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おいでませ竜神の湯 〜辺境王国の観光立国史〜  作者: フユめん


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花街騒動(3)

 それから一月ほど経って、人工温泉の建設が始まった。

 人員の大半はラヴァリンの大工達だ。ラヴァリン王国が儲けるために始めた事業なのだから、ラヴァリンの民に利が無くては話にならない。

 ソラヤが送ってきた、アルタリアの大工もそれなりの人数居る。

 単純に、人員が必要という事もあるが、アルタリアにある建造物を一部真似るのだから、餅は餅屋という訳で送られてきた。

 もっとも、古代アルタリア人と現代のアルタリア人は、別の民族であると言われているのだが、それでも身近で錐型墓を見ている職人は頼りになる。

「皆様、よくお集まりいただきました。これはラヴァリン、アルタリア両国に跨る大事業。どうか、このシトリン・ドゥ・サフィニアに力をお貸し下さいませ」

 建設開始の日、現場に集合した作業員達に向けて、シトリンはそう言った。

『おーーー!!』

 現場から、威勢のいい掛け声が上がる。気力十分、体力万全。今日から始まる大事業に、皆が気を高ぶらせている。

 さて、激励を終えたら、シトリンにこれ以上の仕事は無い。彼女には建築に関する知識が無い、現場の人々に任せるのが一番だ。

 目下、シトリンが今すべき事は、花街の治安維持についての策を練る事である。

 湯汲みの衆の一人、ザックが息を切らしてやってきたかと思ったら、門番に向かって、治安悪化の懸念をまくし立てたのだとか。

 流石に、先触れ無しでは王女への目通りは叶わなかったが、その訴えはきちんとシトリンに伝えられた。

 今日はこれから、ザック達荷運びの衆も交えて、今後の対策を練る会議を行う予定になっている。

 会議のメンバーは、ザックとハグノス、騎士団長ディデルと若手数名、それから、アルタリアから来ているソラヤの召使いにも、何人か来てもらう事になっている。

 ラヴァリンの治安をどうにかするのは、ラヴァリンの人間がやるべき仕事だが、彼らやも花街には行くし、今回連れてきた作業員も行くだろうから、事情を含み置いてもらいたかった。

 そんな訳で、建築開始の式典が終わったシトリンは、会議室へと向かった。

 会議室に着くと、すでにメンツが揃っている状態だった。王女殿下を待たせる訳にはいかないという事で、式典が終わるやいなや、突っ走ってきたものらしい。

 彼らは、温泉事業関係者の中では、かなり関係の濃い位置に居るから、式典に出ない訳にもいかず、かと言って遅れる訳にもいかず、若手騎士などは、弾みそうになる息をどうにかこうにか抑えてフス……フス……と変な呼吸をしている。

「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、シトリン・ドゥ・サフィニア、祝着至極にございます」

 『お忙しい中』などと挨拶したが、彼ら以上に忙しいのはシトリンである。

 歩荷でも騎士でも、代役を立てる事は出来るが、シトリンは一人しかいない。

 式典で演説してから、そのまま会議を主導するという、二つのイベントで主催を務めるのだから、彼らよりよほど消耗して然るべきなのだが、そんな様子は露程も見せない。

「早速ではございますが、本日集まっていただいたのは、花街の治安維持に関して皆様の意見を伺うためでございます。ご存知の通り、温泉及び温泉水による観光効果の影響で、花街は多くの来客が訪れ、それに伴い素行の悪い者共も現れるようになりました」

 ザック達が懸念した通り、花街の治安は悪化の傾向が見られた。

 現状、素行の悪い者が増えたと言っても、喧嘩口論が増えた程度の物であるが、それを放っておいたら、治安はより悪くなっていくだろう。

 割れ窓理論というやつで、荒れた治安を放置しておくと、国は対策する気が無いのだと認識され、更に治安が悪くなるという負の連鎖が起こってしまう。

 悪の芽は早めに摘んでおくに限るのだ。

「皆様には、治安維持のための案を出していただきたく存じます。些細な事でも結構ですので、忌憚のないご意見をお願いします」

 シトリンは、最初に全員に向けて挨拶すると、次いで一人ひとりと視線を合わせていく。

 まず最初に意見を出したのは、騎士団長ディデルである。

 紛争が起きていない状態にあって、騎士団の仕事の大半は警察業務だ。その組織のトップとして、治安維持については一家言ある。

「それでは僭越ながら、わたくしから申し上げます。現在、花街の治安は自治組織に任せている状況でございますが、今回の件を機に、騎士を数名常駐させ、見回りをさせます。騎士の目があれば、愚か者も大人しくなるかと思います」

 ラヴァリンにおいて、警察業務を担うのは騎士団だが、その数は全部で百人ほどであり、その人数では広くない領地と言えども、管理の穴が生じてしまう。

 それを補う形で、そこかしこに自治組織が存在している。街中や農村部に存在しているのはもちろんだが、犯罪の温床となりやすい花街にも存在する。

 余談だが、騎士百人では有事の際の対応はとても出来ないので、戦時だけ国民が雑兵(日本で言う所の足軽)となる手筈になっている。

「良い考えとは思いますが、それに割く人員は確保できますか?」

「問題ございません。幸い、我が国は領土紛争などには巻き込まれず、外交においても波風は立っておりません。数名を見回りに出す程度でしたら、なんの障りもありません」

 ディデルは、自信満々といった様子で即答した。

「分かりました。では、そのように取り計らってください」

 騎士団長の意見を受け入れて、最初の治安維持策が決定した。

 続いて発言をしたのは、アルタリアの代表者として出席した召使いの一人である。

 彼の名はアフメド。アルタリア人らしく黒い肌に黒い目。その目はギョロリと大きく、見る者に威圧感を与える。長身で筋肉質な体格も、威圧感に一役買っている。

 髪は年長者なので白い物が混じり灰色になっており、髪質はアルタリア人に多い強い縮毛を、短く刈り込んだ髪型をしている。ソラヤのような、艶髪の直毛を長く伸ばしている者は実は少ない。

「微力ながら、私共も見回りを致します。他国者が差し出がましい真似を、と思われるかもしれませんが……とはいえ、湯汲みには早く出なければなりませんから、あまり遅くまでは見回れませぬが」

「差し出がましいなんて、とんでもない。とてもありがたいお申し出、感謝いたします」

 治安維持に協力してくれるという、アフメドの申し出をシトリンは喜んで受け入れた。

 アフメド達は、ソラヤの召使い達の中でも厳選された有能達だ。目端が利くし、武芸の心得もある。

 彼らには湯汲みに仕事があるので、日付が変わる真夜中まで見回りはさせられない。夕方から夜中まで、という限定的な時間ではあるが、協力が得られるのは大きい。

「アフメド殿、こちらからもお願いします。騎士団団長として、ご協力に感謝いたします」

 ディデルは立ち上がり、アフメドに一礼した。

 それを受けたアフメドは、ひどく恐縮した。

「お気遣い痛み入ります。しかし、私のような者に頭を下げては_____

 そんなやり取りの中、ザックとハグノスは何を言えばいいのか、何をすればいいのか分からずに、ひそひそ声で話していた。

「おいザック、俺たちはどうすりゃいいんだ?」

「オイラ達も見回り……とは言っても、バカ野郎共が湧き出すのは、夜が更けきってからでやすからね」

 彼らは知っている。花街の治安が悪くなるのは、朝から仕事に行くような真人間が帰り、残った者達がいよいよ泥酔してきた真夜中なのだ。

 たまにまとまった金が入ると、日が沈む前から入りびたり、娼婦や酔客から向けられる冷たい目などお構いなしに騒ぎ、飲み散らかし、酔いが最高潮に達した深夜に暴れ出す。時には暴力沙汰になり、しょっ引かれる事もおる。

 ザックもハグノスも、そういう輩はたくさん見てきた。というか、彼らがその一員だった事もある。幸い、自治組織や騎士団の世話になる事は無かったが、摘発を受けたらそれなりの罰を与えられていただろう。

 そんな人間だから、そういう連中は騎士に睨まれると大人しくなるという事もよく理解しているし、その目が届かない場所で悪が蔓延るということも理解している。

 自分達も、見回りはするつもり(半分くらいは、それを口実に遊ぶつもり)ではあるが、アルタリアの召使いと同じ湯汲みの仕事をしている以上、危険な深夜帯の見回りは出来ない。

「そうだぜ。しかも、物々しい格好した騎士様がうろついてちゃ、花街の景気が悪くなっちまうかもしれねえ」

 花街の娼館も、そこで働く娼婦も、なんなら客達も、後ろ暗い事情を抱えている事が多い。

 そんな街に、騎士が闊歩するようになったらどうなるか?

 治安は良くなるだろうが、楼主も娼婦も客も、どこかに隠れてしまったり、店を閉めて商売をやめてしまうかもしれない。

「騎士の格好さえしてなけりゃ、怖がるモンも減るんでやすがねぇ」

「ん?詳しく聞かせろ」

 ハグノスは、何故かは本人も分からないが、ザックの言葉が妙に気になって聞き返した。

「騎士様の姿を見たら、悪い事してなくたって緊張しやすけど、非番の騎士様が普段着で歩いてたって、誰も気にしやせんぜ」

 ザックは、幸いにもというか、なんというか、騎士に捕まって縄をかけられた事は無いが、それでも、街中を巡回している騎士の姿を見ると、少しばかり緊張してしまう。

 しかし、王女様に仕事を貰っている今ならともかく、以前ならば、非番の騎士を見ても、それが騎士様だとは気づかなかっただろう。

「ハグノス兄ぃ、ディデル騎士団長様の横のやつを見ておくんなさい。あいつに百姓息子みてえな服を着せりゃあ、誰も騎士様とは気づきやせんぜ」

 ハグノスは、ザックが指し示した騎士を横目で見た。

 彼の名はジョスラン。そこそこ名のある貴族の家柄で、若いに似合わず武芸が熟練している。実に腕が立つという事で、まだ年若いながらも有望株として目をかけられている。

 眉ともみあげが濃く、二重の吊り目に釣り眉なので、顔だけで純朴な熱血漢という印象を抱かせる。

 もし彼が、剣と鎧ではなく、クワと麦わら帽子を身に着けたら、誰も騎士とは思わない、どこぞの若い農夫にしか見えないだろう。

(コイツも、なかなか考えてやがるんだな)

 ハグノスは素直に感心した。ただ賃金が安いからと雇われた自分達の中にも、きちんと考えられる人間が居るのだと、自分の事ではないのに、少し鼻が高くなる思いだ。

「それでは、他にご意見のある方はいらっしゃいますか?」

 アフメドの発言が終わり、シトリンが次の意見を促した。

 ハグノスは、ザックに目を向けた。今の意見を、そのまま姫様に注進するんだろうなと思ったら、ザックは何故か挙手しないでいる。それどころか、首を傾げたり、唸ったりして、何かを考え込んでいる。

 肘で小突いてみるが、困惑の表情を浮かべるだけで、やはり手を挙げようとはしない。

 ハグノスを呆れかえって、先程のひそひそ声より、更に一段低くして言う。

「おいザック………」

「何ですかい」

 ザックは少し訝しがりながら聞き返したのだが、その後妙な間が開く。

「さっきの話を、そのまま注進すりゃいいんだよ………」

 ハグノスの声色は、良い案を思いつくじゃないかという感心と、なんでそれを注進するという発想にならないのかという呆れが綯い交ぜになった不思議なトーンだった。

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