#五 初デート
朝倉とデートの約束をしてから早三日…当日、日曜の朝をむかえた。
あれから朝倉とは直接話しをしていない…。もちろんお互い同じクラスなので、顔をあわすことは多々あった。でも、どちらからも話しかける事はなく、かといってワザとお互いを避けていたわけでもない。
でも、コミュニケーションをまったく取っていないわけでもなく、頻繁にメールのやりとりはしていた。学校で直接話せなくても、放課後家に帰ってからメールだけのやりとりで俺自身はある種の満足感を得ていた。しかし、朝倉にとっては絶対にそうではないと解っている。
もちろん、あの日見かけた例の一年生は未だに見付けられてない。実を言うと自分の中で、もうあの娘を諦めようかという気にもなっている。
理由は簡単だ、一度だけただ見かけたというだけの女の事で、勇気を振り絞って告白してくれた朝倉に言いようのない位の迷惑を掛けている…。そんな朝倉の為にももうあの一年の事はすっぱり諦めて、彼女の気持ちに応えてあげた方が良いに決まっている。…俺も、朝倉の事が…好きだ。いや、厳密には好きになってきている、今の様な関係になってまだ数日だが、どんどん彼女に惹かれている。その事は自分自身良く解かっている。朝倉と一緒に居ると心地良い。
(今日のデートで朝倉と別れる前にこの気持ちに答えを出そう!)
身支度の途中、俺は決心した。
そんな事を考えていると時が過ぎるのは早いもので、あと少しで待ち合わせの時間となっていた!俺は慌てて家を出た。
待ち合わせの時間に少し遅れて待ち合わせ場所の公園に到着した。
が!
公園内を見渡しても朝倉の姿はなった…。
(良かった…間に合ったみたいだ…)
「!!ッ」
と安堵した瞬間、突然頬を冷たい感覚が襲った!
俺は「ヒィ!」と奇声を発しそうになるのを必死で抑えた!
「おはよっ」
背後から声がしたので振り返ると、コーラの缶を持った朝倉が立っていた。
「ハイっ。走ってくかと思って買って来たよ」
そう言って彼女はコーラの缶を差し出した。
「ごめん…」
言って、俺はそれを受け取った。
「ううん、気にしないで。私もさっき来たところだから」
そう言って、朝倉も持っていた自分のコーラの缶を開けた。
「カンパーイ」
朝倉は自分の缶を俺の缶に近付けて言った。
「どこに行く?」
二人で一口づつコーラを飲み、俺がそう訊ねると、朝倉は笑顔で、
「うふふ…来て」
俺の手を取り、ゆっくり公園を後にした。
辿り着いた先は隣町のショッピングモールだった。
「ねぇ、映画って好き?」
ショッピングモールの中に入ると同時に、朝倉が訊ねた。
「うん」
社交辞令ではなく、俺は本当に映画が好きだ。
「よかった。一緒に観たいのがあったの。あっ!もしかして何か観たいのがある?」
「いや、特に無いけど」
とは言ったものの実は気になっているものが一つあったのだが、今日は彼女の想いに応えると決めているので彼女を尊重する。
俺達はさっそくショッピングモール内にある映画館へと向かった。
このショッピングモールは電車で一つ先の駅に隣接する巨大ショッピングモール。郊外型の超大型店で俺達の地域では最大。大手スーパーマーケットが主体となって、数十店の専門店に十数件の飲食店、今から俺達がむかうシネコン。さらには室内遊園地、だれでも入れる通年の室内プールまである。特に目的が無くても一日過ごせる場所だ。
「これなんだけど…」
映画館に着くと彼女は一枚のポスターを指差した。そのポスターを見て俺は少し驚いた。それはちょうど俺が気になっていた映画のポスターだった。
「じゃあ、チケット買ってくるからここで待ってて」
俺がチケットを買いに行こうとすると、
「待って!私が払うから」
朝倉がそれを静止した。
「いや、誘ったのは俺だから、俺が出すよ」
しかし彼女もゆずらない!少し押し問答になったが、どうしても朝倉はゆずりそうもないのでここは彼女に払ってもらった…。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
二時間半後、劇場を出た。
「昼、どうしようか?」
俺が訊くと、彼女は、
「んー。何食べようかなぁ…」
と悩む…。
時刻はもう午後二時を過ぎていた。
「ちゃんとした物にすると時間が…」
朝倉はボソッとつぶやいた。
おそらく彼女は今の状態を一秒たりとも無駄にしたくないのだろう…。朝倉は今日のこの状況をどう思っているのだろう?もしかしたらこれが最初で最後になるなんて思っているのだろうか?俺はこれっきりにする気なんて全く無いのだが…。何を考えたところで所詮は俺の想像の範疇でしかない。今すべき事は彼女に楽しんでもらう事だ!
「よし、じゃあファストフードでも良いか?」
俺が提案すると、朝倉は大きく頷いた。
(速いって事で思い付きで言ったが、実際何にするか…あ!)
俺はある好奇心を抱いてしまった!
「朝倉、牛丼屋って行った事あるか?」
朝倉はキョトンとして首を横に振った。
「よし、行こう!」
「えっえ!?ちょっ」
朝倉に何も言わせず少し強引にショッピンセンターを出て向かいにある牛丼屋に入った。
朝倉にとって初めての牛丼屋は新鮮だったのか?辺りをキョロキョロと見回している。先日のハンバーガー店では俺の想像と違って、朝倉も結構利用していた様だが、やっぱり牛丼屋となると初めての様だ。
「いらっしゃいませっ」
歯切れの良い口調で店員がお茶を置いた。
「じゃー、牛丼並、つゆだくでギョク」
俺が注文すると、朝倉は俺を見て、
「じゃ、同じのを…」
おどおどと朝倉も注文した。
「ハイッ。牛丼並つゆだくふたちょう!玉ふたちょう!」
注文を受けた店員が奥に向かって声を挙げた。
その光景を朝倉は少し呆然として見ていた。
「ねぇ…」
すると朝倉は小声で俺に話し掛けた。
「何?」
俺も小声で返す。
「今の注文、どういう意味なの?」
やはり解からずに注文したようだ。
「あれはね〜〜」
俺は一つ一つ教えてあげた。
「ふ〜ん…」
一通り説明を聞いた彼女だが、イマイチ理解しきれていない様だ。
「ヘイ、おまちぃ!」
そうこうしている間に、目の前に二つの牛丼が運ばれてきた。
「おぉ、旨そう」
俺とは対照的に、自分の前に置かれたお盆の上を凝視する朝倉。
「ん?朝倉はこういう店初めて?」
解っていたが、わざとらしく訊いてみた。
「う、うん…」
やっぱり女子高生たちだけで牛丼屋には行かないのだろう。
「まぁ、人それぞれ食べ方はあるけど…」
「うん」
俺がレクチャーしようとすると、朝倉は目を輝かせながら次の言葉を待っている。
「まず、卵をここに割って」
「はい」
俺がやる仕草を真似る朝倉。この光景が見たくて牛丼を選んだのだ!普段見る事が出来ない朝倉を見たかった。少し前に生まれた好奇心が達成された瞬間に俺は酔狂した。
「で、かき混ぜる」
「うん」
卵の割り方を見た時に、綺麗に割るんだなぁと思ったが、溶き方も素早くて手馴れている。きっと料理が巧いのだろう。
「それを、そのまま一気に丼にかけて」
「なんか卵かけごはんみたいだね」
朝倉が面白そうに言った。
「ここにお好みで醤油や紅しょうがを乗せる。別に要らないならどっちもかけなくても良いよ」
「ますます卵かけごはんみたい」
俺は紅しょうがが苦手なので、醤油のみを少量かけたが、朝倉も醤油をかけただけだ。
「紅しょうがは乗せないの?」
「うん、苦手だから」
「私も」
悪戯を告白する子供みたいな笑顔で朝倉が言った。その表情が凄く可愛い。
「あとは、これもお好みで七味をかけると味が出る」
「へー」
「これで完成!あとは食べるだけ」
言って、俺が先に丼を持って一口目をかき込むように口に入れた。
その俺の仕草を見てから、朝倉も一口目を口に運び込む。
ボ〜っと彼女を見詰める俺に気が付かず、朝倉は最初の一口目を口にする。まるで子猫が初めて毛糸の玉に触れる様で、たまらなく愛らしい。
「・・・・・・おいしい…」
朝倉の一言で俺は我に返った!そうだ、彼女が気に入ってくれなければ本末転倒。
「良かった、口に合って」
内心からホッとしながら言うと、朝倉はニッコリと微笑んでくれた。
「ってか、もしかして牛丼食べるのも初めてだったりする?」
「…うん」
俺の質問に少し恥ずかしそうに朝倉が答えた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「さて、どうします?」
牛丼屋を出て直ぐに俺が訊いた。
「じゃあ、室内遊園地でジェットコースターに乗らない?」
「あれか…」
俺は道を挟んだ向かいの、先刻まで居た、ショッピングモールの壁から突き出ているジェットコースターのレールを見上げた…。
このショッピングモール内には室内遊園地がある。
規模はさほど大きくはないが、壁から外に突き出ている、二本のレールがここの名物アトラクションのジェットコースター。狭い室内を結構なスピードで駆けまわるコースターは、室内という限られた空間を走り抜けるため、恐怖感は普通の屋外遊園地のそれの比ではないらしい!しかも室内だけに留まらず、壁を突き破って屋外へと出ている!出た先が地面の上ではなく、屋外駐車場の上!しかも一ヶ所だけではなく何ヶ所もそれがある。実は俺自身、これに乗ったことは無いが、乗ったことのある豊曰く、『壁に突っ込む時の恐怖感は日本一』らしい…。
言い訳ではないが、このテの絶叫マシーンは苦手ではない!苦手ではないが、乗らずに済むなら乗らないにこした事はないという主義の俺…。
しかし、朝倉の手前そんな言い訳をするわけにもいかず、しばらくして俺たちは長蛇の列の最後尾に並んだ。
朝倉はこういうのが好きなんだろうか?列の中はカップルが大半を占めている。まぁ、こういう機会でもないと、こんな列に並ぶのは気が引ける。
「すっげー並んでるなぁ…さすが一番人気のアトラクション…」
「二〇分待ちだって…」
俺が何となく話題作りのために朝倉に言うと、彼女は見るからに楽しそうに最後尾に立てられた案内板を見ていった。
「・・・・・・・・」
さすがに休日という混雑ぶり。どっかのテーマパークじゃなくてただのショッピングモールの乗り物に二〇分も並ぶことになるとは・・・。
そんなこんなで列に並んでから一〇分程が経った時。
「柊!?」
列の外から名前を呼ばれた!
「じゅっ純子先生!!」
声がした方を見ると何とそこに居たのは俺達の担任、城美純子先生だった!
あまりの驚きで咄嗟に純子先生の名前を叫んでしまった!その俺の声に反応した朝倉と、先生の目が合った!
「朝倉ぁ〜!」
今度は先生が声を挙げた!かなり驚いている様だ。
俺たちは半分くらいまで並んでいた列を外れ、純子先生の所に行った。どうやら先生もデート中の様で、先生の後ろには気まずそうにしている男の人が立っていた。
「ふ〜ん…あなたたちが付き合ってたなんてねぇ〜。担任のあたしですら気付かなかったわ」
先生は品定めでもしているかの様に、俺と朝倉を交互に見ながら言った。
不純異性交遊というわけではないが、こういうところを担任教師に発見されるのはマジで気まずい。
「あ、あの…」
「付き合ってません!!」
俺が言おうとしたのを遮る形で朝倉が否定した!
普段おとなしい朝倉が突然声を張り上げたので先生は驚いる。
「…またぁ、大丈夫よ。誰にも言わないわよ。ほらっあたしたちもデート中だから、おアイコよ」
先生は笑いながら言った。
「すいません…」
そんな先生の様子を見て、冷静になったのか沈んだトーンで朝倉は謝った。
「いいのいいの、お楽しみ中に声を掛けてゴメンね。じゃっ」
言って先生は彼氏の手を引いて歩いていった。
「朝倉…」
「・・・・・・・・」
「気にしなくていいよ。純子先生怒ってないよ」
「・・・・・・・・」
「行こっ」
俺は朝倉の手を取ってもう一度ジェットコースターの列に並び直した。そういえばこれが初めて俺から彼女の手を取った瞬間だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
周囲はすっかりオレンジ色になって、貴重な日曜日もあと何時間かで終わり、また新しい一週間が始まろうとしている。
朝倉と二人で、いつも見ている風景に朱が足された景色を眺めている。
あれからもう一度列に並び直し、ジェットコースターに乗った。最初二〇分待ちだった行列が、並び直した時には三〇分に増えていて、計四〇分もただ並ぶだけの苦行を味わった。
幸いだったのが、待ち時間中、ずっと俺とおしゃべり出来て嬉しかったと朝倉が言ってくれた事。
その後、ショッピングモール内のペットショップで犬とじゃれたり、ショッピングをしてから帰りの電車に乗り込んだ。
地元の駅に着いた時には夕日が沈みかけていたが、そのまま帰ってしまうのはもったいない気がして、帰り道にある川原の遊歩道をゆっくり歩いている。
ジェットコースターでの先生の事を気にしていた朝倉だったが、途中からはすっかりいつもの彼女に戻っていた。
「なんか、今日は色々あったな〜」
夕焼け空を見上げながら朝倉が言った。
「そうだな〜。けっこう疲れた」
「ねぇ…もう少し話をしていかない?」
朝倉が問う。
「いいよ」
俺たちは川原の遊歩道の脇にあるベンチに腰掛けて、しばらく今日観た映画の話しをした。
「朝倉がこんなに映画好きだったとはなぁ…」
「でも、家で良くDVDとかは観るけど、映画館にはあまり行かないの」
「そうなの?映画館の大画面と迫力の音響で観るのが気持ちいいのに」
「そうだけど…家でもそれなりの物があるから…」
「それってホームシアターってやつ?」
「うん…」
一度朝倉の家に行った時(って言っても門の前だが)にかなりデカイ家だと驚いた。それなりの設備があってもなんら驚くことはないか…。
「そうだ、私の家に来ない?」
「え!良いの?」
「もちろんよ。なんなら今からでも」
「いや、今からは…迷惑だろ…」
それにまだ彼女の両親に会うのは気まずい…。
「全然迷惑じゃないわよ。あっ、もしかして、親の心配とかしてる?」
ギクッ!!
胸の内をズバリ言い当てられ思わず冷や汗をかいた!
「あっそうか、まだ言ってなかったわ。私の両親は二人とも今海外に行ってて家には居ないのよ」
「え!じゃあ朝倉ってあの家に一人暮らし?」
「ううん。妹がいるの。それに今はお姉ちゃん夫婦が一緒に住んでるの」
それで告白された日にいきなり家に誘ったのか。いくらなんでもあのタイミングで即に家に招待はしないよな…。
「お姉ちゃんは放任主義だから、帰りがめちゃくちゃ遅くならない限り大丈夫だし」
それはそれで問題がある気がする…。
「もし良かったら…」
正直迷った…今日のデートが終わるまでに“答え”を出すと決めているのだから…。
「う〜ん……、今日はやめとくよ。また誘って」
「わかった…ごめんなさい…強引に…」
「気にすんなって、必ず約束するから」
「ありがとう」
彼女がそう言った瞬間。
『ポツリッ』
一粒の雨粒が朝倉の眼鏡を濡らした。それを拭こうと彼女が眼鏡を外した…素顔の朝倉を初めて観た…。
「!」
(似てる…!)
あの春の日に窓から見た一年生に!
「どうしたの?」
朝倉が呆然としていた俺に不思議そうに問いかけた。
「いや、べつに…」
朝倉の言葉で俺は我に返った。
「雨が降りそうだから、そろそろ帰りましょうか?」
朝倉は笑顔でそう言った。
「あ、あぁ…」
思いもしなかった光景で結局“答え”は出せなかった…。今日のデートが終わるまでに出そうとしていたものを・・・。
こうして朝倉との初デートは終わった…。