次元の門と、黄金のポリエステル――究極の二択
最後までお付き合いありがとうございました。
星降る夜の抱擁から一夜明け、アルベルトの屋敷の庭園には、情緒を土足で踏み荒らすような魔力のスパークが飛び交っていた。
庭の中央に鎮座しているのは、セドリックが徹夜で組み上げた巨大な円環状の魔導装置――「次元共鳴門」である。
真由は、昨夜アルベルトにより台座を外され軽くなったスウェットで自分の足の軽さを実感しながら、その禍々しい装置を見上げた。膝にはまだ、黄金の台座が食い込んでいた赤い跡が残っているが、心はそれ以上にざわついていた。
「……完成しました。マユ殿、これが貴女を元の世界、……その『Amaz〇n』と『ファ〇マ』があるという聖域へ帰すための、唯一の鍵です」
セドリックの目は血走り、髪はボサボサだが、その表情には技術者としての狂気的な達成感が漲っていた。真由の隣には、夜の甘い気配を完全に拭い去り、鉄の理性を纏い直したアルベルトが、悲痛なほどに背筋を伸ばして立っている。
「……これ、本当に動くんですか?」
「もちろんです。起動には、この世界で最も純粋な『浄化の結晶』を炉に捧げねばなりません。……すなわち、貴女のそのスウェットです。それを捧げれば門は開き、貴女は帰れる。……しかし」
セドリックは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、残酷な二択を突きつけた。
「もし帰らずに残るというなら、この門は『対価』を求めて暴走し、この屋敷はおろか王都を飲み込むでしょう。それを防ぐには、やはりそのスウェットを炉に投じ、門を『永久封印』するエネルギーに変えるしかない。……どちらを選んでも、貴女がその『安らぎ』を纏っていられるのは、今この瞬間までです」
沈黙が場を支配する。帰るための「鍵」にするか、留まるための「封印の楔」にするか。
隣に立つアルベルトは、拳を白くなるまで握りしめ、悲痛な表情で真由を見つめていた。彼は真由の自由を尊重し、あえて「残れ」とは言わずに、彼女の決断を待っている。
真由は、次元の門へと一歩踏み出した。円環の向こう側に、一瞬だけ、見慣れたコンビニの明るい光が幻のように揺らめく。
だが、真由は足を止めた。背後で見守るアルベルトの、張り詰めたような熱い視線。
「……アルベルトさん」
真由はくるりと振り返り、驚愕に目を見開くアルベルトの元へ駆け寄った。彼女は彼の首に腕を回し、その高い体温に顔を埋める。
「……私、決めたよ。私、やっぱり……あの肩の凝るドレスは、一生好きになれそうにない」
アルベルトの体が、絶望に凍りついたように硬直する。だが、真由は彼の耳元で、最高に愛おしそうに囁いた。
「でも、貴方のいない世界で、一人でスウェットを着て寝るのは、……もっと、肩が凝りそうな気がするから。……心細くて、眠れなくなっちゃうと思うから」
「マユ、殿……っ!? 貴女は、まさか……」
「セドリックさん! これ、約束通り燃料にして! ――帰るためじゃなくて、この世界で生きていくための、『お賽銭』だよ!」
真由は、迷いなくスウェットの上着を脱ぎ捨て、それを咆哮を上げる炉へと投げ入れた。
アルベルトが悲鳴のような声を上げ、咄嗟に自分の上質なリネンシャツを脱いで彼女の肩を覆う。その腕の中で、黄金の炎となって燃え上がるスウェットを真由は見つめた。
ゴォォォォォ!!
最強の浄化エネルギーが炉を満たし、開きかけていた次元の裂け目を力技で押し潰していく。
「……あーあ。私の相棒、燃えちゃった」
真由はアルベルトのリネンシャツにくるまりながら、少しだけ寂しそうに笑った。アルベルトは、彼女が自分を選んだという事実を噛みしめるように、折れんばかりの力で真由を抱きしめる。
「マユ殿……マユ!! 貴女の安らぎは、私の命を賭して守り抜く。このシャツよりも、どんなシルクよりも温かな日々を、必ず貴女に……!」
「期待してるよ、アルベルトさん。……その代わり、寝る時用の予備のスウェット……、セドリックさんに開発させるから、予算出してよね!」
「――ああ……っ! もちろんだ!!マユ!! マユ!!」
アルベルトが、魂を叫ぶような咆哮と共に真由を抱き上げ、何度も、何度もその名を呼んだ。
次元の門は、最後の浄化エネルギーを使い果たすと、名残惜しそうに星屑のような光を散らしながら、静かに霧散していった。
「……さあ、アルベルトさん。まずは温かいお茶を淹れて? ドレスに着替える前に、二人でゆっくり休みたいの」
「ははは! 仰せのままに、我が人生の光、愛しきマユ殿! 貴女の安らぎのためなら、私は神にさえ立ち向かおう!」
朝陽が昇り、二人の長い影を一つに結ぶ。
そこにはもう、「スウェットを着た聖女」はいない。
いるのは、騎士のシャツを羽織り、愛する男の腕の中で悪戯っぽく笑う、一人の幸福な女性だった。
本編はこれにて完結です。明日以降は番外編四話を順次投稿予定です(*´ ω`*)
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