myuzの三題噺「生態系」「電波塔」「執着癖」
地平線まで続く、果てしない深緑。大地を覆い隠す、大密林。その広大な森には、一つだけぽっかりと開けた場所があった。ある一点を中心として、円状に切り取られたかの様に、森が終わっていた。
そこには、一つの塔があった。森の木々より、少し背が高いだけの、小さな塔だった。
古びたその石造りの塔の最上部にある窓から、少女が顔を覗かせていた。銀の髪を腰まで伸ばした少女は、可愛らしい口を開いて、謌を紡ぐ。
お空をお手入れいたしましょう くすんだ星をパイにして
奇跡の種を ペン先に添え 青い光はまた今度
夢に出てきた熊さんの爪 小鳥が咥えて飛び立った
見えない眼鏡をお餅にくるんで いつかどこかのあなの中
少女の済んだ声は、塔の周囲に広がる平野の端まで静かに、けれども確かに響き渡った。
『音禊の平野』。それがこの地の名である。そして、少女の住まう塔は、『電波塔』と呼ばれた。幾百年と、少女はここで謳い続けている。朝、昼、晩、毎日、毎日。
彼女の紡ぐ『電波』と呼ばれる謌は、あらゆる存在の魂を揺さぶり、生態系を狂わせた。森の木々は目覚め、その存在を精霊へ昇華し、動物達は霊獣となり空を舞い、大地は芽吹き花達が少女を祝福した。永い刻を経て、音禊の平野は異境へと変貌を遂げた。
そして、神聖なる魔境に、一人の男は現れた。騎士甲冑に身を包み、腰には剣を、手には盾を持ち、その顔に決意を浮かべて。塔を睨み、深呼吸を挟むと、彼は平野へと足を踏み入れた。彼がこの地を訪れるのは、これが最初では無かった。
数年前、森に迷った彼は微かに流れてきた電波を聞いた。導かれる様にして平野へとたどり着いた。ふらりふらりと音に誘われ、彼は見た。窓から顔を覗かせる少女の姿を。一目惚れに落ちた彼は塔に駆け寄り、彼女を守らんとする風の精霊達に巻き上げられ、彼方へと飛ばされた。
しかし、彼には執着癖があった。彼は諦める事を知らなかった。精霊達に吹き飛ばされ、押し流され、燃やされようと。霊獣達と戦い瀕死で撤退しようとも、何度でも、何度でも、少女の元へと挑み続けた。
そして、今日この時も、彼は真っ直ぐな瞳で塔へ向かい、足を進めていた。突風を気合で切り歩き、剣を大地へ突き立て、激流を凌ぎ。襲い来る霊獣を度重なる戦いで学んだ戦術を駆使して撃退した。そして、8匹目になる霊獣の攻撃を盾で受けた瞬間、再び精霊達の猛攻が始まった。連携のとれた波状攻撃に為す術も無く、彼は足元を掬われ、強烈な打撃により森へと叩き返される。
宙を舞う彼の瞳は、目まぐるしく変わる視界も気にせず、遠ざかっていく塔の窓を見つめていた。
電波塔からは、今日も電波が響き渡る。