第1話: 新たな選択肢
近未来の都市は、AI技術の進化によって人々の生活が一変していた。食料生産や交通機関、医療に至るまで、AIによって管理・効率化され、人々はこれまで以上に便利な生活を享受している。しかし、その陰では、旧来の仕事の多くが消え去り、かつての労働社会が過去のものとなっていた。
高梨沙耶は、薬学部の学生であり、AIと共存する未来に前向きな考えを持っていた。薬学の分野でも、AIは薬の開発や臨床データの解析に革命をもたらし、新薬の創出スピードは劇的に向上していた。AIによる健康管理システムも普及し、日々の健康状態は瞬時にモニタリングされ、人々はより健康的で長寿な生活を送ることができていた。
「私たち薬剤師がやるべきことは、新たな薬を作るだけじゃない。AIと協力して、どうすればもっと効率的に薬を届けられるか考えることよ」
沙耶は、授業後の議論で友人にそう語りかけていた。薬学部では今、AI技術を積極的に取り入れた新しい薬品開発や、薬の個別最適化に関する研究が進められていた。AIが解析した膨大なデータを元に、個々の患者に最適な薬を処方する時代が来たのだ。
「でも、沙耶。AIに頼りすぎるのはどうかと思わない? 人間の感覚や経験が失われちゃう気がするんだ」
友人の問いに、一瞬、沙耶は考え込んだ。確かに、AIが全ての判断を行う社会には抵抗を感じる人もいる。だが、彼女にとってAIは単なる道具ではなく、未来を切り開くパートナーだ。
「そうかもしれないけど、それは私たちがAIにどんな使い方を求めるかによるんじゃないかな。AIは万能じゃないけど、正しく使えば、私たちの未来をよりよくできると思う」
その時、彼女の視界にふと映ったのは、キャンパスの片隅に佇む一人の人物だった。黒いコートを羽織り、冷たい目で何かを見据えている。彼こそ、渡辺先輩。AI反対派の急先鋒で、薬学部で知らぬ者はいない。
「渡辺先輩か…」沙耶はつぶやく。
渡辺先輩は、かつて薬学部の研究者として、AIによる薬品開発の効率化に取り組んでいた。しかし、彼はAIの冷徹な計算が人々の感情や人間らしさを奪うと考え、研究から手を引いた。そして今、彼はAIに依存しない新たな薬品開発の道を模索しながら、地下で活動する反AI組織を率いていた。
その視線に沙耶は引き込まれたような気がした。彼の存在は、沙耶にとって一種の挑戦だった。AIを受け入れる自分と、それに抗う渡辺先輩。これからの未来をどう選ぶのか──彼女はその決断を迫られているような気がした。