俺がピッチャー!?
部活後の熱気が充満した野球部の部室。
ドン。
俺のロッカーまで揺れる。バカ話で盛り上がっていたヤツラ、無言で着替えるヤツも音がした方を見た。
「…何すんだよ。」
ロッカーに投げ飛ばされた咲っちが、ゆっくり起き上がり低く呟いた。
「お前が約束破ったからだ!5年前、お笑い芸人になるって秋良から言っただろ!」
咲枝に掴みかからんとする内田の前に近くにいた部長の西岡、副部長の藤崎が宥めるように立ちはだかった。
「おい。咲枝と内田はバッテリーだろ?ピッチャーを突き飛ばしてどうすんだ?」
「…っ!」
バタバタと内田は部室を出て行った。
「俺はよく分かんねーけど、内っちを一方的に攻めるのは良くないよねー。」
俺は、パタン。とロッカーのドアを閉めた。案の定、部長に睨まれた。口笛を吹きながら、呑気に部室を出ようとする俺の肩を掴んだのは…。
「ちょっと良いか?」
うちの野球部エースピッチャー咲枝秋良だった。
現在。校門を出て、咲枝と二人で歩いている。
「涼太の事かばってくれたの立川だけだったよな。」
「あー。本人の前ではかばってないけどねー。」
「夢は変わる。」
「…大丈夫か?」
隣を見たら。咲枝は真顔だった。まぁ、普段からポーカーフェイスだけど。
「こんなオレでも、一度はお笑い芸人に憧れたんだ。」
「咲っちー。…そんな真っ赤になんなくてもいーよ?」
「う。おかしけりゃ笑えよ。」
「夢を笑う程、まだ荒んでないから。で?言いたい事はソレとは違うでしょー?」
「オレとピッチャー代わってくれ。」
「…はいーーー!?」
声がこれほど裏返るとは思わなかった。これほど伸びるとは思わなかった。
「涼太とはバッテリー組めねぇよ。」
「我が侭王子なのは分かったから、落ち着けー!」
「あんなヤツ嫌いだ!オレの夢応援してくれると思ったのに!ついて来てくれると思ったのに!」
一人暮らしの試験に合格しそうだと浮かれていた俺に、また困難な波が押し寄せていた。
「なんでだよ!」
「いやー。咲枝が何でだよ。冷血キャラ戻って来ーい。」
人の目を気にしない俺が、周りを気にしたのはキセキ的なのかもしれない。
「乗り込むぞ!」
「…だからー。咲っち酔ってる?」
「うおー!」
俺の腕を掴み、引きずる様にして全力疾走した咲枝。住宅地で止まった。
ピンポーン、ピポンピポンピポン…
「咲っちー。やめようねー。」
ガチャ。
「…入れ。」
「ちょっ!俺帰りたいんだけど!」
「…立川も入れ。」
えー。モンチッチなキュートキャラはどこ?実は辛口キャラかよ。母親らしき声で『うるさくするんなら外に行きなよー。』と聞こえた。モンチッチ内田は、分かってると返事した。
黄色一色の部屋。
「…何で俺を挟むんだよ!」
まさか、サンドバックがわりー!?
「秋良が、落語家になりたいなら…ここでやってみろし!」
「みろしって、落語家って…。もー俺窓から帰るよー?」
「じゃあ、座布団持って来い!」
俺スルーされたし。窓を開けようとした瞬間、ヒュン。と何かがとんできた。しかも、思いきり窓ガラス割れた。その音に反応した下にいる内田の母ちゃんが、階段から近づいて来ます。
「やべ。母ちゃん来た。立川早く出ろ!」
二階から俺たち3人で、脱走した。
「アハハ!あん時の立川の真っ青な顔ヤバかったよな!」
「ぷっくく。この世の終わりみたいな!」
「はぁー!?お前らが硬式のボール投げたからだろー!?」
ったく。怒ったり笑ったり大変なヤツラ。俺は振り回されまくって疲れたー。
「ほいじゃーな!俺こっちだからー。」
「立川にはまだまだ付き合ってもらうぜ!」
「だな。ゲーセンとか行くか!」
両肩をガシッ、ガシッと二人に掴まれた。
俺の麗しの午後が!
なんだかんだで、たまには騒ぐのも楽しかった。
「立川が立ち直って良かった。」
「立川の場合、衝撃的な事がねぇと元気出ないからなー。」
二人が元気がない(?)俺を元気づけようとしてくれてたなんて知らずに、振り回されて損したと思った俺だった。
一人暮らしの事で頭がいっぱいでぼんやりしていて、周りに心配をかけてしまっていたようだった。
「そうか。なら良かった。」
報告を受けた微妙に悪役な部長だった。