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「地味でつまらない」と婚約破棄された25歳の誕生日。実はその裏で、私に執着する完璧エリート専務の壮大な『私を取り戻す計画』が始まっていた  作者: 久遠翠


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第6話「専務の甘い言葉と、芽生える気持ち」

 プロジェクトが本格的に動き出して一ヶ月が経った頃、蓮専務の私に対する態度が社内で噂されるようになっていた。


「なあ、聞いたか? 専務、最近白石さんのことばっかり気にかけてるよな」

「うん、見てて思う。会議でも、白石さんにだけはやけに優しいし」

「まさかとは思うけど、専務のお気に入りってやつ?」


 そんなひそひそ話が私の耳にも入ってくるようになった。


 噂されていること自体はあまり気分の良いものではない。でも、彼らが言うように、蓮専務が私にだけ特別な態度を取ってくれているのは、なんとなく感じていた。

 例えば、会議で私が発言すると、彼は他の誰よりも真剣な眼差しで私を見つめ、深くうなずいてくれる。

 私が作った資料のどんな小さな工夫も見つけては「ここのデザイン、洗練されていて良いな」と褒めてくれる。

 そして、残業している私に、決まって温かい飲み物を差し入れてくれるのだ。


「あまり、無理はするな。君が倒れたら、このプロジェクトは停滞する」


 そう言う彼の声は、心配してくれているようで、どこか甘く響く。


(そんなこと……。私がいなくても、このプロジェクトは回るのに)


 彼の言葉は少し大げさだ。でも、そうやって私を必要としてくれることが、どうしようもなく嬉しかった。


 ある日の夜、いつものように二人で会議室に残り、プレゼンの準備をしていた時のことだ。

 私がパソコンの画面を見つめて唸っていると、後ろからすっと彼が身を乗り出して私の手元を覗き込んできた。


「どこで詰まっている?」


 すぐ耳元で彼の低い声がした。ふわりと上質な香水の香りがして、心臓がドキリと跳ねた。


「こ、ここのグラフの配置が、どうしてもしっくりこなくて……」


「なるほど。それなら、この二つのデータを統合して一つの円グラフで見せてみてはどうだろう。インパクトが出るはずだ」


 彼はそう言うと、私の肩越しに手を伸ばしマウスを操作した。彼の長い指が私の指先に触れそうになる。その距離の近さに息が止まりそうになった。


(近い、近い……!)


 顔が熱くなって、彼の顔をまともに見ることができない。


「……どうだ?」


「は、はい! すごく、分かりやすくなりました! ありがとうございます!」


 慌ててお礼を言うと、彼はふっと笑みを漏らした。


「君は本当に飲み込みが早いな。教えがいがある」


 そう言って、彼は私の頭をくしゃりと優しく撫でた。


「え……!?」


 突然のことに体が固まる。まるで子供をあやすような、その仕草。でも、その手つきは驚くほど優しくて、慈しむような温かさがあった。


「……他の男に、君の才能を見せたくないな」


 ぽつりと彼がつぶやいた言葉。それはほとんど独り言のようだったが、私の耳にはっきりと届いた。


(他の、男に……?)


 どういう意味だろう。その言葉の真意を測りかねて、私はただ彼の顔を見つめることしかできなかった。

 彼は私の戸惑いを見透かしたように、すぐにいつもの冷静な表情に戻ると、「さて、今日はこれくらいにしておこう。送っていく」と言って立ち上がった。


「い、いえ! そんな、専務に送っていただくなんて……!」


「夜道は危ない。何かあってからでは遅いだろう」


 彼の言葉は、有無を言わせない響きを持っていた。


 結局、私は彼の運転する高級外車で、家の近くまで送ってもらうことになった。

 静かな車内。流れていく夜景。緊張で、何を話していいのか分からない。

 沈黙を破ったのは、彼の方だった。


「白石さんは……、地味だと言われたことがあるか?」


 突然の質問に、私は息をのんだ。翔太くんに言われた言葉が脳裏によみがえる。


「……はい。あります」


 正直に答えると、彼はハンドルを握ったまま、まっすぐ前を向いて言った。


「それを言った人間は、節穴だな」


「え……?」


「君が、地味? 冗談だろう。世界中のどんな花よりも、君は美しく気高い。ただ、それに気づかない人間が多すぎるだけだ」


 それは、まるで愛の告白のようだった。

 信じられなくて、彼の横顔を盗み見る。街の光が彼の整った顔立ちを照らし出していた。その瞳は冗談を言っているようには見えなかった。


(世界中の、どんな花よりも……?)


 そんなこと、言われたのは生まれて初めてだ。

 胸が、きゅっと締め付けられるように痛い。嬉しいのに、切なくて、泣きそうになる。


「私は、君の本当の価値を知っている。だから、もっと自信を持つといい」


「専務……」


「『蓮』でいい。二人きりの時は、そう呼んでくれ」


「れ、ん……さん……」


 名前を呼ぶだけで、恥ずかしくて顔が燃えそうだった。

 彼は満足そうに小さく笑った。


 車が私の家の近くの通りで、静かに停車する。


「ありがとう、ございました。送っていただいて……」


「ああ。また、明日」


 車を降りて、彼の車が見えなくなるまで見送る。

 一人になって、ようやく大きく息を吐いた。


(今の、夢じゃなかったよね……?)


 頭を撫でられたこと。「他の男に見せたくない」という言葉。「世界中のどんな花よりも美しい」という、甘い囁き。

 一つひとつを思い出すだけで、心臓が破裂しそうなくらい高鳴った。

 これは、ただの上司と部下の関係じゃない。

 もう、自分の気持ちに嘘はつけなかった。

 私は、一条蓮さんのことが、好きだ。

 その事実をはっきりと自覚した瞬間、嬉しさと同時に大きな不安が胸に広がった。

 だって、彼は雲の上の人だ。私なんかとは住む世界が違う。

 この気持ちは、決して報われることはないのかもしれない。

 それでも。

 この芽生えてしまった恋心を、私はもう止められそうになかった。

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