執事のスパルタ教育
親父に一人暮らしをしたいと言ったら、分厚いプリントを渡された。
「コレを解いて満点なら許そう。本やネットで調べるのも良しだ。」
一枚目は、英語だった。しかも、虫穴だらけの英文。
ひとまず訳す事にした。
【貴方が一人暮らしをしたいのなら、揃えなければならないものがたくさん有ります。例えば、(a)です。(a)がなければ床に直接眠る事になります。…】
「aはベッドだな。簡単かんたーん。」
【問1.一人分洗うのに対し洗剤はどのくらい入れるでしょう。】
「あのスプーンで5杯くらいだろ。」
「凛。こっちに来なさい。」
気配も無く鈴姉さんが俺を引っ張った。ついた先は洗濯機の前。
ウィーン…ウィーン。
「5杯入れたら泡があふれるわ。これで1杯よ。」
「こんなデカい洗濯機でー!?」
「…これなら2杯かしら?」
…ダメじゃん。
虚しく洗濯機の機械的な音が響いている。そこにノックの音がした。
「どうぞ。」
「お嬢様、お坊っちゃま何の観察ですか?」
「栗林。私は凛が一人暮らし出来るように協力してるのよ。」
「あーなるほどねー。俺がいなくなった方が親父にアピれるからなー。」
俺達は睨み合った。
「お二人とも。家事の事なら何でもこの栗林お答え致します。」
栗林は、姉さんと同じ年…確か二十歳くらいだ。物心着いた頃から兄弟同然で育って来た。執事の服が良く似合う艶やかな黒髪に、伊達メガネに背の高い細身の体型。顔に賢さが滲み出ている。外国に留学に行ってた時期もある。長い付き合いなのに、親父との関わりがよく分からない。
「さぁ、お坊っちゃまこちらへ。」
「マジでー?栗林はスパルタなんだよねー。」
「じゃ、凛を任せたわよ。私は部屋にいるわ。お茶の時間忘れないでね?」
「本日は、自家製のブルーベリーパイを」
「栗林ー行こうか?」
栗林の説明は、かなりくどいから強制終了した。
「調理場初めて来た。」
「そうですね。お嬢様は頻繁にいらっしゃいますけど、お坊っちゃまとここで合うのは初めてです。」
フランス人のコックが調理してるのを見ると、今夜はフレンチか。
「こちらが包丁です。メモ帳とペンをどうぞ。まな板はどれか分かりますか?」
…。
「ひょっとしなくても、俺をバカにしてるー?」
「一人暮らしは、私栗林肇が先輩ですので、お見知りおきを。」
本気の目だ。フルネームで主張し出したと言う事はスパルタのスイッチ入ったー。
その後は細かすぎる調理道具を覚えさせられた。
「トングはどれ?」
「この挟むヤツ!」
「パスタを硬めに茹でる調理方法を?」
「ペペロンチーノ!」
「はい?お坊っちゃま…もう一度お願いします。」
「アルデンテー!」
「正解です。」
その口答試験(?)が終わり、ごほうびに栗林からもらったパスタの料理本を見たら、内容がスラスラと頭に入って来た。
「ふーん。料理って面白そーじゃん。」
その夜は、フレンチ入門を夢中に読みふけた。