禁断の魔改造と、スウェット晩餐会
「心が折れた」という言葉では生ぬるい。セドリック・ヴァレンタインは今、絶望の果てに「魔導師の知識をスウェットの魔改造に注ぎ込む」という、学問的暴挙に手を染めていた。
王宮の地下工房。そこには、重すぎるドレスをようやく脱ぎ捨て、薄いシュミーズ一枚で「早く私の服を返して」と震える真由と、その目の前で究極の解答を完成させたセドリック・ヴァレンタインがいた。
「……マユ殿。見てください、これが私の到達した『構造的解答』です」
セドリックは狂気に満ちた眼差しで、一枚の布を掲げた。
それは、真由が異世界に持ってきた唯一の私物――グレーのスウェット。しかし、そこには真由の知る「1980円の安らぎ」は微塵も残っていなかった。
「……何、それ。私のスウェットが、……重火器みたいになってる!?」
セドリックが解析のために切り取った膝の穴。そこには、王家秘蔵の「巨大な魔力増幅ダイヤモンド」を固定するため、純金製の仰々しいフレームがスウェットの繊維をガッチリと挟み込む形でボルト留めされていた。
さらにウエストのゴム部分には、セドリックが徹夜で編み上げた「魔導回路」を兼ねた銀糸の刺繍がびっしりと施され、裾には「永久持続・全自動浄化結界」の燐光がパチパチと火花を散らしている。もはやそれは刺繍ではなく、布に無理やり重機パーツを合体させたような、狂気的なビジュアルである。
「セドリック、見事だ! 布の柔軟性と、魔石の硬質さの融合! これこそがマユ殿にふさわしい、神の鎧!」
アルベルトが、感動のあまりその「ボルト留めスウェット」を胸に抱き寄せた。
「嫌です、着たくない! そんなの膝に付いてたら、歩くたびにカシャンカシャン鳴るでしょ! しかも私、今それしかないんですか!? シュミーズで晩餐会に出るよりはマシだけど、どっちも地獄!!」
「マユ殿、ご安心を。この黄金の台座には『重量軽減魔法』を付与しました。さあ、今すぐこれに袖を……いえ、脚を通すのです!」
逃げ場のない地下室で、真由は涙を呑んで、その「黄金のパーツ付きスウェット」を履かされた。
そして、王宮晩餐会の会場。
シャンデリアが輝き、最高級のシルクやベルベットに身を包んだ貴族たちが談笑する中、その「異物」は現れた。
入り口の兵士が、上ずった声で告げる。
「……せ、聖女マユ殿、および、騎士団長アルベルト殿、入城!!」
会場が、一瞬で氷ついた。
現れたのは、凛々しくエスコートするアルベルト。そしてその隣で、膝に「黄金のメカパーツに嵌まった巨石」を重々しく輝かせ、歩くたびに『ガシャン……ギィィ……』と金属音を響かせるグレーの綿素材姿の真由だった。
「……な、なんだあの装束は? 下着の上に、庶民の股引き……そこに王家の秘宝をボルト留めしているのか?」
「いや、見ろ! あの膝の輝き……あれこそが、異世界の『高機動型・聖なる儀礼服』に違いない!!」
貴族たちが、恐怖と困惑の入り混じった声を上げる。しかし、真由が耐えかねて一歩足を踏み出した瞬間、会場の空気が物理的に「洗浄」され始めた。
――シュパァァァァァァン!!
魔導改造されたスウェットの「広域浄化モード」が発動。会場に充満する貴族たちのドロドロとした欲望や、魔力で誤魔化していた体臭、さらには「隠し持っていた暗殺用の毒」までもが、瞬時に純白の霧へと変わる。
「ぎゃああっ!? 私の愛用の魔導香水が、石鹸の匂いに上書きされるぅぅ!?」
「ま、魔力が……私の中にあった『横領の罪悪感』が、……根こそぎ洗われて真っ白に……!」
真由が膝のパーツを重そうに揺らして歩くたびに、ダイヤのアンテナから放たれる「浄化の暴風」が貴族たちを直撃する。
彼らが長年かけて着飾ってきた「魔力のメッキ」が剥ぎ取られ、会場には、なぜか風呂上がりのような、清々しい空気だけが漂い始めた。
「……ああ、なんだ。税金を着服してまでドレスを買うなんて、浅ましいことをしていた。私は明日から、質素に暮らします……」
一人の伯爵夫人が、その場に跪いて涙を流した。
「……見たか、マユ殿。貴女が歩くだけで、この国の政治がクリーンになっていく! この聖衣……やはり、世界を救う鍵はこの布地にあるのだ!」
アルベルトが、浄化の余波で肌がピカピカになった顔で豪快に笑う。
(……望んでない。私は、ただの部屋着で、隅っこで唐揚げを食べたかっただけなのに……!)
真由は、膝の黄金パーツから放たれる「浄化ビーム」で次々と貴族を聖人化させていく自らの足を見つめ、もはやこれまでと、ビュッフェのトングを握りしめるのであった。




