(4)2025年8月1日 バグ技と魔王
◇2025年8月1日
「はぁ!? 魔王を倒しに行くぅ!? 何言ってるんですか!?」
赤いフードを被った女性の訴えを無視して、俺は屈伸を四回行う。
「そんな事をしたら、折角完成した『この世界』がパァになります! 楽しいが全然ない、つまらない現実世界に舞い戻ってしまうんですよ!? それでもいいんですか!?」
「このまま何もしなかったら、ゲーマー共に魔王を討伐されちまう」
「いや、だから、そんな人はいませんって! だって、アナタ達はリバクエを1000時間以上遊んだリバクエ愛好者なんですよ!? そんなアナタ達の大好きが詰まった世界を、わざわざ壊そうとする人なんていないさ……」
「あんたはゲーマーって生き物を何も分かっていない。あいつらは後先とか考えず、自分のやりたい事をやりたいようにやるんだよ。だから、今頃、魔王を倒す準備をし始めている筈だ」
「だから、そんな人はアナタ以外に存在……」
「正攻法じゃ遅れを取ってしまう。だから、今回の魔王討伐は少しズルいけど、バグ技を使わせて貰う」
「ちょ、バグとか使わないで下さいよ! そんな事をしたら、『この世界』にどのような悪影響が……」
「大丈夫だ。魔王と戦う時はバグ技使わず、正攻法で挑むから」
「だから、そういう問題じゃ……」
「とう!」
「私の話、聞いてくださーい!」
屈伸四回行った後、近くの木に向かって回避アクション五回行う。
そして、装備している棍棒を真上に投げた後、屈伸一回。
落ちてくる棍棒をキャッチしつつ、木に向かってタックル。
その瞬間、俺の身体が文字通り『木をすり抜けた』。
「あ、待ってくだ……」
(よし……! すり抜けバグ成功……!)
すり抜けバグが発動するや否や、俺は魔王城に向かって一直線に進む。
此処はニシノハテ村近くの森の中。
という事は、全力ダッシュ且つ一直線に走り続けたら、十分で魔王城に到達できる筈だ。
そう思った俺は走る、走る、走り続ける。
木をすり抜け、壁をすり抜け、岩をすり抜け、山をすり抜け、前進するために邪魔なモノ全てをすり抜け、魔王城に向かって走る、走る、走り続ける。
すり抜けバグを活用し、一直線に走り続けた結果、十分足らずで魔王城の麓に辿り着いた。
陸地と魔王城を繋ぐ長い石橋を走り抜ける。
石橋を走り抜けた途端、大きな門と門を守るリザードマン二頭とエンカウントした。
「がうっ!」
俺を見かけるや否や、攻撃を仕掛けるリザードマン二頭。俺はその攻撃を『ジャスト回避』を行う。
『ジャスト回避』を行った瞬間、自分の身体と敵の動きがスローモーションになった。
『丸ボタンを押し、カウンターラッシュを放て!』の一文が脳を過ぎる。
その一文が脳を過ぎるよりも先に、俺は丸ボタンを押し、『カウンターラッシュ』を放った。
槍を持っているリザードマンを無視して、盾と片手剣を持っているリザードマンを棍棒で殴りつける。
頭に二撃、胴に三撃。
合計五撃を叩き込んだにも関わらず、敵を倒し切る事ができなかった。
(やっぱ棍棒じゃ、火力不足か……!)
槍を持っている方のリザードマンが、俺目掛けて突きを放つ。
その攻撃を予め予知していた俺は、すぐさま『リフレクトアタック』──敵の攻撃をタイミングよく丸ボタンで弾く事で発動する技。敵の攻撃を跳ね返す事ができる──を放つ。
敵の体勢が崩れる。
それを眺めながら、俺は棍棒を握り締めると、敵の弱点である頭目掛けて、棍棒を振り下ろした。
「ぎゃうっ!?」
クリティカルヒット。
槍を持っている方のリザードマンが、槍を手放し、両手で頭を押さえる。
俺はすぐさま回避モーションを繰り出すと、リザードマンが手放した槍を拾い、頭の中にあるステータス画面を弄って、棍棒を装備から外し、槍──正式名称『王家の槍』を装備する。
王族の槍を装備した瞬間、片手剣と盾を持ったリザードマンが俺に襲いかかってきた。
再び『ジャスト回避』を繰り出す。
敵の攻撃を避け切り、再び『カウンターラッシュ』を放つ。
棍棒よりも王家の槍の方が、攻撃力も耐久値も高い。
そのお陰で、片手剣を持っている方のリザードマンのHPを削り切る事に成功した。
HPを削り切れた方のリザードマンが黒い煙と化す。
それを見届けると同時に、俺は敵が持っていた片手剣と盾を拾った。
(よし、これで準備完了だ)
まだ生き残っているリザードマン──俺から槍を奪われた方──を無視して、先に進む。
すり抜けバグで魔王城の門を通過した後、魔王がいる最上階目掛けて突き進む。
道中の敵は全部無視。
というか、今の装備で相手していたら、時間をロストしてしまう。
すり抜けバグを使ったのは、時間を節約するためだ。
誰よりも何よりも速く魔王を討伐するためだ。
だから、道中の敵も魔王城に眠るレアアイテムも全部無視。
壁をすり抜け、魔王城に仕掛けられたギミックを全て無視し、城の奥にいる魔王の下に向かって、走る、走る、走る。
すり抜けバグを行使して、十五分が経過した頃。
ようやく俺は魔王の下に辿り着いた。
『よく来たな、ラベリアスの勇者よ』
全長三メートル。
黒い法衣のような衣服に身を包んだ人型の龍──魔王が俺に語りかける。
俺は魔王の前口上を聞き流しながら、人影があるかどうか確かめる。
いない。
人がいた痕跡も見当たらない。
どうやら俺が一番乗りらしい。
俺が『い』の一番に魔王と闘える。
それを理解した瞬間、無意識のうちに心の中でガッツポーズを披露してしまう。
「……だが、貴様程度では我を止められない」
早く魔王と闘いたい。
そう思った俺はムービーをスキップするため、頭の中にあるスタートボタンを押す。
さっさと戦闘に突入しようとする。
だがしかし、幾ら頭の中にあるスタートボタンを押しても、ムービーはスキップできなかった。
「脆弱な貴様人間如きでは、我等魔族を止められない」
試しに他のボタンを押してみる。
先ず丸ボタン。
持っている王家の槍で突きを放つ。
次にバツボタンを押した。
俺の身体がピョンと跳び上がる。
左スティックを押し倒しながら、三角ボタンを押す。
すると、俺の身体が前に向かって駆け出す。
魔王の下に向かい、丸ボタンを押す。
すると、俺が装備している王家の槍が魔王の胴を突き刺した。
「ぬおっ!?」
魔王のHPが少し削られる。
『あ、この世界だとゲームと違って、前口上中に攻撃できるんだ』的な事を思いながら、俺は魔王の顔を一瞥する。
その瞬間、魔王は持っていた刀を振り上げていた。
それを見ながら、『ぬんっ!』と叫びながら刀を振り下ろす魔王を見ながら、『ジャスト回避』を繰り出す。
「我の話を最後まで聞かぬ不届者め……! 良かろう! そんなに死に急ぎたければ、望み通りに殺し……ぐがあっ!」
ジャスト回避後、すぐさま『カウンターラッシュ』を繰り出す。
魔王の額を槍で何度も突き刺す。
クリティカルヒット。
急所を突かれた魔王は三歩後退すると、その場で左膝を着いた。
「おい、魔王」
王家の槍を構え直しながら、俺はスタン状態に陥った魔王に話しかける。
胸の内から湧き上がるワクワクを抑えつけながら、俺は冷静な口調で魔王に宣戦布告を突きつける。
「──悔いが残らないよう、全力で遊び尽くそうぜ。一秒たりとも手抜くんじゃねぇぞ」
そう言って、俺はスタン状態から立ち直った魔王を睨みつける。
魔王は憎々しげに俺を睨みつけると、再び持っている刀を振り上げた。