(54)2025年8月25日 無敵と正攻法
◇
前に向かって駆け出す。
駆け出す先は管理者を名乗る女性──全長40メートル級の人型の炎塊。
片手剣──兵士の剣を握り締めながら、俺──神永悠は息を短く吸い込む。
息を短く吸い込みながら、敵の下に向かって駆け出し続ける。
「最初に言っておきます。──アナタじゃ私を倒せません」
そう言って、管理者を名乗る女──敵は右腕を振り上げる。
そして、大きくて太い右腕を俺目掛けて振り下ろした。
「──っ!」
迫り来る敵の巨大な腕。
大きな炎で象られた腕が、ゆっくり確実に俺の下に差し迫る。
敵の攻撃は鈍重だった。
初見でも十分避けられる程度の速度。
それを好機だと思った俺は繰り出す。
──『ジャスト回避』を。
「はぁ……!」
息を吐き出しながら、俺は敵の攻撃を『ジャスト回避』で避ける。
『ジャスト回避』を繰り出しつつ、左方面に跳ぶ。
すると、敵の攻撃が俺の右側を通り過ぎた。
敵の攻撃を完全に避け切る。
その瞬間、自分の身体と敵の動きがスローモーションになった。
『丸ボタンを押し、カウンターラッシュを放て!』の一文が脳を過ぎる。
その一文が脳を過ぎるよりも先に、俺は脳内コントローラを操作し、、『カウンターラッシュ』を放った。
俺は右足で地面を思いっきり蹴り上げる。
『カウンターラッシュ』を繰り出す。
振り下ろされた敵の右腕目掛けて、片手剣を振り下ろす。
振り下ろした片手剣が敵の大きくて太い右腕に当た──らない。
俺が繰り出した斬撃は全て敵の右腕を擦り抜けてしまう。
「──っ!?」
手応えを感じない。
驚愕しながら、俺は敵の方に視線を向ける。
案の定と言うべきか。
敵のHPは一ミリたりとも削れていなかった。
「ちっ……!」
背後に跳び、敵から大きく距離を取る。
敵の間合いから抜け出す。
敵の攻撃が当たらない所まで後退すると、俺は肺の中に詰まっていた生暖かい空気を全て吐き出した。
(どういう事だ……? なんで攻撃が当たらなかったんだ?)
考える。
だが、『そんな暇はないぞ』と言わんばかりに敵は左腕を横凪に振るう。
その瞬間、大樹のように大きくて太い敵の左腕から巨大な火球が放たれた。
「──っ!」
巨大な火球が押し迫る。
球状の火球は超小型太陽のように煌めいていた。
押し迫る敵の火球が空気を焼く。
空気が乾燥する。
喉が渇く。
ヒリヒリした熱が皮膚に刺さり、額に滲んだ汗が地面目掛けて垂れ落ちる。
右足で地面を踏み締める。
片手剣を構え、火球を待ち構える。
火球到達まで残り三秒。
片手剣の鋒を敵の方に向ける。
火球到達まで残り二秒。
選択を終える。
火球到達まで残り一秒。
片手剣を思いっきり振るう。
火球到達まで残り零秒。
俺が持っている片手剣と敵が繰り出した巨大火球。
それらが交差する。
その瞬間、『リフレクトアタック』が発動する。
『リフレクトアタック』が発動し、俺の片手剣が巨大火球を跳ね返す。
跳ね返された火球は真っ直ぐ飛翔すると、敵──全長40メートル級の人型の炎塊に激突し──なかった。
「なぁ!?」
遠くから魔女ルナの声が聞こえてくる。
俺とルナは目視した。
敵の身体を透過する巨大火球の姿を。
敵の身体に激突する事なく、擦り抜けてしまった火球の姿を。
俺達は目撃してしまった。
『無駄ですよ』
クスクス笑いながら、敵──管理者を名乗る女性は俺達を見下ろす。
『幾らアナタが強かろうが、アナタ達では私に勝つ事はできません』
そう言って、敵は右腕を振るう。
すると、敵の右腕から巨大な炎の矢が射出された。
鈍重で避ける事も『リフレクトアタック』する事も余裕な一撃。
再び『リフレクトアタック』を繰り出す事を選択。
差し迫る巨大な炎の矢を俺は片手剣で跳ね返す。
だが、俺が跳ね返した炎の矢は、またしても敵の身体に当たる事なく擦り抜けてしまった。
「アナタの攻撃は私には当たりません。だって、そうなるように『設定』しておきましたから」
クスクス笑いながら、敵は俺を見下ろす。
俺は『ふぅ』と溜息を吐き出すと、疑問の言葉を投げかけた。
「つまり、無敵状態って事か」
『ええ、その理解で大体合っています』
無敵状態。
敵からの攻撃を一切受けない状態。
そんな状態になったと管理者は悪怯れる事なく告げる。
それを聞いて、先ず反感を抱いたのはルナだった。
「はぁ!? 無敵状態って、それチートじゃないですか!? 卑怯ですよ! ズルせずに正々堂々闘ってくださいまし!」
『卑怯でも何でも言ってください。勝てば正義なんですから』
ルナの文句を一蹴すると、管理者を名乗る女性は俺を見下ろし、疑問を呈する。
『で、どうしますか? アナタじゃ私に100パーセント勝てないって事が立証された訳ですが。それでも私とやりますか?』
「やるに決まっているだろ」
そう言って、俺は『ふん』と鼻を鳴らす。
「お前を倒さなきゃ、俺は男に戻れねぇんだ。引く理由が見当たらねぇ」
『勝ち目なんてないというのに?』
「あるぞ」
片手剣を構え直しながら、俺は眉間に皺を寄せる。
そして、敵の方に身体の正面を見せつけながら、事実を淡々と口にした。
「正攻法でお前を倒す方法が一つだけある」
『虚勢ですね、それ』
「虚勢かどうか確かめてみるか」
そう言いつつ、俺は右足で地面を蹴り上げる。
そして、息を短く吐き出すと、敵の方に向かって再び駆け出した。




