#八 突きつけられた真実
「ただいま〜」
玄関から女性の声が聴こえた!リビングの扉は閉まっているが、それでもよく通る声だ。
「やだっ!マイが帰ってきたわ」
言いながら、朝倉は慌てて乱れた制服を正した。
それを受け、俺も急いで何もなかった様にソファの上で体勢を整えた!
「あ〜お腹空いた〜」
間一髪で朝倉の妹がリビングに入って来た。
朝倉は既に制服のボタンを留め直し、妹を出迎えている。俺は気まずいのでテレビを観て目を合わすまいとしていた。
「おかえり舞衣。ちょっとお客さんが来てるの…」
「へー、玄関に男物の靴があったけど…、なになに?もしかしてカレシ?」
俺の背後で二人の会話が聴こえる…。
「カ、カレシってほどの…人じゃないのよ…」
おそらく俺への気遣いでそう言ったのだろう…。
「ふ〜ん」
何も言わないのもまずいと思い、俺は挨拶しようと朝倉の妹の方へと振り向いた。
「あ〜!!」
すると、先に声を上げたのは妹の方だ!
「あなた!」
「?」
その二言目で俺は妹の顔を見た。瞬間、
「あ〜〜!!」
俺も声を上げてしまった!
「あなた達、知り合いなの?」
互いに驚きあっている二人を見て、朝倉もビックリしながらと問いかけた。それは俺になのか妹になのか判らない。おそらく両方に言ったのだろう。
「今日、学校の下駄箱でぶつかったのよ」
妹の言葉で朝倉は“ハッ”とした表情をした。
「すっごい偶然!まさかお姉ちゃんのカレシだったなんて…、びっくりしたー。さっきは本当にすいませんでした…」
再度頭を下げる妹。
「いや、本当に気にしなくていいよ…」
ビックリしたのはこちらの方だ。一目惚れした相手がまさか朝倉の妹だったとは…。しかも、朝倉と一緒に、彼女の家で再会するとは夢にも思わなかった。
数時間前、学校の玄関で出会った事自体が奇跡だとすら思っていたのに、まさかその数時間後にこうしてまた出会えるとは!しかも今度はこうしてまともに会話もしている!本来なら飛び跳ねて喜びたい状況だが、今の状態では一目惚れの相手に再会出来た事を素直に喜べない…。
今の妹の言葉で朝倉も気付いただろう…。直ぐに朝倉に説明しなくてはならない。
「んー、じゃあ、あの映画、また今度観せてよ」
突然の俺の言葉に何の事か解からずポカーンとしている朝倉。そんな朝倉に俺は軽く目配せて合図をした。
すると朝倉は“アッ”という表情をした。おそらく俺の意図を理解してくれたはずだ。
「舞衣、悪いんだけど…こんなに早く帰ってくるなんて思わなかったから、お昼まだ用意してないのよ…だからカップ麺でも食べて」
「う、うん…分かった…」
そう言うと朝倉は俺の方を向いて、
「そう言わないで、今日観て行って。せっかく来てくれたんだかし…ねっ!」
俺の意図を理解していた様で、朝倉は俺に言った。
「舞衣、私たち地下に居るから何か用があったらフォンで連絡して」
「ハ〜イ、ゆっくり楽しんでね〜」
台所に移動した妹がこっちを見ずに答えた。
「行きましょ」
言って、俺の手を取ってリビングを出た。
玄関脇にある階段で、一階から地下へと下りていく。階段を下りながら本当に朝倉の家は凄いと思った。
地下室に入ると、朝倉は照明を点けると、エアコンのスイッチを入れ、ドアに鍵をかけた。
「…ここなら声が外に漏れる心配はないわ…」
そう言って朝倉は俯いた。
「あなたの好きな人…一目惚れの相手って舞衣なの?」
俯いたまま朝倉が問いかける。
「信じてくれ!今までその子が君の妹だって知らなかったんだ…」
「別にそんな事…疑ってないよ」
「・・・・・・・・」
少しの沈黙…。エアコンから発せられる送風の音だけが地下室に響く。
「朝倉…今から俺が言う事で君に嫌な思いをさせてしまうかもしれないけど…聞いてくれるか?」
「うん、話して…」
不安そうな声ではあったが、朝倉は躊躇なく言った。
俺は五月に初めてあの子、朝倉の妹を観た時から今までを全部話した。
教室の窓から見た下級生に一目惚れした事。それがたった今朝倉の妹だと判った事実や、今までの朝倉への気持ちなどを…。
「そうなの…私の所為でそんなにあなたを苦しめていたのね…」
「違う!苦しめていたのは俺の方なんだ…」
「…もう苦しまないで、舞衣に本当の事を言ってあげて…」
俺の言葉を遮るように朝倉が言った。
「言えない…こんな事言うと君に嫌われてしまうかもしれないけど…俺、正直に言うよ…」
「?」
「俺、朝倉が好きだ!」
「!!」
さすがに驚きを隠せない朝倉。
「決して君を喜ばせようと思って言ってるんじゃないんだ。心から…君が好きだ!」
俺の言葉を聞いた朝倉は今日見た中で一番嬉しそうな表情をしてくれた。
「でも、君の妹の事も好きなんだ…まだ話しもしてない状態だけど好きなんだ…今日、再会してみてはっきり解かったよ。それと同じ気持ちを君と一緒の時も感じていた…だから君も、君の妹も好きなんだ…」
俺は自分で言って解かっていた。今自分が言った言葉が如何に身勝手な告白であるか。だが、俺は続けた。
「そして俺は優柔不断でどうしようもなく馬鹿で最低な奴だって事も解かった…」
いっそここで朝倉に蔑んで欲しかった。「最低ね!」「もう顔も見たくない!」と…。その事で、一目惚れの相手である朝倉の妹、舞衣にも嫌われても良い。そう思った。その方がいっそ楽になれるだろう。
朝倉姉妹に最低の男だと言われても当然の事を、俺は朝倉麻梨子にはしてしまった。
しかし朝倉は、
「そんな事言わないで!私もあなたへの感情を抑えられない馬鹿な女よ、さっきみたいに…。今私はあなたの本心の言葉を聞けたことですごく幸せです」
俺の事を罵倒などせず、自分を責める様に言って俺の胸に抱きついた。まるでこれ以上俺が俺自身を否定するのを止めさせる様に…。
言い様のないくらいの優しさに包まれた気がして、俺にこんな事をするのは許されないと解かっていたが、俺もそっと彼女を抱きしめた。
「こんな男でも良いのか?絶対後悔するよ…」
「良いに決まってるわ、どんな結末になっても私は後悔しません。でも、早く舞衣にあなたの想いを告げてね。あなたの苦しむ姿は、もう見たくないの…」
その朝倉の一言に俺は感覚的に感じていた彼女の優しさを身に染みて実感した!…こんな酷い男の事を尚も心配してくれている…。
「俺なんかにもったいないよ。君は…優しすぎる」
俺は感じたままの事を言葉にした。
「そんなことない…私はあなたを独り占めしたいと思う酷い女よ…。妹にも取られたくないって思うくらい…」
震えながら朝倉が言った。最後の言葉はゆっくりと消えそうな声で。
どうして良いのか解からない衝動に駆られた俺。彼女も同じ感覚だったのか?目が合った瞬間、どちらともなく唇を求め合いキスを交わした。それは先刻のとは違い、お互いの気持ちを確認してのキス。そして同時に覚悟の口づけだった…。
しばらくの抱擁の間、俺はこの先朝倉にどうしてあげれば良いのか、そして彼女の妹にもどうすべきなのか考えた…。
しかしその答えは容易に出るものではなく、何の答えも出ないままただ朝倉を抱きしめていた。この先への不安とともに…。
静かに時間が流れる地下室で、エアコンの送風音だけが響いている。どちらとも止めることのない抱擁を続ける。
どうしようもない感情が逆流し、腕の中に居る暖かく、それでいて脆そうな華奢な体を力いっぱい抱きしめたい衝動に幾度と無く駆られる。
数分間、立ったまま抱擁していた俺と朝倉が自然と離れる。
少し距離を取ると、背丈の違いで俺を少し見上げる格好になる朝倉が、小さくつぶやいた。
「また、うちに来てくれる?」
「もちろん」
俺はそれに答える。
「ありがとう」
その後見せてくれた朝倉の笑顔を記憶に焼付けながら俺は帰路に着いた。