聖女クリーニング店と、騎士の独占欲
魔王ザルバドスが、膝のダイヤに押し付けられたマントの「天国の寝心地」に骨抜きにされ、恍惚の表情で魔王城へ帰還してから数日。アルベルト・フォン・レオンハルトの屋敷は、もはや貴族の邸宅としての機能を失い、世界唯一の聖なる特殊クリーニングセンターへと変貌を遂げていた。
「……マユ殿。また届きましたぞ。今度は北の氷河に封印されていた、数千人の怨念を吸い込んだ『絶望を呼ぶ呪いの大鎌』だそうです」
アルベルトは、かつて魔物を一刀両断したその腕で、今は「呪いの大鎌」を丁寧に小脇に抱え、真由の膝にある「黄金台座付きダイヤ」へと近づける。
屋敷の庭には、魔王軍が(なぜか「ワレモノ注意」の札を貼って)送りつけてくる汚れ物が山積みになり、真由は朝から晩まで、膝に冷たい呪いの鉄塊を押し付けられる日々を送っていた。
「もうやだ……。私、いつからこの国の洗濯板になったの……。しかもこのダイヤ、重すぎて膝の皿が割れそうなんだけど……」
真由は、両手で顔を覆い項垂れるように、ソファに深く沈み込んだ。その姿は、異世界の聖女というよりは、繁忙期のクリーニング店の店主そのものである。
すると、それまで軍事機密を扱うような手つきで「呪いの品」を捌いていたアルベルトが、不意に作業の手を止めた。
今日の彼は、いつもの威圧的な甲冑姿ではない。白い上質なリネンシャツの袖を無造作に捲り、緩めた襟元から覗く鎖骨が、かえって彼が「最強の騎士」であることを無言で主張している。
彼が真由の隣に腰を下ろすと、ソファが柔らかく沈み込んだ。鉄の冷たさではない、彼自身の体温と、わずかに衣服が擦れる音が真由の耳に届く。
「……マユ殿。お疲れのようですね」
いつもより、声のトーンが一段低い。その響きが真由の心臓を不自然に跳ねさせる。
「アルベルトさん……? あの、次の洗濯物、まだありますか?」
「……そんなものは、どうでもいい」
アルベルトは、真由の細い指先をそっと、壊れやすい硝子細工に触れるような手つきで包み込んだ。剣ダコのある逞しい掌は驚くほど熱く、真由の手を完全に覆い隠してしまう。
「私は……、後悔しているのかもしれません。貴女のその……ポリエステルという名の聖なる輝きを、世界に知らしめてしまったことを。今や、魔王までもが貴女の力を求め、セドリックは貴女のウエストのゴムの伸縮理論に命を懸けている」
アルベルトが真由の方へ体を寄せた。捲り上げられた腕から放たれる圧倒的な熱と、清潔な石鹸の香りが真由を包み込む。
「私は……マユ殿を、誰にも渡したくない。この屋敷を、誰も踏み込めない『鉄壁の密室』に変えてしまいたいほどだ。世界など浄化されなくていい……。ただ、この部屋で、私だけが貴女のその『グレーの安らぎ』を独占していたいのだ」
アルベルトの顔が、ゆっくりと、確実に近づいてくる。
彼の長い睫毛が震え、真由を射抜くような碧眼には、騎士としての理性を焼き切らんとするほどの独占欲が渦巻いていた。
「……マユ殿。貴女のその、異世界の部屋着に包まれた、ありのままの貴女だけを……この腕の中で守り抜きたいと願うのは、罪でしょうか」
真由の心臓が、耳裏で警報のようにドクン、ドクンと跳ねた。
いつもは暑苦しくて、スウェットの毛玉すら拝むようなこの男の、剥き出しの「愛情」。
(……どうしよう。この人、至近距離だと破壊力が凄すぎる。こんなに真剣に見つめられたら、ポリエステルどころか私の理性が100%溶けちゃう……っ)
真由が観念してそっと目を閉じ、二人の唇が触れ合おうとした、まさにその刹那――。
「――おっと、邪魔をしましたかな? 『聖女資源・構造独占禁止法』を制定する必要がありそうですな、団長」
バタン!! と、情緒もへったくれもない勢いで扉が開いた。
立っていたのは、新型の「超音波・分子レベル洗浄魔法」の設計図を掲げ、目を血走らせたセドリックだった。
「セドリック……! 貴公、……なぜだ、なぜ今なんだ!!」
「団長。そんな甘ったるい浄化波動を出してどうするんです。それよりマユ殿、先ほど魔王から『追加のマント(夏用・冷感素材)』と、お礼の『魔界特産・最高級オーガニック洗剤』が届きましたよ」
甘い雰囲気は、一瞬にして新発売の洗剤の匂いと共に霧散した。
「……もう、本当に、やだ。恋愛の神様も一緒に洗濯しちゃったのかな、この世界……」
真由は、沸騰しそうなほど赤くなった顔をスウェットの襟元に深く埋めながら、アルベルトが(涙目で)差し出した「呪い落とし用」のトングを、力なく受け取るのであった。




