#六 再会
朝倉との初デート…その時に全てに、俺の気持ちの葛藤に決着を着けよう!そう心に決めていた。…でも、結果は何も出来なかった。
帰り道のあの川原に着くまでは決まっていた。いや、決めていた…。
あの名前も知らない一年の事は忘れて、こんな俺を好きだと言ってくれた朝倉の想いに応えると。
でも、不意に見てしまった朝倉の素顔であの一年の事を思い出してしまった…。
遠くから見たあの一年の朧気な顔が、朝倉の素顔に似ている気がした。そんなはずはないと一人になってから何度も否定した。しかし、そう否定すればするほど、朧気だった記憶が鮮明に思い返されるような気がした。考えれば考える程一層強くなる葛藤と、朝倉への罪悪感。
その感情は日を追っても消えること無く、それを抱えたまま一学期が終わろうとしている…。
朝倉とはあれからも何度か会っている。デートと呼べる様なものではないが、一緒に下校したり、途中で軽い食事をしたりはしている。こんなどっちつかずのスタンスでズルズルと深みにハマって行く俺みたいな奴の前でも、彼女は嬉しそうにしてくれる…。
キ〜ンコ〜ン カ〜ンコ〜ン 〜〜〜
一学期期末テスト、最後の教科の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「よ〜し!!学園生活最後の夏休みだ〜!!」
答案用紙を回収し、担当の教師が教室を出て行った瞬間、教室の後ろの方から奇声が聴こえた。その奇声の主はツカツカと存在を誇示しながら背後から俺に近付く…。
「なぁ柊。最後の夏休みを有意義に過ごそうぜ!!」
奇声の主、佐久野豊がありえないテンションで俺に話し掛けてきた!今の俺とは正反対に能天気な奴だ…。
「…有意義にって、何するんだ?」
豊のテンションとは対極的なトーンで、少々ウザく感じながら対応する。
「決まってんだろ、夏といえば!」
わざとトーンを落として返事したが、豊には効果が無かった…。
「…夏といえば?」
俺は諦めて、豊に問い返した。
「キャンプだろぉー!!」
大声で叫ぶ豊!教室中に響いてるが、コイツ恥かしくないのか?
「なになに?キャンプに行くの?」
再び豊が発した奇声に、近くに居たクラスの女子、月島由実が反応した。
月島は我校の女子陸上部俊足エース。ショートカットが良く似合っている。
「あんたたち、キャンプに行くの?」
月島は豊と仲が良いので、気さくに話し掛けてきた。
「そのつもりだけど…」
豊が答えると、
「じゃー、女子のメンバーは私に任せて!男だけじゃ味気ないでしょ?」
何故かいきなり月島が自信満々の表情で言ってのけた。
「って、月島も参加するのか?」
「なによ!私が参加したら何か不都合でも?」
「いや、そうじゃないけど。部活は?インハイ出るんだろ?」
月島と豊のやりとりを見ていると、何だか元気付けられる気がした。
「八月の頭以外なら大丈夫よ。それよりちゃんと男子の都合つけといてよ。あ、そろそろ行かなきゃ!」
自分の言いたいことだけ言って、月島は嵐の様に去って行った。
「おいっ聞いたか?女子も参加するんだってよ!楽しいキャンプになりそうだなぁ!テンション上がってきた〜!」
「ははは…」
俺は愛想笑いした。月島は女子の人望が篤いから、実現すれば相当なメンバーになりそうだ。
「お前、行くよな?」
豊が訊ねた。
「あ、あぁ…」
「こうしちゃいられねぇ!よーし!もっと声掛けねぇと。本当はさっき思い付いた事だけど、いきなり現実味帯びてきたなぁ!!」
そう言って豊も教室から出て行ってしまった。
おいおい、お前思い付きだけで言ってたのかよ…。
たしかに、学園最後の夏休み、こういうイベントに参加しないともったいない。
(そうだ!)
朝倉にも声を掛けてみるか。
試験が終わった開放感からか?気が付くと、僅か数分の間で教室に残っている生徒はあと数人になっていた。朝倉の姿ももう教室に無かった。
今日は帰りのホームルームが無いから、テストが終わると同時に下校時刻になる。今日から部活も解禁になるが、インターハイ予選が終わったこの時期に部活に出る三年生は少ない。
俺も帰り支度を済ませ廊下に出て朝倉の携帯に電話した。数回コール音が響き、それが切れた瞬間、
「もしもし?朝倉、一緒に帰らないか?」
間髪いれず俺が話し掛けた。
『うん、じゃあ、いつもの所で待ってるね』
「OK」
いつもの所とは、学校を出て直ぐの所にある公園。
電話を切った俺は急ぎ足で廊下を移動した。
階段を下りて下駄箱に着いた時。
“ドンッ”
「キャッ」
突然、背後から衝撃を受けたと同時に、女性の声がした!
俺は背後を気にしながら、振り向いた。
「!!!」
振り返ると、俯きながら、額を擦りながら立っている女子生徒が居た。その女子生徒はなんとあの一年生だった!
あの今年の春に窓から見かけたあの子だった。あの時遠くからはっきりと顔を見ていないが、今目の前に居るこの女子生徒で間違いない!そう瞬時に判断できた。
「すいません、私、携帯を見ていて…ごめんなさい」
俺はただ茫然としていた。
「あの…大丈夫ですか?」
その声で俺は我に返った!
「ん?あぁ大丈夫…」
「本当にすいません」
その女子生徒は心底申し訳なさそうに何度も頭を下げている。
「いや、いいよ。気にしなくて」
「そうですか?本当にすいませんでした」
俺が右手を軽く挙げて応えると、その子は最後に深々と一礼して早々と去ってしまった。
「あっ!!」
俺は何も言えなかった…。
間違いなくあの日見た、あの一年生だ…。女子生徒が去って行って、時間が経つと同時に俺の鼓動が激しくなっていく…あの時、初めて見た時以上に…。
しばらくその場に立ち尽くして落着くのを待ちたかったが、朝倉を待たせてはいけないという思いで、何とか一歩踏み出し、自分の下駄箱に辿り着いた。
靴を履いて校舎を出た瞬間、今度は激しい後悔に襲われた!何故もっと話をしなかったのか!という後悔の念。去って行こうとする女子生徒に無理にでも声をかけられなかったのか?その後悔と葛藤しながら朝倉の待っている公園に着いた。
「どうしたの?」
いつもと違う俺を瞬時に見抜いてくれた朝倉が、声を掛けてくれる。
「ん?あぁ…」
そんな彼女の言葉に俺はうわ言で答えた。
「大丈夫なの?」
「あぁ」
その後の彼女との会話はまったく覚えていない…。
あの子と会えた昂奮と、逆に何も話すことが出来なかった後悔でほとんど放心状態だった…。
しばらくして、
「…ぇ。ねぇ! ね〜え!!」
「ウッ!」
度重なる朝倉の呼びかけでようやく意識した!
「ねぇ?さっきからなんか変よ?」
「ごめん、ぼーっとしてた…」
「本当に大丈夫なの?」
「あぁ」
「さ、着いたわよ」
朝倉に促がされて見た先にあったのは朝倉の家だった!
「あれ!?なんで?」
俺が訊ねると、彼女は少し怒りながら、
「もう!やっぱり適当に返事してたのね!今日のお昼私が作るって言ったら、柊君『うん』って言ったのよ…」
語尾の方はややトーンダウンしていた。
無意識のうちにそんな約束をしていたのか…。
「ごめん…まだ作ってくれるなら、改めてお願いするよ」
俺がそう言うと朝倉はニッコリと頷いて、
「もちろんよ!」
言った。やっぱり朝倉は笑顔が一番だ。
「ただいま〜」
言いながら家に入る朝倉の後に続いて、俺も家に上がった。
「お、おじゃまします…」
ついに朝倉の家に来てしまった…。
「クスッ、そんなに緊張しないで、今、家には誰も居ないから」
その一言で気が楽になった。ゲンキンな奴だな俺は…。
「どうぞ…」
朝倉がスリッパを出してくれて、俺はリビングに通された。そこは屋根まで吹き抜けになっていて自然の光が差し込んでいた。広さもかなりのもので、リビング内には大きなソファーにテレビ、ステレオコンポ。奥には食事用のテーブルとイスが置いてあった。
「適当に座って」
俺はテレビの前のソファーに座った…。すると“プッ”と目の前のプラズマテレビが点いた!
「ハイ、適当に観てて」
そう言って朝倉がテレビのリモコンを差し出してくれた。
「ありがとう…」
「何食べたい?」
「んー、じゃあ、オススメのもので」
「分かりました。ちょっと待っててね」
そう言うと朝倉は制服の上からエプロンを着け、キッチンへ移動した。俺はそれを見送ってから、再び巨大なテレビに向き直った。