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計算違いの転落劇 ―前―

前作をお読みいただきありがとうございました。

やらかした王子のその後。

 おかしい、どう考えてもおかしい。

 僕は正しいことをしたんだ。だってそうだろう?


 男爵令嬢との身分違いの(あそび)は卒業まで。卒業後は婚約者と正しい付き合いをする。みんなそうしているはずだ。昨年卒業した年上の従兄弟に自慢されたときから、ずっとそうすべきだと思っていた。

 そんなときだ。アンナ・イェリカが編入してきたのは。一目見て、僕は確信した。間違いない、この美しい女は僕のための女だ。なぜなら、婚約者に物足りないと思っていたところが、彼女には全て揃っているからだ。


 少しつり上がり気味の蠱惑的な瞳。

 僕に奪われるのを待つかのようなふっくらした唇。


 婚約者は愛らしいが、僕はこの色気のある派手な美人顔の方が好みだ。

 そしてなにより、服を押し上げるやわらかそうな二つの膨らみ。

 じろじろ見るなど紳士的なふるまいとはいえないが、つい目がいってしまうのは仕方のないことだろう。

 むしろ僕に目を留めてもらえるんだ。喜ぶべきだろう。


「殿下には、我が校の代表として()()()()()お願い致しますね」


 教師が案内人などという雑用をわざわざこの僕に依頼したあげく、何かを訴えるように念押しするのも、応援しているからに違いない。


「ああ、もちろん。身分などは関係あるまい。厚くもてなそうとも」

「殿下のご厚意に感謝致します」



 自信ありげな表情が似合うはずの派手な顔立ちに、陰のある微笑みを浮かべ、ぎこちないカーテシーを見せたのが、また興味を唆った。


 間違いない――これは運命だ。




 ◇◇◇




 最初は見た目からだった。

 けれど、彼女と付き合ううちに、中身にも惹かれていった。彼女は他の貴族がするような、聞いていて退屈で回りくどい話をしない。

 今日の昼ごはんが美味しかったとか、顔に似合わぬ可愛いことを言うから聞いてみれば、昔は自分で料理をしていたという。試しに持ってこさせれば、食べたことがない食材と料理法だったが、素朴で悪くない。


「貴族になったのですから、本当は料理などしないのですけれど」


 と、また健気なことを言う。

 僕のために、特別に作ったのだと、はっきり言えばいいのに。可愛い奴だ。

 見た目のわりに謙虚で、控えめなところが気に入った。

 かと思えば、僕の気を引くためだろう、貴族らしからぬ思いもよらない行動をしてみせたりするのにも、そんなことをしてまで僕を引き留めたいのだろうと男として自尊心が満たされる思いがした。

 連れ歩くと人目を引くのもいい。僕と並ぶと絵になるだろう。今度宮廷画家を呼んで書かせてもいいな。

 そうして共に過ごした、アンナが編入してからの時間。あの期間が人生で一番楽しいときだったのかもしれない。



 ◇◇◇◇



 彼女の控えめなところを美点として数えていたが、考えなおすべきかもしれない。

 急に、「私も慣れてまいりましたし、そろそろ一人でも大丈夫です」などと言い出した。


 わかっているさ。女がひとりにしてと言うときに、本当にひとりにしてはいけないと従兄弟も言っていた。

 一緒にいてという意味なのだと。

 だが、何度も言われると、求められる喜びが、鬱陶しさに変わっていった。女というものは、本当に面倒だ。

 そんなことで愛を確認するのだから。

 煩わしさから、僕はだんだん彼女と距離を置くようになった。

 彼女とはたまに目が合う。だけど、すぐ反らしてやる。

 今さら縋ったって無駄だとわからせるために。

 ……まあ、完全に嫌いになったわけではないからな? あちらが謝るというのなら、考え直してやろうとも。

 苛ついている自覚はあった。

 だからつい、婚約者には厳しい態度をとった。

 けれど。



「殿下、お辛い思いをされているのですね。……殿下にはわたくしがおりますわ。わたくしにも、殿下の苦しみを分けてくださいませ」



 愛らしい丸い瞳に涙を浮かべながらそう言われ、何か、心の中の霧がすうっと晴れていくようだった。

 なんと心の清らかな女なのだろう。

 あの女に心を囚われたせいで放っておいたというのに、あまりにも健気な態度ではないか。


 僕は決断した。

 目の前の可愛らしい婚約者の肩に手を置く。


「決めたぞ。僕はアンナと別れる。そして生涯、君だけを愛し続けるとも」

「はい……? ああ……ええ、嬉しいですわ」


 歯切れの悪い言葉。無理もない。


「信じられないのも無理はない。僕は誠実さに欠ける態度を取っていたからね。けれど、今度こそ真実だ。……そうだ。卒業パーティーの舞台がいい。そこで、僕と君との愛が永遠であることを示そう。僕の誠意の証として」


 真剣に告げると、彼女はぽっと顔を赤くした。

 わかってくれたようで嬉しい。そっと抱き寄せて、耳元で「愛しているよ」と囁いてやる。


 舞台は整った――はずだった。



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