あなたから見た天使
シャッシャッ。
「リン、1センチ顔上げて。そう。もう少し切なそうな表現でお願い。いいわ。」
俺んちの画廊で、わざわざ画家のユリカさんが来て俺を描いている。ユリカさんは、天使とか悪魔とかそういう絵を描くので有名な画家だ。めったに人をモデルにしないのに、俺と目が合った時にいきなり両手を掴まれモデルを頼まれた。
元々親父の友人で、よく食事には来ていたらしいけど。年齢不詳な感じが気に入った。
「リン!ぼんやりじゃないの!テーマは人間に恋をした天使よ!」
「俺、恋した事ないしー。」
「こら、足を組まないの。そっかそっかー。んじゃ、リンにして見たら、捨て犬を見つけた時の感じかな。」
「かわいそうで可愛くて目がはなせない感じー?」
「そう。その表情!」
嬉しそうなリンの顔を見るのはスキだ。いつも眉間に皺がよってるからねー。画家も大変そう。描く時は後ろにまとめる艶やかな黒髪。真剣な眼差し。まるで別人だ。初めて彼女を見た時、人って集中してる時こんなに変われるんだと驚いた。
「下書きでーきた。リンーもう良いよ。」
「んー!やっと動ける。見せてー。」
…まだ表情とか分かんないじゃん。
「表情とか分かんないとか思ったりした?私の頭に入ってんのよコレが。」
「自慢気に言われてもねー。まぁ、出来たらまた見せてねー。」
「期待しててよね!」
片付けをしだすユリカさん。完成した絵はたいてい俺とはほど遠い美少年すぎる絵になるけどねー。ユリカさんの頭には俺がこんな風に見えてたりしてなんて、バカげたこと考えたりする。
「これ、前にモデルしてもらった『天使が悪魔に恋をした』がテーマの絵が、ポストカードになったからあげる。」
「えー!この時『雛鳥が落ちてたのを見つけた』って言ってたじゃん!」
「あらら、そうだったかしら?」
なんだかんだで、もらった。ユリカさんの絵は、全体的に淡い色を使っていて、癒される優しい絵。俺がモデルになってるなんて誰も想像しないだろう。
「リーン。恋をしたらいつでも描いてあげるからね!」
「あなただけには言わないから。」
「本当はもう好きな娘いるでしょ?隠しても、たまーにそんな表情してるよ。」
「さーて何のことだか?早く帰ってよー。」
「はいはい。そろそろお姉さんはおいとましますかね。」
「おばさんじゃん。」
俺のその言葉でユリカさんの目の色が変わった。
「今さりげなく…言ったわね?」
「ピューピュピュー。」
「リン?口笛で誤魔化さないで。」
ユリカさんをからかうのは、早かったらしい。
廊下で栗林と会った。
「お坊っちゃま。その右頬の傷、消毒致します。」
「うー。いいからー。」
「女性をからかうのは良くないですよ。」
半笑いの栗林。全部お見通しかよ。
「猫に引っかかれた時より痛い。」
「部屋におもどり下さい。すぐに私が救急箱をお持ち致します。」
一礼して、栗林は反対側に歩いて行った。てか、自分の絵のモデルの顔を引っ掻くか普通?
傷口がジンジンと熱くなってきた。
部屋の前に、既に栗林が待っていた。
「瞬間移動ー!?」
「私は普通です。凛坊っちゃんが、ふらふらと歩かれてるからですよ。」
「そー?」
俺はガチャっ部屋の鍵を開けた。勝手に入られるのが嫌いだから、いくら執事の栗林でも許可なくは入れない。
「血が滲んでますね。」
「っつー!」
「バイ菌が入ったら大変です。」
テキパキと処置を済ませた。
「いちち。栗林って好きな人いるのー?」
「はい。心に決めた相手がいます。」
「マジ!?」
柔らかく微笑んだ。本気なんだ。その相手が大事なんだ。
「鈴様です。まだ内緒なんですけど、結婚の約束までしました。」
「姉さんー!?あの性格最低な?」
「鈴様は、凛坊っちゃんに酷い事をした後に必ず私にフォローを頼むんですよ。本当は不器用なだけなんです。」
「ふーん?幸せそうだな。親父も知ってんのかー?」
「私は、結婚候補として招かれて執事になったんです。ですから、お坊っちゃまのメイドは、お坊っちゃまの結婚候補だったんですよ。」
だから、みんな不器用だったんだ。