(42)2025年8月17日 プレイヤーネーム『ふみ』と上空
◇
扉を開けるまで攻撃は来ないと思い込んでいた。
戦闘は始まらないと思い込んでいた。
その思い込みが俺に牙を剥く。
「ユウさんっ!」
独りでに開いた扉から矢を模った風の塊が射出される。
その攻撃を予想さえしていなかった俺は、ただ突っ立っている事しかできなかった。
「危ないっ!」
そんな油断し切っていた俺の身体をルナの身体が押し倒す。
彼女に押し倒されたお陰で、俺は迫り来る風の塊を避ける事に成功した。
「大丈夫ですか、ユウさん!?」
「あ、ああ……! なんとか助かった……!」
俺の身体の上に覆い被さるルナ。
恐らく余裕なんてないんだろう。
いつもなら『うおおおお! ラッキーすけべきたぁ! この拍子にユウさんの胸を……げへへへ!』と下卑た笑みを浮かべてもおかしくないというのに、ルナはシリアスな雰囲気を保ち続け──
「うおおおお! ラッキーすけべきたぁ! この拍子にユウさんの胸を……げへへへ!」
「たった数秒でシリアスモード崩れ去った!」
「何いちゃついてんねん! まだ危機は終わってないで! しっかりせぇ!」
エリザさんの掛け声が俺とルナの視線を惹きつける。
それと同時に、扉の中から槍を模った風の塊が飛んできた。
脳内ステータス画面から片手剣── 天空の剣を取り出す。
そして、息を短く吸い込むと、扉の向こう側に向かって走り出した。
「……っ!」
槍を模った風の塊が次々に押し寄せる。
それらを避けながら、片手剣で受け流しながら、俺は前へ前へと進み続け、扉の中に足を踏み入れる。
ボス部屋に入った途端、俺が目にしたのは数多の樹木。
そして、風の四天王グリフォ──じゃなかった。
「へへへ、……あ、あなたがプ、プレイヤーネーム、『ユウ』で、ですね」
目元を覆い隠す程に長い黒い前髪。
地面に着いているんじゃないかと思う程に長い黒い後ろ髪。
華奢と言っても過言じゃない身体は十二単のような形をした緑の着物に覆われており、両手には翼を模した双剣のようなものが握られている。
「わ、ワタシは伊藤ふ……じゃなかった、プレイヤーネーム『ふみ』。こ、この世界を壊そうとするあなたを、た、倒すもの……です、ふひぃ」
俺よりも小さい背丈の女性は弱々しい声で敵対宣言を口にすると、翼を模した双剣のようなものを振るった。
その瞬間、発生する突風。
突風は瞬く間に形を変えると、三日月状に変形する。
そして、三日月状に変形した突風は『びゅん』という音を奏でると、俺目掛けて突撃を開始した。
「ちっ……!」
ゲームの中でさえも見た事のない攻撃。
未知の攻撃が俺に向かって射出される。
俺は片手剣── 天空の剣を振るうと、接近する突風を弾き飛ばした。
(くっ……! 重い……!)
掌に強い衝撃が走る。
弾き飛ばされた突風は天井に激突すると、天井を豆腐のように切り裂いた。
「わ、悪く思わないでください。わ、ワタシはこの世界にい、いたいんです。だ、だから、あ、あなたを殺し、……ふひぃ」
弱々しい女性の声が鼓膜を辛うじて刺激する。
彼女──否、敵の声はとても小さかった。
集中して聞かないと聞き逃してしまいそうな程に。
「さ、さあ! わ、ワタシの攻撃で、えと、……し、死んでくださぁい!!」
そう言って、敵は生み出す。
矢を象った無数の突風を。
そして、敵は両手で握っている双剣のようなものを振るうと、矢を象った無数の突風を射出し始めた。
「くぅ……!」
『リフレクトアタック』で迫り来る無数の突風を跳ね返そうと試みる。
だが、タイミングを合わせる事ができなかった所為で、跳ね返す事ができなかった。
矢を象った無数の突風が俺の身体を掠める。
右肩を掠める度、左腕を掠める度、右脇腹を掠める度、左脚を掠める度、HPが少しずつ削れていく。
迫り来る突風を弾き飛ばす度、天空の剣の耐久値が削れていく。
このままじゃ、こっちが先にやられてしまう。
そう思った俺はルナに視線を向ける。
俺の遥か後方。
扉の陰に隠れているルナとエリザさんを目視する。
彼女達は大きな扉を盾にする事で、敵の攻撃から逃れていた。
(よし。ルナ達は大丈夫そうだな)
ルナ達の安否を確認した後、俺は勢い良く息を吸い込む。
肺の中に酸素を詰め込む。
そして、息を短く吐き出すと、地面を思いっきり蹴り上げ、敵の下に向かって走り出した。
「む、むだです……! わ、ワタシは四天王グリフォの力を、つ、使える……! 普通のプレイヤーじゃ、わ、ワタシに勝てない……!」
「ハッキリ喋れよ、目隠し女っ!」
着実に確実に敵との距離を詰めていく。
そんな俺を敵は目視すると、再び風の塊を生み出す。
風の四天王グリフォの力を使う事で、風の塊を無数に生み出す。
無数に生み出した風の塊を俺目掛けて射出し始める。
迫り来る無数の風の塊。
それを俺は避ける、弾く、躱す、受け流す。
ゲームの中では一度も見た事のない攻撃。
それを俺は初見で避ける、弾く、躱す、受け流す。
被弾しないように細心の注意を払いつつ、俺は敵との距離を詰める。
そして、敵の目と鼻の先まで迫ると、天空の剣を振るう。
「い、言ったじゃないですか」
敵の首目掛けて振るった俺の斬撃。
それは敵の身体に当たる事なく、空振ってしまった。
「わ、ワタシはグリフォの力を使えるって」
空を仰ぐ。
遥か上空。
そこにいたのは蝶のような羽根──グリフォの羽根を背に生やした敵の姿だった。
「ふ、ふふ。アナタは飛べない。だ、だから、ワタシに傷一つつけられない」
そう言って、敵は両手で握っている双剣のようなものを振るう。
その瞬間、空から幾多の竜巻──敵の攻撃が残酷無慈悲に降り落ちた。




