第十話 私はさくら
おおまかに話の筋は決めてあるのに、実際にお話として書くのがこんなに難しいことだとは…。絶望するほど下手くそだけど、きちんとお話を終えられるまで書きつづけます。
この人たちは、何度私を驚かしたら気が済むんだ…。
ここが異世界だと言われた時よりもビックリした…かもしれない。
だいたい、今の話の流れから、なんでそんな突拍子もない話になったんだ…!
「それはリディシアが、元の世界に帰らなければ…であろう」
私が愕然としたまま、声を出せずにいると、セリムが口を開いた。
先ほどまでは、親しみやすい印象があったが、今のセリムは国王の威厳を纏っていて、威圧感がある。
しかしカイルは、真意を探るようなセリムの瞳にも全く動じていなかった。
「陛下。私は、二度とリディシア様と離れるつもりはありませんよ」
カイルは淡々と返す。
「お前もリディシアに付いて行くと?」
「ええ」
「なんとっ!それでは各国が納得しませんよ!」
セリムとカイルの会話に、サイラスが焦った声をあげた。
「元よりセルシュタイン家とは、そういうものです」
サイラスの焦りはカイルには通じていないようで、変わらず淡々と返す。
「しかしっ!」
「カイルの言う通りね。セルシュタインの血は縛れない。…でも、リディシアのことは別でしょう。リディシアの意志を無視するのは、母として許せません。この娘は異世界で暮らし、この世界の常識など、何も知らないのです。勝手に誓いを捧げるなど、卑怯ではなくって」
「………」
カイルはジュリアスの言葉に、刺さるものがあったのか、少し眉をしかめた。
……なんか……、全く、話についていけてないんだけど…私…。
「あ、あのぉ」
恐らく私は当事者なので、シリアスな空気が出てきている話し合いに、勇気を出して乗り込んでみる。
「あの、どういう…?」
声をかけると、ジークフェルが素早く私の元へやって来た。
「リディ!お前からも言ってやれ!この先一生カイルに付き纏われるなんて、嫌だろう?いっそ、嫁になんて行かずに、兄様たちとずっと一緒に暮らそうか!」
「はぁっ!?」
説明して欲しくて声をかけたのに、またまた突拍子もないことを言われてしまった。
一緒に暮らそうっって、私、元の世界に帰るんだけど…?
私が戸惑っている間に、また私を置いてけぼりにして、話が進んでいく。
「ハッ!無理に決まってるでしょう。あなたは王太子なんですよ。あなたの娶る妃が、何人か、誰か、などは知りませんが、その女に王女が『嫁き遅れ』などと言われ、邪魔者扱いされて虐げられたらどうするおつもりですか」
カイルがジークフェルに吐き捨てる。
「そっ!そんな女を妃にするわけないだろう!!」
カイルのあまりな言い草に、ジークフェルは怒りに震えている。
「たとえ取り繕って淑女ぶった女が兄貴に嫁いだとしても、俺が葬るから、リディシアのことは心配ないぜ」
レイキャルドが兄の肩をもって、挑発ぎみにカイルに言い放つ。
「レイキャルド様っ!一度王太子妃となられた方を、簡単に廃せるわけがないでしょう!ましてや葬るなど、あなたが容易く口にして良い言葉ではありませんよっ!」
サイラスがレイキャルドの不穏な発言をきつく諫める。
え?私、この国で暮らすことになってるの…?
それにみんな、リディシア、リディシアって、さっきまではちゃんと、さくらって呼んでくれてたのに。
いや確かに、私はリディシア王女だったのかもしれないけど…。
私、まだそう呼ばれてもいいほどに、リディシアであったことを受け入れられていない…。
「ウォッホンッ!」
わざとらしい咳払いが響く。
咳払いの主は、ヨハセンだった。
「これこれ、当のご本人を置き去りにして、何を勝手なことを仰っているのか」
苦言を呈すヨハセンの口調は穏やかで、厳しいものではなかったが、皆が黙る。
私が置いていかれていることに気付いたようだった。
「さくら様に説明もせず、勝手を申し失礼致しました。」
カイルが跪いて頭を下げる。
またっ。またリディシアって呼んだ。…カイルさんにリディシアって呼ばれるの、なんか一番嫌だ。
「あのっ、名前っ」
とっさに声を上げたものの、この気持ちをなんと説明していいかわからずに、途切れてしまう。
「?」
下げていた頭を上げて、カイルは私の発言の意味がわからないのか、不思議そうに私の顔を見上げる。
「名前…リディシアって呼ばないで…欲しいんです…」
迷いながら言ったせいか、声が少し小さくなってしまった。
「…では、さくら様とお呼びしてもよろしいですか?」
「はいっ。…ありがとうございます」
やっぱり、さくらって呼ばれた方が良いや。
ずっと生田さくらとして生きてきたんだもん。リディシアって呼ばれても、反応出来ないよ。
「やはり、リディシアであったこと、信じられないか?」
さくらと呼ばれたことに、ほっとしていた私に、セリムは少し複雑そうな顔をして言う。
あ…。
国王様にとってはリディシアって娘の名前だもんね…。
「いえ…。私がリディシア王女だってことは…わかりました。信じられないような話だし、まだよわからないことも沢山あるけど…。でも、やっぱり、私は生田さくらなんです。…この世界の父であるあなたには、失礼な…と言うか、ひどい話かもしれないけど、リディシアって呼ばれるより、さくらって呼ばれた方が嬉しいんです、私」
これって、やっぱり酷なことなのかな…。
ずっと帰りを待っていた親に、違う名前で呼べっていうのは…。
「そうか…。…私を父と思ってくれるだけで、私はなによりも嬉しいよ、さくら」
セリムは不安に思っていた私を、安心させるかのような優しい顔をして言った。
「ほんとはね、私たちも育ってきた名前で呼んだ方が良いだろうって、思っていたのよ。さっきはちょっと興奮しちゃってリディシアって呼んでしまったけど…。ごめんなさいね」
ジュリアスに申し訳なさそうに言われて、焦る。
「あっ、いえっ。我が儘言ってるのは、私の方だしっ…」
「あら、我が儘なんかじゃないわ。さくらって名前、とっても素敵よ。あなたを愛している人がつけてくれた名前なんでしょう?…私の娘が、違う世界でもちゃんと愛されて育ってきたことがわかって、とても嬉しいの」
ジュリアスもセリムも本当に嬉しそうに微笑んでいて、そんな二人を見ていると、この二人が私の両親であるということが、ストンと納得できた。