#四 申し込み!
眠れない…。
数時間前の出来事を思い出してしまい眠ることが出来ない。
ただのクラスメイトだった朝倉麻梨子から突然の告白…。クラス一、いや、学年一の美少女と謳われるクラスメイトからの愛の告白を、たった数時間前に受けて、その事を考えるなという方が無理な話。どうしても考えてしまう。しかも状況が状況だったために…。
明日からどう朝倉と接すれば良いのか?クラス中にこの事がバレるもの嫌だった。
色んな事が頭を廻り、ロクに眠ることが出来ないまま朝をむかえ、いっそ学校を休んでしまおうか、などと考えながらも、しぶしぶ登校した。
いざ家を出て、ゆっくり自転車を漕ぎながらいつも通っている通学路を進んでいくうちに、急に眠気に襲われてきた。
学校に近づくにつれ、同じ制服の生徒が周りに増えていく。
コイツらは良いよなぁ…悩みなんか無さそうで。
と、関係のない周りの生徒を僻みだす始末。
本当は出来るだけゆっくりと通学したかったが、生憎俺には遅刻できる根性がなく、ほぼいつもの時間に正門に到着してしまった…。
それでも教室に入るのは始業ギリギリにするため、ゆっくりと校舎へと続く階段を登っていく。
俺の通っている学校は、数年前に新しく建てられたためか?山の中腹を削った所に建っている。おそらく平地に建てると、その分費用が掛かってしまうためこんな辺鄙なとな所に建てられたのだと思う。
その所為で、山の下にある正門から入り、二七八段の階段を上がって校舎へと行かないとならない!
自転車通学の者は、正門を入ったところにある自転車置場か、グネグネと階段に沿って伸びる数百メートルの坂道を自転車を押して上がらないといけない!
家から学校までの距離にプラスして、正門から山登りが始まるという過酷な通学。正門から校舎、自分の教室へたどり着くのに二〇分はかかってしまう!
夏場のこの登山は、教室に着くと皆汗だくになっている。
ったく、どんな仕打ちだよ!
自転車を下に止め、階段の中間点に来た所で、俺は汗を拭った。
六月に入り、初夏の気候という言葉がぴったりなこの時期。前後を歩いている生徒達も既に汗だくになっている。
一応着替えのシャツも用意してこの苦行に臨んでいるが、女子は着替えとかどうしているのだろうか?とこの三年間疑問に思っている。
正門から遅刻しないように時間調節をしながらついに教室の前にたどり着いてしまった。
少しドキドキしながら教室に入る。登校中様考えていたいろんな事。昨日の出来事はもしかしたら夢だったのかも?そうだったら良いのに…とか…。
遅刻ギリギリで教室に入ったので、俺以外のクラスメイトはほとんど登校していた。
教室を見渡すと既に自分の席に着いていた朝倉と目が合った…。すると彼女は軽く微笑んだ。それは周りで見ていてもおそらく判らないほど僅かなもので、その朝倉の仕草を見た瞬間、昨日の事は現実の出来事だったと再認識した。
しかし朝倉とはそれっきりで、その日一日彼女と接点がないまま放課後になった。
昨夜から色んな事を考えすぎていた自分が恥ずかしいくらい、何事も無く下校しようとした時、突然朝倉が歩み寄ってきた!徐々に近付いてくる彼女と目が合った瞬間、俺は思わず身構えてしまった。身構えるといっても、野生の動物が危機に瀕した際に身構えるそれとは違い、動揺する自分を如何に隠し通すかという身構え。そんな俺とは対照的に彼女はスッと俺の視線から目線を逸らすと、脇に移動し、すれ違う格好になった。だがその瞬間、力なくぶら下がっていた俺の手に彼女の手が触れたのが判った。一瞬手を握られた感覚を覚えたが直ぐにその感触は消え、変わりに手の中には何か異物が握らされていた!
まるでスパイ映画のワンシーンの様な一連の動作を、彼女は止まることなくやり通した事に俺は少し驚いた。手に握らされた物が紙だと判った瞬間、彼女を目で追ったが朝倉は既に教室から出て行ってしまった後だった…。
少し呆然としていたが、俺も直ぐに教室を出て渡された紙を確認した。そこには携帯のメールアドレスが書かれていた。朝倉のものだろう。メールアドレスの下には彼女の携帯番号も書いてあったのでそちらに電話を掛けた。
『プルルル〜プルルル〜』
何度かコール音がした後、
『プルッ…はい…』
受話器から朝倉の声がした。昨日、絶対に他人にすることなのない話をしていたのに、まるで何年かぶりに朝倉の声を聞いた感じがした。
「もしもし?俺、柊だけど…」
と名乗ると、朝倉は嬉しそうな声で、
『あ、ありがとう…まさか、電話してくれるなんて…』
俺が電話してくるとは思っていなかった様に言った。
「その…」
次の言葉が言い出せず、口ごもってしまう。それで朝倉は俺の次の言葉を無言で待ってくれている。
「一人で帰ってるんなら…一緒に…帰らないか?」
何とか言いたい事を凝縮して言った。
『え!良いの?嬉しい』
俺の問い掛けに素直に答えてくれた。俺も朝倉と話をしたかった。
「えっと、どうしようか?今どこ?」
『今、正門に向かって歩いてるところ…じゃあ、バス停の前のハンバーガーショップでどうかな…?』
「OK、じゃあ直ぐ行くから、中で待ってて」
『はい』
最後の返事は電話の向こうからでも解るくらい、嬉しそうな声だった。
(朝倉がファーストフードか…)
何となく意外な気がした。
正門を出ても少し下り坂があり、その周りは静かな住宅街になっているのだが、その住宅街を抜けると直ぐに通りに出る。
その通りに出た所がバス停で、その前に大手ハンバーガーチェーン店が店を構えている。学校の直ぐ近くという事でたまに帰りによる店だが、学校の生徒が大挙して押し寄せているため、ゆっくり食事出来ないのが難点。
そんな事を考えながら、自転車に乗り、下り坂を勢いに任せて下降し、住宅街を抜け、ハンバーガー店に到着した。
店内に入り周囲を見回してみる…。
どうやら一階には居ない様だ。この店は二階建ての造りになっている。二階へと続く階段を上り、二階のフロアへと歩を進めた…。階段を上がり切った所でフロアを見渡したが朝倉は見当たらない。一階で見落としたのかともう一度一階へ下りようとした時に思い出した!この二階には奥に行かないと見えない席があったことを。
俺は足早にその席に歩いて行った。やっぱりそこに彼女はそこに居た。
「ごめん、お待たせ」
俺が声を掛けると、朝倉は『やっと会えた!』という様な安堵の表情を浮かべた。
「ううん、私こそこんな所に居て…」
席の事で謝る朝倉だが、ここは他人には見られ難い場所だから好都合な場所だ。多分彼女も同じ考えでここを選んだのだろう。
幸い今この店には知っている者は居なかったが。
「あ、俺も何か注文してくるから、先に食べててよ」
「うん…」
・・・五分後。
「さてっと…」
俺はテリヤキバーガーにコーラとポテトが付くセットを持って彼女の向かいのイスに腰掛けた。
注文しに下に降りて行くと、丁度下校してきたウチの学校の生徒が大挙して入店していて、結構時間が経ってしまったので朝倉の前に置かれたトレーはジュースだけになっていた。性格からだろうか?綺麗に折りたたまれているのはエビカツバーガーの包みのようだ。
「ちょっと意外だな〜」
俺が言うと、朝倉はきょとんとして、
「何が?」
と訊いてきた。
「いや、朝倉もこういうの食べるんだなぁと思ってさ」
「そう?ここのって美味しいじゃない?よく食べるわよ」
「へぇ、そうなんだ…」
どうやら俺は勝手に朝倉麻梨子という人物像を形作ってしまっていた…。現実の朝倉麻梨子は俺が勝手に想像していた綺麗なお嬢様ではなく、どこにでもいる普通の女子高生なんだと気付かされた。なんだか彼女に申し訳なさを感じながら、俺も自分のハンバーガーを一かじりした。
「やっぱり男の人って豪快に食べるのね」
「へ、そうか?」
「うん」
彼女は笑って言う。そんな事を言われると、朝倉がどうやって、今は綺麗に折りたたまれた包み紙になってしまっている、エビカツバーガーを食べたのか気になった。
しばらく彼女と話している内に俺のハンバーガーもなくなった。これまで朝倉としっかり話しをした事はなかった。ちゃんと会話したのも昨日が初めてだった。なのに彼女と話しをしていると、まるで何年も前からこういう関係だった様な錯覚になった。
朝倉と会話していると凄く心地良い…。
氷が解けてすっかり味が無くなってしまったコーラを一口飲みして、話の本題に入ることにした。本題とは今日の学校での朝倉の事である。
「なぁ、一つ訊いていいか?」
「何?」
「どうして今日、学校で俺と一度も話しをしなかったんだ?」
「どうしてって…学校で話し掛けると、あなたを困らせると思ったから…」
やっぱりそうだったか…周囲に朝倉との関係を知られたくないという、俺の心情を理解してのこと…。
朝倉から告白されて、俺はそれを受け入れられずにいる今の関係を…。
「ありがとう…でも、無理することはないんだから…」
俺がそう言うと。
「いいの、学校で話せなくても、こうして放課後にあなたに会えたからしあわせなの」
朝倉は笑顔で言った。
本当にそうなのか?本当の恋人同士ならこんな関係で満足できるはずがない。でも、今の自分には彼女に…彼女の想いに一〇〇%応える事は出来ない…。出来ないが、今自分が出来る精一杯の事を彼女にしてあげようようと決めた。
「朝倉、今度の日曜日、暇?」
「え!うん…」
「デートしよう!」
「え!」
思いもしなかったであろう俺の発言に朝倉はびっくりしただろう。言った自分もびっくりしている。
「うん!」
彼女に何をしてあげればいいのかはっきり解らなかったが、それでも朝倉は満面の笑みで返事をしてくれた。その笑みにつられて俺も嬉しくなる。
「じゃあ、日曜までに行きたいとこを決めといて」
言ったあとで、自分からデートを申し込んでおいて相手に行きたい所を決めさせるのはまずいんじゃないかと後悔する!
「分かったわ」
でも朝倉は笑顔で言ってくれた。
「じゃあ、日曜ね。楽しみ」
「あ、ちょっと待って」
言って、俺は自分の携帯を取り出し、朝倉の携帯に空メールを送った。
「それ、俺のアドレス。気兼ねしないでいつでも送って来ていいよ」
「ありがとう…」
朝倉はそう言って、自分の携帯画面を見つめていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
しばらくして俺たちは店を出た。
「送っていかなくて大丈夫か?」
「うん、平気、まだ明るいし。…またね」
少し陽が傾いた、ハンバーガーショップの前で俺は朝倉と分かれた。