(1)2025年8月1日 消えたおち○んちんと異変
◇2025年8月1日
ある日、目が覚めると、我が愛する息子が行方を眩ましていた。
「……へ?」
鈴の音のように美しい声を発しながら、俺──神永悠は上半身を起き上がらせる。
すると、絹のように美しい金髪が俺の視界を微かに掠めた。
「……へ?」
髪の毛に触れる。
艶のある美しい金髪が、癖毛一つない艶のある金髪が、俺の掌を押し返した。
「へ?」
首を傾げつつ、右手の甲を見る。
ゴツゴツしている上に血管も浮き出ていた俺の右手。
毎日のように陽射しを浴びていた所為で、健康的に焼けていた筈の俺の右手。
それが触れたら折れてしまいそうな程に細い手に成り果てていた。
それだけじゃない。
健康的に焼けていた肌も、純白に艶めく透明感溢れる肌に成り代わっていた。
左手も見る。
真夏の太陽によって小麦色に焼けた肌は何処にいったのやら、左手も右手と同様、シミ一つない白い肌と化していた。
いや、右手や左手だけじゃない。
衣服から露出している肌全てが、小麦色から純白に成り果てていた。
「…………へ?」
両手を見た後、胴体部分を見る。
すると、ドンと大きく前に突き出た双丘が俺の視線を『い』の一番に引き寄せた。
白のTシャツ越しでも分かる程に大きく実った肉鞠二つ。
片方だけでも子どもの頭よりも余裕で大きい、お椀型の双丘──『ソレ』がTシャツを押し上げていた。
『ソレ』に両掌を添える。
『ソレ』の大きさは、小さくなった両手では掴みきれない程に大きかった。
「へ?」
シルクのように滑らかでシミ一つない両手が、豊満で形のいい『ソレ』に触れる。
ふにょんと指先が胸についた『ソレ』に沈み込む。
重力に抗うかのように張りつめた『ソレ』は、むにゅっと指先から肉を溢れ出した。
指と指との間に柔かい肉が入り込み、俺の指を包み込む。
童貞である俺が知る筈もない感触。
男である俺にとって一生縁がない筈の感覚。
それらが、俺の背筋を撫で上げる。
胸から生じる感覚に違和感を抱く。
その瞬間、俺の口から小鳥のように可愛らしい声が漏れ出てしまった。
「へ?」
Tシャツを押し上げる『ソレ』を両手の指と指で揉んでみる。
『ソレ』の弾力、そして、柔らかさが俺の細くてしなやかな白い指を押し返した。
指先に合わせて形を柔軟に変え、指に反発する弾力はまさに至高の感触といっても過言ではない。
指の動きに合わせて淫らに歪む『ソレ』は、俺の視線を釘付けにし、未だ寝ぼけている脳に『これは夢じゃないぞ』と訴えかける。
「へ?」
ある程度、『ソレ』を揉み終えた後、今度は両脚の方に視線を向ける。
陸上部で鍛えたお陰で太く逞しくなった俺の両脚。
それが脚線美を描く細足になっていた。
いや、よくよく見ると、細足じゃない。
太腿部分はふっくらと膨らんでおり、男の情欲を煽るかのように程良く肉が付いてる。
モデルでも滅多にいないような、細く、そして、肉感的な太腿がそこにあった。
その内腿を指先でなぞる。
スベスベとした肌触りの良い肌。
そして、俺の指を押し返す弾力。
それらの感触が『これは夢じゃないぞ』と訴えかける。
「………」
股間を覗き込もうとする。
けれど、ドンと前に突き出た『ソレ』の所為で、俺の視界からでは確認が出来なかった。
「………」
細く白くなった両手を恐る恐る股間に伸ばす。
そして、パジャマ越しに股間に触れた。
「……ない」
生まれてから昨日の晩に至るまで、股間についていた我が息子。
その存在が綺麗サッパリ消失していた。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
「……っ!」
慌ててベッドの上から抜け出した俺は、自室の隅に置いてある姿見の方に向かって駆け出す。
そして、姿見に映っている自分の姿を確認する。
そこに映っていたのは、俺じゃなかった。
腰まで伸びた、艶のある美しい絹のような長い金髪。
幼さを仄かに残しながらも、凛とした印象を与える美しい顔。
高くて形が整った鼻。
ビックなハンバーガーなんて食べられないんじゃないかと思うくらい小さな口。
宝石のように煌めく金の瞳。
二重瞼で少しツリ気味の大きな目。
そして、モデルのように小さい顔を支えるスラッとした首。
サイズの合っていない男物のパジャマから華奢な肩と白くて細い二の腕を曝け出し、色白で透明感溢れる素肌を晒しつつ、たわわに実った『ソレ』──乳房を厭らしく揺らしている華奢な体軀の美女。
──俺ではない誰かが鏡の向こうに立っていた。
◇
「父ちゃぁぁああんんんっ! 母ちゃぁぁああんんんんん!」
部屋から飛び出た俺は小鳥のように可愛らしい声を発しながら走る。
一階の寝室で寝ているであろう両親の下に向かって走る。
巨乳と言っても過言じゃない乳房を揺らしながら、俺は両親の下目指して、走る、走る、走る。
「大変だぁ! おティンティンどっか行った!」
両親が寝ている寝室の扉を開け、俺は甲高い声を発する。
その瞬間、ツインベッドの上で咲き誇る二本の樹木が俺に『やぁ』と声を掛けた。
「は?」
父ちゃんと母ちゃんが寝ていたであろうベッドの上。
そこで窓から入ってくる朝日を浴びる樹木を見て、俺はつい戸惑いの声を上げてしまう。
父ちゃんと母ちゃんの姿は何処にも見当たらなかった。
『何で両親の寝室に樹木が生えているんだろう』と思いつつ、俺は寝室から飛び出す。
寝室から飛び出し、リビングに向かう。
案の定と言うべきか。
両親はリビングにもいなかった。
「父ちゃんっ!」
トイレに向かう。
「母ちゃん!」
脱衣所に向かう。
「何処に行ったんだよ!?」
二階建ての家の中を駆け巡る。
何処を探しても、どの部屋を覗いても、父ちゃんと母ちゃんの姿は見当たらなかった。
どうやら外出しているらしい。
「いやいや、こんな朝早くから外出はねぇだろ」
デカい独り言を呟きながら、リビングの壁に掛けられている時計を見る。
時計は『今の時刻? それは朝六時半だぜ♪』と上機嫌に呟いていた。
「……もしかして、まだ夢を見ているのか?」
そう思いながら、俺は右頬を抓る。
軽い痛みが俺の脳を軽く揺さぶった。
「……痛い。という事は、これ、夢じゃなさそうだな」
リビングのテーブルの上。
そこに置いてある母愛用の手鏡を手に取り、手鏡の中を覗き込む。
案の定、そこに映っていたのは俺じゃない『誰か』だった。
「……この顔、どっかで見覚えあるんだよな」
美女に成り果てた己の顔を見つめながら、デカい独り言を呟く。
考えて、考えて、考え続けて。
その結果、俺は思い出した。
この顔を何処で見たのか、を。
「これ、俺が普段『リバクエ』で使っているマイキャラクターの顔じゃん」
◇2025年8月1日
リバクエ。
正式名称は『リバース・クエスト』。
俺が現在進行形でプレイし続けている国民的オープンワールドアクションアドベンチャーゲームの略称。
どんなゲームなのか簡単に言っちゃうと、キャラメイクで創り上げたキャラを使って、ラスボス率いる魔物達と闘うゲームだ。
ジャンルがRPGじゃないので、レベルという概念はなし。
集めた素材や武具でキャラを強化するタイプのゲーム──プレイヤースキル依存のゲームだ。
オンラインで協力プレイも可能だが、基本一人でモンスターやラスボスと闘わなきゃいけないゲーム。
何処に行って何をするのも自由なオープンワールドで遊べるゲーム。
二〇一〇年代最高のゲームとして、ゲーム史上最も多くの賞を獲得した最新の国民的ゲーム。
それがリバクエだ。
ちなみに、俺はこのリバクエというゲームを千時間以上、プレイしている。
「どおりで見覚えがあると思った。これ、俺がキャラメイクした顔じゃん」
第三者視点でゲームするなら、男の尻を見続けるよりも女の尻を見続けた方が圧倒的に楽しい。
そういう理由で一からキャラメイクしたマイキャラクターが、手鏡の中に映っていた。
「うん、間違いねぇ。普段俺が使っているマイキャラの顔だ」
冷や汗を垂れ流しながら、俺は手鏡に映る美少女──リバクエで普段使いしているマイキャラの顔を覗き込む。
今鏡に写っている顔、そして、体型はリバクエを始める時に作ったものだ。
『どうせなら理想の美少女を作ってやろう!』と思い、一週間かけてキャラメイクした記憶が脳裏を掠める。
「……何で俺の顔が……いや、身体がリバクエのキャラになって……うわっ!?」
疑問の言葉を口遊む。
その瞬間、何処からともなく現れた眩い光がリビングだけでなく、俺の視界を真っ白に染め上げた。
視界が眩む。
真っ白に染まった光が俺の身体を包み込む。
その瞬間、纏っているパジャマが弾け飛ぶ音が聞こえてきた。
「なんだ、なんだ!?」
目を凝らす。
右手で目を擦り、眩んだ目を正常な状態に戻そうとする。
すると、俺の身体に布みたいなものが纏わり付いた。
「うおっ!?」
足が床から引き離される。
身体が宙に放り出される。
何が起きた。
そう考えるよりも先に、足が地面に着く。
眩んでいた目が元の状態に戻る。
そして、中世ヨーロッパの街並みを模した光景が唐突に何の前触れもなく眼前に現れた。
「え……? は……?」
さっきまで家のリビングにいた筈の俺の身体は、いつの間にか見慣れぬ場所──閑散とした煉瓦の建物に囲まれた裏路地に辿り着いていた。
恐る恐る周囲を見渡す。
地面を覆う薄汚れた石畳。
外壁に描かれた子どもの落書き。
路地の隅に置かれた植木鉢に放置された木の椅子。
真昼間だというのに、俺以外の人は何処にも見当たらなかった。
「へ? ……は?」
頭が上手く動かない。
さっきから訳の分からない事だらけだ。
消えた我が息子。
女体化した我が身体。
消えた両親。
そして、目の前にて鎮座する中世ヨーロッパ風の街並み。
状況を理解するよりも先に事態が進展する。
状況を把握するよりも先に事態が急転する。
あまり頭がよろしくない俺にとって、この状況は呑み込み辛い……いや、呑み込めない代物だった。
「も、もしかして、俺、異世界に転生したのか?」
素っ頓狂な声を上げながら、首を傾げ──た瞬間、俺は見る。
変わり果てた己の身体を覆う衣服を。
いつの間に着替えたのだろう。
さっきまで男物のパジャマを羽織っていた筈の俺の身体は、花嫁衣装に似て非なるモノを身に纏っていた。
「何じゃこりゃあ!?」
花嫁衣装にしては露出が多過ぎる衣服が、美少女と化した俺の美しい身体を彩る。
胸元は胸の谷間を見せびらかすかのようにはだけているし、袖は萌え袖と呼ばれるモノになってしまっているし、ズボンはスカートみたいなモノに成り果てているのか、股間と太腿周りがスースーしている。
何処からどう見ても、痴女みたいな格好。
そんな格好を自分がしていると思うと、顔の温度が急上昇してしまう。
本当、何が何だか分からなかった。
息子は何処に行ったんだろう。
ていうか、何で俺の身体は女になっているんだ。
両親は何処に消えた。
というか、此処は何処だ。
何で俺はこんな痴女と花嫁を足して二で割ったような格好をしているんだ。
様々な疑問が脳内を駆け巡り、俺の後頭部を絶え間なく殴り続ける。
本当、何が起きているのか分からなかった。
頭の中が破裂しそうだ。
そう思いながら、俺は深い溜息を吐き出す。
溜息を吐き出しながら、とりあえず落ち着こうとする。
すると、表通りの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
(この声は……)
深く考える事なく、俺は表通りに向かって駆け出す。
声の主の下に向かって駆け出す。
裏通りから飛び出し、表通りに辿り着いた瞬間、俺は目にした。
彼女を。
俺の隣に住んでいる幼馴染──桜田花子の姿を。
「は、花子ぉ!」
藁にも縋る勢いで俺は表通りにいる花子の下に駆け寄る。
何でか知らないけど、花子はニコニコしていた。
そんなニコニコ笑顔を見せつける花子の前に辿り着くや否や、俺は彼女に助けを求める。
「は、花子、助けてくれ……! 何でか知らないけど、俺のティンティンが行方を眩まし……」
「ここはニシノハテ村だよ!」
「へ?」
助けを求める俺の声を遮るかのように、花子は声を荒上げる。
「ここはニシノハテ村だよ!」
「は、花子さん……? 俺の話、聞いてる?」
「ここはニシノハテ村だよ!」
「いや、此処がニシノハテ村だって事は分かったんだけどさ。それよりも俺の話を……」
「ここはニシノハテ村だよ!」
同じトーン、同じ声量、そして、同じ言葉。
それらを一字一句違う事なく、花子は言い続ける。
まるでRPG等に出てくるNPC── ノンプレイヤーキャラクターのように。
「もしかして、花子、……それしか話せないのか?」
「ここはニシノハテ村だよ!」
ニコニコ笑いながら、同じトーン、同じ声量、そして、同じ言葉を口から出す花子。
彼女は俺の言葉を肯定も否定もしなかった。
けれど、彼女の口から出る言葉が、彼女の表情が、そして、虚な瞳で虚空を見つめる彼女の目が、俺に訴えかける。
──俺が知っている花子は『此処』にいない事を。
「なんだよ……!?」
長くなった艶のある後髪を振り乱しながら、片乳だけでも子どもの頭よりも大きい乳房を揺らしながら、俺は周囲を見渡す。
「一体、何が起きているんだよ……!?」
花子と同じように、表通りにいる人達は虚な瞳で虚空を見つめながら、同じ言葉を何度も何度も念仏のように繰り返し唱え続けた。
それも同じトーンで。
それも同じ声量で。
一字一句違う事なく、同じ言葉を繰り返し唱え続ける花子達を見て、謎が更に増える。
一体、俺に……いや、俺達の身に何が起きているんだ。
「ここはニシノハテ村だよ!」
何度も何度もニコニコ笑いながら、同じトーン、同じ声量、そして、同じ言葉を口から出す花子。
そんな彼女から距離を取りながら、俺は気づく。
否、気付かされる。
此処が『ニシノハテ村』である事を。
「……っ!?」
確信を抱くため、即座に周囲を見渡す。
案の定と言うべきか。
花子の言う通り、目の前に映る景色は『リバクエ』に出てくる村──『ニシノハテ村』と瓜二つだった。
煉瓦みたいな材質で造られた家屋の群れも。
花子達が着ている地味で質素な服も。
そして、道路を覆う石畳も。
全部、『リバクエ』──ゲームの中で見た光景と瓜二つだった。
(もしかして、……俺はリバクエ世界に転生……いや、転移したのか?)
リバクエという名のゲームの世界に転移した。
その推測が俺の脳を刺激した瞬間、『彼女』は現れた。
『はろはろでーす♪』
青色に染まった空が、唐突に真っ赤に染まる。
空が真っ赤に染まると同時に、俺は空を仰ぐ。
その瞬間、俺が目にしたのは。
──赤いフードを深々と被っている、山よりも大きい『女性』の姿だった。