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ポンコツの神様  作者: クレト
4/4

感謝

ポンコツの神様 その4


「本当にすみませんっ。」

「いいえ、このくらい大丈夫です。」


廊下を奇跡的に他の誰も通らず運ばれる。


「あの、運んだらすぐに会場にお戻りください!」

「あぁ、もう演奏のプログラムは終わっているので大丈夫です。

 あとは業界の人間とスタッフの雑談タイムぐらいでしょうから。」

「で、でも、トウマさんを待ってる人たちがいるかもしれませんし!」


一呼吸おいて、トウマはぽそりと呟く。


「本当は少しでも抜け出す口実が欲しかっただけです。」

「え?」

「演奏だけならいいのですが、

 人前で話をしたりするの苦手で逃げ出したかったんです。」


だから、ありがとうございます。


その言葉にハッとハルは落ち着きを取り戻した。

ずっとトウマに伝えたかったこと。

自分が何故ここに来たのか。

それをもう一度認識したのだ。


「わ、私っ、今の会社はアキトさんに入れてもらったんです。

 私って本当に何も出来ない人間と言うか、

 何やってもいつも間違ってて、こけるし、色々失敗ばかりで、

 私、本当にポンコツ過ぎて本当にダメな人間で、

 でも、今いてくれる人たちはみんな優しくて、

 いつも面倒なフォローとかもしてくれてて、

 本当に凄く大事な場所なんです!」


彼女の話をトウマは静かに聞いていた。


「トウマさんが見てくださったあの白い絵をアキトさんが見てくれて、

 それで会社に入れてもらえた切っ掛けなんです。」


ハルは思い出しながら思いつくままに話し続ける。


ずっと辛かった。

何もかもうまくいかなくて、

何一つできることが無くて、

本当に先が真っ暗な毎日しかないんだと、

そう思えるような日々を過ごしていた。

怖くて不安でずっと泣いているような毎日。


「そんな中である時、テレビで見たんです。

 真っ白なスーツを着て演奏するトウマさんの姿を。」


トウマの足が止まる。


「曲も綺麗で引く様も綺麗で何もかもが綺麗で。

 世の中にこんなに綺麗な景色があるんだって、

 ずっと見ていたいって思って、」


怖い毎日の中でそれは本当に照らしてくれるような光だった。

そこから突然沸き上がってきたかのように描いた。

それがあの一枚の白い絵。


「それからトウマさんの曲、たくさん聞いてます!

 曲を聴くたびに絵が描きたいってなって、

 だから、だから、私が今ここにいられるのは、

 トウマさんのおかげなんです!

 う、嘘だと思っていただいてもかまいません!

 大げさだと思われても仕方ないと思います!

 でも、私にとっては本当に大事なことでっ、」


感情が沸き上がってくる。

じわりと目が熱くなる。


「トウマさんがいてくれたから、

 今、私、頑張れています!だからっ、」


神様、お願いです。

もし、少しでも絞り出せるものがあるなら、

今この瞬間、前に進める勇気をください。


「ありがとうございます!!」


自分勝手だとは思う。

でも、どれだけ嬉しかったのか、

励みになって助けになったのか、

自分だけにしかわからないかもしれないけど、

それでも、感謝の気持ちだけは伝えたい。


ただ、それだけ。


トウマは少しハルを背負いなおすと口を開いた。


「人に感動を与えられる演奏家になりたいと思っていました。」


ゆっくりと優しい口調。


「だから、感動を与えてくれたあの絵がどうやって生まれてきたのか知りたかった。

 どうしてそんな絵を描けるのか知りたかった。

 それのきっかけが自分だったなんて思いもよらかなったけど、

 今思うのは・・・」


顔は見えないけどなんとなくわかる気がする。


「演奏家冥利に尽きます。」


笑顔でいてくれてる気がした。


再びトウマは歩き出す。

だが、歩きながら話し続ける。


「私は今とても嬉しい気持ちです。

 幸せと言うか満たされているというか、

 そうですね、あなたの・・・ハルさんの絵を見た時のような気持ちです。」


少し気恥ずかしくなるハルに彼はまだ続ける。


「たくさん辛い想いをしてきたのですね。」


トウマのその言葉にハッとする。


「あなたにとってたくさん辛くて思い出したくない過去もあるかもしれません。

 でも、その時間、一秒、一瞬を重ねて“今のあなた”はここにいてくださる。

 たくさんの想いを乗り越えて、諦めずに頑張ってきてくれた。

 “今のあなた”がここにいてくださることに私は、」


今一度立ち止まった。


「その全てに、たくさん想いを重ねてくれたあなた自身に感謝します。

 今の私の幸せは今のあなたがここにいてくれたからあるんです。」


泣き出したハルにトウマはそっと伝えた。


「ありがとう、ハルさん。」


憧れの人に出会えるとは思っていなかった。

ましてやその人に自分が描いた絵が好きだと言ってもらえるとも思わなかった。

そして、ありがとうと言ってもらえるなんて夢にも思っていなかった。


ひたすらに泣き続けるハルが泣き止むまでトウマはそのままでいてくれたのだが、

唯一、困ったのは、泣きつかれた彼女がそのまま眠ってしまったことだった。


ポンコツの神様 終わり

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