其の玖
静子が、想像していた通りの女性だったことに、トオルは満足していた。
ウマがにらんだ通り、似顔絵の男はすぐに見つかった。
ビジネスホテルや安宿をひと通り探したあと、もしやと思って探りを入れた隣町の暴力団に客分として滞在していた、と後藤が自慢げに話した。ただ、名前などは、わからないという。
夕方になってトオルとウマは駅前に出た。
本川では、好奇心でぱんぱんに膨らんだ女が三人、耳をそばだてている。
どこか喫茶店でも、と考えて出てきたのだか、それらしい店は無かった。
仕方なく、駅の待合室の片隅で、クマが入れてくれた薄いお茶をすすりながら、打合せすることにした。
「まず養子の男と、似顔絵の男との繋がりを、はっきりさせないといけないね」
「そうだな。それは俺が調べる」
「入院している間は命を狙われることはないだろうけど、授業があるから、ボクも東京に帰らないといけないし」
「俺がいなくなって、一座のみんなも心配しているだろうしな」
「手伝ってもらえる?」
「もちろん、そのつもりだ」
「じゃあ、おりんちゃんには、ボクが連絡するね」
「ああ任せた」
トオルとウマにしか分からない阿吽のやりとりだ。
夕食は昨日と比べ格段に豪華だった。
どこが気に入ったのか、民江は、かかりっきりで、ウマの面倒をみている。負けじと、琴子は、トオルの世話をした。
食事がすむと、ウマは電話をかけた。相手は件の養子だ。
「もしもし、私、木元組の寺田と申します。お電話をいただいたそうで」
寺田という名前も、電話をもらった、ということも出まかせだった。ただ、木元組という隣町のヤクザの組の名前は、本当だった。
「お怒りはごもっともです。村野さんも反省しておりまして、代わりに電話をしてくれ、と頼まれました」
似顔絵の男が、村野という名前だということは、ウマが調べてきた。
中華料理屋の出前持ちを装い、ラーメンの集金に来たふりをして聞き出したもので、ウマにとっては朝飯前のことだった。
「是非もう一度会いたい、と村野さんが言っておりまして……」
電話をかけたかどうか本人もわからなくなる、相手から言葉を引き出すための話法だった。
「もしお時間があれば、明日の夕方、六時ごろはいかがでしょうか。ご面倒ですが、当方に来てもらって、村野さんがもう一度お渡ししたいものがあると。ええ、もちろん金は要りません」
事実関係をさりげなく探り、なおかつ、時間を指定することで相手の動きを封じた。
「はい、それでは明日六時に。申し訳ありません。わかるようにしておきます。私、寺田です。はい、よろしくお願いします。失礼します」
普段のウマからは想像もできない、下手なサラリーマンより丁寧で丁重な口調だ。
ウマが受話器を置いてオーケーマークを作った。
その受話器を受け取り、トオルが、おりんに連絡を入れた。
「おりんちゃん、例の物を揃えて持って来てくれる?」
「えっ、東京まで、ですか?」
「違うよ、すぐ近くにいるんだ」
場所を説明してから、
「ウマさんがいなくて、困っただろう?」
「えっ、ウマさんいなかったの?」
電話口ではしゃいでいたおりんは、事もなげに言ってのけた。ウマが可哀想になった。
翌日、おりんを最初に見つけたのは女主人だった。
大きな風呂敷包を担いで入口を行ったり来たりしている若い娘を、者志願の家出娘と勘違いしたらしい。
「喜んで損をしたわ」
真剣に怒っていた。
おりんが来るなり、琴子のトオルへのひっつきはますます激しくなった。
おりんは琴子を睨みつけて、目を逸らそうとはしなかった。
「くわばら、くわばら」
女主人が首をすくめた。