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その聖女、魔力ゼロにつき。~騎士団長の一目惚れが斜め上すぎて、異世界が平和になりそうです~  作者: サハラ


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スウェットの聖衣と、跪く白銀の騎士

楽しんで貰えると嬉しいです。

アイリスフィール聖王国の歴史において、これほどまでに「困惑」と「美形による暴力的な勘違い」が同時に訪れた日はなかった。

 古の儀式によって召喚された『救国の聖女』

 まばゆい光の中から現れたのは、くたびれたグレーのスウェットに身を包み、寝癖のついた髪を雑にまとめた、ひどく疲れ切った様子の娘――佐藤真由さとう まゆであった。


「……魔力測定、終了。数値……ゼロ。反応なし」


 宮廷魔導師セドリックの非情な宣告が、儀式の間を凍りつかせる。


(……え、私、寝る前にコンビニ行こうとしただけなんだけど。帰して。今すぐ布団に帰して……)


 真由が胃の痛みと共に後退りした、その時。

 重厚な金属音を響かせ、一人の騎士が祭壇へと歩み寄った。

 近衛騎士団長、アルベルト・フォン・レオンハルト。プラチナブロンドの髪を無造作に束ね、戦場を幾度も潜り抜けてきた男特有の、精悍で武骨な顔立ちをした男だ。


「団長、近寄らぬ方がいい。それは聖女ではなく、ただの不審者――」


 セドリックの言葉を遮り、アルベルトはその場に深く膝をついた。


膝をついた男を見下ろし、真由は息を呑んだ。

 近くで見れば、その顔は想像以上に雄の気配に満ちていた。

 整ってはいるが、頬のラインは削ぎ落とされたように鋭く、日に焼けた肌が騎士としての研鑽を感じさせる。唇は薄く、普段は滅多に笑わないであろう厳格さを漂わせているが、今はその口元が、見たこともないような法悦に震えていた。


(……うわ、めちゃくちゃ『強そう』な顔。……でも、目が、目が怖い。獲物をロックオンした時の目だこれ)


 そして、あろうことか真由の足元へ手を伸ばすと、ヨレヨレになったスウェットの裾を、厚い手のひらで恭しく掬い上げたのだ。


(……待って。それ、昨日お風呂上がりに履いてから一歩も外に出てないやつ。膝の形にボコッて出てるし、なんならちょっとゴム伸びてるから! 掲げないで!)


 真由の悲鳴(心の声)をよそに、アルベルトはその裾に、誓いの接吻を落とさんばかりに顔を近づける。高い鼻梁が、グレーの綿生地のシワに触れんばかりだ。


「……見つけた。我が魂の片割れ。この無垢なる装い……これこそが、世俗の虚飾を捨て去り、真理のみを追求せんとする『究極の法衣』。なんと、なんと神々しい……!」


「……は?」


 真由の口から、素っ頓狂な声が漏れた。


「アルベルト殿!? 何を血迷って……そいつには魔力がないのだぞ!」


 叫ぶセドリックを、アルベルトは野獣のような鋭い碧眼で一蹴した。


「貴公の目は節穴か。この、あえて膝の形に馴染ませることで動きやすさを確保した機能美あふれる衣が見えぬとは! 無駄を削ぎ落とした者にのみ許される、高潔な姿だ!」


(いや、ただ単に生地が伸びてるだけなんだけど!)


アルベルトの顔が、真由の至近距離まで迫る。精悍な顔立ち、高く通った鼻梁。その迫力に圧され、真由は思わず「ひいっ」と短い悲鳴をあげた。


「お、お名前は……。……救世の御名をお聞かせ願えるだろうか?」


 アルベルトが、まるで壊れ物を扱うような、それでいて執着に満ちた熱い眼差しで問いかける。真由は、警察官に免許証の提示を求められた時のような、切羽詰まった心境で口を開いた。


「……あの、佐藤、真由、です……」


 恐怖のあまり、震える声で名乗った真由に対し、アルベルトは短く、しかし魂に刻み込むように呟いた。


「マユ……。良き名だ。案ずるな。たとえ世界が貴女を否定しようとも、このアルベルトが盾となり、貴女の真実を証明してみせよう」


 真由は恐怖のあまり、思わず彼の肩に「ちょっと落ち着いてください」と触れてしまった。

 その瞬間――。

 ――ふわり。

 真由の指先が触れた瞬間、アルベルトを包む空気が、ほんのわずかに澄み渡った。

 彼自身の魔力が、真由という「浄化フィルター」を通したことで、濁りが消え、研ぎ澄まされた刃のように鋭く精製されたのだ。

 魔力の量こそ変わらないが、アルベルト自身の長年の疲労が、まるで最高級の薬でも飲んだかのようにスッと霧散していく。


「…………っ!?」


 アルベルトは息を呑んだ。体中の細胞が歓喜に震え、視界が恐ろしいほどクリアになる。


(……なんと。私の泥臭い魔力が、マユ殿の手にかかれば、これほどまでに清らかに導かれるというのか……!)


 アルベルトの目には、真由の背後に確かな後光が見えていた。

 一方、周囲には「騎士団長が急に顔を上気させて、くたびれた服の裾を大事そうにつまんでいる」という、狂気じみた光景だけが映っていた。


「皆の者!よく聞け! 聖女様は、私の不徳な魔力を浄化し、導いてくださった! この衣の皺一つ一つに、救済の理が刻まれているのだ!!」


(……終わった。この国、もうダメかもしれない)


 こうして、魔力ゼロ(実質・浄化フィルター)の偽聖女と、重度の勘違いを拗らせた精悍な騎士による、異世界サバイバルが幕を開けたのである。

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