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その聖女、魔力ゼロにつき。~騎士団長の一目惚れが斜め上すぎて、異世界が平和になりそうです~  作者: サハラ


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真夜中の浄化無双と、母上の温もり

 

  その夜、王都の裏路地は、ねっとりとした殺意に支配されていた。

 魔王軍四天王の一角、影の暗殺者・デスガルド。彼は闇に溶け込み、自らの気配を極限まで殺しながら、獲物の到来を待っていた。


「ククク……。魔力ゼロの聖女だと? 騎士団長をたぶらかし、国宝を破壊したという詐欺師め。我が闇の刃で、その『虚無』とやらを本物の死に変えてくれよう」

 デスガルドの手元で、魔力を吸い尽くす漆黒の短剣が不気味に脈動する。


  一方、そんな殺気に満ちた視線など露知らず、真由はアルベルトに連れられ、王宮からの帰り道を歩いていた。

 当然、アルベルトの腕の中には、もはや彼の体の一部と化した「例のスウェット」が、大事そうに抱えられている。


「マユ殿、夜風は冷え込みます。さあ、私の外套をお使いください。貴女のその……華奢な肩が震えているのを見るだけで、私の心臓は千々に引き裂かれる思いだ」


「あ、大丈夫です。動いてるんで。……っていうか、アルベルトさん、その……抱えてる私の服。そろそろ本当に洗いたいんですけど。セドリックさんも無理だって言ってたし、もう洗濯板でゴシゴシやっちゃダメですか?」


「滅相もない! あの繊細かつ無機質な細糸の構造を、粗野な木の板で傷つけるなど……! 私は明日、隣国の水龍の聖域まで飛び、究極の純水を手に入れてくるつもりだ!」


(……洗濯のために国境を越えないでほしい。あと、自分で持つって言ってるのに、なんであんなに大事そうに小脇に抱えてるの、この人)


 真由が深い溜息をつき、異世界の夜空を仰いだその瞬間だった。


「――死ね、聖女! 『極夜の魔弾』!!」


 頭上の屋根から、デスガルドが放った必殺の闇が降り注いだ。

 それは触れた者の精神を腐食させ、心臓を止める、禍々しい呪詛の塊。着弾すれば、路地裏一帯が腐敗した沼へと変わるはずの禁忌魔法だ。


「ひいっ!?」


 真由が悲鳴を上げて身を縮めた、その刹那。


「マユ殿に、……何という不敬を!!」


 アルベルトの碧眼が、月光を反射して獣のようにギラリと輝いた。

 彼は真由を守るように一歩前に踏み出すと、腰の聖剣を抜く間もなく、反射的にスウェットを、飛来する魔弾に向かってバサァッ!と天高く広げたのだ。


「えっ、ちょっ、私の服を盾にしないで! 伸びるから!!」


 ――キィィィィィィィン!!


 闇の塊が、スウェットに触れた瞬間。

 あの大罪の吸魔石の時を遥かに凌駕する、耳を刺すような高周波が夜の静寂を切り裂いた。

 デスガルドが放ったドロドロの呪詛が、真由が着ていたことで「浄化フィルター成分」が残留している布の繊維を通過した瞬間――。

 一切の不純物をろ過され、不気味な黒が瞬時に「純白の聖光」へと強制変換された。


「……なっ!? 我が闇の奥義が、……ただの股引きのような布きれに吸い取られただと!? バカな、中和ですらない、これは……『洗浄』されているというのか!?」


 驚愕で身を乗り出すデスガルド。だが、本当の地獄はここからだった。

 アルベルトが、布の両端を力強く掴んだまま、自らの膨大な魔力をその繊維へと一気に叩き込んだ。


「失せろ、不浄なる者め! マユ殿の御衣を汚した罪、万死に値する!!」


 アルベルトの「浄化・精製」された超高密度の魔力が、布というフィルターを介して、デスガルドめがけて放射される。

 放たれたのは、街を破壊する衝撃波ではない。

 それは、視覚すらも白く塗り潰すほどに清らかで、あまりにも温かい、「究極の慈愛の光」だった。


 ドゴォォォォォン!! という爆発音の代わりに、シュゥゥゥ……パチパチ……と、まるで炭酸水が弾けるような、あるいは頑固な汚れが落ちるような爽やかな音が周囲を満たす。

 光に飲み込まれたデスガルドは、全身を襲うあまりの心地よさに、持っていた短剣をポロリと落とした。


「……あ、ああ……。なんだ、この感覚は……」


 彼の脳裏に、失われたはずの幼き日の記憶が奔流となって押し寄せる。

 ――泥だらけで帰った放課後。夕暮れ時の台所の匂い。そして、優しく笑う母が差し出してくれた、太陽の匂いがする大きなタオル。


「……温かい。……まるで、母上が……この布のように少し毛羽立った、柔らかな布で私を包んでくれた時のような……」


 デスガルドの目から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。

 彼の心にこびりついていた復讐心、殺意、魔王への忠誠心。その全てが、真由の残留思念(というか生活臭)の混じった浄化の光によって、繊維の奥まで綺麗さっぱり「お洗濯」されてしまったのである。


「……私は、何をしていたんだ。……争いなんて、悲しいだけなのに。ああ、世界はこんなにも、……石鹸の匂いがするように清らかなのに……」


 最強の暗殺者は、その場に膝をつき、憑き物が落ちたような清々しい笑顔で天を仰いだ。


「……見たか、マユ殿。貴女の慈悲は、これほどまでに邪悪な魂すらも一瞬で洗い上げる。この聖衣……やはり、世界を救う鍵はこの布地にあるのだ!」


(……いや、ただの生活臭で戦意喪失させただけじゃない!? っていうか、私の服が完全に『放射性の浄化兵器』扱いされてる!!)


 真由は、力なくその場に座り込んだ。

 アルベルトは、魔力が精製された影響でさらに血色が良くなり、満足げにスウェットを整え直している。






 ―――翌朝。王立魔導研究所のセドリックのもとには、以下のものが届けられた。

 1. 「光り輝く笑顔で、近所のゴミ拾いから始めたいと言い出した」元・四天王。

 2. 「もうこの国を出ていきたい」という真由の、魂の抜け殻のような書き置き。


 彼はついに、現実逃避のために新しい眼鏡を買いに行くことを決意するのであった。

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