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おいでませ竜神の湯 〜辺境王国の観光立国史〜  作者: フユめん


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観光登山計画(3)

 シトリンの姿を見るや否や、座っていた者は立ち上がり、立ち歩いていた者は席まで慌てて戻り、深さや体勢がバラバラの統一感が無い礼をして、その姿勢で凍りついた。


 あまりにも騒がしい宴席になっていたので、誰もシトリンが入室したことに気が付かなかった 。彼らからしてみれば、唐突にお姫様が降って湧いたようなものだから、その驚きたるや相当な物であった。


「そう硬くならないでくださいまし。頭を上げて、お座りになってくださいな」


 シトリンは、優しく微笑みかけながら、手振りで男衆に再び座るよう促した。


 命じられたら、その通りにするしか無い。


 男衆は、おそるおそるといった様子で席についた。酒が回りきった赤ら顔だが、ひとまずシャキッと居住まいを正した。


「本日はわたくしのためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。皆様のお働きのおかげで、事業は軌道に乗りつつあります。まとこに、祝着至極に存じます」


 シトリンは、流れるような朗々とした口上を述べた。実に気品のある仕草で、胸のあたりに手を添え、腰を折り曲げて、丁寧に感謝の意を表した。


 ………のだが、男衆としては、侍従が言っていた『姫殿下から語られる要件』がいつ始まるのかと、気が気でない。


 給金が増えるのかと妄想していた者も、それにしては物々しすぎると不安になり始めている。


 シトリンは、もったいつけている訳ではないが、一拍の間を置いてから続けた。


「本日お集まりいただきましたのは、皆様にお願いがあっての事でございます」


(そらみろ、やっぱりだ)


 シトリンが要件に触れ始めると、ザックはいよいよ解雇を告げられるのだと確信した。


 向こうから、これ以上頼む事など『仕事を辞めてくれ』以外あり得るようには思えなかった。


「近々、グレンヴァル山への観光登山を始めようと計画しています。しかし、それを誰にするかそれが問題なのです」


(んん?)


 ザックは思いもよらない展開に、頭を混乱させた。


 他の者達も、何を言われているのか今ひとつ理解出来ず、周りの者と目を合わせて疑問符を飛ばし合っている。


「皆様のような、屈強な方々。これは登山くらい出来て当然と、世間では思われるでしょう。わたくしのような、身分の高い者。これも、ポーターや護衛を付けて楽に登ったと言われるのが関の山でしょう」


 男衆は、まだ話の筋が掴めない。全員が首を傾げながら、姫君のお言葉に耳を傾けている。


「観光であるのなら、誰でも簡単に登れる事を示さなくてはなりません。だから、無位無冠の普通の方を選出したいのです。そこで皆様にお聞きします、そのような方に心当たりは無いでしょうか?」


 シトリンが言い終わって数秒後、男衆はようやく話を飲み込んだ。飲み込んだのだが、この状況でホイとアイデアが浮かぶものでもない。


 それぞれに、近くの者と小声で相談を始めた。


「普通の人って事は、そこらの母カァとかって事か?」


「そんな事急に言われてもよ……なぁ?」


 話が急に事もあるし、酒が回った頭では余計に考えられない。


 そんな中、気詰まりな空気を破ったのは、男衆の中でも一番若いザックであった。


「おっ……女将っ!竜山亭の女将なんてどうですかね!?」


 ザックは、他の者よりは酩酊していなかったし、今日の要件がお役御免の言い渡しでないと分かったおかげで、いくらか冷静であった。


 そんな彼の頭に浮かんだのは、自分が赤竜の事で愚痴をこぼした時、彼の手を取り、励まし……、励まそうとして握った手が、あまりにも艷やかだったので羨ましがった、竜山亭の女将の姿であった。


 シトリンは、竜山亭を知らなかったが、知らないという事は、それだけ大衆的な店であるとも考えられる。シトリンは、興味を惹かれ、詳細を聞こうと尋ねた。


「わたくし不勉強ながら、その店、その店の御店主様について存じません。推挙した理由も含めて、詳しく聞かせていただけますか?」


「へ……へいっ」


 ザックが、女将の人となりや、先日の出来事などを、出来るだけ詳しく語って聞かせた。


 それに反応したのは、シトリンではなく、他の男衆であった。


「そういうのでいいなら、俺も心当たりがあるぜ」


 一番年嵩の男がそう言うと、それに続いて我も我もと意見が出てきた。


 自分だけでは考えがまとまらなくても、例題があると、思考が進むというのはよくある事で、今の彼らはまさにその状態であった。

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