第十八話 護衛
「あー。ぐすっ。ごめんなさいっ。泣くつもりなんて、無かったんだけどっ…」
お母様が、ハンカチで涙を拭いながら照れくさそうに言う。
「いえ。私たちこそ、…すみません」
パパが頭を下げる。ママも泣きながら一緒に頭を下げた。
「ジュリアス様…」
ダッツブルグ魔術師団長がお母様を気遣う。
「大丈夫よ。…ふぅー。…おほんっ。で、私たちが何故こちらにお邪魔したかと言いますとですね」
お母様が仕切り直し、と言わんばかりに、努めて明るい声を出す。
「はい」
「たまに、で構いませんので、さくらをタガリアへ遊びに来させてもらえないかと、思いまして」
パパとママはお母様の言葉に、お互い顔を合わせて、アイコンタクトをとる。
「王妃は遊びに、と申しましたが、さくら様は魔力を目覚めさせたので、魔力のコントロールが必要になってきます。タガリアで魔術も学んでいただきたく思っております」
ダッツブルグ魔術師団長が付け加えた。
「魔力のコントロール、ですか」
パパが聞き返すと、カイルが答えた。
「我々は、通常物心がつく前から、魔力のコントロールを覚え始めます。魔力とは常に溢れ出ているものなので、溜め込んだまま自身の容量を超えると、暴走する危険があります」
このことについては、私もタガリアでダッツブルグ魔術師団長に言われた。
魔力を溜めておける容量は人それぞれ大小異なるけど、そうなるととっても危険だって。
あっちの世界では、魔術師や魔力の高い人がいるから、その暴走を抑えてもらえるけど、私は日本で生活しているので、私の魔力が暴走すると、周りの人に危険が及ぶかもしれない。だから魔術については、絶対に勉強しなきゃいけないって。
「さくらの容量はどの程度なんですか?何日かもつものなんでしょうか」
危険があると聞いてパパは顔色を変えた。
「さくら様の魔力容量は、かなり大きいと思われますが、それに比例して魔力の回復も通常より早いようですので、魔力をコントロールせずに過ごすと、恐らく二日程で容量を超えるかと思われます」
ダッツブルグ魔術師団長の言葉に、私もビックリした。
え!?それじゃ、間に合わなくない?
毎週末にでもタガリアへ行こうと思ってたけど、一週間もたないんじゃ、大変なことになっちゃうっ。
それとも、魔力のコントロールって、一日で習得出来たりするもんなの?
「二日…」
パパも絶句しちゃってる。
「あの、魔力のコントロールを習得するのって、どのくらいかかるんですか?私、二日に一回はタガリアに行かなきゃ暴走しちゃうんですかねっ?」
「魔力のコントロールはほとんど感覚で覚えるものなので、コツさえ掴んでしまえば簡単だと思うのですが…」
ダッツブルグ魔術師団長は、少し言葉を濁す。
「さくら様はこれまで魔力の使用に馴染みのなかった方なので、少し時間が掛かってしまうかもしれませんね」
カイルの説明に、ママが心配顔で私の手を握る。
「そうなると、しばらくさくらをそちらに預けて、魔力のコントロールを集中的に教えて貰った方がいいのかしら…」
そうだよねぇ…、こればっかりは私だけの問題じゃなくて、周りにも危険が及ぶことだからなぁ…。
「大丈夫ですわ。さくらには護衛を就けます」
お母様が心配する私たちに、にっこりと笑顔で言った。
「ご、ごえい…?」
聞きなれない言葉に、一瞬理解出来なかった。
ごえい…って護衛??
「ここにいるカイルが、さくら専属の護衛として、しばらくこちらの世界に留まりますから、魔力の暴走の危険はありません」
「お、お母様??」
カイルが、日本に留まる…?どういうこと!?聞いてないんですけどっ。
「さくらはまだ学生でしょ?魔術の勉強ももちろんしてもらいたいけど、どのくらいの期間で習得出来るかわからない魔力のコントロールのために、ずっと学校をお休みする訳にもいかないでしょう」
「そっ、それは…そうですけどっ」
けどカイルはっ、お仕事だって…それに、こっちの世界に住むってこと?出来るの?そんなことっ。
「カイルさんは、こちらの世界について詳しいんですか?」
パパも驚いたらしく、カイルに聞いている。
「いえ。まだこちらの世界の情報は得ていません」
「タガリアと日本では、かなり文化の違いがありますけど、大丈夫なんですか?それに、護衛という言葉を聞くと、対象者にぴったりと張り付いて護るイメージがありますが、どのように護衛されるんですか」
「こちらの文化については、すぐに情報を収集しますので、問題ないかと思います。魔力の暴走については、一日に一回程私がさくら様の魔力を調整すれば、心配はないかと。ただ、今日の様に意図せず魔術が発動してしまう場合もありますので、できる限りさくら様のお側に着いております」
すると…、ずーっとカイルと一緒にいるってこと??
え、ええ、えええっ!!そっそんな、困るっ。
「お母様っ、ほっ他の方にしてもらうわけには──」
「私以上に適任の者はいませんよ、さくら様」
お母様に抗議しようとするも、すぐさまカイルに却下されてしまう。
「カイルさん、失礼ですがご結婚は?」
パパがいきなり関係ない話をしだした。
「独身ですが」
パパ?どうして今そんなこと聞くの?
「……ジュリアスさん、私もさくらの護衛は別の…出来れば女性にお願いしたいんですが」
「あら、どうしてですの?」
パパは少し頬をヒクつかせながら言った。
「彼は…、カイルさんはどうやら、娘に特別な感情を持っているように見えるのですが」
!?
会話中、カイルは特別私に絡んできたわけではないのに、パパは何かしらを感じ取ったらしい。
「…よく、お気づきになりましたわね」
「彼の目を見ればわかりますよ。明らさまな程、さくらを見る目だけが違う」
「私は確かにさくら様を愛しておりますが、それが護衛になにか不都合なことでも?」
あっ、ああああああああ愛してるっ!?
いまこの人愛してるって言った!?
なっなっなっっっ!
「不都合に決まっているっ!!」
開いた口が塞がらない私の横で、パパが大きな声を出した。
「あ、あなたっ」
「さくらを護るはずの護衛が、さくらに邪な想いを抱いているなどっ……!っ娘は嫁になどやらんっ!!さくらはまだ15歳なんだぞっ!だいたい君は、娘といくつ歳が離れているんだっ!会ったばかりのさくらを愛しているだなどとっ!!確かにうちの娘は、一目惚れをしてしまう気持ちも分からなくないほどに、可愛いっ!!素直で優しくて正に理想の女の子だろうっ!さくらに目をつけた君の選択は正しいっ!しかし、さくらは絶対に絶対にぜーったいにっ、嫁になどやらーーーーんっ!!!」
パパは肩で息をしながら、言ってやったとばかりにカイルを睨みつけている。
……………パパ…。支離滅裂もいいとこだよ………。
いつもは冷静で、会社でも仕事の出来る、クールな男だと評価されている自慢のパパだけど、どうしてっ、どうしてわたしのこととなると、こんなにも残念になるのだろうっ………。
誰も嫁にくれなどと言ってないしっ。
私に対する評価が、親バカという言葉だけでは片付けられないことになってるしっ…。
「ジュリアス様、さくら様のお父君はお二人とも……」
「ええ、私も同じことを思っていました…」
お母様とダッツブルグ魔術師団長が、パパの様子を見てこそこそと話している。
「すみません。この人、さくらのこととなると、冷静さを失ってしまうんです…」
ママがお母様たちに謝る。
「いえいえ、実は、私の夫も似たようなものでして…。さっき同じようなこと申しておりましたわ」
「あらまあ、そうなんですね。…さくらも大変ね、父親二人にこんなに愛されちゃったら、お嫁に行けないんじゃ…」
ママとお母様は気が合ったようで、パパたちをそっちのけにして、自分たちの夫について話に花を咲かせだした。