第十五話 我が家でおもてなし
今回ちょっと長くなっちゃいました。
はぁーっ。無事に帰って来れたぁー。
にしても、またあの恥ずかしい呪文を唱えることになるとは…。しかも今度は人前で。
魔術なんて何一つ知らない私の魔力を使うためには、来たときと同じ方法で魔力を引き出すしかないと言われて…。
でもでも、今度あちらに行く時に魔術を教えて貰えることになっているから、この呪文もあと数回だけのはずっ。
「ここがさくらの部屋ですか?」
カイルが室内を、興味深そうに眺めている。
「いえ、ここは父の書斎です。ちょうどここで探し物をしている時にあっちに行っちゃって」
「そうですか……いつか、さくらの部屋を見せてもらえますか?」
「あ、はい、構いませんよ。今から行きますか?」
私の部屋は書斎を出てすぐ横にあるし。パパたちを待つのはリビングにするとして、じゃあ先にちょっと寄って行こうかな。
「………」
さっそく案内しようとカイルを見ると、眉間にシワを寄せた難しい顔をして、黙り込んでいる。
え、どうしたの?
「…さくら様、年頃の女性が男性を簡単に部屋へ招いてはいけませんよ」
「えっ?」
ダッツブルグ魔術師団長が、諫めるように私に言う。
「女性が自分に好意を持っている男性を部屋に招くということは、『あなたの好意を受け止めますよ』ということになるんです」
……好意を受け止めます……?というと……?
「解りやすく言うと、『あなたになら何されちゃってもいいわっ』ってことよ」
「えっ?っえええええええぇっっ?!?!」
それってっ、それってっ、っっ!!
一瞬いけない想像をしてしまい、ボボボボッと顔が火照ってくる。
何考えてるんだっ!わたしっ!!
「ジュリアス王妃、またそんな明け透けもなく」
「はーい。すみません。王城じゃないから、気が緩んじゃって」
「まったく、あなたと言う方は。いくつになっても変わりませんな」
「うふふふ」
お母様とダッツブルグ魔術師団長が横で和んでいるけれど、私はそれどころでない。
カイルに否定せねばっ。何だかとっても軽い女の子だと思われちゃうっ。
「っあのっ、私、知らなくてっ…そのっ」
「…わかっていますよ。あなたに通じてないことは。あっさりと承諾されてしまったので、もしかして他の男性にも同じように返されるのかと思ったら、少々腸が煮…いえ、不愉快になりまして」
眉間にシワを寄せたままのカイルは、本当に不愉快そうで、微笑んでいる時と違って、冷たい印象を与える。
「ねえさくら、ここには人の気配が無いようだけど、ご両親どこかへ行ってらっしゃるの?」
「あっ、パパとママはデートに行ってて。でも、もうすぐ帰って来るはずです」
お母様に聞かれて時計を見ると、もう18時を過ぎていた。
夕飯の仕度もあるから、そろそろ帰ってくるはずだ。リビングで待機していたほうが良いかもしれないな。
「ご両親は仲が宜しいんですな」
ダッツブルグ魔術師団長が微笑ましそうな顔で言う。
「そうですね。娘としては恥ずかしい気もしますが、今でも新婚みたいに仲良しです」
娘の前でも平気で、ちゅうとかしちゃうし。こっちが恥ずかしくなるほどラブラブな二人は、実は私の憧れの夫婦像だったりする。
私もいつか、素敵な旦那様と、ずーっとラブラブでいたいなって思ってる。
それにはまず、相手を探すのと、ラスボスのパパを倒さなきゃならないけどね…。
「何か飲みますか?えーっと、紅茶とコーヒーとオレンジジュースと…」
三人をリビングへ案内して、ソファに座ってもらう。
カイルとダッツブルグ魔術師団長には、初め座ることを拒否されたが、日本ではお客様には座ってて貰うのが普通だ、と説明したら何とか座って貰えた。
「なんとっ、王女に給仕させるわけにはいきませんぞ。ここは私が──」
「いやいや、ですからここは日本なので、これが普通なんです。それに、お客様にお茶も出さずにいたらママに叱られちゃいます」
「うむむむっ」
カップやらを用意しながら返事をすると、ダッツブルグ魔術師団長は納得しかねているような、複雑な顔をしている。
キッチンとリビングは繋がっているので、お湯を沸かしながら三人の様子を見てみる。
さっきまでは私が初めての世界にキョロキョロと色んなところを見ていたが、今は三人が珍しそうにしている。
得にお母様はあからさまにキョロキョロとしている。
お母様って、意外と落ち着きないのかな?なんて失礼なことを思ってしまう。
しかし、こうして三人を我が家の中で見ると……、何というか、派手だ。
お母様は物語の王妃様のような(と言うか本物だけど)ドレスだし、ダッツブルグ魔術師団長はザ・魔法使いって感じの長いローブだし、カイルは剣までぶら下げた騎士服だし──。
違和感が半端ない。
パパもママも驚くだろうな。どっかの劇団の人かと思っちゃうかも。
上手く説明出来ればいいんだけど、私もまだ混乱してる部分もあるし……。
「さくら、私が運びますよ」
むんむん悩みながらも、お茶の用意が出来てトレーに乗せていると、カイルがこちらに来た。
「あ、ありがとうございます」
私から受け取ったトレーを危なげなく運ぶカイルの姿は、名家の執事のようで、恐ろしいほど様になっていた。
…ほんとカイルさんってカッコイイ人だなぁ。
王宮で見たときも整った顔をしてると思っていたけど、自分の家で見るカイルの姿は、異質過ぎてその容姿が際立って見える。
なんでこんな素敵な人が、私のこと…好き…みたいな…。
一目惚れ……?…っナイナイッ。あり得ないっ。なんて図々しいこと考えちゃったんだろうっ。
「さくら?」
「ひゃいっ!」
自意識過剰な考え中にカイルに呼びかけられ、とっさに変な返事をしてしまう。
「どうかしましたか」
「いっいえ。何でもないですっ。あっ、カップまで並べて貰っちゃってすみません。ありがとうございます」
テーブルの上にはカップとソーサーが完璧に並べられている。あとはカップに紅茶を注ぐだけだ。
「紅茶ね。これは…初めての香りだわ」
普段お客様のおもてなしなんてしないから、慎重にカップに紅茶を注いでいると、お母様に銘柄を聞かれた。
「あーっと、これはティーパックなんですっ。ごめんなさい、茶葉もあったんですけど、上手に入れられなくて…」
しまった、やっぱり茶葉で入れた方が良かったかなぁ。
お母様王妃様だし、ティーパックの紅茶だと口に合わないかも…。
「ティーパック?」
「お、これですかな?…ほう、この袋の中に茶葉が入っているのですか」
取り出したティーパックをお母様とダッツブルグ魔術師団長が不思議そうに見ている。
「タガリアには無いですか?お湯を注ぐだけで、茶こしとかも必要ないんです。カップに直接入れて作れるから便利なんですけど…、お客様に出すべきじゃなかったかも…」
「まぁっ!こっちの世界にはとっても便利なものがあるのね」
私は失敗したと思っていたんだけど、お母様は何故か喜んで、ティーパックが欲しいとまで言い出した。
「お母様、お口に合わないかもしれないですよ?」
「えー?どれ…」
私が忠告すると、お母様はさっそく紅茶を一口飲んだ。
「では私も頂戴します」
「いただきます」
ダッツブルグ魔術師団長もカイルもお母様に続いてカップを口に運ぶ。
私はティーパックの紅茶好きだけど、この三人はいつも茶葉から入れて飲んでるみたいだから、やっぱり劣ってしまうんじゃないだろうか。
「うん、美味しいじゃない。やっぱり欲しいわ、ティーパック!」
「うむ、美味しいですな」
「さくら、美味しいですよ」
え、意外。お口に合っちゃった。
「あ、ありがとうございます」
お母様たちって、貴族っていう人たちだよね、たぶん。何だか…、想像してた感じと違うんだな…。
「うふふふ。意外って顔ね」
お母様が面白そうに私を見つめる。
「ジュリアス様に至っては、王妃様ですからな。私だってあなたの幼少時代に出会っていなければ、意外に感じていましたよ」
?どういうこと?
「私たち、ちょっと変わり者の貴族なの。下町肌というか、庶民的というか」
「変わり者…」
下町肌の王妃様ってどういうこと?相反する言葉じゃないの?
「まぁ、その話は今度ゆっくりするわ」
「さくら、この世界に貴族制度はあるんですか?」
「貴族制度ですか…?今でも貴族がいる国もありますけど、日本は何十年も前に貴族制度は無くなっています。国王様じゃなくて、天皇家という皇族の方はいますけど」
「では国の代表はその天皇家の方が?」
ダッツブルグ魔術師団長に聞かれて、ちょっと言葉に詰まる。
「えっと…、日本の代表ってなると、首相です。政治家で、国民の代表って形です。天皇家の方達は、象徴的なと言うか…、昔は帝って言って国の代表だったんですけど…今は政治には介入しないというか…えーっと……」
うわぁーんっ!合ってるよね??授業で習っているけど、改めて聞かれると、何て説明するべきかわからなくなってくるっ。
自分の国のことなのに、情けないっ。
「ほお。象徴的な存在ですか」
ダッツブルグ魔術師団長はもっと掘り下げて聞きたそうにしていたけど、もう私ギブアップですっ。
次までにちゃんと勉強しておきますからっどうかこの場はっ…。
「まぁまぁ、そんな小難しい話はよしましょうよ。そんな話より、私はさくらのことが知りたいわ」
たっ助かったっ!政治的な話とか聞かれたらどうしようかと思ったっ。
ニュースはパパたちと一緒に見たりするけど、私ってちゃんと自分の国のこと理解出来てなかったんだ。
社会の成績悪い方じゃなかったんだけどなぁ。
何だか恥ずかしいな。もっと自分の暮らす国のこと知ろうとしないといけないなぁ。
「ねぇ、さくらが着ている服って、家着なの?」
お母様に聞かれて、自分の服装を確認する。
あ、私着替えてないから、制服のままだったんだ。
「いいえ。これは学校の制服なんです」
「えっ?」
カイルが驚いた声を上げる。
「カイル?」
「さくら、それが学校の制服だということは…、その服で外を歩くんですか…?」
なんだかとても深刻な顔をして聞かれると、不安になる。
あっちの世界ではこの格好は変なんだろうか。
「はい…。え、変ですか?こっちでは制服は大体こんな感じのデザインなんですけど…」
うちの学校の制服は、紺のブレザーにサテン地の水色の大きめリボン、スカートは膝丈で青いチェック柄だ。
ブレザーに付いているボタンは、鈍い金色で凝ったデザインが掘られているが、奇抜なところもなく、基本的なブレザータイプの制服の典型と言えるだろう。
「足がスースーしちゃわない?」
「スースーですか?」
お母様が、私の足を指差しながら言う。
スースーするって…男子がスカート履いたときに言うやつじゃないの?
「タガリアでは…っていうか、あっちの世界じゃ、足の出るスカートなんてほとんど無いのよ。短くてもふくらはぎくらいの長さだし」
「あー、そうなんですね。こっちでは私の制服のスカート丈は長い方だと思いますよ。結構これくらいまで短くしている子も多いですし」
自分の太股の真ん中辺りを手で押さえて、長さを伝える。
「まあっ。すごいわねっ!ほとんど隠してないじゃないっ」
「そうですよね。階段とかでパンツ見えちゃわないのかなって、私も思います」
「うふふっ。そうよね、きっと風が吹いちゃったら大変なことになっちゃうわね」
「そうなんですよっ。だから私は、さすがにミニ丈のスカートは無理ですね。ショートパンツとかならズボンだし、平気なんですけど」
同じ足を出すのでも、ズボンタイプとスカートだと全然感覚が違うもんね。安心感があるっていうか。
「ショートパンツって?」
「さっき言ったくらいの長さのズボンです。それだとパンツ見えちゃうことは無いし、夏は涼しいし、安心です」
「…安心…?どこがですかっ」
ギンッとした目でカイルに睨まれる。
「ヒッ!」
こっ怖っ!!!
「さくらは、そんな履いているか、いないかわからないような服で、今まで外を…っ」
「いやっ、履いてますっ!確実に履いてますからっ!」
「そんなに露出するなど、ほとんど下着のようなものでしょうっ。なんて無防備なっ!」
お、お、お、お、お、怒っているっ。
カイルが、何故だかものすごーく怒ってらっしゃるっ。
「しっ、下着ほど短くない…っですけ…ど…っ」
言い返すも、カイルが怖くて尻すぼみになる。
「落ち着きなさいよ、カイル。文化が違うんだもの、ファッションだって違うわよ」
お母様が見かねて助け船を出してくれる。
「いやはや、それにしても、カイル殿が女性のファッションに口を出すなどと、人は変わるものですなぁ」
ダッツブルグ魔術師団長は紅茶をすすりながら、のほほんとしている。
「ほんとよね。さくらの前じゃ別人なんだもの」
「さくら、今後そのような露出のある服装は禁止です」
「はぁっ?!」
「王妃の言う通り、文化の違いもあるでしょうから、その制服の長さまでは我慢しましょう」
がっ我慢って。
ちょっとちょっと、横暴過ぎやしないかいっ!?
なんでカイルにそんなこと言われなきゃならないんだっ。
さっきまではカイルの迫力にビビっていたけど、なんだかムカムカしてきた。
「嫌ですっ」
怒りに任せてきっぱりと言い放つ。
「……」
「どっどうしてカイルにそんなこと決められなきゃいけないんですかっ」
無言のカイルにちょっとだけ言葉の勢いを無くしてしまった。
「あらま、言われちゃったわね、カイル」
お母様はなんだか楽しそうに、私とカイルを見ている。
「わかりませんか?」
「は?」
「わかりませんか、と聞いているんです」
「っ」
カイルの声音が少し低くなる。
先ほどまで怒りの表情をしていたのに、今はにっこりと微笑んでいる。
話の流れに逆らったような表情は、目だけが確実に笑っていない。
「さくら?」
「わっ、わかんない、もんっ」
だって、日本ではこれくらいの長さの服装なんて、若い子の間じゃ当たり前だしっ。
下着を見せて歩いてる訳じゃいのに、なんでそんなっ。
「やっぱり、とっとと私のモノにしてしまった方が良いのかもしれませんね」
「えっ…」
「他の人間が、さくらの肌を見るだなんて、腸が煮えくり返る。肌だけじゃない。本当なら、閉じ込めて、さくらを誰にも見せない」
ドクンッ───。
恐怖からなのか、喜びからなのか分からないが、胸が大きく波打つ。
怖いくらいの表現に、頭が着いていかない。
ビリビリと肌が粟立って、カイルから目が離せない。
「ただいまーっ!さくらー、帰ってるー?」
緊張した私の身体を溶かしたのは、暢気なママの呼び声だった。