一話(プロローグ+出会い)
オリジナルのBL作品です。
六畳一間のコーポ・赤とんぼ。あかね芸術大学に通う学生の秋野正臣の部屋から、鼻歌というにはあまりにも耳障りな歌声が響いていた。
声の主は真っ赤なつなぎを着て、金色の髪は獣そのもののようだ。左手で握る絵筆に休日の温かな光が反射する。左右の耳には大量のピアスがカラフルに踊っていた。
三津屋望はすでになんの曲かもわからないその旋律を口ずさみながら至極ご機嫌で、狭い部屋の倦んだ空気をものともせずに作業を続ける。右手のパレットには上等なバターのような油絵の具がたっぷりと乗っていた。
「三津屋、お前そろそろいい加減にしろよ!」
208号室の部屋の主の怒りは三津屋の調子外れの鼻歌がサビらしき部分に差し掛かった時爆発したようだ。膝に乗せていた雑誌をバン、とページを気にするでもなく床に叩きつけ、鼻歌が止まると三津屋の方をキッと睨みつける。
「正さん、そんな怒らんでもええやんか」
「うるさい!お前逆の状況なら怒らないのかよ!」
筆を持つ手を一度止めて、なだめるような苦笑いを向けても、秋野の怒りは収まらないらしい。むしろそのボルテージは上がる一方のようで、三津屋に詰め寄り叫んだ。
「居候のくせに!」
ことの発端は先月中旬、秋野が学食のカフェスペースで一人、午後の時間を潰していたときだった。
カフェモカと煙草の青白い煙の香り。その日は泣きたくなるほどの曇りで、今にも大粒の雨が降ってきそうだった。喫煙席のテーブルから、からっぽのテラスを眺める。
まだ今日の最終コマの最中なので、人影はまばらだ。週の中日の昼食後、教室で授業に出る気にはどうしてもならなかった。
窓の外を見やりながら、短くなったキャスターを灰皿に押し付ける。そのとき、一人の人物の足音が止まり、目の前のテーブルにグラスが置かれる音がした。
ランチタイムは相席が当たり前の学食も、今は数えられるほどの人がいるばかり。みんな計算されたように、3、4席の間隔をあけて座っている。カフェモカを注文して気に入りの窓際の席に座を占めた秋野のテーブルに、飲み物が置かれる理由は無い。
アイスティーのグラスから、それを持つすらりと白い腕、そして絹糸のようにしなやかな金髪をウルフカットにした突然の訪問者。それを訝しむ秋野をよそに、その男――三津屋望は笑顔で声をかけてきた。
「こんにちは。お兄さん、相席ええかな?」
同じ2回生だという三津屋の話し方には関西の訛りが色濃く残っていた。生まれてから地元の東京を離れたことのない秋野には新鮮で、ただただ圧倒されていた。話し方だけではない。三津屋のその派手で人目を引く容姿も、ぐいぐいと内側へ入り込んでくるような物言いも。
「あ、ああ。どうぞ」
秋野が片手で前の椅子を示すとおおきに、とにこりと笑った三津屋はそこに腰をかける。見事に弧を描く口元になぜか目を惹かれた。カフェモカ越しに彼を注意深く観察しながら、彫刻みたいだ、と秋野は思う。
「秋野正臣さん、やんね?」
ストローで軽く氷を転がしてから嬉しそうに琥珀色の液体を飲みこむ。秋野の方に視線を移して、何でもないように彼の名前を呼んだ。その顔に笑みを張り付けながら。
「なんで、俺の名前、」
知ってるんだよ、という言葉は音にならなかった。そっと置いたはずのカップがテーブルにぶつかって大げさな音を立てる。
「そんな怖い顔せんと。あと、財布と定期はしまっといたほうがええと思うで?」
三津屋はなんでもない様子で開いた口が塞がらない秋野に告げる。慌ててテーブルの上の二つを鞄にしまう秋野を見つめながら、三津屋は言った。
「今晩、秋野さんち泊めてくれへん?」
「もう許さねえ!荷物まとめて出てけ!」
「ひどっ!俺ここ追い出されたら行くとこ無いの知ってるやろ?」
「うるせえぞ犯罪者!」
「定期覗いただけで誰が犯罪者やねん!」
六畳一間のコーポ・赤とんぼ。部屋の主と今はまだ居候の彼の関係が変わっていくのは、まだまだ先の話のようだ。
やっとのことでみつまささん書けました…!
普段の自分と書き方をガッツリと変えたので息切れがひどい。
続編はサクサク書きたいなあ…。