森にて、葉は目を覚ます
ラグスたちに追放されてから、数日。
僕は、ある依頼を受け地図にも載っていないような地方の村にいた。
依頼理由は農作物を荒らす魔物のせいで、村人たちが困っているらしい。
討伐の報酬は、銀貨数枚と昼食付き。……まあ、誰もやりたがらないような地味な依頼だ。
きっかけは、あの夜だった。
追放され、宿を出た帰り道。
森のそばを一人で歩いていたとき風もないのに、枝葉が揺れて、一瞬だけ僕に草木が反応したような気がした。
地面の根が、呼吸でもするみたいに、かすかに動いたような。
……あれは、気のせいだったんだろうか。
でも、もしかしたら。
自分の“祝福”には、まだ何かが隠されているんじゃないか。
そう思った僕は、その感覚を確かめる目的を持って、この依頼を受けた。
「……ここが、“黒梢の小森”か」
鬱蒼と茂る木々。湿った地面。風の音もしない、静かな森。
気を抜けば、何かに呑まれてしまいそうなほどの圧迫感がある。
少しだけ肩に力を入れながら、僕は森の奥へと足を踏み入れた。
すると、すぐに──目の前に討伐対象である《森鼠》が現れた。
体長は子猫くらいで素早く動き回るけれど、単体ならそこまで手強い相手ではない。
僕は、手を前に出し森鼠へ向け祝福を発動させた――《落葉の舞》!
ふわりと、足元の葉が浮かび上がり、森鼠の視界をかすめる。
森鼠は一瞬だけ足を止めたが、すぐに頭を振って葉を振り払い、再び突進してきた。
やっぱり、僕の祝福は……ただの役立たずなのか。
──そのときだった。
枯葉の下。地面の奥深くから、ぐぐっ、と何かが持ち上がるような感覚。
「……えっ……?」
視線を落とすと、地面の下にあった根が、僕の手の動きに呼応したようにわずかに揺れていた。
……今の、偶然か? いや、違う。
もう一度、葉に集中してみる。
──《落葉の舞》!
ふわり、と葉が舞う。
ただそれだけ──のはずなのに。
「……動いてる……?」
土の中の根が、ざわざわと……うごめいている。
僕が何か命令を下したわけじゃない。けど、意識が通じたような……そんな不思議な感覚があった。
まるで、僕が“根を操っている”ような──そんな、ありえない感覚。
森鼠が、再び突っ込んでくる。
もう、考えている時間なんてない。
僕は、地面に手を当てた。
「お願いだ……! 動いてくれ……!」
その瞬間。
──根が、地面を破って飛び出した。
根は森鼠に巻きつき、ぐるぐると締め上げる。
魔物がキィーーッと鋭い声を上げて暴れる。けれど、根の力は思った以上に強く、そのまま宙へと持ち上げその勢いのまま叩きつけ殺した。
……倒した。
僕が、一人で、倒したんだ。
「これが……本当の、“僕の祝福”……?」
今のは、明らかにシスターの説明にはなかった能力だ。
いや、葉を舞わせたことが“きっかけ”にはなった。
けれど、それだけじゃない。
あのとき僕は──“意志”で、根を導いた。
つまり、僕の祝福は──
**“植物全体と繋がる能力”**なんじゃないか……?
僕は立ち上がり、森の中をぐるりと見渡す。
あちこちに生えている木々。
絡まる蔦。落ち葉。根。枝。芽吹いたばかりの草。
それらすべてが、もし──“僕の味方”だったとしたら。
「これなら……ミリアとの約束を、果たせるかもしれない」
小さな声でそう呟いた僕の胸には、確かな熱があった。
まだ知らない力が、目を覚まし始めている。
ずっと“舞わせるだけ”だと笑われた祝福が、ようやく……意味を持ち始めた気がした。