観光登山計画(1)
「ねぇロシュフォール、国民の竜神様に対する恐怖心は薄らいで来てるかしら?」
竜神の妙薬が、国内で一般的に認知されるようになった頃、シトリンは侍従のロシュフォールに訊ねた。
本当なら、自分で調べたい所なのだが、なにぶん、生まれも育ちもお姫様の自分には、庶民の気持ちを理解出来ない所がある。
なので、王家に仕えているとはいえ、平民身分であるロシュフォールの意見を参考にする事が多かった。
「私の見立てでは、水の効能は皆認める所でございますが、竜神様への畏怖は消えていない物かと」
赤竜を前にした時は、情けなく腰を抜かしたロシュフォールであったが、平時は切れ者で頼りになる男だ。
「何度も山に人を送ってるんだから、そろそろ誤解が解けてもいいはずなのに、どうしてかしら」
シトリンが首を捻りながら、顎に指を当てて考え込む姿勢になると、ロシュフォールは恭しく語りかけた。
「お言葉ながら、あの山へ登ったのは私と姫様を除いて、皆屈強な者ばかりです。庶民からしてみれば、あの者達ほど体力、あるいは腕力の無い自分では、山には登れないと思うのでしょう」
ロシュフォールの建言に、シトリンは確かにそうかもしれないと納得した。
シトリンは、竜神様が話が分かる相手だと知っているし、住処の洞窟までなら、馬車と自分の足でも日帰りで行き来出来ると知っている。
しかし、大半の者にとって、あの山は禁足地。それも、恐ろしい化け物が住んでいる、恐ろしい山だ。
当然、そのような場所は、一般市民には登る資格が無いように思われている事だろう。
「それなら、安全に登れる山だと証明するために、誰かを招待しないと________
シトリンは、そこまで言った瞬間、両手で机をバンと叩き、そのまま頭突きでもするかのような勢いで、机の上で手の間に顔を埋めた。
「姫様!?」
シトリンが突然、奇行に走ったので、ロシュフォールは、はしたない行為を注意する事も忘れて、飛び上がって驚いた。
シトリンは、数秒の間、歯を食いしばり、背中を震わせてから、絞り出すように声を出した。
「ソラヤが帰る前に気が付きたかった……」
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シトリンは翌日から、誰を山に招待させるべきか悩み出した。
ソラヤが居れば、それ以上の適任者は居ないが、アルタリアに帰ってしまったのだから、もう頼れない。
ソラヤは奔放ではあるが、王女という身分だから、そう簡単には呼べないし、そう頻繁にはやってこない。
だからと言って、次に来るまで待っていたら、温泉水の効能に対する熱気は、冷めてしまうかも知れない。
だから、山に招待する人間は、ラヴァリン国内から探さなくてはならない。
自分や、姉達も駄目だ。
全て自力で登ったとしても『お姫様なんだから、当然お付きの者を連れて、おんぶに抱っこで登ったんだろう』と思われるのが関の山である。
「誰に登らせるのが適任かしら……」
思いつかない。ソラヤという、最適任者を思いついてしまっただけに、他の考えが浮かばなくなってしまった。
「他の人に、聞いて回るしかないわね」
こういう時は、自分で考え込まずに、他人の意見を求めた方がいい。特に、今のような凝り固まった考えに囚われている時なら尚更である。
山に誰を招待するか、それを決めるために、シトリンは意見を求めに回る事にした。
まずは、侍従のロシュフォールだ。
「町民、町民の中でも温泉水の効能をいたく気に入っている者がよろしいでしょう。人の欲というものは、時に恐怖心をも凌駕いたします」
ロシュフォールの出す案は、堅物らしく実に堅実である。
時に暴走しがちなシトリンの従者として、彼ほど適任な者はいない。
「いい案だとは思うけど、具体的には誰がいいかしら?」
連れて行く人物のピックアップが大切なのは分かった、ならばそれは誰か? その具体的が聞きたくて質問したのだが、ロシュフォールの答えは振るわない物だった。
「それを調べるためには、少々お時間を頂かなくてはなりません」
ロシュフォールは立場上、いい加減な事は言えない。だから時間を貰って、誰が適任か調査をしようと申し出たのだが、シトリンはそれを制した。
「調べてくれるのはありがたいけど、すぐにでも事を進めたいの。具体的に誰にしたらいいか、知っていそうなのは誰かしら?」
「ふーむ、でしたら、荷運びの衆を指揮しているディデル騎士団長に伺ってみてはいかがでしょう」
ディデルは、口髭と厳しい顔立ちが印象的な、騎士団長である。
シトリンがはじめて、あの火山、グレンヴァル山に登った日、護衛として帯同した男だ。
騎士の勤めがあるので、最近は山に登っていないが、荷運びの衆が逃げ出さず働いているのは、彼の威厳のおかげである。
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「____と、言うわけなんだけど」
「ふーむ、山と竜への恐怖心を無くすために、平々凡々な者を山に送る。そして、それを誰にするか具体的に決められないから、知恵を貸してほしいと、そういうわけでございますな」
「話が早くて助かるわ」
ディデルは、軍人なだけあって、話を飲み込むのが早い。状況判断が遅いようでは、指揮官の務めは果たせない。
「ええ、荷運びの衆を指揮しているのなら、彼らの交友関係なんかもご存知なんじゃないかと思って」
ディデルは顎を撫でながら、しばし考えた後、シトリンに提案した。
「それは私に聞くより、彼らに直接聞いたほうがいいでしょう。彼らは仕事の後、盛り場に繰り出し遊興をしているはずです。王家よりの仕事で懐が潤っているはずですからね」
「それが、どうしたのかしら?」
シトリンは、首を傾げて尋ねた。男衆の懐具合と、今回の件にどんな関係があるのか。さっぱり理解出来ない。
「遊興の巷に繰り出せば、市井の噂は何くれとなく聞こえてくるでしょう。王家の方々や、我々宮仕えの者より、よほど有益な情報を持っているはずです」
「なるほどね」
あのような手合は、金が入ったらその日のうちに使ってしまう。堪え性の無い男達だからこそ、地位は低く、給料も安く、シトリンが引き出した予算でも雇えた訳だ。
そして金遣いが荒い分だけ、色々な場所に出向くに違いない。
酒場、賭場、娼館。人間の煩悩が集まる場所には、人間の本音が飛び交うものだ。
それらに入り浸っているのなら、自然と色々な情報を集めているのだろう。
「彼らには、私から声をかけて呼んでおきます。それで宜しいでしょうか?」
「ええ、お願いね」
シトリンは、笑顔を浮かべて了承した。




