初恋の令嬢と結婚したいと婚約者に捨てられました。理想と現実は違うのよ。どうぞ幸せになって下さいませ。
「レティシア。君との婚約を解消したい。私は恩人の女性を見つけてしまったのだ」
いきなり、婚約者のエルド・サディス公爵令息に言われて、レティシアは混乱した。
レティシア・ロウデ公爵令嬢。
歳は18歳。
金髪碧眼の自分でも美しい方だと思う。
エルドは金髪碧眼の凄い美男だ。
歳は18歳。
もうすぐ結婚するはずの婚約者だった。
そう、今は婚約者だったとしか言う事が出来ない。
エルドと婚約をして二年、関係は悪くはなかったはずだ。
週に一度は交流し、色々な事を話し合う。その中には将来の事も含まれていた。
レティシアがサディス公爵家に嫁ぐ事になる。
だからレティシアは頻繁にサディス公爵家に訪れて、公爵夫人にも色々と教えを請うた。
サディス公爵夫人はレティシアを気に入って可愛がってくれている。
何もかも順調に思えたのに、いきなり王立学園の廊下で、エルドはレティシアに婚約解消を突き付けた。
「恩人って……どなたですの?」
「アリーシア・ベルク公爵令嬢だ。ああ、まだ私が8歳の頃、王宮で迷った私の手を引っ張って、一緒に出口を探してくれたアリーシア。赤の髪飾りがとても印象的で。
思った通りの優しい女性だった。だから私はずっと思いを寄せていたアリーシアと婚約を結ぶ事にする」
「アリーシアが初恋という訳ですね。彼女が初恋の女性だって知らなかったのですか?」
「その時はアリーシアだって知らなかったんだ。でも、赤い髪飾りを着けてきたアリーシアを見て、あの時の令嬢だって思いだしたんだ。アリーシアに話をしたら、その時の令嬢だと。だから私はアリーシアと結婚したい」
夢見るように、
「アリーシアはとても優しいのだろうな。あの時も私の手を引きながら、大丈夫よ。ちゃんと出口まで連れて行ってあげるから。って励ましてくれて。これから先、私に何かあった時にアリーシアは私を励ましてくれるんだ。手を引っ張って、優しく」
レティシアはイラついた。
初恋の女性の事は聞いた事がなかった。
エルドが勉強で解らない事がある時にはレティシアは必死に調べて、エルドにとても感謝されたのだ。
レティシアはレティシアなりに、エルドの為に色々と気を使って来た。
二年間、婚約者だから。
それなのに、あっさりと棄てて、アリーシアに乗り換えるなんて。
「アリーシアは何て?」
「私の想いをこれからアリーシアに言うつもりだ。君と婚約解消した事を言わないとね」
「まだわたくし、承知しておりません。それに家と家の契約でしょう?婚約って。父達に報告して許可を得ないとまずいのでは?」
「愛のない結婚をするよりも、愛のある結婚をしたいんだ」
「わたくしに貴方に対する愛がなかったと?」
「私達は政略だろう。私はアリーシアの事をずっと愛してきた。心の中で、どの令嬢だか覚えてはいないが、それが判明した時に、私は彼女と結婚するだろうと思っていた」
「今までわたくしと話して来た未来についてはどう思っておりますの?」
「君の話に合わせてきたまでだ。でも、私の真剣な思いを聞いたら、父も母も、アリーシアとの婚約を賛成してくれるだろう」
そこまで言われたら、もうこの男は駄目だと思った。
今まで彼の何を見てきたのだろう。
レティシアは、
「それでは、父達に話をしなければなりませんね。貴方が婚約解消したがっていると。承知致しました。わたくしに否はありません。貴方がそこまで言うのなら婚約解消致しましょう」
この二年間が何だったのか。
身体の力が抜けるような気がした。
廊下でそのようなやりとりをしていたら、偶然かどうかアリーシアが、取り巻きの令嬢達とこちらに歩いてきた。
エルドはアリーシアに近づいて、
「愛しのアリーシア。君に婚約を申し込みたい。君は私が王宮に迷いこんだ時、手を引っ張って出口まで連れて行ってくれたね。大丈夫だった?と気遣ってくれた。そんな優しい君と私は婚約をしたい」
アリーシアは、驚いたような顔をして、そして、扇を手に微笑みながら、
「わたくし、第二王子殿下を婿に取って、ベルク女公爵になる予定ですの。それをいきなり婚約の申し込み?おかしいんじゃありません?」
「しかし、君は私を気遣って、王宮の出口まで連れて行ってくれたではないか。赤の髪飾りを見て思いだしたんだ。私の妻は君しかいないって」
「赤い髪飾りの事かしら。確かにあれは幼い頃にわたくし、着けていましたわ。久しぶりに似たデザインの髪飾りを着けただけで別物ですのよ。それに、サディス公爵令息が探している出口を案内した令嬢は、わたくしではありませんわ。幼い頃に赤い髪飾りを着けていたか?と聞かれたから着けていたと答えただけで、昔は赤い髪飾りは貴族の令嬢達に流行ったものです。ですから、何を勘違いなさっているのか」
「君は私の手を引いて出口まで案内してくれた令嬢ではないと?」
するとおずおずと手を上げた令嬢が。
アリーシアの取り巻き令嬢の一人、バディア・レンド伯爵令嬢が。
「私、覚えがありますっ。サディス公爵令息を出口まで案内した覚えが」
バディアはとてもふくよかな令嬢だ。
バディアはドスドスと音を立てて、エルドに近づいて、
「あの時、サディス公爵令息様は、心細そうだったから、私がしっかりと案内して差し上げました」
エルドは後ずさりをし、
「嘘だろ?私の初恋の令嬢はとても綺麗で、お前みたいなブスじゃないっ」
「あの頃はまだ痩せていたから。私ですっ私っ」
レティシアは、バディアに向かって、
「初恋の令嬢と婚約したいと、言っておりましたわ。エルドは」
バディアはエルドに抱きついて、
「嬉しいっ。私、エルド様の事が忘れられなくてっ。エルド様ったら泣きそうになって、漏らしそうになったんです。だから、慌ててトイレに連れていって、それからあやして出口まで連れて行って。なんて可愛らしい男の子だろうってずうううっと思っていました。私と婚約してくれるだなんて嬉しいい」
怪力でぎゅうううううううううっとエルドを抱き締めた。
エルドは苦し気に叫んだ。
「違うっーーーーお前じゃないっ。漏らしそうになったって言うなっーーー。私の初恋は違うっーーーー」
レティシアは今回の事を父にしっかりと報告することにした。
家に帰り、父ロウデ公爵に学園で婚約解消をエルドに言われた事を報告すると、父はにこやかに笑い、
「相手がそう望んでいるのでは仕方ない。婚約解消に同意しよう」
この父の笑いは怖いのだ。
慰謝料を請求する気満々だ。
婚約解消が成立しそうで、レティシアは安堵した。
でも、この二年間は何だったのか……
エルドはとても優しかったし、交流も上手くいっていた。
彼の家に嫁ぐ事を楽しみにしていた。
でもずっと彼は初恋の令嬢に心を奪われていたのだ。
なんて悲しい……なんて辛い。
でも、結婚する前に、彼の本心が解って良かった。
きっぱりと彼の事を忘れようとレティシアは思った。
数日後、婚約は解消された。
サディス公爵夫妻は、わざわざロウデ公爵家まで訪れて、謝罪し、慰謝料の支払いの約束をしてくれた。
王立学園に行けば、アリーシアから話しかけられた。
「今回は、災難だったわね。まさか勘違いされているとは思わなくて。ごめんなさいね」
と何も悪くないのに謝罪された。
そして、アリーシアは、
「わたくしの弟がまだ、婚約者がいないのよ。どう?弟は家を庶子だから継げないけど、王宮で官僚を目指すわ。それでよろしければ。
正式には家と家の話し合いになるけれども、互いの家同士、結んで損はないはずよ」
アリーシアの背後から一人の男性が話しかけて来た。
「ベルク公爵家のシャリドです。私は王宮で宰相を目指したい。必ず利のある男になります。常々、貴方の事は気になっておりました。でも、婚約者のいらっしゃるご令嬢だったので」
礼儀正しいシャリドは16歳。しかし背はアリーシアより高く、眼鏡をかけて大人しい感じの黒髪碧眼の男性だ。
レティシアは慌てて、
「正式に我が家に申し込みに来て下さいな。お父様が賛成しなければ、わたくしからは返事出来ませんわ」
「それではその時に良い返事を貰えるように期待しております」
廊下をバタバタと走ってくる音がして、エルドがレティシアに、
「婚約解消、酷いじゃないか。私はレティシア、君の事を愛しているんだー」
背後からバディアがエルドにタックルしてきた。
顔面から床に激突するエルド。
バディアがエルドを抱き締めながら、
「大丈夫ですか?エルド様ぁ。あ、エルド様の婚約者にこのたびなりました。バディアですっ。よろしくお願いしますっ」
バディアの説明によると、
呆れ果てたサディス公爵がエルドとバディアを婚約させたらしい。
ただ、エルドは弟に継承権を譲って、バディアの家に婿入りすることになったとの事。
「エルド様が婿に来るだなんて嬉しいっーーー」
ぎゅううううううっとエルドを抱き締めた。
「骨がっーーー骨が折れるうううううううっーーー」
エルドは虫の息だ。
レティシアはエルドに向かって、
「理想の女性と婚約出来て良かったじゃない。バディアと幸せにね。エルド」
そう言うと背を向けた。
新しくシャリドが婚約者になった。
シャリドと共に中庭のベンチに座って、空を眺める。
シャリドは、
「まだ、エルドの事、引きずっていますか?」
「二年、婚約していたのですもの。急に心は切り替え出来ないわ」
「それなら、ゆっくりとでいいので、私の事を好きになって下さると嬉しいです」
大人っぽいシャリド。16歳には見えない。
ただ、この時だけは赤くなってこちらを見つめて来た。
年相応の照れた顔で。
レティシアはベンチから立ち上がり、
「そうね。ゆっくりと貴方の事を見つめて行こうかしら」
何だか胸がドキドキする。
まだシャリドの事を何も知らない。
でも……これから先、知っていけばいい。
わたくしが大事に思うのは、過去の恋じゃない。これから先の未来の恋よ。
レティシアが立ち上がると、シャリドが手を差し伸べて来て、
「エスコート致します。教室まで」
「有難う。シャリド」
春の日差しが温かく、これからの二人の恋を応援するかのように降り注ぐのであった。




