#九 訪れる夏休み
教室の外では蝉が待ってました!とばかりに鳴いている。吹き込んでくる風も熱を帯びていてもうすっかり夏だ。
期末テストも終わり、授業も午前中で終わる短縮授業にシフト。なにより三日後には夏休みが待っているということでクラス中が浮き足立っている。
『キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン〜』
そんなこの二日間、俺はというと、放課後になると突然降って沸いたように始まった夏休みのキャンプの予定を決める話し合いで盛り上がっていた!
しかしこの二日間で決まった事といえば、参加者と、皆の部活が終わっているであろう八月の上旬に決行するということくらい。
参加者は男五人に女六人の計十一人!俺の予想をはるかに上回る人数になった!最初、豊がこの話を持ちだした時には三人位しか集まらないんじゃないかと心配していたが、たまたまこの話が出た時に聞いていた月島の影響力で、多くの女子が参加することになったのは大きい!豊だけだと確実に女子は参加しなかっただろう。ちなみに朝倉ももちろん参加する。
放課後になると同時に、キャンプに参加するメンバー全員が豊の席に集まっていた。
「もー!今日中に全部決めようよ!」
先陣を切ったのは月島だった。
「よし、じゃーこの場所だ。最終候補地はこの三ヶ所」
豊がキャンプ場のパンフを机の上に並べた。この件の実権を握っているのは月島と豊だ。
「ここは駅から遠いからなぁ〜」
「ここシャワーがあるから、ここでいいじゃん!」
「川がある所がいい!」
等々、並べられた三冊のパンフレットを見て各々好き勝手言っている。
「今日も決まらないね」
ワイワイやっているメンバーを見ながら、朝倉が俺につぶやいた。
「良いんだよ、皆でワイワイやるのが楽しいんだから」
俺もそんな皆を見ながら言った。
「ウフ、そうよね」
結局、朝倉の言うとおり今日も具体的な事は決まらなかった。
翌日。
「お前ら!オレが昨日徹夜でネットで探してやったぜ!見ろっ」
言って豊は一枚のコピー用紙を差し出した。
「駅から近い!川がある!コテージ付き!山に囲まれている!シャワーどころか露店風呂まである!どうだ!これで文句ねーだろ!!」
「「うお〜〜」」
豊が誇らしげに掲げるコピー用紙を見ながら、一同が声を揃えて歓喜した!
「ちょっと遠くて、値段が高いんだけど…」
豊は言うが。
「いや、それで決定だ!」
「じゃあ、いつにする?」
誰も豊の言葉には耳を貸さず、それぞれ口々に話が進んでいく…。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「あー、三日も掛けて決まらなかったのに、いざ決まればたった三〇分で決まるのかー。この三日間は何だったんだ?」
下校途中、俺はぼやいた。
「ウフフフフ、いいじゃない。皆でワイワイ出来たんだから」
俺の横で朝倉が言った。続けて、
「でも楽しみだなぁ〜。こんな事できる夏なんて最初で最後だろうから…」
「…そうだな」
朝倉の言葉に感慨深く俺は答えた。
考えてみれば、この一学期が始まった頃、こんな大きなイベントがある夏休みをむかえるなんて思いもしなかった。
偶然見かけた下級生の女子に一目惚れしてしまい、その直後に突然朝倉からの告白。一目惚れした下級生がその朝倉の妹だった事実。そして豊が持ち出した今回のキャンプ。
俺にはこの夏休みの間にやらなければならない事が山ほどある!一日たりとも無駄には出来ない。そう思いながら隣で並んで歩く朝倉を見た。
すると、その視線を感じたのか?振り向いた朝倉と目が合った。何故か少し照れる…。
「楽しみね、八月一〇日…」
朝倉が言った八月一〇日というのはキャンプに出発する日。この日から一泊二日の予定だ。
「あぁ」
「あと、夏休みもね…」
「そうだな…」
二人はそのまましばらく黙って歩いた。
「じゃあ、ここで…」
朝倉が言う。
「あぁ…」
一度別れの挨拶を言った朝倉だが、なおも立ち止まったまま俺と見つめ合う。まるで離れ離れになるのを嫌がっているようだ。
「…明日は終業式か。夏休みも会えるよね?」
そして彼女が切り出した言葉。
「あたりまえだろ」
不安そうな朝倉を少しでも癒してあげようと俺も言葉を紡ぐ。
「そうよね。ごめん…じゃ」
そう言って、朝倉はゆっくり振り向くと、帰路について行った。
(明後日から夏休みか…学園最後の夏休み…一体どんな事が起こるのだろうか?)
そんな事を考えながらゆっくり遠ざかっていく朝倉を見送って、俺も家路を急いだ。途中、ふと空を見上げた。
済んだ青空に、雲が一つ浮んでいる。
そして、学園生活最後の夏休みが始まる…。