(2)2025年8月1日 管理者とゴブリン
◇
「はろはろでーす♪ リバクエを1000時間以上プレイしたリバクエ重度プレイヤーの皆さん♪」
赤い衣に身を包み、赤いフードを深々と被っている山よりも大きい女性が俺──いや、俺達に声を掛ける。
女性の体長は千メートルを優に超えていた。
多分、富士山……いや、それ以上に大きいかもしれない。
そんなデッカイ女性を見て、俺はつい目を大きく見開いてしまう。
俺にしか見えていないのだろう。
花子含むニシノハテ村にいる人達は空を仰ぐ事なく、延々と同じ言葉を同じトーン同じ声量で発し続けていた。
「私の名前はアドミニストレータ。『この世界』の管理者であり、公平な審判であり、そして、公正な剪定員。まあ、あれです。『この世界』の神様みたいなモノです♪」
赤いフードを深々と被っている所為で、山よりも大きい女性はどんな顔をしているのか一切分からなかった。
声が若々しいから、多分、老婆じゃないんだろう。
だが、顔が全く見えない所為で、年齢がどれくらいなのか、俺よりも年上なのか俺よりも年下なのか、どんな顔をしているのか、口元しか見えていない所為で、全く分からなかった。
「えー、みなさん、突然の出来事でパニクっていると思いますが、この際だからハッキリ言っておきます♪ みなさんを『その姿』にしたのも、みなさんの世界を『この世界』にしたのも、ぜーんぶ私の仕業です♪ 」
そう言って、富士山よりも圧倒的にデカい女性は俺──いや、俺達を見下ろす。
そして、冷たさみたいなモノを身体から滲ませると、言葉の続きを口にした。
「え? 何で『この世界』にしたのかって? そりゃあ、私がリバクエ──『リバース・クエスト』を心の底から愛しているからです。だから、『この世界』をリバクエ風に改造しちゃいました♪」
リバクエ風に改造した。
それを耳にした途端、俺の心臓がドクンと跳ね上がる。
「ほら、周りを見て下さい。あなた達の周りにある木も山も、そして、街も、何処かで見覚えのあるモノでしょ? リバクエを1000時間もプレイした重度リバクエ厨のあなた達なら分かる筈です。──此処がリバクエの世界だって事くらい」
山よりも圧倒的に大きい女性の声を反芻する。
反芻しながら、周囲を見渡す。
確かに彼女の言う通りだった。
ニシノハテ村を彩る木も、遠くに見える独特な形をした山も、村を形作る家屋も、そして、花子含む人々が着ている衣服も、全てリバクエ──ゲームの世界のモノと瓜二つだった。
「ほら、心の中でステータスオープンって叫んでください♪ そうすれば、アナタ達が普段使っているステータス画面が出てくる筈です♪」
女性に言われた通り、ステータスオープンと心の中で叫ぶ。
すると、頭の中にステータス画面──普段リバクエをプレイする時に酷使しているモノが脳裏に浮かび上がった。
「意識を胸の辺りに集中して下さい。そうすれば、頭の中に浮かび上がってくる筈です。アナタ達が普段使っているコントローラの姿が♪」
女性が言っている通り、胸の辺りに意識を集中させる。
彼女の言う通り、胸の辺りに意識を集中させると、普段使っているコントローラが脳裏を過った。
「ほら、コントローラで身体を動かして見て下さい♪ そしたら、分かる筈ですよ♪ ──此処が現実世界ではなく、『リバクエ』の世界である事を」
山よりも遥かに大きい女性に繋がれるがまま、脳内コントローラを弄り始める。
先ずバツボタンを押した。
すると、俺の身体がピョンと跳び上がる。
左スティックを押し倒しながら、三角ボタンを押す。
すると、俺の身体が前に向かって駆け出す。
丸ボタンを押す。
武器を装備していないので、攻撃できず。
左スティックを押しながら、四角ボタンを押す。
俺の身体が前転する。
Rボタンを押す。
盾を装備していないので、防御できず。
Lボタンを押す。
近くにいた花子の頭上に矢印ボタン──ターゲットマークがつく。
「……おお」
脳内コントローラで身体を動かす。
普段遊んでいるリバクエと同じように、身体を動かす事ができた。
その所為で、ゲーマー魂が刺激される。
まるで漫画やアニメとかでよく見るVRMMOモノみたいだ。
五感全てでゲーム世界を感じる事ができる感覚が、
いつもとは違う一人称視点が、
脳内コントローラで身体を動かす感覚が、
まるでゲームの中にフルダイブしたような感覚が、
今のVR技術じゃ体験できない臨場感、そして、没入感が、俺の中にある数多の疑問を吹き飛ばす。
その所為で、俺は思った。
思ってしまった。
『コレで遊んでみたい』、と。
「………」
『遊んでみたい』という気持ちが、俺の中で膨れ上がる。
この臨場感を、没入感を、心の底から味わいたい。
それが限界寸前まで膨れ上がった瞬間、考えるよりも先に身体が動き出した。
「コレで分かったでしょう? 此処が現実世界ではなく、リバクエ世界である事を」
山よりも遥かに大きい女性が何か言っている。
それを無視して、俺はニシノハテ村の外に出る。
村のすぐ近くにあった森の中に突入する。
「もう此処はアナタ達が慣れ親しんだ現実世界じゃない。アナタ達が愛するリバクエ世界なのです♪」
森の中に入った途端、俺は木の棒を拾った。
頭の中に浮かび上がったステータス画面を用いて、木の棒を装備。
装備した瞬間、木の棒が俺の右掌に吸い付く。
本当に此処は現実世界じゃないのだろう。
幾ら全速力で走っても、息切れ一つ起こす事はなかった。
「え? 何で私がこの世界を作ったのかって? その理由はただ一つ。この世界を作りたいと思ったから。私が愛するリバクエ世界を創造したいと思ったから。つまらない現実世界を私達の好きで埋め尽くしたいと思ったから。それが、この世界を創造した理由です」
全速力で森の中を走り続ける。
すると、ようやく俺は目撃する事ができた。
──モンスターの姿を。
「アナタ達重度リバクエプレイヤーなら分かってくれるでしょう? 私の気持ちを。『この世界』を創りたい。『この世界』で暮らしたい。『この世界』を維持したい。そして、私達にとって理想的な世界で生き続けたい。そんな気持ちを」
リバクエの中で一番弱いと言っても過言じゃないモンスター『ゴブリン』は、棍棒を振り回しながら、『誰か』を襲っていた。
「でも、そんな私達の気持ちを踏み躙ろうとする輩がいるのです」
『誰か』の正体は狐耳をつけた美少女だった。
茶に染まった少し癖のある毛。
幼さが色濃く残る童顔。
二重の目、高い鼻、そして、小さな口は理想的な位置に収まっており、こんな状況下でなければ、つい見惚れてしまいそうな程に美しく可憐なものだった。
「『この世界』を良しとしない、それどころか悪と断じる集団──『魔女』が」
ゴブリンの振るう棍棒を避けようとする狐耳の美少女。
戦闘に慣れていないのか、それとも疲れ果てているのか。
狐耳の美少女は息を切らしながら、迫り来る棍棒を避けようとするも、結局避け切る事ができず、ゴブリンの棍棒を腹部に受けてしまった。
ゴブリンの棍棒が彼女の腹部に叩き込まれる。
その瞬間、狐耳の美少女は痛みに悶える声を発すると、地面に尻を着けてしまった。
「『魔女』という集団は、『この世界』を壊すためにやって来た特異的な力を持つ女性達。黒いとんがり帽子に黒いローブを着た怪しい妖しい女性達です」
黒いローブを身に纏っている狐耳の美少女を一瞥しつつ、俺は木の棒を握り締める。
そして、脳内コントローラで全力ダッシュを繰り出すと、強引かつ横暴に美少女とゴブリンの間に割り込んだ。
「『魔女』達は『この世界』──私が創り上げたばかりのリバクエ世界を壊すため、魔王と四天王を倒そうとしています。魔王達を倒す事で、私達の好きで満ち溢れた『この世界』を破壊しようと企んでいます」
俺を見るや否や、ゴブリンは棍棒を俺目掛けて振るう。
俺は脳内にある丸ボタンをタイミング良く押すと、『リフレクトアタック』を繰り出した。
「がうっ!?」
俺の木の棒とゴブリンの棍棒が交差する。
その瞬間、ゴブリンの棍棒が弾かれ、ゴブリンは右脚を地面から離してしまう。
ゴブリンの体勢を崩した。
それを認識するや否や、俺は丸ボタンを連打。
体勢を整えようとするゴブリン目掛けて、俺は連撃を繰り出す。
「もし。もしも。アナタ達が私と同じ気持ちだったら、……『この世界』──私が創ったリバクエ風世界をを守りたいと思っているのなら、私と共に『魔女』と闘って下さい」
木の棒の連撃程度では、ゴブリンのHPを削り切る事が出来なかった。
ゴブリンは目を真っ赤に充血させると、先程よりもワンテンポ早く攻撃を振るう。
俺はそれを『ジャスト回避』を繰り出す事で躱すと、すぐさま『カウンターラッシュ』を繰り出した。
ゲームと同じように動く俺の身体。
攻撃を躱され、隙だらけになったゴブリンの身体目掛けて、木の棒を何度も何度も叩き込む。
「『魔女』の最終目的は、『この世界』の破壊。その破壊を為すため、魔女は『この世界』にいる魔王と四天王を倒そうと企んでいます」
『木の棒が壊れそうです』という警告文が脳味噌を揺さぶる。
それを予め予期していた俺は、頭の中にある丸ボタンを押す。
脳内丸ボタンを押した瞬間、再び繰り出される『リフレクトアタック』。
『リフレクトアタック』が炸裂し、右手で装備している木の棒が、敵の攻撃を跳ね返す。
その瞬間、装備している木の棒が折れ、ゴブリンの手から棍棒が剥がれ落ちた。
即座にダッシュを繰り出し、すぐさまゴブリンが落とした棍棒を拾う。
そして、頭の中にあるステータス画面を操作し、棍棒を装備した後、丸ボタンを押す。
丸ボタンを押した瞬間、俺の身体は勝手に動き、トドメの一撃をゴブリンの頭──急所目掛けて繰り出した。
「魔王と四天王は一度倒されると、再生されません。その上、魔王と四天王が全て倒されてしまったら、『この世界』は維持できなくなり、崩壊してしまう。そうなった場合、つまらなくて面白みのない現実世界が戻って来てしまいます。だから、お願いです。千時間もリバクエをプレイした重度リバクエプレイヤーの皆さん……! 私と共に魔女と闘って下さい……! もし『この世界』で生き続けたいのなら、『魔女』の魔の手から魔王と四天王を守って下さい……!」
クリーンヒット。
俺が繰り出した渾身の一撃。
それがゴブリンの頭に減り込む。
その瞬間、ゴブリンの身体は黒い煙に覆われると、そのまま息絶えてしまった。
「勿論、『魔女』を倒した人には報酬を差し上げます♪ 『この世界』で使える通貨大量、レアな素材、そして、レアな武器。『魔女』を倒せば倒す程、レアなアイテムゲットし放題♪ どうです、リバクエ重度プレイヤーの皆さん、この提案、乗るしかないでしょう!」
ゴブリンが息絶えた途端、『ゴブリンを倒しました! ゴブリンの爪とゴブリンの皮を入手しました! 20ラピ入手しました!』という文字が、脳を軽く揺さぶる。
どうやら戦闘が終わったようだ。
『いつもプレイしているリバクエよりかは臨場感あったな』みたいな事を思いつつ、振り返る。
振り返ると、地面に尻餅を着ける狐耳の美少女と目が合った。
「さあ、リバクエ重度プレイヤーの皆さん……いえ、私の同士よ! 力を合わせ、『魔女』の手から魔王と四天王を守りましょう! この楽しいで一杯になった『この世界』を守るために!」
山よりも遥かに大きい女性が何か言っている。
その言葉を聞き流しながら、俺は狐耳の美少女を見つめ続ける。
どっかで見た事のある顔だった。
茶に染まった少し癖のある毛も。
幼さが色濃く残る童顔も。
理想的な位置に配置されている二重の目も高い鼻も小さな口も。
そして、こんな状況下でなければ、つい見惚れてしまいそうな程に美しく可憐な顔も。
全部、何処かで見覚えのあるものだった。
「……あ」
山よりも遥かに大きい女性の声を聞き流した途端、俺は思い出す。
この美少女を何処で見たのかを。
黒いローブを羽織っているから、一眼見ただけで気づかなかった。
けど、俺は知っている。
1000時間以上もリバクエをプレイし続けたから、俺は知っている。
──目の前の美少女の正体を。
「アイナ姫……?」
真っ赤に染まっていた空が、いつの間にか真っ青に染まっている事に気づく。
少し冷たい風が周囲の木々の合間を吹き抜け、木の葉が優しげに揺れる。
真っ青に染まった空に相応しい爽やかな風が、俺と美少女──『アイナ姫』の間を吹き抜けた。