私の昼休み
昼休みという時間はどうやって潰せばいいのだろうか。
昼食を摂る必要がない私にとって、昼休みというのは長めの中休みのようなものだ。たかが数時間食事を取らなかったぐらいで私の胃袋は空にはならないし、故に食欲なんて湧くはずもない。というよりも、なぜクラスメイト達は食事一つだけであそこまで騒ぐことができるのだろうか。そんなに食料を欲しているのだろうか。友人と喋りながら食べるという行為がそこまで面白いのだろうか。横から聞こえるから言えるけど、その話今日だけでもう3回めだよね?そんなに不毛なやりとりをして何が楽しいのだ?
4時間目終了のチャイムがなり、先生が教室から去ると半数以上の生徒が弁当箱や財布片手に教室を後にする。残ったクラスの人達も、机を合わせて昼食を始める。そのような光景を見つつ、私は弁当箱も財布も出さずただ座っている。さて、このスキマ時間をどう活用すればいいのだろうか。特にやることが無いというのも辛いものである。私はスマートフォンなどという次世代型端末は保有していないし、携帯ゲーム機で遊ぶという趣味も持ち合わせていない。残されてる手段といえば、惰眠をむさぼるか読書をするかであるが、残念なことに今の私は睡眠を欲してはいない。だとすると、残された手段は読書だけか。しかし、最近まで読んでいたナンバリングタイトルは最終巻まで読んでしまったし、今ある手持ちで読みたいものも存在しない。
そういえば、図書室って一回も行ったことなかったな・・・。私の学校にある図書室はどの学年の教室からも離れている、美術室や技術室のような特別教室と同じ空間に設置されている。だから普段通ることもないし、見て帰ろうなんてことも思い浮かばなかった。せっかくだし行ってみるか。時間なら十分にあるし。私が椅子から立ち上がると、周りの空気が少し変わったように感じた。クラスの人が私を見ている気がする。いや、気のせいだ。だれも私のような存在を気にするはずがないし、注目されるような動作もしていないはずだ。しかし誰知らぬ視線を受けているような感覚を受ける。自分で勝手に注目されているなんて感じている自分に苛立ちを覚えながら、私はカバンを提げながら廊下に出た。
廊下を歩いていると、廊下の端にあるベンチに座りながら3人の女学生が昼食を摂っていた。皆自前の弁当箱を持ち寄り、食事を楽しんでいるように見えた。しかし、なんであんな汚いところで食事しようなんて気分になれるのだろうか。私の覚えている限り、そこを掃除しているのを見たことがないぞ。床にもホコリの塊が転がってるじゃないか。ということは空中にもホコリが舞っていて、彼女たちはホコリ混じりの空気を吸って、ゴミのついた食品を口に運んでいるということだ。食品管理とか安全第一なんて言っているけど、こんな環境で平然と食事を自ら進んで送る高校生がいるんだから、ジャンクフードぐらい本当にジャンクな素材で作っても誰も気づかないだろ。そんなに口に入る物の心配するんだったら、口に入る前の空間をもう少し見直したほうがいいんじゃないのか?
なんてことを考えているうちに、特別教室のある空間にまで辿り着いた。この辺りにまでなると、流石に昼食を摂る学生の姿はなかった。廊下の電気は消されており、人気は全く感じない。電源をつければ廊下の電灯をつけることもできるが、たかが移動のためだけに明るくするのもどうかと思い躊躇ってしまった。そんな中、薄暗い廊下の中で一つだけ明るくなっている部屋を見つけた。あそこが図書館であろうか、ドア上部にあるプレートには確かに「図書館」と書かれていた。そういえば、なんの本を借りようか考えていなかったな。まあそれは本を見て判断するか。「室内飲食厳禁!」というポスターが貼られた引き戸の取っ手口に手をかけ、横にスライドした。
中はいかにもな図書館だった。カウンター席には図書委員の当番が座っており、来訪者に一瞬目を向けたがすぐに目線を自分の手の内にある本に戻す。カウンター席の真向かいには本棚が並んでおり、上の方には番号がふられた用紙が貼られている。カウンター席の向こうには、読書スペースがあり、机と椅子がキレイに整列されている。どうやら私以外にもこの場所にきている人がいるらしい、館内に入ると何人かの生徒が見られた。読書をする生徒、新たな本を探す生徒もいたが、それ以上に居たのがカードゲームをする生徒であった。6人がけの机を一つ使い、5人の生徒がカードゲームに興じていた。一応図書館なので声を出すようなことはしてないが、それでも閑散とした館内ではカードを机に置くような音さえもよく聞こえてしまう。こんなところじゃなくても、それこそ教室でやればいいだろうにとも思ったが、こういうあまり人の居ない空間で遊ぶのが楽しいのだろうなと共感する部分もあった。だけど、他の利用者としては不快な音だろうし、いつか制限されてしまうのだろうな。そしたら彼らは何処で遊ばなければいけないのだろうな、と思ったところで自分が何故か彼らを憂うような思考に入っていた事に気づき、これ以上考えることを即座に止めた。
私は900番代にある文学コーナーに目を通す。本屋では大抵が出版社向けで、つい同じレーベルの本を買ってしまう事があったが、図書館では完全に作者名順なのでその辺に配慮しなくていいな。と感心しつつ目を左から右へと運ぶと、つい先日まで読んでいた作者の本の一覧に来た。そこには私の読んでいたシリーズの本が1巻から最終刊まで全巻揃っていた。全て買うということは、それほど皆に人気なのだろうかと、本の後ろ側に貼ってある貸出伝票を見るために1巻を取り出し調べてみた。が、そこには貸出すための用紙は貼られておらず、代わりに背表紙にバーコードが貼ってあった。どうやらこの高校ではデジタル化が進んでいるらしい。バーコードを読み取るだけで貸出、返却ができるようだ。そういえばカウンターにもパソコンが設置されていたが、そういう用途で使うためだったのか。私の中学校ではそこまで進んでいなかったので感動する反面、それまでの読者の傾向を確認することが出来なくなってしまったのかという落胆の思いもあった。
結局選んだ作品は乙一の『ZOO』であった。彼の別名義、中田永一の『くちびるに歌を』が感動的な内容であったため、そういう期待を込めての挑戦である。乙一といえばブラックな印象がありこれまであまり手に取ろうとは思っていなかったのだが、今回はなぜか読んでみようという思いが勝ったのである。図書館には本読みをチャレンジナブルな思いにさせる見えぬ何者かの意志が存在しているなと考えながら、カウンターに本を提出する。途中、初回の貸出に伴う図書貸出カードの作成を行い、ドアに手をかけて出ようとした時、
「あ、ありがとうございました!」
と、カウンター席の図書委員が上ずった声で私に礼をしたのである。私はそんなことをした意味が分からなかったし、分かりたくもなかったのでそのまま引き戸を開け、図書館を後にした。
廊下の壁に掛けてある時計を確認すると、次の授業まで20分ほど時間があった。教室に戻ったら少し読む時間があるな。私は歩を緩めることなく教室に向かっていた。そういえば、あそこは図書室じゃなくて図書館という名前だったな。図書館と図書室はどう違うのだろうか、蔵書数の問題であろうか?しかしそれならば私の中学校も雰囲気的には同じぐらい本があったけれども・・・。などと答えの分からぬ問いの答えを思案していると、先ほど女子学生が食事していたスペースまで来ていた。すでに彼女らの姿はなく、埃っぽい床の上に新たに生まれたゴミが散っていた。どうやらあの後、別の学生集団がここを利用していたらしい。購買で買ったパンの袋が捨てられていた。1,2m先にゴミ箱があるというのに、なぜ捨てることが出来なかったのであろうか。彼・彼女の身に一体何があったというのか。まあ何もなかったのだろう。たった1,2m歩くよりもその場で捨てることのほうが楽だからそのような手段をとったのであろう。安直で単純な手段。その結果がこのホコリまみれの空間だということに気付いていないのだろうか。それとも気付いていながら放置しているのか、どちらにせよこの空間は汚いままであった。誰かが掃除をしないときっとここだけじゃなく、高校全体がこうなってしまうのだろうな。いや、実はもう遅いのかもしれない。でもそれは彼らが道を踏み外し続けた結果であり、私には何も関係ないが、関係ないが。
私はカバンを肩に提げたまま、近くにあった掃除用具入れの前に立つ。周囲に人がいないことを確認すると、用具入れの中から箒とちりとりを取り出した。なんでこんなことをしているんだろう。私は大きなため息を一つつくと、床に転がっているゴミを一箇所にまとめ、ちりとりと箒を使ってゴミ箱に収める作業に移った。まあ、これで昼休みは完全に潰れたな。外から聞こえる誰かの声と目の前で発生する床を掃く音を聞きながら、この日の昼休みは過ぎていった。
その場の思いつきで書いたので、続くかもしれないし続かないかもしれません。よろしくお願いします。