなかったようだ。
「いえ、もう一つ要件が」
「まだあるんですか?」
「はい」
何だろう?
「実は、クラーケン戦に向けて冒険者の方々一人一人に得意分野といいますか、魔法のような遠距離攻撃手段を持っているか聞いて回っているのです。レイ殿は先日、魔法を使っていた所を見せて頂いたのですが、他に何か遠距離攻撃手段をお持ちでしょうか?」
「遠距離攻撃手段かぁ。魔法と弓と、後『取り敢えず何でも投げちゃえ』っていう技がありますよ」
「レイってひょっとしてネーミングセンスない?」
失敬な。考えるのが面倒でそのまま言ってるだけだ。
「い、色々お持ちなんですね。シャルステナ嬢の方は……」
「私は魔法だけです。けど、魔法には自信がありますので、任せてください」
そうシャルステナは自信有り気に答えた。そんなシャルステナにどこか納得顔になったマーレシア。
「やはり、そうでしたか。ラストベルクの期待の星に並ぶと言われる実力を目に出来る事を楽しみにしています」
「期待の星?」
「ディクルド君の事よ。彼、そう呼ばれてるらしいよ」
なるほど。あいつが期待の星ね。その期待の星に勝った俺はさしずめ期待の超新星って事だな。
「では、お二人はクラーケンへの攻撃をお願いします。それと、お連れの竜の子供は……」
「大丈夫です。あいつは飛べるんで直接攻撃させますよ」
「はい、それでお願いします。では、クラーケンの出る海域まではごゆるりと船旅をご堪能下さい」
そう言って、去っていく三人を見ながら俺は横に立つシャルステナに向かって呟いた。
「あの人、ルーシィの姉ちゃんなんだって」
「ええっ⁉︎」
思った通り気が付いていなかったシャルステナは驚愕の声を上げた。何故気が付いていない事がわかったかと言うと、2人の会話が凄く平和なものだったからだ。ルーシィに敵意丸出しのシャルステナが態度を変えなかったというのはつまりはそういう事だ。
次この2人が顔を合わす時、シャルステナはどんな顔をするんだろう。敵意丸出しか、それともルーシィじゃないからと敵意を抑えるのか見ものである。……いやそうでもないな。
〜〜
「クラーケンだッーー‼︎ クラーケンが出やがったぞーーッ‼︎」
穏やかな波に揺られうたた寝していた俺は、その声で目を覚ました。先程までは穏やかで船内。しかし、ハンモックの上で目覚めてみれば、ガタガタと船は揺れ嵐の中にいるかのように思えるほど、船が激しく揺れていた。
先の大声でクラーケンが出た事はわかっていたため、俺も仕事を果たすためにハンモックの上から飛び降りると。
「キッチック兄ーー‼︎ イカさんが出たよーー! すっごい大きいんだ! こんな風にグニョグニョ動いてるんだよ?」
セーラがクラーケンの出現を伝えに来てくれた。セーラは手をフニャフニャと動かし、イカの足真似を始めたが、ガタンと船が揺れると横に倒れそうになった。
だから、俺はセーラを褒めながら、体のバランスを戻し抱き上げた。
「へぇ、上手だなセーラ」
危ないのでセーラを抱き上げたまま、扉を開けて甲板に出るとそこは戦々恐々としていた。
「戦隊を組めーー‼︎」
「足が動き出したぞーー‼︎ 船を守れ‼︎」
「くそっ、波がうねり出した! デカイやつが来るぞ‼︎」
「全員船体にしがみつけ‼︎ 振り落とされんなよ!」
甲板では怒哮が飛び交い、目まぐるしく冒険者が動き回っていた。船員達は恐怖に耐えながら必死に船を操作しており、恐怖からか顔が強張っていた。先程まで静かだった海は、クラーケンの足により揺らされうねり出し、魔法使い達が必死にそれを緩和し、船に損傷を負わせないよううねりを抑えていた。
一方、魔法が得意でない者は、クラーケンの足を弾いたり、弓でクラーケンの頭を狙い打っていた。
俺はそんな彼らを見やり、結構腕のいい冒険者が多い事に、安堵と共に俺も負けてられないと対抗心を燃やした。
思えば、SS級など滅多に戦えるものではない。いい経験になるだろう。
けど、その前にーー
「よっと」
ザザーン‼︎
俺が軽く飛び上がった瞬間、船を波が襲う。激しく揺れる船には着地せず、既に冒険者に混ざり戦っているシャルステナの所へ、空を蹴りながら移動した。
「きゃ! あっ、ありがと、レイ」
「おう。シャル、あのさ、セーラどうしようか? 俺は直接クラーケンに攻撃しようと思うんだけど、船内に置いとくのも何があるかわかんないし……」
「何でいつもそんな冷静というか、マイペースなの? 災害級が目の前にいるんだよ?」
それは平常心を心掛けてるからだ。一々パニクるようではいつまで経っても一人前の冒険者にはなれないさ。
「お得意の防御スキルの中に入れたらどう?」
「おおっ! それだ! セーラ、ちょっと俺たちはあいつと戦わなきゃいけないから、安全な場所で応援しててくれるか?」
「うん!」
後はどこに空間を作るかだが……
「ハク!」
「ピィイ!」
俺は姿が見えないハクの名前を大声で呼んだ。すると、すぐに返事があった。
「ハク付いて来い」
「ピィイ!」
そう言って真上に飛び上がった俺の後ろに追随する様にハクは付いてきた。そして、十分な高さまで上がると、
「セーラ少しだけ手を離すけど、怖がる必要はないからな。今から目に見えない箱を出してその中にセーラを入れるだけだから。クラーケンを倒したら迎えに来るから、ここで待っててくれるか?」
「うん、わかった。怪我したらダメだよ?」
「ああ」
俺は怖いだろうと思ったが、万が一を考えクラーケンの攻撃が届かない高所にセーラを入れる隔離空間を作る事にした。隔離空間も完全防御じゃないからな。結局、ディクの時何で破られたのかわかんないし……
パッとセーラを離し、すぐに隔離空間を作る。そして、手を振ってセーラを安心させようとしたのだが、セーラは声は聞こえないが、楽しそうに隔離空間の壁を叩いたり、下を覗き込んだりしていた。
怖くはないみたいだ。
「ハク、じゃあ行くぞ。無理はするなよ? 危なくなったらすぐ逃げ……」
「ピィィーー‼︎」
ハクは俺が言い終わる前にクラーケンに突撃していった。
「あの馬鹿! そんな正面から行く奴があるか!」
俺も慌ててその後を追うが、生まれ持った特性は中々埋められない。そうこうするうちに、クラーケンはハクに気が付き、同時にその後ろに続く俺にも気が付いた。
そして、器用に足を動かし鞭のように俺とハクに攻撃してきた。
「ハク、避けろ!」
「ピィイ!」
ハクは見事な機動力を見せ、イカの足を難なく躱す。
おおっ、心配する必要はなかったか。うちの子も強くなったもんだ。
そんな事を考えながら、俺も迫る足を飛び上がることで躱す。
ビュンビュン!
風切り音と共に何本かの足が、俺とハクに向けられた。その足の動きは早く、手数も多い。が、躱せない事もない。だが、こちらもクラーケンに近づけない。
「ハク、一旦引け! 俺がやる!」
「ピィイ!」
そう言ってハクを離脱させた俺は両手に魔装刀を纏った。
「瞬空波!」
空中発動した瞬空波。鋭い刃の高速移動か生み出した真空波がクラーケンの足をみじん切りにする。
そして俺は海へ、ドボン!
その猛スピードでの飛び込みで立ち上がった水柱から這い出るようにして突撃したハクは、クラーケンの顔に雷のブレスを吐いた。
バチバチバチッ‼︎
漏れ出た電撃が海へと落ちる中、俺は慌てて潜る。あの馬鹿、俺まで感電させる気か!
海の表面を電流が伝う中、俺は魔法を唱える。串刺しにしてやる。
「ごばっごばっ! (アイスニードル!)」
凍りついた海が氷柱となってクラーケンを穿つ。しかし、その柔らかい肌には深くは刺さらない。辛うじて数本足が削れただけだ。
「プハッ!」
海面に俺が顔を出す頃には、もう既に足の再生を終えたクラーケンがいた。聞いてた通り厄介な能力だな。足を何本やろうが一瞬で修復してしまう。
しかし、その弱点はもう割れてるんだ。
「アイスガン」
俺は魔法で足元の海を凍らせ、一気に伸ばした。そして、大砲の弾のよう飛び、こちらに気が付いていないクラーケンの背後を取った。
「喰らえ、新作『金の力』!」
俺はいわゆる置き逃げを敢行。効果が大きいそうな雷の魔石を10個ほど置き逃げした。
後方から、爆発音に似た雷の嵐が生まれた。
キュウォォォォォ‼︎
クラーケンって鳴くんだなと無駄な知識を増やしつつ、効果ありと雷属性中心に攻撃する事を決めた。
「全員雷だ‼︎ 俺とハクがクラーケンを引きつける! その間に魔法を完成させろ!」
俺は大声で後方に控える船籍に向けて叫んだ。そして、今度はわざとクラーケンの注意を引きつける為、目の前で暴れる。
「喰らえ、金のかかったホームラン!」
ふざけた技名の通り、剣をバット代わりに球、雷の魔石を打つ。それを器用に打ち返してくるクラーケンに再び剣で再び打ち返す。そして、ドーン。
「まだまだ!」
もはやバットは必要ないと球を投げ出した俺は、珍妙な戦い方をしながらもしっかりと注意を引きつけていた。そして、ハクもまた隙を縫って雷のブレスをクラーケン本体に何度も当てる。
「レイーーー‼︎ 準備できたから離れてーー!」
「了解だぁ‼︎ ハク逃げるぞ!」
「ピィイ!」
即座にクラーケンから距離を取る俺とハク。それを追撃せんとするクラーケンに魔法の嵐が降り注いだ。
「ライトニング!」
「サンダートルネード!」
「雷爆!」
「サンダーブレード!」
雷轟が幾つも鳴る。空から落ちる雷。舞い上がる雷。弾ける雷。実に多種多様な雷魔法が飛び交う中、クラーケンが再び悲鳴をあげ、苦しみから逃れようと海上で暴れ狂う。
しかし、次々に落ちる雷に足の再生も追い付かず、みるみるうちにイカ焼きになっていった。
しばらくその様子を見ていた俺だが、眩しさを感じて激しい雷光に晒されるクラーケンから目を離し少し上を見た。すると、不思議な光景が目に入った。
雷が集まっているのだ。まるで太陽のように。クラーケンに当てた魔法の余波を集めているようにも見える。
まさかな……
と思いつつも俺は振り返る。そして、シャルステナを見ると、周りの冒険者達は既に魔法を放ち終え集中を解いているのに、シャルステナだけが未だ目を閉じ集中していた。
まじですか。
シャルステナさん、他の人の魔法集めて何する気ですか?
「マジックボム」
目を開けたシャルステナは右手を振り下ろした。それに伴い、バチバチと雷が漏れ出る雷球がクラーケンに落ちた。
バヂッバヂッバヂッ‼︎
衝撃を伴う音と共にクラーケンを電撃の嵐が襲う。もはや悲鳴など聞こえなかった。クラーケン本体に繋がる足が痙攣を起こしブルブルと震え、海には雷流が走る。
「なんつー魔法だ。なぁ?」
そう俺はハクに同意を求めたが、ハクは何故か大きくなりブレスの構えに入っていた。だが、いつもと違う所が一つ。
ハクの体が黄色い。そして、何よりバチバチと雷を体に纏っている。
「お前まさか……雷属性になったのか⁉︎」
と驚いていると、ハクは無言で小さく首を振った。そこで俺はようやく気が付いた。よく見るとシャルステナの放った魔法から漏れ出た雷をハクが食べているではないか。
「おい……食ったのか? 魔法食ったのか? ええっ? 食っちゃったの?」
ハクは小さく頷く。そして、食い貯めた雷をブレスとして吐き出した。それは今までのブレスとは比べ物にならない大きさのブレス。
そんなブレスを見ながら俺は思った。お前は何故そんな可笑しな技ばかり身につけるのだと。変体したり、魔法食べたりするのでなく、普通の技を覚えて欲しいという親心をわかって欲しい。
度重なる攻撃を受け、クラーケンはプスプスと煙を発しながらもまだ生きていた。流石はSS級といったところか。だが、まだ終わりじゃないぜ?
何故なら、ハクのブレスの後俺はポイポイと投げ捨てるように魔石をクラーケンの真上に放っておいたからだ。
バチバチバチッ‼︎
落下してきたお金の猛威は既にボロボロのクラーケンを容赦なく雷漬けにする。そんな中俺はクラーケンに向かって走り出した。
「吸収……吸収か……」
シャルステナとハクの技を見て、俺にも出来ないかと俺は考えた。取り敢えず剣に纏わせられないかと、突っ込んではみた。
「よし、よくわからんが集まれ!」
しかし、少しも集まらない。あれ?
予定ではここで新技を開発。それでクラーケンにトドメを刺すつもりだったんだが……
「……もういいや、取り敢えず死ね」
八つ当たり気味に俺はクラーケンの頭に剣を突き刺した。そして、
「魔爆!」
剣を通じて送り込んだ魔力。それをギュッと圧縮し、剣を引き抜いて飛び退いた。一幕後、内部で膨れ上がった魔力が、クラーケンの頭を吹き飛ばした。
「討伐完了っと」
俺は次第に形を崩していくクラーケンを見守りながら、そんな事を呟く。そして、海の藻屑となって消えないようにとしっかり魔石と素材を回収する。
「お、重ッ」
かつてないほど巨大な魔石は少し重たかった。優に俺の上半身ぐらいの大きさはある。このまま持ち帰るのは少ししんどいので、収納空間に一度しまうとセーラを迎えに行く。
そして、隔離空間を解除し、落ちてきたセーラを優しく受け止める。
「キッチック兄すごーい! バッて刺してドバッてイカさんの頭が吹き飛んだよ!」
小さな子供がグロテスクな事を楽しそうに笑って話している。完璧にこれは俺のせいだが、彼女のレベル上げもしなければならなかったのだと自分に言い訳した。
先の戦いに興奮仕切ったセーラを連れて船に戻ると、すぐにマーレシアとそのお付きの二人が走り寄ってきた。
「お、お疲れ様です! まさかここまで簡単に倒せるとは……貴方達二人が討伐に参加してくれたお陰です!」
「本当に見事な戦いぶりだった。シャルステナ様の魔法は言わずもがな、まさか貴殿が空を飛ぼうとは……前に空を飛んで消えて行ったのは見間違いではなかったのだな」
「無礼なだけかと思っていましたが、それに勝る戦いぶりでした」
と一様に俺を褒め称えた。悪い気はしない。が、こうやって女性にチヤホヤされると、不機嫌になられる方がいらっしゃるので、早めに話を切らなければ……
「いや、まぁ、皆さんの援護のお陰ですよ」
「いえいえ、そんな事は。私確信しましたよ。貴方がディクルド・ベルステッドなんですね」
「いや違うけど」
何を勘違いしたのか、マーレシアが自信満々で言ってきたので、容赦なく即答してやった。
「俺は正真正銘レイ。今度妹さんと会った時にでも聞いてみてくださいよ。別人だってわかりますから」
これ以上チヤホヤされては叶わないとそう言って俺は足早にシャルステナの所へ逃げた。
「お疲れ。怪我なかったか?」
「うん。ちょっと膝を打ったけど、もう治したから問題ないよ。レイこそ、お疲れ様。セーラも怖くなかった?」
「楽しかったよー! シャル姐もカッコよかったよ! イカさんビクビクビクゥって震えてた!」
「そ、そう……」
シャルステナも俺と同じ感想抱いたようだ。これでいいのかなと、目を向けてきた。
よくはない。よくはないのだが、致し方ない事もこの世にはあって然るべきなのだ。これは正にそれ。あっちを立てれば、こっちが立たずの表裏一体の関係なのだ。
諦めて宿の女将さんに土下座するしかない。
「皆様!」
俺とシャルステナの様に他の冒険者も互いを労い、最小の被害でクラーケン討伐を成し得た事に興奮冷めきらない様子ではやし立てていると、甲板の中央からマーレシアの声が響いた。
「クラーケン討伐、誠にお疲れの様でした。無事に事を終えられた事を嬉しく思います。しかし、長旅でお疲れの方もいらっしゃる事でしょう。ですので、一度ここから近いユーロリア大陸へと渡り、休息を得て引き返したいと考えております。また、その際ユーロリア大陸に残られても構いません。どうぞそれまでごゆるりとお過ごし下さいませ」
事前に伝えてはいたのだろう。本来なら船の損害も考えねばならなかっただろうし、ユーロリア大陸に渡る事を誰も咎めたりはしなかった。
よし、タイムロスは最小。邪魔者は消えた。後は地道に歩くだけ。
俺は潮の匂いのする春風に吹かれながら、まだ見ぬ大陸に思いを巡らすのだった。この風が夏風に変わり、秋になるまでがタイムリミット。
だが、焦る必要などない。俺が付いているのだ。間に合わない筈がない。




