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狐が異世界に召喚されました  作者:
第1章:狐の旅立ち
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3

現代日本の文明の利器って偉大だ。

異世界に来ると誰もが思うであろう事を、さくらも一晩で実感していた。とは言っても、話が一段落してから再び部屋の中を見て回る2人に付き合ってその反応を見た結果の感想であり、別にさくら自身が不便な思いをした訳ではないのだけども。


そうして一緒に部屋を見て回っていると人の創造力は改めて凄いと思わされる。

妖は思いのままに力を振るうが、想像してそれを創造しようとする力はとてもじゃないが人には敵わないのだ。だからこそ、妖怪たちは大人しくひとに紛れて暮らしている。人の力の恩恵にあやかり生きているのだ。

だから人を侮ってはいけないと父は言い、それを理解しているさくらは人を蔑ろにしたりはしない。

まあ興味がなければ適当にあしらうが、それはそれ、なのである。


今は寝静まって物音ひとつしない応接室でさくらはそう1人物思いに沈んでいた。暇な夜は苦手なのだ。

すると、寝室のひとつから物音が聞こえてくる。素早く気配を探るも、アレンが起き出しただけと分かり一瞬で纏った妖気を霧散させ、また思考の海に沈む。


かちゃ…


遠慮がちに扉が開かれるが、誰が来るのかわかっていたさくらは微動だにしない。

だが、眠れなくて応接室に来てみたアレンは、そこにいた少女に目を奪われた。


力あるものらしく、さくらは非常に美しい。

ソファーの上で膝を抱えた姿は行儀が悪いが、本来の姿に戻り月の光を受けた姿は淡く銀に輝いてとても幻想的だった。

思わず呆然と見詰めていると、漸くさくらが反応を示した。


「ちびっこは寝てる時間でしょ、明日起きれないよ?」

「貴女は寝ないのですか?」


ちびっこと言っても怒らない様は実に大人びている。ちょっとからかって怒らせ暇潰しをと目論んでいたさくらは拍子抜けした。


「妖怪は基本的に寝る必要も、食べる必要さえないんだよ」

「それは…」


難しい表情を浮かべ、黙るアレンの表情はかつて一度だけ見たことのあるもので、とても懐かしくなる。


「眠りも食べもしない生き物なんて、いるはずないもんね?

私達が本当に存在して生きているかなんて聞かれても、私には答えられないよ」


勿論、存在を疑われようと自分達がそこで生きているのは間違いのない事実。そんな事で揺らぐほどやわい精神の持ち主なんて妖怪にはいないわけだが、そういった思考が出てくる人の柔軟で繊細な心の有り様は、時に羨ましくさえある。


「あ、いえ、別にそういう訳じゃなく!貴女はちゃんと、僕の目の前にいるって分かってますから!」


さくらはそこにちゃんといるんだと主張するような言葉を紡ぐアレンを不思議そうに見る。


「人間ってやっぱり、理解できないなあ」


それは拒絶ではなく、好奇心から来る好意の言葉。


「本当に、この世界にこれてよかったって思ってるよ」


まだ召喚されて1日も経っていないさくらの唐突な言葉に、今度は戸惑いの表情を浮かべるアレン。 淡く微笑むさくらは年齢よりも幼く見えて昼間の言動を知っていてもとても儚げに見えたのだ。


「呼び出した僕が言えることではありませんが、本当に戻れなくてもいいのですか?」

「構わないよ」

「…僕は貴女に恨まれ罵られる覚悟があります。だからこの命を捧げるつもりで、僕はこの世界に貴女を呼び出しました。

勿論、そんな事で許されるはずもないと言うことも分かっています」


余りにも朧気な美しさはいくら本人が存在を主張しようとも、いつ消えてしまってもおかしくないように見えアレンは言わずにはいられなかった。


「僕の一生を、貴女に」

「っはは!」


だが、次の瞬間思いっきり笑われて思わず憮然としてしまう。


「それってっ、ぷ、プロポーズみたい!」


尚も笑いながら続けられた言葉に、自分が思わずはいた言葉を反芻して真っ赤になるアレン。


「気持ちだけ貰っておくよ」

「…すみません」


何に対しての謝罪か分からないが、恥ずかしさの余り言わずにいられずそう言って俯くアレンを、柔らかい表情でさくらは見つめた。


「ほら、立ってないで座りなよ。まだ寝ないんでしょ?」

「はい…」

「あのね、私達妖怪は基本的に退屈せず面白おかしく生きていければ、それでいいんだよ」

「ですが、あちらの世界に大事な人達がいたりしたでしょう?」

「うーん、そもそも、その考え方が人本意かな。家族が大事と言えば大事だったけど、執着するほどじゃない。

あっちも私の本性を分かっているから、帰らなくても心配されないし。人間の知り合いもいたけども、アレン程興味深い存在はいなかったから。だから、いいんだよ」

「…それならば、貴女を退屈させないよう、頑張ります」


漸く本心からの言葉だと納得できたアレンは、そう呟くとほっと一息ついた。



****


「…これはどういう事だ」

「おはよー」


起きてきたウィルは、のんびり挨拶をしてくるさくらの膝枕で寝ているアレンを見下ろす。


「昨日は寝付けなかったみたいで、ここで話し込んでたら寝ちゃってさ」


何でもないようそう告げるさくらは、ウィルに目をくれることもなく柔らかいアレンの髪を弄んでいた。一晩こうして頭を撫でたり、寝顔を眺めていたのだが自分でも驚くことに全く飽きることはなかった。


「…そろそろ出立の準備をした方がいいだろう。アレン様を起こしてくれ」

「はいはい」


上から目線に若干いらっとしたものを感じるが、見た目的にはあっちのが年上だしと我慢してアレンの頬をそっと叩く。


「アレンー、そろそろ起きなよ」「あ、おはようございます…」

「おはよー」


寝ぼけながらも起き上がるアレンはさほど朝は弱くはないようだ。証拠に自分がどこで寝ていたか直ぐに把握し、真っ赤になっている。


「す、すみません!」

「別にいいよ、子供が遠慮するなって!」


上機嫌で軽く答えれば、アレンはなんとも言えない表情を浮かべる。


「僕が子供だとか言うことは関係ないです!」

「だとしても、アレンは一生を私に捧げてくれるんだよね?だったら問題ないよ」

「そ、それは、そういう意味じゃ…!」

「もういいだろう、サクラさん。アレン様をからかうのはやめてくれ」


見かねたウィルに止められ、仕方なくからかうのをやめるとふと真面目な顔になり、さくらは探るような目を2人に向ける。


「…それで、アレンにそんな呪いを掛けたのは、誰かな?」

「……」


突然の表情の変化に戸惑う2人を眺め、呪いの言葉に衝撃を受けたような表情をしたウィルをみやり、この事を彼は知らなかったのだと理解する。ならば、ウィルは本当に善意でアレンに着いてきているのだろう。


「私が気付かないとでも思った?」


妖の本能は、向けられる悪意にとても敏感だ。アレンがどうでもいい存在であり続ければあるいは見逃したかもしれないが、既にさくらは彼の一生に付き合ってもいいかと思う位にアレンを気に入りはじめていた。

たった1日の付き合いでここまで興味を引かれるなんて信じられない気もするが、これが自分の正直な気持ちなのだ。従うしかない。


「アレンを殺した存在を縛り付ける呪、って所かな」

「それは、本当なのか…?」


怒りを圧し殺したような声を出してウィルが問うのに無言で頷く。昨日アレンが寝てからつぶさに彼を観察した結果気付いたのだが、この呪いは魂の根元にまで根付くように張られていて、さくらの力でも消すことは難しそうだ。


「その力の掛け方はアレンが自分でやったっぽいね」


遂に俯いてしまったアレンをみやり、さくらは溜め息をついた。


「召喚なんて許可されたのは、そのせいなのですね」


なんともやりきれないと言った表情でアレンを見つめるウィルこそ、とても苦しそうな表情を浮かべている。


「まあ、何かしらの対抗措置を取れないでこんなことは出来ないよね」


そう言いながら、さくらはそっとアレンの頭を撫でた。

その手の優しさに驚き思わず見上げたアレンは、この上もなく優しい表情を浮かべているさくらを目にして、今まで堪えていた涙を我慢することが出来なくなってしまった。


「ご…めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…!」

「いいんだよ」

「貴女の優しさを、結果的に踏みにじる行為です…!自分から、言わなくちゃいけなかったのに…」

「全く、アレンは子供なのに何もかも背負いすぎだって」


しょうがない子だね、と言って撫でる手つきはあくまでも優しくそれが更にアレンを居たたまれなくする。


「僕の立場に、年齢は関係ありません。継承権を放棄したと言って、この身に流れる血が変わるわけでも、今までの育ちが無くなる訳でもありませんから。

だから僕は、僕のできることをやり遂げる義務がある。

それが、僕の誇り。僕を育んでくれたすべてに対する最大限の恩返しなのです」


そう言ってさくらを見つめる瞳はこの上もなく強く輝き何よりも美事に彼女の心を捕らえた。





「ウィルもこんな感じでアレンに引っ掛かったわけね」

「引っ掛かった…」


何やら納得いかないと言った風情でこちらを見ているアレンをスルーして、ウィルに視線を向ければ戸惑ったような表情を返された。


「いやなのか?」

「ううん、アレンでよかったって思ってるよ」

「そうか」


2人でしみじみと通じあってると、じれたかのような視線を感じる。


「まあ、私にアレンを傷付ける気はないから、その呪いは別に放置でいっか」

「あの、本当に…」

「いいんだって。そんなことよりギルドだよ!」


そんなことって、と、ショックを受けているらしい2人は置いといて、ギルドにすっかり意識を傾けたさくらはウキウキと身支度を始めるのだった。

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