想う心が俺を苦しめる
小学生の時から図書委員をするって決めていた。
《立川はどこ行った!?》
《お!陸上部も勧誘か!》
《演劇部もかー!?》
外が騒がしいなー。
「立川先輩行ってあげたらどうです?」
「んー?誰だっけー。」
「雨野です。」
「やだー。俺見たい本あるしー。」
受付けの判子を押しながら、いかにも文学少女雨野は横目で俺を見た。
「動物辞典ばっかり読んでますよね。」
「この前さー、スゲー鮮やかな蛇捕まえようとしたら何か毒蛇だったらしくー、かなり手足が痺れたんだよねー。やっぱ種類知らないとヤバいよー?」
ペラっとページを捲った。
「この本お願いします。」
ドサリと本を渡された。あいうえお順に本棚に直せとの事。
「はいはーい。」
「奥で昼寝禁止ですからね。」
「なんか言ったー?」
雨野は、いつも順番を整理して俺に渡す。だから、直すのがかなり楽。
「お。これ新しく入った本じゃーん。」
今話題のベストセラー小説。早速後で読もー。図書館の奥は、古い資料とかが置いてあって人があんま来ない穴場だ。
「はー。落ち着くー。」
ゴロンと本を枕に寝転がった。ちょうど寝る事によって逆さに見えた窓越しに、騒いでいた奴等と目が合った。
《立川凛ー!》
思いっきり指を差された。ありゃりゃー。人に指差すなってガキん時習ったのになー。俺はむくりと起き上がり、図書室を全力で走りながら出た。
「凛。廊下は走るなと言っているだろう。」
「竜ちゃんヘルプ。みー!」
「なんだ?」
結局、空手部の部室に隠れた。
「自業自得だ。」
「ヤチモチだろー?」
「…。」
無言で竜ちゃんは部室の窓を開けた。俺は、後ろから口をふさいだ。
「冗談だから。マジ勘弁して。」
「断れば良かろう?」
「断ったよ。したら、俺が掛け持ちするまで諦めないんだとさー。」
「凛に掛け持ちは無理だ。」
ズバッと言われた。
「てか俺、野球一本だから。」
「野球一本だと?オレの道場で、いきなり後ろから攻撃するのは誰だ?」
「竜ちゃんに避けられて自滅するけどねー。空手も楽しそうだよなー。」
「聞いたか。空手部に掛け持ち決定だ。」
ドアから、興奮気味な男たちが入って来た。
「よくやった!東!」
「はいー?俺空手やるのー?」
「そうゆうことだ。」
竜ちゃんの勝ち誇った笑顔と言ったら、この上なく嬉しそうだった。
「判子なら図書室でもらって来たぞ!」
「マジー!?」
空手部の熱さについていけない俺だった。こうしていい加減な俺が、掛け持ちをする事になってしまったのだ。
その日の帰り道。いつものように速足で歩く竜ちゃんの後ろを、マイペースに歩いていた。俺んちの家系は色素の薄い茶髪だ。竜ちゃんの黒髪より少し薄めの茶髪が風に揺れてる。まるでススキの頭の部分みたいだ。竜ちゃんがいきなり立ち止まり振り向いた。キリっとした顔立ちが更に硬いように見えた。
「オレは凛に真っ直ぐに歩いて欲しい。」
「んー?」
「今は凛に伝わらなくても良い。ただし、空手部には野球部の休みの木曜日だけ出るんだ。いいな?」
「へぇー?随分と偉くなったもんだねー。」
俺は、ガシリと右肩を掴んで、耳元でこう囁いた。
「俺の事は俺が決めるから、口出しするな。分かったな。」
強ばる竜ちゃんの顔。
父親以外の誰かに命令されたくない。もう、うんざりなんだ。竜ちゃんと親父が重なる瞬間、俺の全てが自由を欲しがるんだ。
翼が欲しいとは思わない。
俺の自由は、あの家から出る事。