04.森の番人
今ではない時。ここではないどこか。ある村で、母子が慎ましく暮らしていました。娘は母親お手製の赤いずきんをかぶっていた事から、村の住人達には赤ずきんちゃんと呼ばれ、親しまれていました。
そんな赤ずきんの習慣は、森向こうに暮らす病気のおばあさんを見舞うことでした。長年連れ添ったおじいさんを亡くしてからというもの、落ち込んで伏せがちになってしまったのです。
森には狼が出るという噂がありましたが、猟師の定期的な巡回があるので心強く、ワインとケーキを持って急ぎます。
「こんにちは、猟師のおじさん」
「おや、赤ずきんちゃんじゃないか。今週もおばあさんのお見舞いかい? 君のような孫がいて、おばあさんは本当に幸せだね」
褒められて悪い気はしません。赤ずきんは猟師が教えてくれた花園で、お見舞いの花束を作ることにしました。
そんな赤ずきんの後ろ姿を、じっと見つめる猟師。赤ずきんが教えた道を外れないか、花園以外の場所に行かないか、そっと後をつけて確認します。
「あーぁ、なんで俺がガキとババアの監視なんてしなきゃならないんだ……」
実のところ、猟師はおばあさんと赤ずきんの事を疎ましく思っていました。
森の奥にある違法薬草園の管理人としては、人目がない方が良いからです。
狼の噂を流して大半の人を遠ざけることには成功しましたが、おばあさんは亡夫と過ごした地を離れたがらず、赤ずきんが見舞う時は常に、薬草園の存在を知られないかとヒヤヒヤものでした。
しかし、そんな面倒な日々も今日で終わりです。
猟師は銃を構え、夢中で花を摘んでいる赤ずきんに近づきました。
「おい、黙って立て」
「おじさん? どうし……」
「騒いだら撃つ」
銃口を突きつけられた赤ずきんが恐怖でへたり込むのも許さず、猟師は森の小道を歩かせました。向かうのはお婆さんの家です。
「お、おばあちゃん、赤ずきんよ。お見舞いに来たの」
「おぉ、よく来たね。お入り」
猟師は赤ずきんに声をかけるように言い、開いたドアからおばあさんの家に入ります。
「何だいあんた、赤ずきんから手を離しな!」
「おっと、動くなよばあさん。お前は包丁を取ってこい、赤ずきん」
ベッドから出ようとするお婆さんを制止し、猟師は赤ずきんが取ってきた包丁をお婆さんに投げます。
「孫の命が惜しきゃあ、今すぐそれで自殺しろ。死んだ後は狼に食い殺されたってことにしといてやるからよ」
今まで狼の骨やふんを使って人を遠ざけてきた猟師にしてみれば、死体の偽装など朝飯前です。
息を呑むおばあさんによく見えるよう、猟師が赤ずきんに銃を突きつけたその時。
「おばあちゃん、逃げて!」
赤ずきんが暴れて猟師の手に噛みつきました。ワインの瓶が落ちて割れます。
「なっ……この!」
思わぬ抵抗に猟師は銃を取り落としましたが、すぐに彼女を振り払います。
「お前達さえいなきゃ、こんな苦労をしなくてすむんだよっ!」
激高した猟師は、赤ずきんを踏みつけて蹴り飛ばしました。
「おば……ちゃ……」
「汚い足をどけな、下種野郎!」
赤ずきんを蹴飛ばしたと思ったら、次は包丁を振り回すおばあさんです。猟師は舌打ちして刃を避け、床の銃を取り戻します。
「もう面倒くさいことはやめだ。さっさとあの世に行きな」
引き金を引いた、猟師が見たものは。
おばあさんに向けた銃口からはみ出しているコルク。
「な」
かくして銃は暴発し、猟師の息の根を止めました。
「どうして銃が……?」
「とっさに詰めたんだよ。ワインの瓶が割れて助かった」
血まみれで倒れた猟師から赤ずきんを遠ざけ、おばあさんは彼のポケットを検めました。
「ははぁ……この男は違法な薬草を育ててたらしいね。だから森に居座るあたしが邪魔だった」
出てきた茶葉のような物をくんくん嗅いで、おばあさんは言いました。
「どうして分かるの?」
「あたしら夫婦が傭兵やってた頃、この手の薬草で儲けようって輩を潰した事は、何度かあったからね」
猟師はかつておばあさんが名うての傭兵だったことを知らなかったのです。
赤ずきんを守ったことで自信を取り戻したおばあさんは、事の次第をお役所に報告し、一計を案じます。
薬草園の管理人である猟師が戻らないとあれば、黒幕が動く可能性があるので、罠を張ったのです。
果たして、薬草園で待ち伏せていた役人たちは薬草売買の一味を一網打尽にし、森の平和を取り戻しました。
「さぁて、トマトがもうそろそろかね」
穏やかになった森で、病気もすっかり治ったおばあさんは、家の傍に作った畑で毎日働いています。遊びに来る赤ずきんに振る舞うため、野菜を育てる事にしたのです。
たまに良からぬ輩が森に現れることもありましたが、往年の力を取り戻したおばあさんの敵ではありません。
「おばあちゃーん!」
「良く来たね、赤ずきん」
収穫を終えたおばあさんは、孫と家に入り、お茶の支度を始めました。
これにて完結です。お読み頂き、ありがとうございました。