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計算違いの転落劇 ―後―

残酷・暴力的な表現があります。ご注意ください。

 アンナは美しかったから、本当は愛妾にしてやってもよかった。

 体だってきっと最高だった。別れる前に触れておくんだった。

 婚約者の嫉妬さえなければ。

 いや……? そもそも、僕みたいな素晴らしい男性を、醜い嫉妬で一人占めしようだなんて、婚約者としてどうなんだろう。広い度量を持つべきだ。王子たるもの、愛人のひとりや二人いてもおかしくはないだろう?

 しかし一番許せないのはアンナだ。僕と付き合っておきながら、婚約者がいるだと?

 騙したんだ。僕を! そうだ! 不敬罪で捕まえろ! そうすればあれは、今からでも僕のものになるんだ!


 そのようなことを語った王子に、王は深いため息をついた。

 つい、と目線を横に向ける。


「今の話に間違いはないか」

「間違いだらけでございます」


 答えたのは、教師としてあの学園に送り込んだ側近だった。


「私の見てきたものは、報告書に記した通りでございます。……多少、彼女に構いすぎるきらいがございましたが、使命感ゆえと思っておりました」

「……既に王家は一度失敗しておる。勇者が駄目ならその配偶者を取り込もうとしておるのだろうと、感心していたものだが……親の欲目であったか」


 勇者に宛がった姫はあっさり返され、逆にこのようなことを続けるようなら隣国に行くとまで言われた。

 そんなことをされては、彼の国との均衡が崩れる。

 いや、勇者の威光を盾に、やりすぎた自覚はある。

 こちらに有利な輸出入の税率の制定。勇者の誕生日に彼が望むからと宝石を献上させたこともあった。その宝石は今王妃の宝石箱の中にある。

 そして半分は自分の懐に。

 どうごまかそうかと考える王の耳に、死神の鎌が振り下ろされる音が聞こえた――気がした。



「謁見中失礼致しますッ! 隣国より使者が……!」


 それは扉の開く音だった。

 王は玉座から立ち上がると、届けられる僅かな時間すら惜しいと言わんばかりに使者に駆け寄り、書状をむしりとった。

 さっと目を通し――顔色が変わる。

 わなわなと震え、書状をぐしゃりと握り潰して踏みつけた。



「父上? どうなされたので――あがっ!」



 にじりよった王子を、目を血走らせた王が殴り飛ばした。

 頬を殴られ倒れた王子にのし掛かろうとするのを、側近が後ろから羽交い締めにする。


「お前のせいだ!――お前が! 愚かなことを!」


 尋常ならざる様子に、王子は殴られた頬を押さえ、震えながら後ずさる。

 使者は確かにお渡ししました、と叫ぶと逃げるように立ち去った。誰も追うことは出来なかった。自国の異常事態に、対応を図りかねていた。


 怯えを浮かべた王子の目に、くしゃくしゃになった羊皮紙が写る。これのせいで父上は――――


 さっと近づいて拾いあげると、素早く距離を取ってから、紙を広げる。


「何と書いてあったのですか!?」


 めちゃくちゃに腕を振り回す王に殴られながらも、側近は声を張り上げた。



「今読み上げる! ああ、踏んだせいで汚れが……えっと、ここから読めるな……『幾度にもわたる通告にもかかわらず、貴国の横暴なる振る舞いは改善されることがない。もはや、両国の平和を維持することは困難であると判断した。対話の道を絶った貴国に我が国の民の平穏なる生活を保証させるには、武力による解決しか残されていないことを、心より遺憾に思う。……よって、この書状をもって……宣戦布告とする!? なお、貴国が最終兵器として我が国の剣先を下げさせた勇者は、今は我が国にある。彼の母国を失わせるのも忍びなく、降伏するならば……』馬鹿げている! なんだこれは! 降伏などするものか! 勇者など居らずとも我が国の兵士なら――」


 ふと、彼の見せた威圧が甦った。


 剣を抜くどころか、触ってもいなかった。

 睨みつけられただけだ。

 深緑の瞳。ぶるり、と震えが襲った。



 勝てない。

 あれは、化け物だ。

 僕たちとは違う、何かだ。



「ふふふ――はは、ハハハハハッ!!!!」



 悲鳴のような鋭い哄笑が、王子の意識を取り戻した。

 王を押さえていた側近が、どっと膝をついて天を仰いでいた。


「終わりだ――この国は終わりだ! ハハハハハッ!!」


 笑いながら涙を流している。異常だ。気が狂ったとしか思えない。


「どう……なさったんですの……? ああ! なんと痛ましい!」


 側近の嗤い声に異変を感じたのか、扉の外で待っていた婚約者が駆け寄ってきた。


「その頬、どなたに……キャァッ!」

「お前もか! お前もっ!」


 側近から解き放たれた王は、婚約者を蹴り飛ばした。

 正気じゃない。誰もかれも。

 彼女が壁に打ちつけられた。ぐったりとしてぴくりとも動かないのを、ぼんやりと眺める。

 王が寄ってくる。足は動かない。

 


 どうしてこうなった?

 ……最後に聞こえたのは、狂ったような笑い声だった。



このまま終わるとただの胸糞悪い話になるので、もう少しお付き合いください。

※王子はここで退場です。

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