第十二話 呼び方
「おっ、お父…様っ」
「なんだい?さくら」
ちょ、なんだいってっ、あなたが言わしたんでしょうがっ!!
先ほど私がセリムのことを『国王様』と呼んだことがお気に召さなかったらしく、『お父様』と呼んで欲しいと切実に強請られてしまった。
もちろん父と呼ぶことが嫌な訳じゃない。
でも、『お父様』って呼ぶのは、いいとこのご令嬢みたいで何だか気恥ずかしいっ。
いや、王女ってことは、間違いなくご令嬢なんでしょうけど…、私一般家庭出身なもんで、馴染みがね…。
「じゃあ今度は私の番ね!」
セリムが強請ったことで、他のみんなも我も我も、と家族全員分呼ぶことになった。
ジュリアスが期待に目を輝かせて待っている。
「…お母様っ」
「はぁい」
語尾にハートマークが付きそうなくらい上機嫌だ。
「さくら」
またもや催促が…。
「ジーク…お兄様」
「…っ…!」
ジークと呼んでほしいと請われたので、呼んでみたがジークフェルは何やら悶えている。
「俺も俺もっ」
「レイお兄様…」
「…っ…、…っ」
レイキャルドまでもが悶え出した。
一体どうしたというんだ…。
「…さくら様、私のこともどうかカイルとお呼び下さい」
「えっ」
なんとカイルからも強請られる。
「そんな…、カイルさんみたいな大人の方を呼び捨てなんて、出来ませんっ」
「私はあなただけの騎士です。敬称など必要ありません」
ボンッと音がするように、一気に顔が熱くなる。
「ちょ、ちょ、ちょっと、その言い方は…誤解を招く…と言いますか…っ」
『あなただけの』ってっ!!そんなっ真剣な顔で言われたら、何か勘違いしそうになるよっ。
「おいっ、お前はほんっとに油断ならないな!!」
「何がですか、ジーク王子」
「さくらから可愛く名前を呼んでもらえた私たちが羨ましいのはわかるが、一応今は近衛隊長として来ているのだから、少しは自重しろ!」
「全くだぜ。まさかとは思っていたが…。あの、女に素っ気なさ過ぎて、氷結隊長とまで言われたお前が、愛想笑いでもなくさっきからニコニコニコニコとっ…薄気味悪いったらありゃしねえっ。おまけに隙あらばさくらを口説こうとしやがるしっ」
くっ、口説っ!?
「さくら様を初めて見た瞬間から、私はさくら様の虜ですからね。他の女に興味なんてありませんよ。ましてや、さくら様以外の人間にホイホイと笑む程私の頬は弛んでないんですよ」
冷めた口調で淡々と話す姿は、私に見せる顔と真逆だ。
どこかバカにしたような態度で、王子に対する騎士の姿とは思えないほどだ。
「ひでぇ言い方。お前に言い寄る女たちは、一体どこが良くてキャーキャー言ってやがんだろうな」
「さぁ?肩書きと血筋じゃないですか」
カイルは、まるで興味ないとでもいう風だ。
「カイル殿…。さくら様のお顔が真っ赤ですぞ」
「さくら様っ!?」
ヨハセンの言葉に、目にもとまらぬ速さで私の前に回り込んできたカイルは、両手で私の頬を包んで、覗き込むように顔を寄せてくる。
ちっ、近いっ近いっ近いっ!!!!!
「ああっ、すごい熱だっ!さくら様っお気を確かにっ!!」
カイルが焦った様子で声をかけてくるが、距離の近さにテンパった私に答える余裕はない。
「カイルっ!妹に近づき過ぎだ!!」
カイル以外の人は、私の顔が赤い理由がカイルにあることに気づいているが、当の本人は自分に理由があるなんて思いもせずに、どんどん距離を詰めてくる。
ジークフェルの注意も完全に無視だ。
もはや私の胸のドキドキはマックスになり、いピョーンと飛び出てきても可笑しくないほどに心臓が動いている。
こ、これは命の危険レベルだよっ…!
「…っちょ、ちょ、…っ離…っれてっ」
「?」
渾身の力で訴えるも、カイルはわかってくれない。
「カイル、離れてあげなさい」
娘のピンチにジュリアスが助け船を出す。
「嫌ですっ。私がさくら様を寝室まで運んで休ませます」
私が熱を出したと疑わないカイルは、私の身体に腕を回し持ち上げようとする。
いわゆるお姫様抱っこだ。
口から、きゅううううううううぅっ!!と空気が漏れるような、謎の悲鳴が出る。
もうっ、無理っ!!!