召使い達とごろつきども
「今日は一段と大所帯だな。それに、その者どもはラヴァリンの者ではないな?」
その日は珍しく、湯汲みの衆をシトリンが先導して連れてきた。
最近は男衆も仕事にやり甲斐を感じているようで、監督役に連れられていなくても、湯汲みの仕事をしっかりやってくれるようになっていた。
それなのに、今日は雇い主であるシトリンが居る。それどころか、初顔の男達が大勢連れて来られている。
単純に売れ行きが良くて、人員を増やしたのかと思ったら、どうも様子がおかしい。
初顔の者は皆、ラヴァリンには居ない類の黒い肌をしている。いつもの男衆だって、木の一本も生えていない山を行き来しているから、日焼けして黒々とした肌をしているが、そういう話ではなく生き物としての差というか、生まれつきの色が違うというかそういう黒さだ。
服装も何やら、ラヴァリン国民とは違う風儀に見える。人間の文化にあまり明るくない赤竜でも分かる程度には、異国の装束に見える。
赤竜が疑問に思っていると、シトリンが微笑を湛えて答え始めた。
「はい、本日はアルタリア王国第二王女にしてわたくしの友人、ソラヤ・アル・カマルの命を受けて参った者達を連れて参りました」
シトリンが軽く礼をすると、アルタリアの衆がピタリと揃った動きで礼をして、頭を上げた後も背筋を伸ばし、微動だにしない。
比べるのは悪い気がするが、シトリンが使っている寄せ集めの男衆とは違う、統率された組織の人間である事が窺い知れる。
「ほぅ、王女の命か。なるほど、王女の配下だけあって統率の取れた者達であるな」
赤竜は、素直に感心して褒めたのだが、ラヴァリンの男衆は実質シトリン専属になっているから配下と言えなくもなく、自分達を下げられたように感じた何人かは、少しだけ眉根をひそめた。
「はい、アルタリアはラヴァリンから遠く離れていますが、とても豊かでございますから、その財力を活かして、王女付きの召使いを送ってきたという次第でございます」
ソラヤがアルタリアに温泉水を持ち帰った後、シトリンの狙い通りに温泉水の噂はアルタリア王宮に知れ渡った。
それから数日のうちに、ラヴァリンから温泉水を輸入しようという話になり、そのさらに数日後には外務省の役人が召使いを連れてラヴァリンに向けて発ち、到着した翌日にはこうして湯汲みをしに来た。
まずは書状を………という手続きも煩わしかったようで、直接役人を送ってくる程の熱意がアルタリアでは湧き上がっていたのである。
それに即日対応したラヴァリンも早いが、それ以上にアルタリアの決定と執行の速さには驚かされる。
ラヴァリンの温泉事業は、シトリンの独断で進められるようになっているが、アルタリアは国務を司るお歴々を通しているはずで、その癖、この早さで実行に移したのだから、アルタリアにおける温泉水の評判がうかがい知れる。
「そのような次第でございますので、アルタリアの衆にも湯汲みをする許可をいただきたく存じます」
シトリンは恭しく頭を下げ、アルタリアの衆が続いて素早く礼の姿勢を取る。ラヴァリンの男衆は、自分達だけが頭を下げていない事に気付いて、慌てて礼をした。
この光景だけを見たら、アルタリア召使いの方が、よほどシトリンの従者らしく見える。
「わざわざ許可を取らずとも、いくらでも人員は増やして構わぬよ。王女が毎度来るのも大変であろうから、あの者共に伝言させればそれでよかろう。そちらも忙しいであろう」
赤竜は、今後更に増えるであろう、湯汲みの者を増やす許可を取りに王女が頻繁に訪れるのも大変だろうし、ラヴァリンの男衆はどうせ来るのだから、彼らに伝えさせればいいと思ったのだ。
それに、誰がこの湯を汲もうが赤竜にはどうでもいい事だし、人が歩いて運べる量などたかが知れているから、好きなだけ持っていけという所である。
「ありがとうございます。皆様、竜神様のご承服が得られましたので、後はご自由に湯汲みをしてくださいませ」
シトリンは赤竜に礼を言ってから、アルタリアの衆に呼びかけた。すると、彼らはシトリンと赤竜にそれぞれ礼を述べてから、作業に取りかかった。
その作業の手早い事手早い事。手慣れているはずのラヴァリンの男衆より、ずっとスムーズな動きで、手際良く湯を汲み取っていく。
先達として、あいつらに仕事を教えてやろうと、先輩風を吹かせていたのに、そんな気持ちはあっという間に砕かれた。
(いつもの男衆も面白いが、これだけ見事な仕事ぶりも、なかなか面白いものじゃ)
一方赤竜は、いつもの者達とはまるで違う手付きに感心しつつ、それを面白いと思った。
同じ作業をしているのに、同じ作業に見えない程見事な動き。
赤竜は、また日々楽しみが増えたと心を明るくさせていた。
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「おうザック、おめえもここに来てたのか」 ラヴァリン王国、場末の酒場竜山亭にて。
男衆の中で一番若いザックが一杯やっていると、男衆の中で一番年嵩の男・ハグノスが後から入ってきて、ザックに声を掛けた。
背は低いが、手も足も太く、肩幅も広い。腕力だけなら、男衆の中で一番。トレードマークのバンダナと蓄えた無精髭の間から覗く両目は、ギロリと悪人面の眼光を放っている。顔ほどは悪い男ではないが、ガラの悪さは滲み出ている。
彼らの行く店、もとい行ける店など高が知れていて、同僚とバッティングするのはよくある事だった。
「ハグノス|兄ぃ、昼ぶりでやすね」
「『ぶり』ってほどでもねえや。半日と経ってねえよ」
こういう会話の後、彼らは決まってガハハと馬鹿笑いをするのだが、この日のザックは違った。
浮かない顔で、笑顔の一つも見せない。
「なんだザック、元気ねえじゃねえか」
ハグノスはそう言いながら、ザックが陣取っている席の隣に座った。
上も下も無い、寄せ集めの男衆であるが、年長者として若者を導こうという気持ちくらいはある。実際に導けるかは別として。
「ハグノス|兄ぃも見ただろ?アルタリアの奴らの仕事っぷりをよ」
ザックが言うのは、温泉水輸入のために、アルタリア王国から派遣されてきた、ソラヤ王女の臣下達の仕事ぶりの事である。
彼らは初めて湯汲みの仕事をしたのに、自分達よりずっと早く済ませたし、担ぐ荷の量も自分達より多かった。
その光景は『俺達は王女様から仕事を貰ってるんだ』と言う事実によって湧いた自信を砕くには充分過ぎた。特に、向上心のあるザックには|覿面に効いてしまった。
「あんなもん見ちまったら、自分が情けなくってしょうがねえ。シトリン姫殿下は国を立て直そうとしてるのによ、それのお手伝いをしてるオイラは力不足なんだって、見せつけられちまったんだ」
温泉事業がどうなっているか、会計などはまるで分からないが、聞こえてくる評判は上々。今まで、日銭稼ぎのゴロツキ程度にしか思われていなかった男衆が、御国の役に立てているという喜びが、彼らを奮い立たせていたのだ。
しかし、アルタリアの衆との力量差を目の当たりにして、ザックはすっかり自信を無くしてしまった。
「オイラ達じゃなけりゃ、もっと順調だったかもと思うと、申し訳ねえ気持ちまで湧いてきちまってよぉ……」
ザックの声色は、どんどん力を無くしていく。まるでらしくも無い姿だが、それをからかったり馬鹿にしたりする事を、ハグノスはしなかった。
ザックの想いは正直、分からぬでもないのだから。
「気持ちは分かるけどよ、愚痴ったって始まらねえぜ?」
ハグノスとて、自分達がアルタリアの衆より劣っている事は理解している。賃金の良い仕事が有能な者に取られていくのを、何年も目の当たりにしているのだから、痛いほどによく分かっている。
それでも、何もせずに腐ってしまうよりはと、出来ることを続ける道を選んでいる。
「姫様は俺達が働いてる事より、俺達が居なくなっちまう方が、よっぽど困るはずだぜ。あんな腕っこきの連中を集めようと思ったら、今の倍、金を出したって足りゃあしねえだろ。だから俺達がやるしかねえんだよ、落ち込んでねえで、さっさと背筋を伸ばしやがれ」
ハグノスはそう言って、項垂れているザックの背中を大きな手でバチンと叩いた。
「ぐへっ!」
ドスンと鈍い音がして、店内一同の視線が二人に注がれる。
ハグノスの剛腕から繰り出された打撃であるから、当然に重い。しかも、頑丈の身体を持ったザック相手だから、まるで加減していない。
しかし、ハグノスは無闇にザックを傷つけようとして叩いたのでは無い。
自分達のような人間には、コレが特効薬だと分かっているし、弁の立たない自分が言葉で言って聞かせるより、一発食らわせてやった方が、よほど伝わる事が多いと知っている。
「ケンカは勘弁しておくれよ。どうしてもって場合は、外でやりなよ」
音に反応して、二人に目を向けた竜山亭の女将が、カウンター越しに呆れたように言った
息もつけぬ様子で悶絶するザックと、目に怒気を滾らせたハグノスの様子を見た女将は、ケンカを始めた物と思ったらしい。
それに答えたのは、酸欠状態で顔を真っ赤にしたザックだ。
「ケ……ケンカじゃねえから……心配しねえでくれ……」
続いてハグノスが「そうだぜ、コイツが腑抜けてやがるから、喝を入れてやったんだ」と言うと、女将はとりあえず納得した様子。
だが、中年女性の常で、何があってこのような事に至ったのかは気になるので、ザックが息を整えるまで待ち、落ち着いたのを見計らって事情を聞いた。
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「なるほどねぇ。急に落ち込んだと思ったら、そんな事があったのかい」
女将は、ザックから話を聞き終わると、ふぅと小さなため息を吐いた。
王女様に頼まれた仕事をするというだけで、相当な気苦労があるだろうという事は想像に難くないし、その上他国の者達との、実力の差を見せつけられ、自尊心を折られたとなれば、ザックのような手合いは簡単に落ち込むだろう。
ハグノスとて、男らしさが服を着て歩いているような男だから、負けたと感じた時の悔しさは人一倍だろう。今はザックの手前、虚勢を張っているだけにすぎないはずだ。
女将としては、常連が元気を無くしている様を見るのは辛いし、ザックが今の仕事を辞めたら、シトリン姫殿下が困るという話だから尚更捨て置けない。
正直な所を言うと、ザックの稼ぎが減ったら、その分店の売り上げ減ってしまうという打算的思惑も無いではないが、これは心の中で思うに留め、口には出さないでおいた。
しかし、ハグノスの一撃で多少はマシになったとはいえ、ザックの表情には、まだ影が残っている。
このままザックが仕事を辞め、シトリン姫殿下に迷惑がかかり、あまつさえ温泉水が流通しなくなったら………などと考えていたら、だんだんと腹が立ってきた。
王女様から直々に仕事を貰っているんだと威張っていたかと思えば、勝手にショックを受けて勝手に落ち込んでいる。
竜を恐れて元気を無くしていた時は、それは仕方が無いと同情したが、この件の相手は人間だ。
努力でなんとか出来る範疇のはずで、そう思うと一度力の差を見せられただけで弱気になるだなんて、ますます腹が立ってくる。
頭の中で、考えだけがどんどん先走り、ついには爆発した。
「バカ野郎!」
頭に上った血が、大声となって口から飛び出した。
元々声が大きい女将の、最大音量の一声である。
店全体が揺れる振動が起き、真正面で受けたザックとハグノスは座っている椅子ごと後ろにズレた。
「ウジウジしてんじゃないよ!負けたと思ったのなら、二倍も三倍も働いて見返すんだよ!疲れたって怪我したって、あんたらには竜神様の加護があるんだから、すぐに治して働きゃいいんだ!」
「お……おう………」
女将がとんでもない剣幕でまくし立てる物だから、反論も何も出来たものではなく、返答をするだけで精一杯。
というか、強すぎる語気はともかくとして、言っている事自体は理に適っているから反論出来ない。
反論する事は、温泉の効能の否定になるわけで、もっと言うと温泉事業そのものの否定になってしまう。
ひいては、シトリン姫殿下の行動を否定するという事になりかねない。
『竜神様の加護』という言葉に関しては、少々引っかる所が無いでもないが。
「あんたらは王女様から、直々にお仕事を任されてんだろ?国を支える大事なお仕事を!だったら、勝手に挫けてる場合じゃないんだよ!」
ハグノスと女将に気合を入れられ、ザックの心底にある、元来の負けず嫌い精神がムクムクと湧き上がる。
そうだ。姫様が選んでくれたのはオイラ達なんだ、使えねえと思っててもクビに出来ねえ事情があるなら、使えねえと思う理由を潰せばいい。
使えねえと思う理由を潰すためには、オイラ達が沢山働けばいい。それこそ、アルタリアの衆を圧倒するくらいに働けば、使える存在になれると証明出来るなどと思いを巡らせ、俄然やる気が出てきた。
「ようし、やってやろうじゃねえか!アルタリアの奴らに負けっぱはしじゃ癪だしな!やってやろうじゃねえか!」
ザックは立ち上がって、ゴツい拳を気合いとともに天高く突き上げた。
「おう、その意気だぜ」
「そうと決まれば、たくさん食べて力をつけな!」
………三人は勝手に盛り上がっているが、アルタリアの衆は別に相手を負かしてやろうだとか、競争をしようだとかは考えていない。ただただ自分の仕事をしていただけである。
自分達の預かり知らぬ所で対抗心を燃やされ、あまつさえ勝負を挑まれている事に、彼らが気付く術は無かった。




