第九話 そんなに子供じゃありません
「さくら様が仰っていた呪文とは、今のものだったのですな」
なんとか平常心を取り戻して顔を上げた私に、ヨハセンが聞く。
「はい…。このおもちゃ、子供のころに遊んでいたもので…。ちょっとした遊び心で、小さい頃みたいに真似しただけなんです。そしたら、部屋中強い光に包まれて…」
「なるほど。遊びとはいえ、呪文と認識して唱えたことで、眠っていた魔力に反応したのでしょう」
そんなぁ。私ほんとうに、リディシア王女なの…?魔力も持ってるなんて…、今までの私と変わっちゃったのかなぁ。
子供の頃に自分が王女様だとか、魔法が使えるなんて言われたら、喜んでたかもしれないけど、現実に、それも異世界でそう告げられると、ショックしかない。
今までの自分とかけ離れた存在になったみたいで、ちょっと怖いよ…。
「んん??」
レイキャルドが突然、声をあげた。
「子供の頃って…お前、まだ子供…だよな?」
「え?あ…いや、確かにまだ子供ですけど…」
義務教育が終わったとはいえ、まだ高校に入学したばかりだし、世間的に15歳はまだ子供だと思う。けど、小さい頃のこと、子供の頃って言うよね?
まじまじと見つめてくるレイキャルドに返事をすると、何故かあからさまにほっとした顔をした。
「だよなっ。びっくりしたぜ。子供の頃とか言い出すから。すでに成人してんのかと思った。やー、それにしてはまだ小さいし、まさかと思ってな」
レイキャルドは失礼なことを言いながら、うんうんと頷いている。
「レイ。妹とはいえ、レディに向かって失礼だぞ」
見た目どおりのフェミニストなのか、ジークフェルは眉を顰めながら、弟を窘める。
「いやー、わりぃ、わりぃ。でも、兄貴だってちょっと驚いてたじゃねえか」
「むっ、それは…」
……ちょっと!私、そんなに小さくないはずだしっ。身長、150cmはあるし、胸だって…も、もうちょっとしたら大きくなるはずだしっ!
年頃の女の子に向かって、小さいって、失礼すぎやしないかいっ。
二人の失礼な会話にムカムカとしてきて、への字口になる。
「大丈夫よ。身長だってこれからどんどん伸びるわ」
むくれた私に気付いたのか、ジュリアスが優しく慰めてくれる。
「……でも、去年あたりから身長ストップしちゃってるんです。それに、女の子は10代後半くらいからはあまり伸びないとも聞くし…」
胸はまだこれから大きくなるかもって希望がある。あるったらある。でも、身長は自分でももう無理なのでは、と思っていたから、ついつい愚痴っぽい口調になってしまう。
ママもパパも身長高い方なのに、なんでなんだろう…。
「「「「「「「え?」」」」」」」
しょぼくれた私の耳に、素っ頓狂な声が響いた。
部屋の全員が私を見て固まっている。
え?なに??どうしたの???
「10代後半…?」
セリムが鳩が豆鉄砲をくらった、みたいな顔をしている。
何をそんなに驚いているのか。
「え、はい。いま15歳です。あと5ヶ月ほどしたら16歳になりますけど…」
「15歳!?あ、あ、あ、あ、後5ヶ月したら成人するだとっ!?」
もはやセリムの声は裏返ってしまっている。
「えっ!?成人って16歳からなんですか!?私の国だと20歳で成人なので…」
あれ?この感じ、まさかみんな私のこと、もっと子供だと思ってたんじゃ…。
「……異世界に飛ばされた影響で、時間軸にも誤差が出ているとばかり思っていましたが、リディアス王女が誕生されてから今年で17年。ほぼ誤差なく誕生されていたとは…」
めったに驚いたりしなさそうな、サイラスも声に驚きを隠せていない。
私が15歳だってことに、ここまで驚く必要ある?一体、何歳だと思われてたんだろう…。
「…本当ですか…」
後ろからボソッとした声が聞こえた。
振り返ると、微笑みっぱなしだったカイルが、真顔でこちらをジッと見ている。
「本当に、後5ヶ月したら、16歳になられるんですね」
怖いほどの真顔で念を押され、お尻でソファの上を後ずさりしてしまう。
「は、はい。あっ、でも暦が違ったりしますかね?私の世界では、閏年以外は一年は365日で、月にすると12ヶ月で、一ヶ月がおよそ30日です。一日24時間で…ってちょっときりがないですね」
暦の説明をしている間も、カイルは真顔のままで、何かが気に障ったのかと、気が気でない。
「こちらも、ほぼ同じです。…あと5ヶ月か…」
「え?」
カイルは言いながら、考えるように顔を俯けてしまったので、最後の言葉がよく聞き取れず、聞き返す。
ソファに座ったままの私は、下からカイルの顔を覗ける位置だが、影になっていて表情がよくわからない。
怒っているのだろうか…。
カイルの反応に、私がそわそわしていると、ガバリッ!と勢いよく顔を上げて、カイルは今までで一番甘く微笑んだ。
そのまま無言でソファの後ろから、私の前までやってきて跪く。
「数年耐え忍ぶ覚悟でしたが、嬉しい誤算です…。あなたは私の──」
「ちょちょちょちょっ!ちょーっと待ったぁっ!」
レイキャルドが立ち上がって、カイルを止めに入った。
忌々しそうに眉をひそめたカイルは立ち上がって、レイキャルドを見る。
「何ですかレイキャルド王子」
「何ですかじゃねえよっ!お前いまっ!おいっ!兄貴!オヤジっ!」
私の年齢を聞いてから、固まったままだった二人が、レイキャルドの声に我にかえる。
「「はっ!」」
「しっかりしろよ!二人とも!カイルの野郎、どさくさに紛れて誓いを捧げるとこだったぞ!」
「んなっ!カイルっ!リディシアはまだ子供だぞ!!」
ジークフェルが弟の言葉に顔色を変える。
「あと5ヶ月で成人されますよ。通常の婚約期間が一年だとして、今誓いを捧げるのは妥当な時期でしょう」
「「カイルッ!!」」
こ、こ、こ、こ、こ、ここここここここここここ婚約うぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ?!
私は、あんぐり、と開いた口を閉じることが出来なかった。