第六話 リディシア
う、嘘でしょ…?
「さくら、日本に…君の住んでいた世界に、魔術は存在していたか?」
魔術って…。そういえば、さっきヨハセンは魔術師団団長だと名乗っていた。
「…ありません」
「やはりそうか…」
セリムはあらかじめ、私の世界に魔術がないことを予想していたようだった。
「本当ですか…?異世界って…」
確かに、私はタガリアという国を知らない。
自宅にいたはずの自分が、どうやってここに来たのかも分からないし、書斎であびた強い光も謎だ。
不思議なことだらけの今の状況は、魔術の存在する異世界に来たからだと言われれば、解らなくもない状況だった。
しかし、そんな簡単に、『あぁ、ここは異世界か』なんて納得出来るものじゃない。
もしかしてこれはドッキリ番組とかで、大掛かりな仕掛けで私を騙そうとしてるんじゃ、なんて思ってしまう。
そんな私の期待を、セリムは否定した。
「いきなりこんな話をされて、信じろと言う方が難しい話だが、事実だ」
「魔術のない世界に住まれていたのなら、実際に魔術をご覧になれば、ここが異世界だという証明になるのではないでしょうか」
セリムが肯定しても、まだ信じられない顔をしたさくらに、サイラスが提案する。
「それでは、私がご覧に入れましょう」
ダッツブルグ魔術師団長が、手のひらを上にむけて口元に近付け、こちらに向かって手のひらにふうっと息を吹く。
すると私の目の前に、はらりはらりと色とりどりの花びらが降ってきた。
「わ…。すごい…」
天井から降っているのかと思って上を見上げてみるが、花びらはさくらの頭の少し上の高さから降っていた。
何も存在しない空間からあふれ出てくる花びらに、ただ驚く。
下を見ると、積もっていくはずの花びらは、床に触れる前に溶けるように消えた。
「これが…、魔術…」
花びらが止み、今度は目の前に一輪の花が降りてくる。
その花は紫色の花びらが幾重にも重なっていて、丸っこい形をしていた。不思議な事に、少し光を帯びている。
ダッツブルグを見ると、彼はにっこりと微笑んで、プレゼントです。と答えた。
手に取ると光は消え、とても良い香りが広がった。
「さすがダッツブルグ魔術師団長!とっても素敵!魔術を見せろと言われて、花を贈るなんて!無粋に炎を吐くとかじゃないところが、さすがだわぁ!うっとりしちゃう!」
ねっ!とさくらに同意を求めるジュリアスの明るさと花の香りに、異世界と聞いてから重い空気に包まれているようだった気分が、少し軽くなった。
「母上は昔から、ヨハセン魔術師団長のファンですからね」
母親のはしゃぎっぷりに苦笑いしながら、ジークフェルが言う。
「あなたたちも見習いなさい。無粋な男は嫌われますよ」
「わかっています」
ジュリアスの小言にジークフェルがため息をつきながら応えると、横のレイキャルドが眉間にシワを寄せた。
「おいおい、兄貴が女に花なんて贈ったら、また王太子妃を狙うご令嬢どもがギャーギャーうるさいから、止めた方がいいぞ」
「レイキャルド様、お口が過ぎますよ」
サイラスが窘めるもレイキャルドはどこ吹く風だ。私は少しだけ笑った。
本当に異世界に来てしまったんだ…。パパ…ママ…。
「…元の世界に帰る方法は、ありますか…?」
もし、もし帰れないと言われたらどうしたらいいんだろう…。みんなにもう会えないのかなぁ…。
一人で、生きていかなきゃいけないのかなぁ…。
考えれば考えるほど、不安に包まれていく私に、セリムが微笑んだ。
「大丈夫だよ。元の世界に帰れるから。だから安心しなさい」
「…っ!!ほんとうですか!?」
「ああ。さくらがこちらへ来た時に、世界間の道が固定されている。すぐにでも帰れるよ」
身体から力が抜ける。
よかったぁ…帰れるんだ!
「ここが異世界だということを、信じてくれたかい」
「あ、はいっ。まだちょっと信じられない気持ちだけど、あんな魔術見ちゃったら信じるしかないっていうか…」
力が抜けたせいでソファに沈んだ身体を慌てて戻しながら、セリムに答える。
「あの、私がこの世界に来たのって、誰かに呼ばれた…召喚された、とかなんでしょうか?」
元の世界へ帰れるということだったが、何かしらの目的で召喚されたのならば、理由を知りたかった。
小説とかアニメの世界だと、召喚されたり、次元の狭間?みたいなところから異世界へ落ちたりと異世界へ行く方法は色々あったけど、私は何でここに来たんだろう。
「さくらがこの世界へ来たのは、召喚されたからではない。というか、我々の魔術では異世界の者を召喚するなんてことは出来ないんだ」
セリムが召喚説を否定する。
召喚ではないということは、迷い込んだとかなのだろうか。
「さくらがこの世界へ来たのは…、君の魔力が目覚めたからだ。そして、さくらが私たちの娘リディシアだったからだ」
考え込んでいた私に、セリムがまた衝撃的なことを言った。
こんな下手な小説を読んでいただいて、ありがとうございます。少数の方ですが、ブックマークを登録していただいたみたいで、とっても嬉しいです。
少しでも楽しんでもらえるように、精進します。